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圭人と俊は書類のことと事故のことを隠し話さないようにしていた。
そしてある日唐津に言い寄った。
「バーベキューでもしませんか?」
それは来月辺りにイベントなる飲みを開催しないかという俊の思いつきだった。唐津は突発的な事に首を縦にふることはなかったが、それも予想通りと間髪入れずに俊は続けた。
「ここ何年かしてないのもありますけど 最近色々とあったし ここらで一回まとまった方がいいんじゃないかと それに圭人が来てから一度もやってないじゃないですか」
唐津は度重なる出来事に自粛しているようだったが、俊は頼み込んだ。喫煙場で話す会話に蒔は聞き耳を立てながら煙草をふかしていた。それは飲みという遊び、しかもただ酒となるかもしれない話に吐く煙も多かった。
唐津は渋い顔をしながら開催することを決めた。俊はありがとうございますと頭を下げ、それを聞いていた蒔はその場で場内種の人間に大きな声で伝えた。矢田前はその知らせに運転種の人間に連絡を入れ、そして営業種には改めて事務員から話をしてもらうよう頼んだ。俊は頭を下げながら拳を握った。
そして別の日の休日、圭人を呼び寄せ矢田前に会いに行った。それはあの事故のことを聞きにいくために。しかし矢田前は思い出したくないと拒んだ。だが俊はどうしてもと頼み続け、根負けするように嫌々ながらも話をし始めた。
矢田前はその日も運搬をするため車庫へと向かった。車庫の前には管理室のような小さなプレハブが建てられ、そこで目的場所、ルート、そして乗車する車を確認するのが決まりだった。矢田前はいつも通り同じ車だろうと見に行くと、その日にかぎって違う車だった。矢田前はたまにはいいかと気にかけず車に乗り込んだ。
目的地にナビを合わせ車を走らせていく。ほどなく真っ直ぐな道を走るとブレーキの効きが悪いことに気づいた。矢田前は交差点付近に入り、慌ててブレーキを踏むもセンターブロックに跳ね上がり転倒した。
その事故現場は俊も見にいっている。事故を起こした車は唐津と国崎が見に行った。
「国崎か、、、」
俊は矢田前に礼を言うとそのまま町川の水死した場所にやってきた。
圭人は下を向きその場を眺められなかった。
水死したとの連絡を受けた当時、町川を確認するため俊は唐津とやってきた。事故当日、町川は車に乗って川に落ちた。その後水死体として発見されるも水に膨れた体からは人物を特定するのは容易ではないとのことで、車のナンバーと車検証、爪等からのDNAによる照合、そして身元保証人となる唐津の証言のもと養護施設の校長長岡を呼び町川と断定させた。始めは事件に巻き込まれたと警察は調べていたが、結局のところ自殺だとし調査は打ち切られた。しかし俊はその事にも疑問を持っていた。それはその時の町川の精神状態がわからなかったからだ。何を知っていたのか。そこで同じ施設出身の圭人に話を聞きたかった。
「圭人 お前は死にたいと思ったことはあるか?」
圭人はうんと頷き顔を上げた。
「何度もある 他人の幸せそうな顔 同じ人間なのに酷く悲しそうな目で見る人 ろくに何も味わったことがないのに偉そうに上から見下し 違う環境で育つことへと優越感をさらけだす人 何を言っても皆同じだよっていう人 何もかも違う 見られ方も接しられ方も 皆一段上に立ってる それは嫌でも感じる 他にも沢山ある けど、、、」
圭人は思いの半分も言えなかった。それは今自分には周りがいるからと、その当時の気持ちは薄れ始めているからと。俊や周りの人達によって辛い過去が消え始めていることを口にすることができなかった。
俊は流れる川に目を落としあることに気づいた。
「お前が見た書類には俺の名前も書いてあったんだよな?」
圭人は振り向く俊に思い出すように頷いた。
「そうか、、、もし国崎が犯人だとしたら そこに書かれた人間がターゲットってことになるな」
実際に俊は事故を起こした。それは自分ではない誰かの仕業だった。そして俊は圭人らの話をまとめ仮説を立て始めた。
国崎は何故ターゲットとなる名前を書いた書類を事務所に残しているのか。それは木を隠すなら森だと。事務所には様々な書類が保管されている。中には保険関連書類も含まれている。事務所に置いといても不思議ではないことに、ましてやそれが見つかったとしても国崎のものとは確定しづらい。ましてや受取人の名前も唐津の名前なのだから。
ー完全犯罪 見つからなければ全て勝ちー
そう口にする国崎が 笑っているように思えた。
そしてバーベキュー当日、俊は一人計画に移り、圭人らは予定通り河川敷地の一画でバーベキューの用意をしていた。
「おい お前らこれ運んでいけ」
大量の食材と飲み物が車に積まれていた。唐津は、やるのならとことん盛大にと、いわば開き直るように買い付けをしてきていた。矢田前と寛はその量を見るとここぞとばかりに呑む気満々に腕を回し、蒔は飲むぞと段ボールから酒を取り出した。
そして俊は予め遅れますと唐津に伝えていた。
俊は静まり返った場内を横目に階段を上りドアに手をかけた。ブラインドのカーテンから日差しが漏れ、淡い色に事務所が染まっていた。
ー社長の机の後ろ 左奥にありましたー
俊は誰もいないことを確認しながら棚へと近づいていった。
「これか これじゃないな」
重なるように入れられる書類に目的のものを探すすぐには見つからなかった。俊はどこにあるんだと右へ下へと探し始めた。
ー紙袋に入っていましたー
思い出すように紙袋を見つけ、棚の下から一つ一つ開けていった。
「ない ない これじゃない」
あるはずの書類が何処にもない。在庫管理表や受注書などしかなく、俊は焦るように棚の上、棚の下。机や引き出しを探り漁った。しかし目的の書類は何処からも出てこなかった。
「これ以上無理か」
時計の針が一時間は過ぎ、ついた言い訳もこれ以上過ぎたらと探すのを止めた。俊は悔しがる思いに唇を噛んだ。
感情を押さえ込むように冷静になれと自分に言い聞かせ、車の中で煙草をふかし河川敷地へと走り出した。
「よく考えろ 」
俊は国崎及び唐桶工務全員を思い返していた。
唐津、国崎、矢田前、蒔、寛。そして圭人に町川 それと吉葉。その他にも従業員の顔を思い返しては関係を考えた。
「過去か、、、」
唐桶工務には社訓として過去を見ず、今を見るというのがある。従業員全員はその社訓に従い自分から過去を話すこと以外他人の過去を聞くことはなかった。それは仕事上のことだけだったが、従業員はそれを人にも同じようにしていった。それは良くも悪くも教育の賜物だった。
俊は会社の駐車場から路地を抜け、大通りに差し掛かった。昼の平日、通りはいつもより空いていた。車の流れに乗るようにアクセルを踏み通りへと入ると一台の車からクラクションが鳴らされ、俊の前に止まった。
「なんだよ」
俊は止まる車を回避しゆっくりとその前に寄せると、後ろに止まる車から一人の男が出てきた。
「どうも 真部さんも今からですか?」
車に反射する日差しに眼鏡が光った。
「国崎、、、」
俊は国崎を睨み付けるように見た。
「どうしたんですか そんな怖い顔して?」
国崎は全てを見通した口調で見下すように眺めていた。俊は何も知らないだろうと、焦ることはない今この場では何もしてこないと、自然に振る舞おうと心がけた。
「いやいや 国崎さんもどうしたんですか?今日も参加はしないんですかね? 」
俊は国崎を挑発するように言葉を返した。それは互いに譲れぬ思いがあるように手の内を隠しているようだった。
「それはお互い様じゃ ありませんかね 真部さん」
国崎と俊は対峙する緊張感に空気が痺れ始めた。どちらかが動けば崩れる。圧倒的に不利な俊は国崎の動向に目を尖らせた。
「真部さん そろそろ私たちも行きませんか?」
国崎は不意に声をかけた。それに対し俊は挑発的に返した。
「ん?それは俺がターゲットにされたかな?」
国崎の表情が一瞬凍りつく。きりりと鋭い目は力強く血走り、歯を食い縛りながら笑みをこぼした。
「何をおっしゃっているのかわかりませんね ただ今日はいい日じゃありませんか それとも雨が降るとでもおっしゃってるんですかね?」
俊はその言葉に寒気を感じた。凍りつくような目に、人を見下した言い方。それは国崎の隠す冷酷までの計算から出てくるものだと。いい日に雨と、それは不幸が舞い降りる隠語だとそれとなくわかった。
二人が通りで睨み合うなか、通り沿いにあるコンビニから蒔が出てきた。
「あれ?俊さんじゃないですか って二人して何してんすか?もしかして ひゃひゃひゃひゃ そんな関係じゃないか」
蒔はふざけた事を言いながら歩み寄って来た。
「蒔?」
俊は出てくる蒔を一瞬捉えては直ぐ様国崎に目をやった。