【Rescue and defense④(救出と防御)】
全員の縄を解いて爆発と同時にここを出ることを伝え、知り得る限りの状況を聞き出そうとしたが、彼等は拘束され暴力を振るわれた以外何も知らなかった。
得られる情報は何もなかったので、そのあとは喋ったり物音を立てるなと命令した。
当然のように俺より階級が上のニール中尉とヤニス曹長の2人は、不快さを顔に出していた。
拘束され暴力を受けた彼らには、作戦を妨げる恐れのある怒りと言う感情が隠れて居るので、武器は渡さない。
どんな時にも優秀な兵士は、その行動を感情によって左右させられてはいけない。
常に物事を冷静に捕えて判断する事が肝心なのだ。
そして冷静な判断の上で、殺すべき敵を確実に殺す。
ある意味、見境なく人を殺す殺人鬼以上に、尋常ではない神経力を必要とされるのが兵士なのだ。
ハンス達が次の作戦を遂行している間、俺は軍服に着替えて全身にフェイスペイントを塗りたくっていた。
“カツン”
コンテナに石が当たる音がした。
音は合計4回。
あと4分後に爆発が起きる合図。
外に居るブラームにも聞こえたとは思うが、念のために確認しておこうと思い、ドアの傍に寄り確認をしておく。
“聞こえただろう”とか“知っているだろう”は、戦場では取り返しのつかない事態になりかねない。
ブラームに声を掛けようとしたときに、外から声がした。
「Zingine zilipita wapi? ……Zingine zilipita wapi!」
“相棒はどこに行った”と聞いているが、ブラームが答えないので、相手は二度同じことを言った。
「Ni chooと言って、腹を摩て笑え」
「もう一度言って下さい」
「Ni chooだ。Ni chooと答えて、腹を摩って笑え」
ブラームは、俺が言った通り、相手にNi chooと答えた。
「Pia husababisha kuhara(皆、下痢だな)」と、相手の笑い声が聞こえた。
「――行ったか?」
「行きました。ところで今のは何だったんです?」
「警備に一人しか立っていないので、相棒はどこに行ったと聞かれ、お前は“トイレに行った”と答えた」
「最後は?」
「“みんな下痢だな”と言った。それより脱出迄あと3分だ。外の様子はどうだ?」
時計を確認すると、最初に連絡を受けてから、もう1分も過ぎていたのでブラームには1分を差し引いた3分と伝えた。
「さっき、俺たちのトラックが出られないように塞いでいたコンゴ軍のジープとトラックが出て行ったので、それが使えます。キーの場所を聞いておいて下さい」
「わかった」
キーは上等兵が靴の裏に隠し持っていたので、それを受け取った。
時刻は7時。
扉の隙間を空けてブラームから手榴弾を受け取り簡単な仕掛けを作って、全員を扉の前に移動させ部屋の明かりを切った。
「何故明かりを切る。脱出するときに危ないじゃないか!」
ニール中尉が押し殺した声で言った。
「いいか、皆。暗さに目を鳴らして置け。そして外に出たら絶対に炎に目を向けず、前を行く奴の靴以外は見るな」
外はもう暗い。
その暗がりの中、武器庫とこのコンテナが爆発する。
コンゴ兵は、一斉にその爆発音のした方を見るだろう。
しかし、これは罠。
暗闇に慣れた目で、爆発の強烈な明かりを見てしまうと、しばらくは目が焼けて暗い部分は見えなくなる。
それに乗じて俺たちは逃げる。
◇◆◇晩餐会会場◇◆◇
ヌング氏は精力的に私たちに政府高官を紹介してくれていた。
仕事熱心な、真面目を絵に描いたような男。
ちょっと可愛らしく思えてきた。
しばらくすると大統領が現れて、コンゴ人民のために遥々やって来た外人部隊を称えて、乾杯をしてパーティーは始まった。
スピーチの最中に大統領が会場を広く見渡しているとき、ドレス姿の私と目が合った。
私が微笑むと彼の目はそれを合図に、また動き出した。
そして案の定パーティーが始まると、大統領はヌング氏を呼び寄せて私を紹介させた。
「バギ大統領閣下、本日はお招きにあずかり大変光栄です」
大統領の差し出した手に、左足を斜め後ろの内側に引き、もう右足の膝を曲げカーテシーの体制で挨拶をした。
このカーテシーと言う挨拶は、女性から相手に対しての最上級の作法。
勿論、この体勢だとスリットから脚は剥き出しになってしまう。
大統領はもう大喜び。
カーテシーに喜んだのか、それとも脚なのか、詮索するのは野暮と言うもの。
彼は私の腰に手を添えてウェイターからカクテルグラスを貰い、それを私に渡すと自身も同じものを取り「貴女との出会いに」と言って乾杯してくれ、そのあとも私を離さないように連れまわしてくれた。
これで作戦の第一段階である大統領の警護するための接近は成功した。
あとは、キディアバが動く前に、司令部が脱走した知らせが入るのを待つ。
カーテシーのポーズで挨拶をするエマ