【Hell with no visible exit②(出口の見えない地獄)】
「ところで、司令部はもう解放されたのか?」
「いいや」
「抜け出せたのか?!」
「まあな」
司令部に呼び出しを喰らって出向いたハンスは、司令部のあるニョーラに着くなり何か不穏な空気を感じたのだと言う。
ただでさえ小隊本部を最前線に押し上げるタイミングで司令部も小隊本部の居たムポフィに移動させようとしていたハンスは、ニョーラに付いた時に違和感を覚えたらしい。
それは、置かれていた司令部のトラックの前を塞ぐように政府軍のトラックが置かれていたこと。
まるで勝手に移動できないように。
司令部のニール中尉にそのことを伝えたが、彼はペイランド少佐……いやキンシャサのコンゴ政府に振り回されそれどころではなかった。
だから万が一の非常事態に備え移動可能なオートバイをキースと一緒に森の中に隠しに行き、戻ろうとした矢先、道路側の出入り口の警備が厳重になり数発の銃声がした。
司令部に直ぐに戻ることを止め様子を見ていると、政府軍の司令部から、銃を持った兵士とともに副官のンガニ大尉が出て行くのが見えた。
ンガニ大尉は兵士たちに我々の司令部の周囲を固めさせ、銃を持った数人を連れてその中に入って行った。
それを見て、これは寝がえりだと確信した。
司令部を救うことも考えなかった訳ではないが、肌の色や体つきも全く違うのでは、怪しまれるどころか直ぐに見つかってしまう。
銃撃戦になれば、司令部に捕らわれた隊員たちの安全も脅かされるだろう。
最悪の場合、人質として見切られる可能性もある。
そこで、情勢を変えるために最前線に向けてキースとバイクで脱出した。
キースのようにオートバイになれていないハンスは、ジャングルの中を走るのに少し手間取ったらしいが、そうやってでもここに来る事が出来たのはさすが。
おそらくンガニ大尉が裏切ったのは、敵からの勧誘と、見つからなかったナイジェリア軍を敵が捕らえることに成功したと言う情報が入ったからに違いない。
100人規模のナイジェリア軍の脅威さえ排除できれば、たった60人ほどの外人部隊など物の数ではないと考えたのだろう。
外人部隊さえ排除できればムポフィで警戒に当たる部隊は、挟み撃ちに出来るので袋の鼠。
それが分かっていたから、ンガニ大尉はムポフィにも圧力を掛けた。
「しかし来てみれば、お前が既に状況を変える寸前だった。ただ殺到する反政府軍にケビン中尉を失った小隊本部が逃げ腰になっている事だけがネックになっていたので、キースと2人で反政府軍が近づきにくいようにガソリンをまいて流れを止めた」
「さすがだな」
「いや、お前には負ける。よくケビン中尉を失ったあとのソト少尉を作戦に引きずり込むことに成功したな」
「……」
「まさか、お前!?」
「そう。そのまさかだ。相談はしたが結局少尉は判断を下さなかった」
「っで、実力行使に出たって訳か……」
それまで立ち話をしていたハンスが、急に腰を抜かしたように座り込む。
「どこまで無茶をすれば気が済むんだ」
言葉とは裏腹に、ハンスの目は笑っていた。
「少尉からは朝まで待てないかと言われたが、敵に後続部隊が居たとしたら折角一旦退けて士気の落ちた部隊が復活してしまうし、それよりもムポフィが朝まで待てる気がしなかった」
「確かにムポフィの部隊は、朝まで待ってはくれなかっただろう。一旦裏切られてしまえば、たった60人の我々の部隊こそ袋の鼠だ。だからって……お前の上官になる奴は余程の奴じゃないと務まらんな」
「だからハンスなんだろう?」
「いやなクジを引いたものだ」
ようやくハンスが笑った。
その笑顔を見て、俺はこの笑顔を見たいために闘ってきたのだと思う。
「これから、どうする?」
「ニョーラの司令部もそうだが、キンシャサのコンゴ政府も気になる。出席しろと言われた司令部自体がいつまで経っても来ないのでは、協力を得られない可能性もある。そうなれば、最悪政府軍さえも敵に回すことにも成り兼ねない」
「その心配は無いだろう」
「何か手を打ったと言うのか」
「まあな」
座っていたハンスの体が仰向きに寝転んだ。
何も言わないし、何も聞かない。
でも何故か、その青い瞳は、清々しい朝の空をとらえていた。




