【Hell door③(地獄の扉)】
行ったきり、何の連絡もない。
呼び出しても、返事がない。
だけど、敵は来ていない。
かすかにHK-416の軽快な発射音と手榴弾の爆発音が左翼から聞こえ、それ以降AK-47の発射音は聞こえていないから敵をせん滅したとは思うが、気になる。
まさか俺のように、敵を欺くためワザと銃を使わずにナイフで敵を殺すような奴は居ないとは思うが、用心に越したことはない。
俺は持っていたHK-416をたすき掛けにして、接近戦に備え拳銃を手に持つ。
息を殺しながら、少し歩くと黒い影が二つ立っているのが見えた。
「トーニ。ミヤン」
声を掛けたのに、2人ともピクリとも動かない。
まさか、昔サオリに聞いた弁慶の立ち往生のように、死んでも敵を通さないように仁王立ちに絶命している訳ではあるまい。
ただ、敵の仕掛けたトラップということも考えられるので、慎重に近付きもう一度声を掛ける。
「どうした?」
「あっ、軍曹……」
ようやくミヤンが振り向いて「これ」と言い、ライトで前方を照らす。
闇から光の中に浮かび上がった光景は、10歳くらいの子供が折り重なるように死んでいる様子。
「そうか……もう直ぐここの戦闘は終わる。上に戻るぞ」
「はい」
ミヤンは頷いたが、トーニはずっと俺に背中を向けたまま。
「トーニさん、戻りましょう」
「先に戻ってくれ。俺はナトーに話がある」
ミヤンが俺の顔を見たので「行け」と合図した。
足音が遠ざかり、やがて消える。
静かになった戦場で、たまにパーンと言う発射音が響く。
「なんだ?」
「知っていたのか?」
少年兵の事だ。
「ああ」
「知っていて何故隠した」
「敵は敵、それ以外の何物でもない。隠したわけではない、ただ言わなかっただけだ」
「だが子供じゃねぇか!」
言いたいことは良く分かる。
どうして、こんなに小さな子供まで殺す必要があったのかと言うことだろう。
ただ単に暴れるだけの子供なら、縛り上げてしまえば済む。
しかし銃を持っているとなると、そうはいかない。
勿論、大人に比べて上手いか下手かと問われたら、ほとんどの子供は射撃が下手だ。
けれども、下手だから弾が当たらないと言うのは少し意味が違う。
1発で敵に弾を当てるのも、100発撃ってやっと敵に当てるのも、当たると言うことには変わりはない。
戦場はゲームや試合じゃない。
当たれば人は死ぬ。
当てるまでの弾数は、どれだけ補給物資があるかということにかかわるだけの事。
だから、子供だって銃を撃てさえすれば戦力になる。
一番問題なのは、その少年兵と対峙する側。
「戦場では一瞬の迷いが命取りになる。もし、最初からこいつ等が子供だと知っていたら、この様にして撃てたか?」
「撃てた?撃てるわけがねぇだろう!こんな幼い子たちを」
「トーニ……撃てなかったらどうなった?お前が撃てない事で、お前は、いやお前とミヤンはどうなった?そして部隊は、どうなる?」
「……すまねぇ。筋違いだって事は分かっていたのに……」
「かまわない。それが人間としての普通の反応だ。そして敵は、その弱点を突いて来た。さあ、部隊に帰ろう」
トーニの肩を叩いて、部隊に戻るため背中を向けたときトーニに声を掛けられた。
「ナトー、お前は――」
トーニはそこで言葉を止めた。
何を言いたいのか分かる。
だがしかし、その先の言葉を君に言われたくはない。
俺は覚悟を決めて、次の言葉を待っていた。背中から冷たい汗を流しながら。
「……どうした?」
「……いや、なんでもねぇ。言い間違えただけだから言い直していいか」
「ああ」
「ナトー、俺はどんな敵が来ようとも、お前を守ってみせるぜ」
そう言うと、トーニは俺の肩を叩いて走り出した。
不意を突かれたその言葉に、止める間もなく涙が溢れ出してしまった。
“この、イタリア産の、女たらしめ……”