3話「発現」
「拷問って.....なんとかなりませんか?...」
椅子にくくりつけられ、爪を剥がされ、肉を削がれる。対象が持つ秘密事項を痛みにより強制的に、それを''吐くまで''続けられる。
そこが大問題なのだ。爪を剥がれるだけならば腹をくくって死ぬ気で耐えれば我慢できるかもしれない。
けれど俺には例え四肢をもがれても吐くような情報は持っていないのだ。なにせこの世界の住人ではないのだから。
このまま行くと、死ぬギリギリまで痛めつけられる可能性が大だ。
一間置いて男の口が開いた。
「そうだな...さっきここを離れたのは上にお前が 目覚めたのを報告 するためだ。でもそのときはお前が話せるとわかる前だったからそれを伝えていない。
今から意志疎通ができたことを再度報告しに行くが、そうしたら
また処分が変わるかもしれないな。」
細身の男は丁寧な口調でそう言い残して去って行った。
落ち着いて考えて見ると、話すことができないのになんのために拷問するつもりだったのだろうとふと思ったが、そんなことはどうでもよかった、拷問を避けることが出来るかもしれないのだ。暗い牢屋に光が射し込んだような気がした。
ただそうなった場合でも、スパイの容疑がかかっている奴を、はいどうぞ、とここから出してくれることは有り得ないだろう。
あの男にした釈明はまるで意味を成さなかった。なんとかして敵ではないと認めてもらうほかないのだが得策が思い浮かばない...
─────牢屋にいて正確な時間は分からないが、体感で一日は過ぎただろうか。
あの男が3度目に牢の前に姿を現すときまで、俺はなんの解決策も見い出せずいた。
「出ろ。移動だ。」
さっきまでの丁寧とは真反対の口調で命令され檻の扉が開かれた。
そこでようやく顔を見ることができた。顔立ちはどこの国のそれにも分類出来はしなかったが、整っているようには見えた。
驚いたのは髪の色が純白だったことくらいだろうか。
兵士と思われる四、五人に睨みを効かされながら、俺は重々しい拘束具を引きずって通路を歩かされた。
「どこへ行くんですか」
先頭を歩くあの男に問いかける。
「話は後だ。」と、これまた強く睨まれた。
言いなりに暫く歩くと開けた場所へ出た。
そこには数台馬車があり、その一つに乗るよう指示された。窓はあるようだが、黒い幕で外が見えないようにされている。
すると、あの男がたった一人で乗り込んできた。
「で、話はなんだ。ここなら外には聞こえない。
はじめに言っておく俺はこの国の兵士だ。
本来お前と話すことは許されていないが、話しているのは私情、興味本意だ。
それと個人的な意見だが、俺はお前がどうも敵には見えない。
姿形は酷似しているが、''あいつら''とは話してみて全く違うものだと感じた。」
話始めると同時に馬車が動き出した。
この狭い空間にいるのは2人のみ。もちろん外には何人かの警備兵がいるのだろうが、異常だ。考えられるとすれば、この男が好きなように動ける立場にある、警備がいらないほどまでに強い、あるいは両方だろう。
で、まさかの理解者がいた。心を込めて説明した甲斐があったものだ。胸が少し軽くなった気がした。あ、そうだ質問だ...
「そう、これからどこへ行くのか知りたいです。あとなんと呼べばいいかも...」
「場所は言えないな。拷問じゃなく尋問に変わったとだけ言っておく。
名前は...レイとでも呼べばいい。」
ん?尋問と言うことは痛い思いをせずにすむのか。よしよしよし。一気に力が抜けた。
名前はレイか...そりゃあ敵かもしれないやつに本名は明かさないよな。
「最後に一つだけ言っておく、お前がどこから来ただとかの説明はよく理解出来なかったが、
信じてもらいたいなら本気で示すしかない。
ここからは俺にはどうにもできない。」
そうアドバイスを受けた俺は馬車から下ろされ、また暗くて長い通路を歩かされた。
その先に広がっていたのは月明かりに照らされた競技場、いや、闘技場であった。地面は砂、観客席らしきところまであり、まるで復元されたコロッセオのようだった。
そのまま中央へと連れていかれ鉄柱へと鎖は繋がれた。横目で観客席の方を見ると、人がチラホラいたのが確認できた。
なんだか嫌な予感がした。尋問するだけならこんなところへ来る必要はない...経験したことのない緊張で大きくなった鼓動が頭に響く。
少しの間、様子を伺っていると、筋骨隆々とした男がゆっくりとした足取りで目の前まで歩いてきて、言い放った、
「おい、面上げろ。ふん、お前みたいな少年を潜入させるとは全く酷い国だな。が、それとこれとは関係ない。殺された同胞の恨み晴らさしてもらうぞ。」
冷たく低い声が聞こえた瞬間、静かに高く振り上げられた右手が、気づくと俺の腹を抉っていた。
「がはっ....」
拘束と鉄柱とを繋いでいた鎖は引きちぎれ、勢い止まらず鈍い音と共に壁へと叩きつけられ、そのままうつ伏せに倒れこんだ。
しかし、奇跡的にあたりどころが良かったのであろうか、それとも''それほど''のダメージではなかったのか─────
少年は立っていた、炎の如き光を纏って。
その異様な光景に口が開いて塞がらない男は辛うじてとらえた。殴り飛ばしたはずの敵が自分の懐へと飛び込み、その右の拳が自分の腹を抉り返すのを。
先と同じようにして男は壁へと叩きつけられ、爆音が響いた。そこには壁の中にめり込んだ巨漢の姿があった。
燃え盛る炎は勢いを止めなかった。
止め刺そうとする直前、腹から大量に溢れ出る紅い血を見た時────
少年は自分のしていることに気がつき、自我をとり戻した。
重症で動けないのもの命を怒りに任せ刈り取ろうとしたのだ。
その後の1歩は攻撃のためではなく救うために無意識に出ていた。巨体を壁から剥がし振り返ると、救護に来たであろう者たちが、目の前の理解しがたい状況に懐疑の目をもって、突っ立っていた。
「はやく...病院へ連れt....」
そう言い残して、力尽き、その場にドサッと倒れこんだ少年の下には紅い月が出来ていた。
色々あって一週間遅れちゃいました...