【Assault squad①(突撃分隊)】
約2時間の仮眠のあと、部隊は作戦本部を置いてムポフィに向けて出発した。
エドワード湖西岸中部に駐屯していたナイジェリア軍は南北から挟み撃ちに合いゴーマへの退路を塞がれ、そのまま西の森に向かって撤退していると報告があったのを最後に通信が途絶えている。
通信機の故障か、それとも他の何かなのかは、分からない。
とりあえず緊急を要する事だけは確かだ。
コンゴ軍のジープを先頭にして、1台のバイクと4台のトラックが続く。
バイクのもう1台とビバルディー軍曹の重火器分隊は、司令部と共に残った。
重火器分隊は撤収が遅いので、最前線で不意打ちを喰らったときに足手まといになる。
3号線と違って舗装が悪く、乗り心地はよくない。
所々に十数世帯くらいの小さな集落がある。
ロワ川に近い集落には、数人のコンゴ軍の兵士もいた。
彼等は希少鉱物を採る民間人の護衛のために居るが、その守るべき民間人から鉱物の売買で得た収入の一部を強請り取っているというのがもっぱらの噂だ。
ムポフィの手前にある集落の空き地に小隊の本部を設け、我々LéMATを含めた4分隊がナイジェリア軍の捜索をすることになった。
「クッソ! 俺たちは特殊部隊だっていうのに、普通科の分隊扱いしやがって!」
任務2日目にははやくも、フランソワをはじめ何人かの隊員から不満の声が上がった。
ろくに睡眠も取れず、それにこの暑さ、しかも何もする事もなく、ただ命令を待つだけ。
不満が出るのも無理はない。
疲れがたまるのはどの隊員も同じ、特殊部隊とはいえ同じ人間だ。
そこで俺はハンスにある提案をした。
それは捜索任務。
おれたちLéMATが単独でジャングルの奥深く入り込み、先兵となって撤退しているナイジェリア軍を探すという作戦。
これなら普通の部隊には出来ない作戦だし、何よりも”だらけた”姿を普通科の兵士たちに見られることはない。
「困難な作戦になるぞ」
提案すると、ハンスに睨まれた。
「困難にはなるが、そうしなければもっと困難な状況を招くかもしれない」
「どういうことだ?」
俺は思ったことを正直に話す。
「残念ながら現在LéMATの士気は落ちている。その理由は暑さによる睡眠不足……と、これは表向きの理由」
「表向き?」
「本当の理由は、特殊部隊としての誇りを傷つけられている事だろうと俺は見ている。なんだかんだ言っても、彼らの素晴らしい能力の原動力は、プライドの上に成り立っている」
「何日分だ?」
「1週間から10日」
「突出し過ぎだ、それは許可できん。それに、もし方角がズレて敵とすれ違ったら、ここに残った部隊が危険にさらされるだろうし、このジャングルの中では補給も困難になる」
「補給はあのバイクを使えば何とかなるだろう。それに敵とすれ違う事は先ず無い」
「なるほど、毎日補給物資を届けるバイクの音が、敵と味方を呼び寄せると言う事か」
「その通り。……どうだ?」
ハンスは少し考えて「バイクの隊員次第だな、奴にも相当な危険が及ぶからな」
そう、この作戦の要はバイク。
聞きなれないスポーツバイクの音が定期的に響くことで味方には救助隊が近くに来ていることを知らせ、敵には俺たちが近くまで来ている事を知らせる。
今のように、防衛目的で基地から近い場所だけを偵察していたのでは、ナイジェリア軍の兵士たちは見つからないだろうし、ピンポイントで接触しない限り敵と出会うことはない。
恐らく撤退を続けているはずのナイジェリア軍も味方が来ている事に気が付かない。
スクーターと違ってスポーツバイクの音は独特だ。
そして、そんな高価なバイクを持っている奴はこの国には滅多に居ない。
しかも危険地帯。
考えられることは味方の存在ということ。
つまり救助隊の存在だ。
味方に存在を知らせる事で見通しの悪いジャングルでの同士討ちも避けられるし、勇気と希望も与えることが出来るはず。
そして俺たちLéMATとしても、特殊部隊らしい任務により緊張感と士気を高めるチャンスになる。
ハンスもその事を分かってくれたのか、俺を小隊本部のテントに連れて行った。
「やあケビン。ウチの分隊長から興味ある提案を受けたのだが、聞いて貰えるかい」
ハンスは小隊本部のケビン中尉に、俺の伝えた内容を話した。
ケビン中尉は、良い案だと思うがLéMATだけに危険な任務を任すわけにはいかないと言った上で、LéMATだからこそ出来る任務だと肯定的に言ってくれ、最後に「まあ、君はいま副司令官代理だから、俺に反対する権利もない」と言って無線機のレシーバーをハンスに渡した。
直ぐに作戦本部のニール中尉に連絡すると、そこからまたキンシャサのペイランド少佐に連絡してもらい、意外に早くOKが出た。
後日ペイランド少佐から教えてもらったことだが、今回の派兵にLéMAT1個分隊を追加したのはトライデント将軍で、その際自由に動ける駒として自由に扱うのではなくLéMATの隊員たちの意見を尊重するようにと隊長のハンス中尉も今回の遠征に同行するように言われたらしい。
もっとも、ハンスの場合は将軍から言われなくても、今回のような難しい任務であれば自ら志願するに違いなかっただろう。
「さあ! 準備を急げ、準備出来次第出発するぞ!」
「チェ、なんてこったい。結局俺たちが出張らねえと話にならないじゃないか」
「まあ、そうボヤくな。こうい時こそ俺たちLéMATの出番じゃねえか」
「その通り。だからこそ最強分隊の第4班が用心棒として選ばれたってわけだ」
ボヤいていた連中が、任務を知らされて、活き活きしてきた。
口は悪いが、任務が困難であればあるほど彼らは頼りになる。
そう思うと、分隊長としてこの部隊をまとめる俺の気持ちも引き締まる。
「俺も行くぞ」
後ろから声を掛けられて振り向くと、既に装備を済ませてバックパック迄背負ったハンスが居た。
「しかし、ハンスは副指令代行だろ」
「副指令代行だから、付いて行くんじゃないか。いいか、お前が言ったように今回俺はLéMATの隊長として行くんじゃない。あくまでも副指令代行としてついて行くから、戦闘になっても正面には立たない」
「口は出しても、手は出さないって訳だな」
「さすが、察しが好いな」
「お互いにな」
ブラーム兵長
オランダ出身、身長190㎝体重100㎏で元キックボクシング、ライトヘビー級のチャンピオン候補。
ナトーと似たような境遇を経験した孤児であり、人格者でもある。