【Hell with no visible exit①(出口の見えない地獄)】
泣いている暇などない。
何人の敵が小隊本部の方に向かったかは分からないが、銃撃は続き爆発音も始まった。
小隊本部の方も装備は優っているが人数は少ないし、追撃している第1分隊とナイジェリア軍は歩兵の装備で数も少ない。
挟み撃ちと言う作戦は俺たちにとっては有利だけど、逃げ場を失ってしまう敵はその分必死になって抵抗するだろう。
もしも敵の流れが逆流してしまえば、酷い乱戦にも成り兼ねない。
俺は我武者羅に走った。
少し遅れてフランソワ、そしてジェイソン、ボッシュが続く。
軽機関銃とはいえ、銃と弾薬の重いモンタナが最後尾から遅れだす。
「モンタナ!アメフト魂は、どこに置いて来た!」
「くそー!」
モンタナの魂に火が入り、ジェイソンとボッシュを抜く。
ナイジェリア軍を追い越し、第1分隊に追いつくと、そこはもう小隊本部の目と鼻の先。
追い立てられた敵の先頭が、村に近付き過ぎている。
このままでは小隊本部になだれ込んでしまい、丘の上に陣地を張ったビバルディーの重火器分隊が機能しなくなってしまう。
「銃撃止め―っ!」
一旦追撃部隊の銃撃を止めて、なんとか敵の流れをこっちに引き戻そうとするが、奴らはまるで追い立てられた牛のように進撃の手を緩めない。
こうなったら乱戦覚悟で突撃するしかない……。
そう思って、突撃の合図をしかけて、手を上げた。
だが俺の手は振り下ろされることはなく、逆に手のひらを裏返しマテの指示に替わる。
オートバイの音が聞こえ、村の手前で火の手が上がったからだ。
「キース!?」
いや、キースだけじゃない。
オートバイの音は二台。
火の手が上がったことで、敵の動きが止まる。
今度は、こっちに向かってくる……。
「Silaha Tupa mbali!」
炎の向こうから、突然スワヒリ語で“武器を捨てろ!”と大声で叫ぶ声が聞こえた。
聞き覚えのある、そして待ち焦がれた声。
間違うはずもない。
ハンスの声だ!
「Silaha Tupa mbali!」「Silaha Tupa mbali!」
そう叫ぶ声に呼応して、俺も同じように叫ぶ。
声と同時に、銃声は止み、反政府軍の兵士たちの武器を投げ捨てる音が聞こえてきた。
「Inua mkono wako!」
(手を上げろ!)
「Inua mkono wako!」「Inua mkono wako!」
炎の向こうのハンスの叫び声に合わせるように、俺も同じように叫び、照明弾を打ち上げた。
俺に続いてビバルディーたちも照明弾を打ち上げ、暗闇の中に両手を大きく上げた敵の姿が幾つも映し出された。
午前4時。
全ての銃声がこのジャングルから消えた。
午前6時。
東の空が深い紺色から青くなり始める。
ガソリンと硝煙、そして血の匂いがまだ漂う中、全ての敵兵が拘束されトラックに積み込まれる。
音信不通だったムポフィの政府軍部隊が敵兵と、遺体収容のためにトラックを寄こし始めた。
政府軍の将校が無線が故障していたと言っていたが、それにしても俺たちが反政府軍部隊を制圧したと連絡して直ぐに無線が回復するのは都合が良すぎるが、深く詮索するのは止そう。
「すまない。ミヤンを喪った」
敵兵やナイジェリア兵、それに多くの遺体を運ぶため絶えずトラックが行き来し、砂埃が舞い上がる中ハンスに謝った。
本当は泣き崩れたい。
そして、支えてもらいたいのを必死に我慢していた。
「この乱戦では仕方がない。しかし、よくやった」
結局この戦闘での我々外人部隊の死傷者は死者6名重軽傷者12名で、敵側の死傷者に比べれば遥かに少ないが、誰もが勝ったと喜んではいない。
それは敵味方に限らず、失ってしまった命が余りにも大きいから。
トーニは、あれ以来なにも話し掛けてこない。
それは目の前でメントスが撃たれた事だけではない。
自分の仕掛けた爆弾により多くの敵が死に、俺が命令してメントスと2人で左翼に回り込もうとした10人の少年兵を撃ち、そしてメントスが撃たれた家で更に30人の少年兵を殺した。
敵の死傷者数全体の2/3以上が間接的なものを含めてトーニが倒したことになり、この戦争をドラマか映画に例えるとしたら、間違いなく彼は英雄と言っていいだろう。
しかし、現実は違う。
トーニほど、この戦いで心をズダズダに切り裂かれたものは居ない。
そして、そのすべてを指示したのは、この俺なのだ……。
APAV40 ライフルグレネード
重量500グラム
直径40 mm
有効射程 100メートル(直接照準)
320メートル(間接照準)
爆発時の対人致死半径は10m、破片が飛翔する危険距離は100mとされています。
威力は強いですが、常に兵士が何発も携行出来る40x46mmグレネード弾に比べると運用面でM203グレネードランチャーには劣ります。