【Jun 2019.farewell ③(2019年6月、別れ)】
目の前に赤いものがユラユラと揺れる。
何だろうと思って見ると、フォークに刺された真っ赤なberry。
「どうしたの?考え事?」
「いや。ただボーっとしていただけ」
そのとき急に、通りがザワザワしだした。
何だろうと思って見ると、多国籍軍の車両が、慌てる様に目の前を駆け抜けて行く。
通りを歩く人たちも、声を上げながら駆け足で、車両とは逆方向に、まるで何かから逃げるように急いでいた。
「なにかしら?」
「行ってみよう!」
サオリとミランが席を立ったので、私も着いて行く。
外には多国籍軍の兵士が沢山居て騒然としている。
「何かあったんですか?」
「ああ、爆発物が仕掛けられていると匿名の通知があった」
「どこですか?」
「通りの向こうにある地下の排水溝の中だ」
兵士は、そう言って向こうを指さす。
車を置いた方だ。
ミランも気が付いて、行こうとしたが兵士に止められた。
「ジープの持ち主を探せ!」
上官らしい兵士が大声を上げた。
「赤十字の白いジープだ!」
私たちが乗ってきたジープ。
もしかして、それにも爆弾が仕掛けられているのかと思ったが違った。
爆発物が仕掛けられた場所の近くにあるので、危険だから移動させろと言っているのだ。
「私、行ってくる。これお願い!」
サオリが、私とミランに荷物を預けて走る。
「私も行く!」
「駄目よ。直ぐに戻って来るから待っていなさい」
言葉でサオリが、そしてミランが手を掴んで行こうとする私を止めた。
「車をこっちに持ってくるだけだから、心配ないさ。それに爆弾は地下だと言っていただろ」
たしかに、兵士はそう言っていたけれど……。
通りに向かって走り、小さくなって行くサオリの姿に不安を感じてジッと見守っていた。
途中、警備にあたる兵士と何か話していて、無人になっている場所に取り残されたジープに一人で向かう。
ドアを開け、見守っている私たちに気付いて大きく手を振った。
遠くからでも、笑っている白い歯がよく分かる。
どんな時でも、可愛さを失わない気丈なサオリ。
「なっ。なにも心配すること無かっただろ」
ドアが閉められて、サオリが車に乗り込むのを見てミランが言った。
光の反射で、乗り込んだサオリの姿は見えなくなったが、喧騒の中、車のエンジンが掛った音が聞こえた。
ホッとして、私もサオリに手を振った。
そのとき、急に砂ぼこりが舞い上がり、車が見えなくなった。
白い、ボンネットらしい車の一部が高い空に舞い上がり、熱い空気の塊が私たちを突き飛ばすように襲ってきた。
舞い上がった砂ぼこりと煙りのせいで、辺り一面が夜のように暗くなる。
“なに?なにが起きているの?!”
音の消えた世界で、人々が激しく逃げ惑う。
熱風に混じった燃料の匂い。
“サオリは何処?何処に居るの?!”
荷物を置いて人波に逆らうように風に向かって走った。
途中で目の前に居た兵士と、追いかけて来たミランに捕まれて止められた。
砂ぼこりが薄くなると、そこにあったはずの白いジープは無くて、燃え上がる炎に包まれた真っ黒になったジープの残骸だけがあった。
「サオリ―!サオリ―!」
狂ったように泣き叫ぶ私を、強い力で抱き止めるミラン。
それを振り払い燃え上がる車に近付こうとすると、今度は多国籍軍の兵士が立ちはだかる。
一人を投げ飛ばし、二人目の脇を抜けた所で一番大柄な兵士に掴まれた。
振りほどこうとしたときに、さっきの兵士に後ろから抱きつかれ、更に最初の兵士と追いついてきたミランに抱きかかえられた。
「離して!離して!」
「サオリが!車の中のサオリを助けなくっちゃ!誰かお願いサオリを……サオリを助けて!」
燃え上がる車から目を離せず、泣き叫ぶ私の視線を遮るように兵士が立ちはだかり、抱きかかえられたまま車から話される。
ドンと言う二度目の爆発音がして、車から外れたタイヤがユラユラと煙を上げながら横を転がって行く。
まるでサオリがサヨナラを言っているように、黒いススを吹きながら。
通り過ぎるタイヤを泣き崩れながら目で追うと、一台の車が通りの角を曲がり向こうへ去って行くのが見えた。
“ヤザ!”
車を運転しているのはヤザだった。
ヤザはサオリの存在を知っていた。
そして、それが邪魔で俺からサオリを奪ったのだ。
その夜、俺はミランに置手紙を残してキャンプを去った。
俺からサオリを奪ったヤザへの復讐のために。
冷たい砂漠の夜、俺はサオリの革ジャンを羽織ると、誰にも気付かれないように静かに外へ出た。
満天の星空が瞬く中、返し忘れたサオリの腕時計を見ると深夜2時を指していた。