【Who do you fight(誰と闘うのか)】
拠点の確保を小隊本部に連絡したのが午後3時半、それから10分も立たない間に敵の偵察部隊と斥候に出ていた普通科第2分隊の半数が鉢合わせて小規模な戦闘があった。
敵は少人数で、戦闘が始まった途端に逃げ出し味方に死傷者はなく戦闘を終えた隊員たちは悠々とした表情で戻って来た。
おそらく、いつまで経っても爆発音がしないので、様子を見に来たに違いない。
俺は地図を広げ、どこで出会い敵兵がどの方向に逃げて行ったのかを聞き、敵本体が来た時の防御法を練る。
「折角頂いた爆薬でお返しでもするか?!」
トーニが上機嫌で地図を覗きながら言う。
「単なる仕掛け爆弾では駄目だ」
「なんでよぉ~」
「先に来るのがナイジェリア軍だったら、どうするつもりだ」
「にゃるほど、にゃぁ~」
そう言ってスリスリして来る。
“なんかコイツ、キャラ変わったか?”
昨夜、俺が子供の時から人の命を奪い、挙句の果てに親の命も狙っている死神のような人間だと告白してやったのに、どういうことだ??
「ナトー、小隊本部には確か通信用ケーブルがあったよな、あと予備のバッテリーも」
「遠隔か!」
「さすが、話しが早いぜ! あとはスイッチが欲しいから、これは司令部のトレーラーに何個かあったはずだから持って来させてくれ」
司令部に依頼すると、遺体回収を終えたトラックもこっちに向かっているので、それが到着したら司令部まで取りに来させてくれと言ってきた。
そんなに行ったり来たりしていたんじゃ、到着が真夜中になってしまうので、キースに頼んだ。
キースのバイクなら用意する時間も含めても1時間くらいで来るだろうから、それまでに爆弾とケーブルの設置作業を進めればいい。
早速トーニと設置場所を検討した。
ナイジェリア軍が来る可能性を考えると、目視で確認できる場所ということになる。
勿論、爆弾用のケーブルにマイクを付ける事も考えられるが、話しながらやって来るとは限らないし、仮に話をしていたとしても英語なら分かるがハウサ語やヨルバ語などで話をされたのでは敵味方の区別がつかなくなる。(※ナイジェリアの公用語は一応英語となっているものの、高等教育以前の教育ではハウサ語、ヨルバ語、イボ語など地域によって異なる100以上の言語が使われているので、全てのナイジェリア人が公用語を話せるわけではない)
直ぐに小隊本部が到着したので、さっそく仕掛けに掛かる。
LéMATの築いた陣地からは、村の死角に当たる道の曲がり角と、この陣地の100メートル下にある窪地の二ヶ所。
村には、正面に延びる道の脇に数ヶ所ずつ設置した。
仕掛けた場所と操作方法をツボレク1等軍曹に説明している時、土嚢を組んだ陣地に12.7mm重機関銃を設置していた重火器分隊のビバルディー2等軍曹がワザとらしく唾を吐いて「12.7mm撃つ時に大切なケーブルを切らないように気を付けろよ」と射手に声を掛けていた。
「あんにゃろめ!」
「気にするな」
「ちっ、事故だったからって、結局は自業自得じゃねーか。助けようとした相手も死なしてしまい、自分も大怪我をしてよー。それを妬みの種にしやがって」
トーニがワザと聞こえるように言ったのでビバルディーがトーニの胸倉を掴み上げて「なんだとテメ―!」とドスの聞いた声を上げる。
周りで作業をしていた皆が振り向いた。
「よせ!」
ビバルディーに吊り上げられたトーニを降ろすため、その胸倉を掴んでいる手を逆間接に捻ると簡単に手は解け、奴は何をされたのか分からないと言った顔を向けて俺を睨んだ。
胸倉を掴まれていたトーニがビバルディーを睨め付け「所詮テメ―はナトーにゃあ勝てねえ」と捨て台詞を吐いたので、他所の隊とは言え上官に失礼なので叱り謝らせるとトーニも今度は素直に言うことを聞いて謝った。
嫌な思いはお互い様だけど、これで一件落着と思い、陣地に帰ろうと背を向けるとまた嫌な声を掛けられた。
「いやーぁ、さすがに最年少のナトー1等軍曹にはかなわねえな。プリップリのおケツを自信満々にフリフリしながら帰る姿を見させられたら、なんか俺も股の中心から勝てる気がムクムクと立ち上がって来たぜ」
「あの野郎!!」
トーニが振り返って走り出そうとしたのを肩を掴んで止めた。
「なんで、止めるんだよ! ナトーお前、喧嘩売られたんだぜ!」
「かまうな」
そう言って、また歩き出そうとすると、またビバルディーが俺の背中越しに悪態をつく。
「そうだよ。喧嘩を売ってみたのさLéMATの軍曹とやらが、一体どのくらい強いのか一丁やってみたくてな」
「残念だが喧嘩は買わない」
「だろうな。まあ帰ったら将軍かテシューブ(事務長)の膝の上で、俺の悪口でも言えばいいさ。そうすればお前の勝は決まったも同然だろ!?」
「もう頭に来た、ナトーがやらないなら俺がやる!」
トーニがまた暴れるので止めて、振り向いてビバルディーの顔を見て言った。
「ビバルディー、お前は誰と戦うためにここへ来たのだ」
ビバルディーの顔がみるみる強張って行くのが見えた。
「っつたく、反政府軍の回し者かよ!」
またトーニがつまらない事を言う。
だが、もう奴はそれに対して何も返さない。
道を外れて陣地に向かおうとしたとき、再び奴の怒鳴り声が聞こえた。
「何ぼさっと突っ立ていやがる!?12.7mmの次は、迫撃砲用の陣地を作るぞ!」
俺はその声を背に受けて、丘に登った。