1-3:実験結果は如何に
説明会開催
「付与術士? 」
「そう」
大惨事一歩手前で回避された事故の後、顔面崩壊寸前までボコられた。
ひとしきり呆然と驚いたあと、我に返った彼女は鬼と化した。
J・デンプシーよろしく殴打の往復。
ご丁寧な事に、鳩尾に一発ぶっ込んで俺が頭を下げたところにローリング。
「ふみまへんれひた、もうひまふぇん」
オリンピックのトーチを掲げる選手の如く、灼熱化した短剣を持ったままに誠心誠意の謝罪。
どうやら、頭に血が上ると手加減とか一切どっか行くタイプだこの子。
「ひょーひに、のひまふぃた。」
ぜいぜいと息をきらせながら殴ってた鬼は、殴った手が痛かったのかポーションぽいものを取り出し、手にぶっかけた。ついでではあるだろうが、ありがたいことに俺にも頭からぶっかけてもらえた。
大昔のドラマの演出なんかで女性がコップの水をぶっかける感じでびしゃりと……。
ドのつくMな何かに目覚める切っ掛けになったらどうしてくれる。
この扱われ方……慣れないと心のほうがマジヤバいかも。目覚めちまう。
「大体の予想つくけど、付与術士ってのはなんだ」
小休止の後、気分を落ち着けた彼女。あの掃きだめのゴミを見るような眼は、若干ではあったけど成りを潜めていた。感情の起伏が激しいッポイ人であるが、どうやら大分落ち着いてきた様子。
元々ジト目三白眼系なのだろうとかって、希望的観測していいですか?
そーゆー表情がデフォルトだと思えば何とか耐えれるから。いや、この目マジ辛いわ。
「その予想がどれだけ当たってるかは判らないけど、付与術っていうのは通常、専門の術がある。例えば『鋭利化』」
短剣に最初に使った術だ。
頷いた俺に、続けて彼女は言う。
「専門の術には確かに、魔力や火の属性を付与する
『付与武器 魔力』
『付与武器 炎』
等が存在する。これらは全て、一定の時間継続する。ここまではいい?」
「うん」
さらに続けた説明はこうだ。
抑揚はかなり抑えてあった。だからきちんと説明を受けることが出来た。
暴力と隣り合わせだと頭に入ってこねぇし、正直助かる。
付与術とは一時的に魔力付与を行ったり、属性付与を行ったりするものだ。
それは剣であったり、槍であったり。武器を構成する素材や形状も関係する。
棍棒に『付与武器 炎』や『鋭利化』は付かない。
素材適性が無いからだ。
矢は専用の術『付与矢 火』や『付与矢 風』がある。
専用ねえ。特化術って考えればいいか。ゲームでも全く無い訳でも無い。
「あなたは違う。『凍結身体』や『火の手』の術の様に、術者自身に魔術を付与する訳でもなく、既に実体化した攻撃魔術を斬った。その上で、短剣に付与した」
彼女は自身の手を、炎で包む『火の手』の魔術らしき術を使いながら説明を続けた。
真っ赤に燃える炎は確かに存在するのに、彼女を焼いている様子は無い。
流石魔法。直に見ると、手が燃えるという光景は異常だ。
「違いは?」
「大アリ」
彼女曰く。通常ではあり得ないらしい。
特別な魔法装備でもなければ、発動済みの魔法を斬ったり、潰したりはできないと。
そんなことが出来るのは、伝説級の武具だけだとも言った。
複数の効果の発生する武器なんかも、レアだそうだ。
ゲーム感覚で捉えれば、複数属性とかって『かなりレア』とか言われれば確かに。と納得してしまう。
どうやら魔術と言うだけあって『術』なのだろう。所謂、理不尽ぶっちぎりの『魔法少女』の魔法ではないっぽい。
「武器に魔力や属性を付与することは可能。魔術師はそれができる」
「紙の上の魔法陣に、魔法を封じるスクロールとかか」
「そうね。専門として巻物を作ることを生業とする輩もいる」
便利グッツ作成、販売業者ってとこだな。
水出るスクロール屋さん。灯りのスクロール屋さん。または、その両方を作って売る屋さん。
魔力を通すとは言っても、消費魔力量が違うのだろう。既にある魔術をキックするだけの労力と、ゼロベースから練り上げるのでは違いがなきゃ変だ。
「貯めて置くことが出来るって事だろ。便利じゃないか」
最大MPにしろ、回数上限にしろ、使用制限はあるに違いない。
なら使用回数の上昇はアドバンテージだ。
有体に言えば、使い放題。蓄えただけ球数。コストはシラン!
「魔術師は生涯、会得できる術の数が制限される。キャパシティーを超える数を会得できない。人には習得限界が必ず来る。それは千差万別の差があるけれど」
「ん? つまり?」
「専門の術。と言った」
「あっ」
解った。要するに……無駄ってことだ。
例えばさっきの『火炎球』の術を使える術士が、『火炎球 付与』を習得するとなると会得できる魔術レパートリーが減るってことだ。
でも『付与』の系統を多く会得するほうが結果として便利なんじゃないのか……。
貯蓄スクロールの数が力になるのだから……。
「あなたの考えてることは解る。でもそれは違う……」
「ほう」
「スクロールには弱点がある」
語った内容は、
消費魔力増減による、威力等の制御ができない。
作成時点のスクロール性能のままでしか使えない。
魔術行使が保有しているスクロールの種類、数に限定され汎用性が落ちる。
そもそも攻撃魔法は制御が困難で、付与術は高い技能が必須。
ただの紙に見えて、紙そのものが専用用紙でとてもお高い。
確かに不便は不便かもしれない。
しかし状況にもよるだろうが、デメリットを超えるメリットのケースも多いと思う。
魔力が通せれば誰にでも使える。これはデカイ。と思うんだが。
使い手の手数が増えるワケだし? 戦いは数だよ兄貴。
さらに大きな一つ疑問が浮かぶ。
「一度習得した魔術は、取捨選択はできないのか? 例えば一つ忘れて、再取得とか」
「可能。本に習得済みの術を逃がせばいい」
おかしくないか。益々デメリットが少なく感じる。
逃がすことが可能なら再習得も可能だろう。本と言われるものの価値が解らんが、術数が増える訳だから、作れるのなら作ればいい。
作りまくって、再習得。無くなればワンモアな無限生産体制。
「なぜ逃がさない。普通に考えれば……」
「本の製造には、通常のスクロール用の羊皮紙を五十枚以上必要。それには白金貨二枚は掛かる。普通には流通していない。大きな都市の魔術師ギルドに所属しないと購入すらできない。大体何冊も本を保持、保有する事自体が不便」
確かに旅の魔術師等は本を無数に持ち歩くのは現実的に難しそうだ。重量・容量無制限なアイテムボックスでもあれば話は別だろうけど、それこそチートの領域だ。
それと資金面でのコスト問題か、世はどこでも金次第か。異世界の現実も厳しそうだ。
「その。白金貨ってどれくらいの価値があるんだ。高価だろうとは想像もつくが」
「国内の価値換算なら、
端貨十枚で一銅貨。端貨は銅と鉄の混ぜ物貨幣。
銅貨が百枚で銀貨。銅は産出量が多くて銀交換はすごく多くなる。
銀貨十枚で金貨。 銀と金は高級貨幣。
と上がる。
白金貨が最上級で、もちろん金貨十枚。
冒険者は一日の旅で一銀貨あればお釣りが出る。
二十銅貨もあれば普通に食事が出来る」
ふむ。銅貨一枚を超大雑把で百円としよう。これで一日の旅費一万円。二千円で食事と換算してっと。
げぇ。マジか。
本の原価代だけで、百万円貨幣二枚だぞ。二百万の五十分の一って幾らだえっと。
四万!? 一発のスクロールが? しかもこれは『紙代』に過ぎない、こらアカン。
ついでにパンピーの月収などを聞いてみると、千差万別との回答。
そこを何とかファジーにお願いすると
「一食で銅貨二十枚超えると贅沢の範疇。出来る冒険者でそんなモノ。町暮らしなら一日十五枚程」
って話だ。
銅貨の換算が大体ではあるが、百円で良い気がした。一日自炊で千五百円。
ひと月って考え方を在るものとして、三十日と換算しちゃって……銀貨4枚半。
スクロールたけえ! 約一般月収、イコール、一発のスクロール(原価)かよ。
コホンッ。咳ばらいを一つ。
彼女は続けた。務めて興奮を抑えるかの様に。
「話を戻すよ。見て、あれを」
そう言って指さしたのが、あの短剣だ。持ち手の部分を固定し、燭台の様に立ている。
別な光源もあるが、あれもソレなりに明るいので、便利だ。あったかいしな。
「あれが?」
「話……聞いてた? 理解した? おかしい所はない?」
あっ。
「センセイ、ツカヌ事をオキキしますが……」
「どうぞ」
「付与魔術って一時的。つまり一定の間だけ効果持続すると聞きました」
「ええ」
「一定時間とは?」
「――数十秒。効果時間が長い術でも、およそ十分から十五分」
まて、まて、まて、まて、まてぇーーーい!
よし、落ち着け。
一拍おいて、驚愕の時間を言いやがりましたよ。
秒とか、分とか、自動変換されているのか理解の及ぶ所ではない。が、理解できる単位なのはこの際、僥倖だ。さっきの実験から顔面変形されて、リビルドしてもらって。それから今の説明だろ。
「ざっと、一時間近くは経過してる。生活明かりとして活用される『光源』の術などは、稀に『永続化』が付与されることもある。でもこれは別の術と認識されている『付与 永続化』の術を使って『光源』の術の効果を永続化することで実現できる」
「つまりだ。俺の魔力付与は、異常に効果時間が長いと?」
ふるふると瞑目しながら首を振る。否定だ。そして。
「違う。恐らく、いえ、間違いなく『永続化』されてる」
「ナンデスト」
永続化。つまり永久に付与されっぱなし。
驚愕の評価。俺ってば、ちょっとスゴイかもよ?
「もう一つ。いえ、二つおかしい点があるのが解る?」
目元の険しさが薄れたか。興味なさげな三白眼が気持ち、和らいでるような気がする。
「……いや」
「専門の術……と言ったわ」
目元の印象のせいか、心なしか口調が変わってきたように感じる。
「『火炎球』は純粋な攻撃魔術。
発動後の効果を武器に付与する魔術なんてあたしの知る限り存在しない。
『火炎球 付与』はあくまでもマジックスクロール専用加工された用紙に『火炎球』の効果封じる術。
間違っても通常の武器に『火炎球 付与』なんて、何度試しても無駄。絶対に不可能。
全く別物なの。例外として、古代のロストアーツには杖に火炎球を複数回封じ込める。そんな技法もあったとされているけれど。それくらいしか知らない」
それに耳がピルピル嬉しそうに震えてる。
「持って」
燭台と化していた短剣を俺に持たせ「斬って」と言いながら指さすその先には、煉瓦と思しき、四角い塊。言われるままに。ドキドキ。ワクワク。そんな感情を少し覚えながら剣を振り落とす。
「数十秒しか持たないはずの『鋭利化』が解けていない。つまり多重魔力付与!
あなたの『鋭利化』その効果も異常、普通じゃない。アダマンタインのインゴットを、あっさり……」
バターの様に切断された、煉瓦と思われた四角い物体は、もっと密度の高い鉱石結晶のようだった。
彼女の光彩を失ったような、蔑んでいた目に生気の光が宿る。
眉間に縦の皺はなく。
「もう一度言う。こんな事は『誰にもできない』あたしの召喚は大成功だった」
瞳をキラキラと輝かせながら。
自身の不備は、不備ではなかった。
失敗ではなかった。
そんな思い。
興奮を抑えきれない耳が、天を穿つ様に頂点を向き、ピっとそそり立つ。
「あなたは、魔術は使えないかもしれない。
でも、貴方こそ我が守護者。
無限のマジックアイテムメイカー。
この世界で唯一無二! 稀代のエンチャンター!」
極上の微笑みを妖精がくれた。
ルビ難しい
次回:「ソウルリンク」