2-10:屋敷にて
無事UP出来ました。
「遅い」
満面の不機嫌はマイ・マスター。
対面には頭を下げる中年の男性ちょいイケメン風。
ここは『ヘリオス』のアンゼルフ邸。
「ふふっ、そう仰りますな。アン・ゼルフ様、ご無沙汰しております」
にこやかに微笑む眼鏡男はキールと言う。
『キール・ロアイアル』この街の代官の職にあると言う。至って文官。超文官。
ロアイアルで解るように、あのマリアンヌの旦那だ。
背丈は確かに百八十はあるだろう。でも、ちびっとヒョロ目。
そらぁもぉマリアンヌに比べれば、バットと木刀位の差はある。杖とは言わない程度。
面構えもマリアンヌが剛なら完全に柔。柔らかい物腰。
対して、
「顔を出せと言って、待たせるのかお前は」
ときた。ツンツンモードフルドライブ中。会うなりこれだもん。仲は、すげえ悪そうだ。おぉ怖い。けどあの赤は大人しく、美しく、肩に流れている。
ん、見た感じあの足……。
キールって代官の足は左が義足、か。
昔入院した時にあんな歩き方を見たことがある。膝から急にカクリと曲がる感じを。
「いやいや。お言葉ですが、来て頂けるとも思っておりませんで、なにせ事前にご連絡も頂いておりません。部下に伝え聞いたのが本日の午後。これでも急ぎ、他の職務を完遂してきたのですよ」
アンは顰め面ではあるが、いつもの『イキオイ』てのが無い。
「ふんっ! またそーやって馬鹿にする。いい加減普通に話してよキール」
お、急に口調がいつもみたいに……いや、ちょっと様子が変だ。
「いけません。会うたび申し上げております。私と貴殿は上司と部下。主従関係です。言葉は大切ですよアンゼルフ様」
「様っていうな! 違うでしょ! 仲間でしょ」
「駄目です。貴方は貴族で領主です。私は貴殿の叙勲を受けた騎士階級代官に過ぎません。お忘れですか」
「はぁ!? 代官やってくんない? って言っただけじゃない『うん、いいよ』って言うから任せたら、急に変な口調になるんだからっ!!」
「ふふ。先程の様に罵倒して頂いて良いのですよ。到らぬ部下ですので。無論、反論は致します。主君の認識を改め窘めるのも忠と謂う物です」
ほほぅ。疑問解決だな。
権力とか、貴族意識とか、言葉使いとか、すごく意識する理由。
「やめて! 忠義なんて要らない! やめてってお願いしてるのに」
「困った御方だ。本日の用向きを伺いに来たと言うのに。
結構です。ならば何度でも申し上げます。我ら夫婦は感謝しております。冒険者として致命傷を負い、尚も目を掛けて頂き、代官等と過分な地位を頂きました。これに報いるは、一重に忠義を尽くすに限ります。決して友誼だけでは報いる事、儘なりません」
「ぐぎぎぎぎぃ」
これは……超いい人だ。
流石マリアンヌの旦那さんだ。しかもインテリ派。
癇癪持ちのアンじゃ荷が重いかな。
馬鹿じゃないし頭もいい方だとは思う。けど感情が先に立つんだアンは。
「では言おう! この街の開放はあたしの。あたしだけの功績ではない。よって然る手続きを用い、男爵夫人を皇帝陛下に返上する。そして貴殿に譲渡しよう。街の全てを!」
あぁあ。そんな言い方すると……。
「それを可能、不可能。判断できぬ主では御座いまい。
過去の功績を認めるは帝室。
かの帝室が権威の失墜を招く様な真似。よもや決定されるとお思いか?」
だわな。
理由と手段は解らんが、昔の仲間達とこの街を手に入れた。むしろ侵略されていた街を敵から奪還したと言った所だろう。
ならその功績に報いる事もあるだろう。国として。
多大な功績でイキナリ領主も無いかな。それまでの様々な功績もあったに違いない。
だが最終的な結果として、統治をアンが拝命した。仲間と共に得た功績として。
その功績をなくす? 褒章先を数年後に変更する? 理由もなく?
そんな間抜けな事、皇帝が許可しても配下が認める訳がない。
しかし……コイツ……。
「口調だけ我慢なさいませ。さすれば万事安泰に御座います」
助け舟……出すか。
埒が明かない上に、思う所もある。
アンがこんなに怒ってるのに。顔が髪の色を成しているのに。
全然キレる兆候が無い。
寧ろ。悲しんでる。目尻には既に涙だ。
「割り込んで申し訳ない。――我が名はケイゴ。アンジェリーナの守護者だ」
「ケイゴ……」
ちっ、泣きそうな顔スンナ。
俺もちぃとムカついてきたところだ。
「守護者。なるほど主は大召喚を慣行為さったか。会話に割り込む無礼者なれど、同じく主に忠を尽くす使徒。――宜しい。ならばご挨拶位返すべきですな」
「馬鹿かアンタ」
「は?」
この石頭はアンや、嫁であるマリアンヌが何を言っても聞かないんだろ。
なら俺が思い知らせてやる。
アン。お前の嫌がる事をやってる自覚も無いこのオッサンに。
「俺は召喚に応じた。間違えるなよ? 俺は忠を悪戯に尽くす訳でも無いし。
アンタと忠を競うことも無い」
「ふっ。言葉使いも儘ならぬ僕か。主も不憫な……」
「あぁ無能で迷惑をかけてる。だがな、アンタみたいに無駄にアンを悲しませねえ」
「……どういう意味ですか。私がアン・ゼルフ様を悲しませる? 何を根拠に世迷言を言うのか。宜しい。戯言をぬかす愚か者の諫言、聴こうではないか。我が身の不徳。聞かせて貰いましょうか」
「簡単に言ってやる」
一発くれてやらないと気が済まない。
「どうぞ」
「仲間に借りが出来たら、余所余所しくするのが、お前の忠なら死んで詫びろ。
己の主を泣かせるなよ、ボケ中年。
嫁は出来た人間だが、あんたは正しい事しているつもりの屑だ」
「逆上せ上がるなよ小僧。キサマ如き異界のポッと出が!
ガタガタ食っちゃべるんじゃ無い」
「ボキャ貧かオッサン。いきなり地に戻んなボケ。取って付けたような成り上がりはこれだからよぉ。大体、悲しませる原因に関係あるのか俺の言動が? 違うだろ、お前の態度だろうが! 寝てんのかクソが」
「何を知った風な。私が受けた大恩、キサマの如き餓鬼に何が解るというのか!」
「恩が在るなら、義をもって返せ。
無駄な主従関係とやらでの恩返しが、仇になってることも解らねぇのか、仲間突き放して何が恩返しだ。反吐が出るわ、この恩知らずの馬鹿が!」
「馬鹿者はどちらだ、この知れ者がぁ。
ただの義や友誼で返せぬ御恩を、忠を持ってせず何とするか」
泣くなよアン。待ってろ。
このわからず屋、必ず仕留めてやる。
「キール……やめて……忠義とか言わないで……」
「最初から関係に隔たりがあるのならな。平民と王様なら恩を忠義で返す、それもいいだろう。けど違うだろ、アンタらは死線を潜った仲間同士なんだろ? テメェの言う友誼ってのは、表っ面だけかよ! 薄っぺらな友情語るな。
餓鬼に格好悪いトコ見せてんじゃねぇよ。大人だろアンタ。
俺のマスター泣かせんなよ」
見ればアンは泣き崩れていた。マリアンヌより年嵩だというのに子供の様に。
声を殺し、嗚咽をこらえ。泣いている。
「わ、私は貴方を苦しめている、だけ、なのですか。アン・ゼルフ様。私は、ただ貴方に……貴方に受けた恩を返すが為に、代官の職を忠によって全うしようと……」
「きぃーるぅ……ちゃんと話してよぅ。
お願いだよぅ。もうヤダよぅ。何年も、何年も……そんな……」
「聞いてくださいアン・ゼルフ。たかが口調じゃないですか。下に。部下達や民に示しがつかないだろ。仕方ないんだよ。説明してるじゃないか……」
「やだよぅ。お願いだよぅ、きぃーるぅ『アンジェ』って呼んでよぅ」
「し、しかし……」
キールも流石に見たことが無いらしい、このアンの痴態とも言っていい姿。
無理もない。この幼児退行にも等しい変化っぷりだ。俺だって驚いてる。
狼狽え方が半端ない。
二人だけならいつもは喧嘩別れだったのだろう。
それはやり取りを見ていればわかった、いつもの事だったんだ。会うと口論、勝つのは常にキール。折れずに、憤慨して「もういい」とでもアンは言うのだろう。それをキールはアンが「理解してくれた」「諦めてくれた」その場は「凌げた」と思っていたんだ。
「キールさん、アンタ仲間じゃないのか? アンは『仲間』だって言ってんだ今でもだ。それでも駄目なのか、下への示しというなら、アンと対面では止めれないのか。自分で言ったじゃないか『たかが口調』だって」
数瞬の逡巡。
昔でも思い出しているのか「しかし」等と呟いてる。
何度も何度アンを見ている。遂には天を見上げ、肩を落としたキール。
「済まない、アンジェ。そんな風に私を……足手まといでチームを抜けた私を」
「ぐずすっ。きぃーる『私』なんて言わないもん。あと足手まといとか言うな」
「いや、ほら、交渉事の時は『私』って言ってたろ? な?」
「でもぉ!」
アンをそっと胸に抱え込み言う。いきなり人間変われねえ。
「アン……その辺にしてやれ」
泣き腫らした顔しやがって。
髪を鋤いてやると少し落ち着いたみたいだ。
「ケイゴぉ……ケイゴも嫌だよ。様とか言わないで」
アンにとって多分仲間は『家族』なんだ。
突き放された。そう感じた結果があの暴虐武人か。
不器用極まりないね。
思わず綻ぶ。頬の筋肉が無意識に上がり目尻が下がる。
「ああ、言わない」
本当に可愛いマスターだよ。まったく。
「うあぁぁぁん。ケイゴぉ、きぃーるが『アンジェ』って言った。言ってくれたよぅ」
「良かったなアン」
大した魔導士様だ。
俺みたいな小僧の胸で泣くんだから。
こぼれ溢れる涙が、俺の頬に伝う。あったかい涙。
首に回される細い腕。すぐに折れそうな首。小さな頭。細い腰。
こんな小さな体で、いろいろあったんだろうな。
辛い事とか楽しい事も沢山。
思わず背中を撫でてしまう。流れ落ちている赤い髪と共に撫でる。
う、む?
意外にあるな……胸。
撫でる度にぽにょんぽにょん当たる胸と胸。ザ・乳
や、やわらかい。
ったく。童貞青少年のナニは場を弁えません事よ。
「ありがとうケイゴぉ。うううぅ」
キールでも見て落ち着かせるか。
見ればキールは「お手上げです」とばかりに肩を竦めていた。
顔を見合わせ、お互いポリポリと頬を掻いた。
さて、この大きなお子様をどうしたもんかと。
次回:「キール・ロアイアル」
魔女:泣いて無いもん! 演技だもん。女優だもん!
下僕:あーはいはい(ニタぁ~り




