【Starry sky(星空)】
小さな泉を取り囲むように残ったメンバーは周囲の警戒に当たる。
キャーキャーとまるで子供みたいな燥ぎ声が、水の音と一緒に聞こえる。
時折、トーニが「ナトー!気持ちい好いぞ!」と俺を呼ぶが、それは無視。
それでもトーニはお構いなしに、水が綺麗だとか、冷たくて気持ちいいとか、キースの体つきが普通科部隊にしておくには勿体ないとか、勝手に話しかけることを止めない。
相変わらず、煩い奴。
でも、可愛い奴……。
しばらく放って置くと、それも静かになった。
静かになれば、逆にこっちの方が気になってしまう。
「ギャー! たっ、助けてくれ!! なっなんだこれは!」
急に叫び声が上がり、水しぶきの音が大きくなった。
“しまった!泉の中に潜む動物が居るとは気が付かなかった!”
慌てて振り向くと、トーニの突き出した手がドンドン水の中に引き込まれて行くのが見えた。
今入水している者たちは全員裸。
銃も持っていなければ、ナイフさえも持ってはいない。
我々人間はその状態で、小型のワニや中型の蛇にも対抗出来やしない。
「皆、岸へ上がれ!」
指示を出した後、俺は慌ててナイフを口に咥え、泉に飛び込む。
“アフリカニシキヘビか!?”
大きなものになると体長8メートル近くにもなるアフリカ最大のこのヘビは、ヤギやイノシシなども丸呑みしてしまう。記録上最大では70キロのハイエナを丸呑みした事例も上がっているほど恐ろしい蛇だ。
服が絡まって泳ぎにくいが、なんとかトーニが消えた傍まで辿り着く。
口に咥えたナイフを手に持ち替えて、水の中に潜る。
そこに居たのは、水の底で体育座りしているトーニの顔。
“何??”
目をぱちくりさせた俺を見て、トーニがニヤッと笑って泉の底を蹴ったので、俺もそれを追いかけるようにして浮いた。
「どうした!?」
「いやね、何か居る気配がして下を見ただろ」
「うん」
「そしたら、丁度俺様の股の間に巨大なアナコンダが見えて」
「……」
「あんまり、デカかったので驚いて、捕まえようと潜ってよく見たら、実は――」
俺はトーニの話を最後まで聞かずに、その頭を水の中に押し込んでやった。
「いい加減にしろ! びしょ濡れじゃないか!」
もー頭に来た。
馬鹿馬鹿しい!
何が股の間にアナコンダだ!
つられて見てしまったじゃないか!
トーニの馬鹿!馬鹿!馬鹿!
俺が怒っていると言うのに、反対に周りには明るい笑い声も起こり、雰囲気は格段に良くなった。
ふざけているとしか言いようがないけれど、この位のことで皆の緊張感が解れるのなら良いかも知れないと次第に思うようになるのが自分でも可笑しかった。
体を拭き終わったキースに小隊に戻れと言うと、次の班が上がるまで警戒任務に当たらせて下さいと言われたが、暗くなって何かあって明日補給が滞る事があってはならないからと言った。
それでも渋っていたが、最後に「それがお前の任務だ」と言うと、納得して帰路に就いた。
全員が上がり終わった後、ずぶ濡れの俺のところにトーニが謝りに来た。
知らん顔をしていると、ブラームとメントスそれにハバロフも来て、黙々と何かを始めた。
しばらくするとブラームが「すまない。連帯責任で、これを作った。許してくれ」と言って作っていたものを見せてくれた。
それはポンチョを組み合わせて作ったテント。
しかも、通常の狭い物ではなく広く風通しのいいようになっている。
「これなら、濡れた服を一晩乾かすことが出来るだろ」
ブラームが優しく言い、その後ろでトーニが神妙な顔をしていた。
「いいさ、ドジョウを見せられたくらいで怒っちゃいない。濡れた服も洗濯したかったところだ」と言って笑った。
「ど、ドジョウ??」
トーニが、それについて何か意義のありそうな顔をしたので睨みつけると、せめてウナギくらい……と小さく呟いた。
「これから、分隊長が入る!全員周囲の警戒を厳にせよ!」
モンタナが大きな声で命令すると、皆が「おー!」と雄たけびを上げ、泉を背に銃を構えた。
こんな所なのに、何だかお姫様にでもなったような気持ちにさせてくれて嬉しい。
まさか、ここで俺が裸になった途端、皆が裏切って振り向く事もあるまい。
俺は皆を信用して、堂々と裸のまま砂浜を歩き、泉に入った。
服を着ているときと違って、綺麗な水が肌に心地好く絡む。
汗臭さが疲れと一緒に水の中に溶けて行く。
何度も子供みたいに潜ったり泳いだりして遊び、最後は仰向けに水に浮いて空を見つめていた。
空には幾つもの星が出て、幾つもの人工衛星や流れ星が、その夜空にアクセントを付けて瞬いている。
パリでは見る事の出来ない、果てしない星空。
まるで空に散りばめられたダイヤモンドの輝き。
地上のダイヤモンドや宝石は、奴隷のように扱われた労働者や野心に満ちた者たちが採掘をしていると言うのに、この空にある宝石たちは純粋そのもの。
仰向けに浮かんだまま、手を上に伸ばした。
取れるとは思ってもいないが、出来る事ならもっと近くに引き寄せたかった。
上げた手から滴が落ちて来た。
ゆっくりと顔に向けて落ちて来る水の球体の中には、幾つもの星々が写され小さな夜空が出来ていて、それが俺の頬に落ちて弾ける。
こんな綺麗な星空が見えるのに……そう思うと、急に切なくなって涙が零れた。