【spring in the forest(森の中の泉)】
行軍3日目、まだナイジェリア軍も見つからければ、銃声さえも聞こえない。
オートバイのキースは、1日目はキッチリ20分で水と虫よけを運んできた。
その際にルートを確認すると大部分道路を走行して、俺たちの居る場所に一番近いところからジャングルに入るルートを通っていた。
それだと敵に俺たちの居場所を教えているような物だし、毎日同じ道を行き来する事で直ぐにその先で何らかの作戦行動をとっている部隊が居ると怪しまれる。
しかも、キース自身の安全が最も危うくなる。
だから時間は掛かっても良いから、自分自身の腕でジャングルの中にバイク用の道を切り開くように伝え、彼も時間は掛かっているがそれに応えてくれている。
さすがにジャングルでの行軍3日目ともなると、みんな口数が減って来た。
この暑さの中、足場の悪い上り下りのあるジャングルの中、常に敵の気配を気にしながら歩き回っているのだから無理もない。
今日は早めに野営をすることにした。
場所も既に決めてある。
山の中腹にある泉の傍。
どんな泉なのかは知らない。どうせこの辺りを流れる川と同じでカフェオレのような色をしているに違いないが、汗を流すことが出来れば気持ちはだいぶリフレッシュ出来る事だろう。
午後4時、目的の泉に到着した。
「おい、なんだこりゃあ!」
先頭のブラームを追い越して、真っ先に泉に到着したトーニが、素っ頓狂な声を上げた。
なにか予想外な事が起きたのに違いない。
泉の周囲の安全を確保するために、地図を広げてモンタナとフランソワに偵察の指示を出していた俺たちも森を出て慌てて泉の方に向かった。
視界の狭い森から出て、初めて実際の泉を目にした俺たちも驚いた。
「こ、これは……」
「なんてことだ……」
驚いた2人がそう言ったきり、次の言葉が出ないで泉に目が釘付けになる。
もちろん俺も。
そこにあったのは、カフェオレ色の濁った泉ではなく、空と周りの森を写した綺麗なエメラルドグリーンに輝く澄み切った泉。
傍によると、泉の周囲だけ泥ではなくて細かい砂に覆われている。
「ナトー、よくこんな泉を探し出してくれたな。こりゃあ最高だぜ!」
「楽園だな……」
トーニの後に続いてフランソワが言った。
そう。まるで楽園だ。
「入っていいか?」
トーニが海水浴に来た子供みたいな目をして俺の顔を覗く。
「駄目だ、入る許可はまだ出せない」
周囲の安全を確保しなければいけないし、この泉自体の安全も気になる。
それを承知したのかモンタナはミヤンを連れて、フランソワはジェイソンを連れて早速偵察に出て、俺はメントスに水質の調査を命じた。
「地下水だな」
いつの間にかハンスが隣に来ていた。
「それにしても、いい……」
景色が良いのか、泉が良いのか、部隊の雰囲気がいいのか分からなくて聞き返そうとも思ったけれど、珍しく幸せそうな笑みを漏らすその端正な顔に心を奪われてしまい聞きそびれてしまう。
「軍曹、大丈夫です。大腸菌やその他の有害毒素、微生物もほぼいません。水はph8なので弱アルカリですから、フィルターを通せば健康飲料レベルで飲むこともできるでしょう」
「OK。手の空いているものは水をフィルターに通して水筒に入れろ。 ハバロフは無線でキースにいつものセットを持って来させろ」
「了解しました
ハバロフが少し怪訝そうな顔をした。
水は確保できたしレーションも虫よけ剤も、まだ3日分あるから今日は特にキースに補給を頼む必要はないと思ったのだろう。平穏な場所ではそうだろうが、ここはそうではない。
敵に遭遇すれば、物資は急激になくなるし、取り囲まれてしまえば補給も受けられなくなる。
だから補給物資はいくらあってもいい。持ち切れなければデポ(貯蔵庫)を作ればいい。
それに、キースの目的は補給だけではない。
バイクの音を轟かせ、敵味方にその存在を知らしめることも重要な目的の一つ。
ただ正確に敵に位置を知られるのはマズイので、座標だけは暗号を用いている。
まあ電波を発信するだけで、ある程度方角を特定する方法はあるが、おそらく敵はそんなに細かい作業をする奴らではあるまい。
モンタナとフランソワたちが汗まみれの姿で偵察から帰って来た。
報告によると周囲に部落らしい物は無く、敵や人の姿もなく人がいた形跡もないと言う事だった。
報告を受けていた頃に、キースも補給物資を届けに来た。
荷物を降ろして帰ろうとする彼を止め、みんなを集めて入水の許可と取り決めを発表した。
先ず入水班を二つに分ける。
1班はハンス中尉、ブラーム、トーニ、メントス、ハバロフ、それにキースの6人。
2班はモンタナ、フランソワ、ジェイソン、ボッシュ、ミヤンの5人。
入水時間は10分。
片方の班が入水中、もう一方の班は警戒に当たる。
発表をしている間、珍しく皆が騒めいたのが気になった。
“もっと長く浸からせろと言う事なのか?”
不審に思っていると、発表を終え、質問があるか?と聞いた時にトーニが言った。
「入水班分けに、ナトーが入っていないけど、入らないのか?」
“そこかよ!”
いくら部隊内では男として扱われ、その厳守を命じられているとはいえ、みんなの前で裸にはなれない。
規則として“男”を通しているが、肉体的には“女”。
だから一緒になど入水できるわけがない。
「さあ、キースを返さなくてはいけないから、皆サッサと入れ」と、解散を命じた。
しかし誰も解散しない。
「……どうした?」
「ナトー。お前は入らないのかよ」
トーニが、また言った。
「俺はいい」
「じゃあ、俺もはいらねぇ」
「無理するな。汗で臭いぞ」
「俺もいい」
トーニと、いつも口喧嘩をしているフランソワが入らないと言うと、モンタナやブラーム、その他のメンバーも口々に入らないと言い出した。
「軍曹が入らないのに、僕たちが入れるわけがないじゃないですか」
ハバロフが皆を代表するように言った。
「……」
その言葉は嬉しいが、何も言葉を返せない自分が悔しい。
ハンスに助け舟を求めて顔を向けたが、知らん顔をされた。
「ナトーは隊内では、なんなんだ?」
トーニが、俺に問いかける。
「軍曹、分隊長、そして優秀なLéMATの隊員で隊内では男だ。でも実際の性別は女。じゃあ俺たちはなんだ? レイプを楽しむ反政府ゲリラか? 違うよな。俺たちも外人部隊きっての特殊部隊、その中でも最強のLéMAT第4班だ。特殊部隊は強いだけじゃねぇ。屈強な精神力の持ち主、そうだよな皆!」
「そうだ! 例え目の前にミスユニバースやプレイガールが居ても、任務中には何も感じないし、手も出さねぇ」
トーニの言葉にフランソワが付け加えると、皆が一斉に、そうだと声を上げた。
「うるせえなお前ら、時間がもったいない。俺はもう待ちきれないから入る」
いきなりハンスが、そう言って服を脱ぎ始めた。
鍛えられた逞しい体が眩しくて、思わず目を背けた。
「ナトー、お前は分隊長だ。全員が安全に入浴を終えるのを見守る義務がある。だから全員が上がってから一人で入れ。その頃には暗くなっているかも知れんが、それは仕方がないだろう。それでもいいか?」
ハンスに聞かれて「それでもいい」と答えると、皆が子供みたいに歓声を上げた。
「言っておくが、俺は今回司令部付き将校として同行している。部隊長である分隊長の安全を守るのは隊員の最大の役目。ナトー1等軍曹が入浴中は、全員で周囲の警戒に当たれ!」
「隊長に言われなくたって、そうするさ。なあ皆!」
トーニの言葉に、また歓声が上がる。
ミヤン1等兵
ベラルーシ出身。
年齢が同じで同期入隊のハバロフと仲が良い。
身長185㎝体重75㎏と、割と恵まれた体格だが、心優しい性格が災いして格闘技の成績は余り良くない。
戦争とは無縁の、おとなしく思いやりのある性格の持ち主。
カメラが趣味。