【Just below the equator①(赤道直下)】
A310Mでの移動は快適と言う他なかった。
「さすがに旅客機は快適だな」
「オイ見ろよ、地中海を船が通っているぜ!」
「そりゃあ船だって通るだろうよ」
「キャビンアテンダントは居ないのか?」
「機内食のサービスは?」
まったくLéMATの連中ときたら肝が据わっていると言うか馬鹿と言うか、同じ飛行機に乗っている普通科部隊の連中が静まり返っているのとは正反対に飛行機の旅を楽しんでいやがる。
もっとも、俺たち歩兵にとって空の旅は、本当に旅を楽しむしかない。
いくら緊張しようが、気を引き締めていた所で、何もすることは出来ない。
たとえ地上から対空砲火や機銃掃射をされたところで、応戦も出来なければ白旗を振って降伏することも出来ないし、敵の戦闘機に追いかけ回されたとしても缶コーヒーをぶん投げる事すらできない。
被弾して墜落することが決まった状態でも、何も出来なくて“なすがまま”と言うわけだ。
ずっと本を読んでいたが、そろそろだと思い、窓の外に目を向けた。
青い地中海が太陽に照らされて宝石のように輝いている。
その先に見えて来たのは、見渡す限り黄土色に広がるリビアの大地。
トリポリの周辺だけ少し緑があり、そこだけ少しだけ明るい灰色がかかる。
ムサの店は何処だろう?
セバは、ちゃんとお店の役に立っているのだろうか?
クリーフたちもお店に来ているのだろうか?
焼け焦げた港の28番倉庫は?
エマと行ったカフェは?
そしてエマと泊まった白いホテル……そこでバラクは天国に召された」
街が過ぎ、辺り一面の砂漠が広がる。
フランス駐留部隊のキャンプは何処だろう?
アンドレ大佐やミラー少佐は今でも治安維持活動のために忙しいのだろう。
「懐かしいか?」
ミーティングのために席を離れていたハンスが戻って来た。
手には2つのコーヒカップ。
その一つを差し出しながら、窓の外を見つめている俺に言った。
「ああ。懐かしい」
俺にとって外人部隊に入隊して、LéMATの一員として初めての任地。
「また行ってみたいのか?」
正直な気持ちは、行ってみたい。
でもザリバンが去って、平和が戻った街に俺たちはもう必要はない。
もう2度と戻ることのないように祈りたいから「もう行くことはない」とだけ答えると、ハンスはただ「そうか」とだけ返事を返す。
相変わらず、そっけない。
屹度エマだったらこの話を起点にして、行きたかったリストを次々に上げて来て、上手に俺をその気にさせる。
エマとは真逆。
それがまた可笑しい。
「どうした。口角が上がっているぞ」
「なにも」
考えを見透かされたことがまた可笑しくて、口角を上げたまま答えた。
いわゆる“笑顔”っていうヤツ。
「外の景色も良いが、それを帰りにも見られるように、今は寝ておけ」
「寝る?」
「そうだ。寝られるときは兎に角寝ておかないと、次にいつ寝られるかなんて保証は戦場には無い」
なるほど、ハンスの言う通りだ。
横を見ると、既にハンスは目を瞑って寝息を立てていた。
「じゃあ俺も寝る」
そう言って俺も目を瞑った。
「これから着陸態勢に入る。各自シートベルト着用!」
その号令で目を覚まし、窓の外を見ると景色は果てしなく続く緑色のジャングルに変っていた。
「首都のキンシャサ周辺はベッドタウンだと聞いていたが、違うのか?」
着陸態勢に入り降下しているはずなのに、どうも様子がおかしいと思いハンスに聞く。
「ナイジェリア軍の撤退が上手く言っていないらしく、着陸地点がキサンガニのバンゴカ国際空港に急遽変更になった」
「キサンガニ? そこからだと該当地区まではまだ400㎞もあるじゃないか。それだけ急ぐのであれば何故ゴーマに降りない。ゴーマからだと100㎞足らずだろう? それに言いたくはなかったがフランス軍は隣国の中央アフリカに1200人、その上のチャドと直ぐ西のガボンにはそれぞれ1個大隊が駐屯しているのに何故動かない」
今回の任務が俺たちに言い渡されるまでの暫くの間、ハンスは頻繁に会議に呼び出されていて、そのたびに苦い顔で戻って来ていた。
この任務を聞いた時にハンスの出ていた会議が今回の任務であったことと併せて、ハンスも会議室の席上で何度もこの点について言っていただろう事は、その苦かった顔で直ぐに察しがついた。だから敢えて言わなかったし、言えなかった。
それが、つい口をついて出てしまった。
「すまん。つい興奮してしまい、外人部隊であることを忘れていた」
謝った俺に対してハンスは何も言わない。
そして、しばらく黙った後で口を開いた。
「ゴーマは許可が下りなかった」と。
「何故?」
こんなことを聞かれてもハンスが困るだけだと分かっていたが、聞かずにはいられなかった。ゴーマ空港からだと数時間で支援体制に入れるが、キサンガニからだと1日は掛かる。
その間に困難な状況で撤退を続けているナイジェリア軍に、新たな被害が出ることは誰でも分かると言うのに。
国軍をこの地に派遣することを渋ったのはフランス政府の判断だろう。
そして隣国ルワンダのすぐ目と鼻の先にあるゴーマ空港を開放しなかったのは屹度コンゴ政府の判断。
しかも100㎞も離れていない南ギヴ州のブカブには中国軍PKO部隊250人が居ると言うのに、こちらも州を越えて出てくることはない。
今までと違い、今回の任務が大変であることは、この時点で予想が付いていた。
空港に降りると、先発していたC-130から丁度トラックが降ろされている所だった。
俺たちは速やかに装備を整えてトラックに乗り込む。
「あれっ、アイツら何してんだ?」
トーニが指をさす方を見ると、作戦司令のペイランド少佐と数人が足早に空港ビルの方に向かっているのが見える。
「かまうな。準備を急げ!」
屹度、政治的な何かだろう事くらいは察しが付く。
それにしてもこの状況でゴーマに着陸許可が降りないばかりか作戦司令が持ち場を離れるのはお粗末としか言いようがなく、こんなことをしているから動きの速いテロリストに苦労するのだと内心腹立たしく思いながら、その苛立ちをぶつける様に手際良く準備を急いだ。