1-6:守護者(後編)
引き続き後編をどうぞ。
一言で表すなら、豪勢なホテルの宴会会場の一室だ。洋式の。
扉の向こうは、一体全体、何をしたらこうなった的な空間が広がっていた。
広いと言うか無駄にデカイ部屋と、バカにデカイと言っていいテーブル。
部屋全体の広さは明らかに、塔の面積を上回っているように感じる。
これは……これも魔術の一つなのか。とんでもないな。
天井も、壁も真っ白。テーブルの上のクロスも見事に白。
床は板っぽいケド。
そのテーブルの上は、ホテルよろしく花が活けられている。無論、豪華な花瓶付。
壁際には調度品が並び、椅子をはじめ家具調度品類が全てが全て俺から見れば高級アンティークにしか見えない品ばかり。
食卓と思われるそのデカく長いテーブルの奥にアンの姿があった。
ぐっと何かを飲み込むように、アンが声を上げた。
「お腹空いたでしょう。ご飯たくさんあるから遠慮なく食べて」
思うところはあるけど、まず食事。といった演出かな。
この誘い、乗るぞ俺は。渡りに船。
「おう。遠慮なく食わせてもらうよ。しかし、すごい部屋だな」
椅子は無駄に十二脚。
サーブされている食器も十二セット。
アンがこれ一人でやったのか?
とか思っていると、湯気をくゆらせたスープ皿が宙を浮いている。
よく見ると、スープ皿はお仕着せを纏った酷く色素の薄いと言うか、透明と言うか、人型の幽霊が持っていた。
おぉ。なんかの映画で出て来た風景だ。
まてよ。いま一つ洗濯された衣類とアンが結び付かなかったが……。
洗濯は恐らくメイドさんなんだろうな。でパンツ洗われたと。
まあいい。良いとしようか。
で、メイドさんに脱がされたとか?
複数のお姉様方に脱がされ、運ばれて――た、魂抜けちゃいそう。しくしく。
魔術的なサーバントて所なんだろうけど、精神ダメージがががが。
「座って」
と呆けたり、イヤンイヤンしていると、差された席はアンに向かって左隣。
奥のアンとはエル字に用意された席。
向かい合うでも無く、隣り合うでもない丁度よさ。
長いテーブルの端と端じゃなくて安心。
進めに応じ着席する。
ミラレタノハ、ワスレルノダ。
「口に合うといいけど」
「いや、問題ないと思う。見た感じは俺の世界と変わらない」
「そ、そう」
う、うまい。
何を話していいのか。ついさっきまで散々グルグル考えたのに、情け無いほど出てこなくなるセリフ。話題。何気なく、目の前にサーブされたスープに口をつけると、驚くほど旨かった。
なんだこれ。
黄色いのでコーンポタージュだとは思うけど。口の中にうまみが溢れ、すっきりと胃に落ちる。バスケットのフランスパンと思われるパンに噛り付き、次に配膳された何かの白身魚のソテーに手を出す。
気が付けば、無言で食器の擦れ合う音だけが部屋を満たしていた。
ひと心地ついて部屋の空気を無言地獄に落としていた事に気が付く。
「お腹減ってたんだね。無理もないか、あな……ケ、ケイゴがこちらに来てからもう十五時間くらい経過してるからね」
クスリと微笑むその笑顔に、思わず火照りを感じる。
やや頬が上気して嬉しそうに見える気がするのは、自意識過剰だな。
「す、すまない。つい旨くて。――行儀が悪かったか。作法なんてわからないから、問題あれば言ってくれ」
「ん」
やはり、何を語って良いのか判ら無い俺はそんな感想をのたまった。
いつの間にか平らげた食事は、空いた食器が下げられ、食後のドリンクが運ばれてくるところのようだ。
どちらかと言えば、両親は外出と言うか出張が多く、食事と言うと一人で黙々と取ることが多かったので、食事中の会話と言われてもピンと来ないのは確かだ。
思わず夢中で食ったのは空腹だから。として許してもらおう。
腹を満たす事が出来たお陰で気分も落ち着いた。
「ウマかった。御馳走様」と思わず合掌してしまう。
すると気にせず「お気に召した様子で何より」と微笑を湛えてアンは言った。
文化の違いとか認識済みと言った風情。
なにそのポーズは。とか怪訝な顔で言われても返答に困ったので助かる。
置かれた紅茶を一口含み、意を決する。
「アン――俺は、ご主人様の……守護者だ」
「うん。『ご主人様』は……止してね」
「了解。で、まず俺は何をすべきだろう」
居住まいを正すアンに、改めて向き直る。
「それより、まずはあたしから――あたしの願いは『安定した国家』よ」
「安定した国家。国」
「そう、とても遠大な時の掛かる一大事業。この帝国は今、内乱の最中。その戦の水面下で動いてるであろう、首魁の男の野望を打ち砕き、ある人物を王座に据える。それがあたしの望み。
それを円滑に完結させる為に戦力の増強として、守護者召喚の儀式を行った」
「内乱。戦争。戦力」
いきなり言われて腑に落ちる訳もない単語の羅列。平和に平凡な日本で生を受け、戦争とかはニュースの中の世界。もしくは日本が誇るサブカルチャーや映画の中だけの情報。常に対岸の火事。自分には関係のない事としか誰もが思っていたモノ。
「ケイゴは言った。言ってくれた。あたしの守護者にと。――召喚の張本人であり、現実問題、強制的な誘拐の犯人であり、あなたを呼べて喜んでしまった。そんなあたしが言うべき事ではないけど。――戦争をする事が出来る? ケイゴ」
戦争をする。内乱だ。間違いなく国家内の戦争。人対人。
アンは知らない。俺が戦争なんて本当の意味で『知らない』人間だという事を。
それでも聞いてきた『戦争』という行為への参加覚悟の有無確認。無論覚悟なんてものは無い。人を武具をもって打ち倒す。すなわち殺人。
攻撃は広範囲、無差別かもしれない。
いつかニュースやネット動画でみた惨劇。惨状。
泣く子供、血みどろの母。
戦争のイメージは違うかもしれないけど、引き起こす結果はニアリーだろう。
出来れば、食事の前に会話するべきであった内容。臓腑からは悲鳴が上がり、嚥下した食事は上部の出口への移動を求めている。
不快感は飲みこんだ。
咽かえる胃液の香りだけを鼻から押し出す。
漫画アニメゲームの主人公たちが味わったであろう、究極とも言えるルート選択。
殺す/殺さない。
俺の場合、俺は死なない。ただ死なないだけだ。『殺人』を回避する方法はない。戦争なんだキレイゴトだけで済ませる等はありえない。
『殺す』『殺さない』これは選択ではない。『殺す』のみだ。
それでも発生する覚悟の有無選択。
黙り込むこと十分強。
ぐるぐると回り巡る思案。糸口も出口もない問題提起。
ドロドロとヘドロの底からあがいて、もがいて出来る限りで思いつくのは最低限の条件提示のみ。
条件を口にした後、是非を問わず確定する『殺人』への関与。
そんな最低条件。
未来染まるに違いない赤黒の掌を眺める。
拭っても、振るっても、洗っても落とせない未来の業。
出来ないと言ったらどうなる?
アンは恐らく無理強いはしない。そんな予感。
この予感は、プロ野球の首位打者の打率よりは的中率は高いだろう。
俺は彼女の設定可能な安全圏に退避させられ、出番無く数十年が経過することも考えられる。会えないことはないとは思う。
絶対に近い安全圏での、安穏とした日常。
不自由は無く、移動の自由の有無のみの不自由。
だから?
アンは、俺がどこかで安穏としている間に命を懸けて戦う。傷つく。そして最悪死ぬ。
俺の命もそこで尽きる。
だから? どうする?
良いのか? なにが?
守らなくていいのか?
彼女の願いを? 彼女を? 自分を? 自分の心を?
俺の心ひとつだ。
『俺の心ひとつ』
天秤にかけれるのか? 彼女の命を。笑顔を。自分の命を。帰還の可能性を!
賭けとして成立してないだろう!
知らないやつを殺す。
罪人ではないかもしれない人間を殺す。戦争だ。
善悪問わず。中には外道もいるだろう。そいつも人だ。
相手は殺しに来る人間。
殺しに来る。そんな相手を殺す事と、全てを天秤にかけるのか?
賭けのベットはなんだ? 『俺の心』だけだ。
俺は守護者だ。なると決めた。
侵す奴に容赦して全てを失うのか? 断じて『否』だ。
心に誓え! 守ると。
心に誓え! 帰ると。
心に誓え! 生きると。
心に誓え! 呵責に耐えると!
心に誓え! 彼女の守護者であると!!
「アン、誓え。
無辜の民には手を出さないと。
無駄な血は流れないと。
民を盾にしないと。――誓え」
「無論」
「何をもって誓う?」
「杖と誇りとをギアスをもって誓う」
即答と共に、爆発的に高まるアンの魔力。
輝く光の力場、深紅の稲妻が身を包む。
取り出したナイフで指に傷をつけた。滴る血。
魔術が生み出すその力場の渦が、調度品を巻き上げるを無視し、高らかに叫ぶ。
『
来れ! 血と真名の契約陣!
赤炎の魔導士アンジェリーナ・ティクナート・ルシアナ・ゼルフは
契約と名と誇りと術にかけて、ヨネハラ・ケイゴに誓う!
助力の条件を全うすると 』
莫大な魔力の残滓は集約され一つの光となり、俺の体に消えた。
何が起こったのかは『解る』契約は交わされた。
だから俺は宣誓する。
「俺の全ては貴方の物だ、マイ・マスター」
「貴方の全てはあたしの物よ、ケイゴ」
次回「所持品検査」
魔女:「誓え!」(ドヤ) ぷーっ。うぷぷぷぷぷ。 本当にいい香りだわ。
下僕:いや、ほんと勘弁してください。まじで。マジ勘弁です。