【ring on the water(波紋)】
「片付けたか?」
「ハイ。3人共」
ハンスの所へ行くと、皆が一つの死体を取り囲んでいた。
敵の兵士ではない。
それは白人の女。
木に結んであるロープで両手首を縛られ、上半身の衣服は開かれ、下半身の衣服は剥ぎ取られている。
そして逃げられないようにするためか、足首から先を切り落とされていた。
顔に付いた泥を拭いながら、脈を診る。
既に脈は無い。
見開いていた綺麗な青い瞳を閉じてやる。
死因はおそらく出血性ショック死。
足を切り落とされた状態でレイプされ、直ぐにショック症状が出たのに違いない。
それでも奴らはレイプを止めなかった。
彼女が死んだ後も……。
汚れた服のボタンを留めてやり、破れたパンツと引きちぎるように剥がされたズボンを履かせ、脱がされた靴と切断された足と一緒に遺体収納袋に入れてやる。
ファスナーを締める前、最後にその綺麗な金色の髪もといてやった。
下に降りて2人の白人男性と、現地人ガイドも遺体収納袋にしまう。
敵の死骸は8体、どいつもズボンを履いていないけれど履かせる気にもなれなくて、それに遺体収納袋も無かったので放置した。
あとはハバロフが無線で呼んだ政府軍が回収しに来るだろう。
この日は安全のため野営地を昨夜の泉の地点まで後退させた。
同じ理由でキースの補給も、無しとした。
飲料水は泉の水が使える。
明朝には政府軍が遺体の回収に来る。
それに敵と遭遇したことで、小隊から第1分隊と第2分隊も前線に来る事が決まった。
今日倒した8人は、おそらく敵の偵察隊。
明日には敵の本体が来る事も充分考えられる。
この泉で、まるで休日のように騒いでいた昨日が嘘の様に静かだ。
母ゴリラの死。
密猟者の死。
その女性のレイプ殺人。
そして戦闘……嫌な事が沢山有った。
そのせいか部隊は静かで、昨日のように入水する者もいなければ、騒ぐものも無い。
「寝たのか?」
モンタナに寄りかかるように横になっている子ゴリラ。
母親を亡くしたこの子に比べれば、俺たちの心の傷は大したものじゃない。
「ああ、さっき迄は俺の指を咥えていたが、眠っちまったらしい……」
「可愛いか?」
「ああ、結婚もしてねぇのに、子供が出来ちまった心境だ」
「それはいい……」
俺がフッと笑うと、モンタナも笑った。
俺も子ゴリラの横に腰掛けて、起きないようにその頭を軽く撫でた。
「ナトー、ちょっといいか?」
トーニに呼ばれて起き上がると、彼はそのまま俺に背を向けて泉の畔に歩いて行った。
“なんだろう?”と暫く、後ろ姿を見ていると「行ってやれよ」とモンタナに言われ腰を上げた。
水際に座るトーニの背中が小さく見える。
「どうした?」
声をかけて、その隣に座る。
ナカナカ話し始めないトーニの横で、無理に急かすことなく夜空を見ていた。
トーニが小石を投げたのだろう、ポチャンと音がして、見ると穏やかな水面に波紋が広がっていた。
「すまねぇ……」
昼間の事だと直ぐに分かった。
「かまわない。トーニの言うとりだ」
「いや、違う。ナトーは何も悪くねぇのに、俺はなんてことを……」
それっきりトーニは俯いて何も話さない。
小さく肩が揺れている。
「実はな……俺の本当の両親って言うのはイラクに居て、俺がまだ赤ん坊の時に反政府組織の自爆テロに巻き込まれて死んだらしいんだ……そして俺を拾って育ててくれたのは、そのイラクに住む貧しい夫婦だった。義父は働き者で、義母はとても綺麗で優しくていつも幼い俺に本を読んでくれた。夕方の食事はいつも笑顔に包まれて幸せな家庭だった」
「……」
「だが幸せは長くは続かなかった。ある日、多国籍軍の空爆があり、俺の家に爆弾が落ちて義母は死んだ。それから義父は変わってしまい復讐のために俺を連れて反政府テロ組織に入った。おかげで俺は小さい時から本物の銃を玩具として与えられ、子供なのに銃で多くの人を殺してきた。人を撃つのが仕事だったから、死人を見ても何とも思わないし、殺すことも躊躇わない。ついたあだ名が“グリムリーパー”」
「グリムリーパー?」
「“死神”……ある日しくじって敵の砲撃にあった。それで次に目が覚めた時は赤十字キャンプに収容されていて、そこでサオリと言う日本人女性と出会い、俺は少し変わった。でもそのサオリは義父によって殺された。それで俺は義父に復讐するために外人部隊に入った」
「……」
「つまり、俺はトーニがあの時言おうとした通りの酷い奴だ。死にかけている人間に平気で止めを刺す“死神”みたいな奴なんだ」
ジェイソン1等兵
スペイン出身
身長185㎝体重97㎏、フランソワとボッシュと3人で、つるんでいる事が多い。