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一学生に過ぎない俺が大魔導師の下僕として召喚されたら  作者: 路地裏こそこそ
~七章 クアベルト編~
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ボクは諦めが悪いみたいだ

ひっそり投下


「お? 気が付いたな」

「あ、あね、うえ? ぐっ……!!」


 乗せていた氷嚢を跳ね除ける様に起き上がったクルトは、襲い来る激痛に声を失った。

 

「ふっ、無理をするな。いいからもう少し寝ていろ」

オレ(・・)は……」


 脳震盪の影響なのか、意識と記憶が混濁気味で判然としない、ぼんやりとしたままで発した「オレ」と名乗る声がそれを良く表していた。

 ふと思い出したのは己が繰り出した渾身の一撃。

 

「まけ、た……のか。無様に……っ」

「いや、刹那ではあったが見事であったと思う。我が弟ながら賞賛に値する攻防(やりとり)だったと」

「け、けど姉上っ」

「まだ寝ていろといった――傷に障る」

「……はい」


 暫く見ていなかった弟。

 その相変わらずの素直さは、リナに思わず笑みをこぼれさせた。


 こんな弟でも、次期族長候補。その最有力が一角。

 つまり一族最強を目指すもの。その見据える先は虎人族最強の証、虎王の座。

 かつて(・・・)己が目指していた場所。

 

(ふふっ。力はかなり付いた様だけど、ボクにとっては、まだまだ可愛いクルトのままかな)


 つい先刻見た弟の戦闘力――それは当初のリナが抱いていた予想の域を超えていた。

 それこそ、この国一番と謳われた頃のリナ自身に迫る物があるように思える。この僅か一年に満たない期間にである。

 そう考えれば、弟の方を正統の族長候補として立てた父王の先見は、悔しいが正しかったのかも知れないとは率直な感想だ。


「姉上」

「ん、なんだいクルト」

「オレ……僕にはあの最後の一撃が()えていました」

「うん、そうだろうね……見事に我が一族の()を使いこなしていたよ、お前は」

「けれど負けました」

「そうだね」

「何故でしょうか」


 クルトの……弟の真っすぐな瞳が今の自分には少々眩しい。

 こんなにも憧れと尊敬を受けるに値するほどに、今の自分は強くない。

 一年に満たない旅ではあったが、得る物多く、学ぶこと多々であった。

 虎人族最強を自負し、それはすなわち世界に通ずる武である。

 出会う強者と呼ばれる者達と相対し、勝利を収めたのも事実。

 故にそんな風につい最近までは思っていた。

 だが、さらなる強者は確かにいた。

 それも様々なタイプの『強者』と出会い。ちっぽけな矜持は撃ち砕かれた。

 ほとほと己の弱さが身に染みた。

 十分に身の程を知った。だが、それを悲しいとは思わない。

 悔しいとは思うが……。


(上は恐ろしい程の高みに在り。我が武、未だ届くに能わず。さりとて標は有りて順風なり)


 リナはふと自嘲の笑みを浮かべ、優しく、だが、厳しい言葉で弟の問いに答える。


「弱いからさ」


 武の世界だ。そう――答えはいつだってシンプル。


「我ら一族の『先見(チカラ)』は弱くありません」


 相手の方が強かった。それだけなのだ。


「だが、お前は今寝台の上……だろう?」

「それが解らないのです。理解できないのです。負けるはずがなかったのです!」

「その様に理解が及ばないというほどに、相手は高みに在り、逆にその考えの持ちようこそ、我らが弱いと言う事の表れなのだ。解かるか?」

「わかりません!」


 リナからもう一度笑みがこぼれた。とてもやさしい笑みだ。


「ああ、わからないだろうな。だから強くなれクルト、今よりもっとだ」

「あ、あねうえ?」

「ボクにもあの刹那の攻防については、お前の見切りが勝ったように見えた。だが結果はこれだ。僕自身が経験している。視えたのに結果が付いて来ない。来るべき未来が来ない。お前の感じているその困惑だって手に取るようさ」


 憧れの戦斧王と対峙した時、剣士の頂点ともいうべき尊敬する天衣の彼と対峙した時。

 自分の傍らに居て欲しい、せめてついて行きたいと思うようになった男と対峙した時、全てのシーンで『先』は見えていた。見えていたが何を成す事も出来なかったのだ。

 そう己を振り返ったリナは言葉を紡ぐ。


「僕らの一族はそう――お前の言う様に確かに特別だ。だがそんな特別さえあっさり超越する強さが外の世界にはある。ボクはこの旅でそれを強く確信した。そして悩み、考え、もがいて、あがいて、ある一つの結論に達した」

「そ、それは一体……」


 戦慄するほどの驚きに朧に揺れる瞳。

 弟のまっすぐで真摯な問いかけに、満面の笑みをもって答える。

 


「ボクらはまだまだ強くなれるって事さ」


 未来はあるのだと。


 己を鍛える。武を磨いて磨いて、研磨して研ぎ澄ます。格上と目される人たちとの出会い。彼らと対峙してゆく中でさらに磨き上げられる自分。

 そんな自分を更なる高みに登らせてくれる武具や技術、そして秘中の『業』の存在。それ等はすなわち全てが高みへ至る為の出会い。

 諦めず研鑽を摘めば、あらゆる意味で『出会い』は存在し、それが自分を更なる高み。未来へといざなってくれるのだ。


「強く……なれる!」

「ああ、そうさ。一族で一番になっても、けしてそれで終わりなどではない。更なる高みが確かにある」


 人は『出会い』次第では、あの最強と謳われ、恐れられ、崇められる竜をも凌ぐ境地に至ることが出来るのだと。そんな事もあるのだと。そんな者になれる未来もあるのだと。

 今代、一族最強の戦士を自負していた己を振り返る。


「ボクらはまだまだ弱い。獅子人族の蛮行を許してしまうほどに脆い。氏族間の連携も結束も緩い。

 なにもかもが、外敵と言う脅威を退けるには足りない」

「……はい」

「故に、此度一時だけは、彼等の好意に甘んじて力を借りる」


 だが武人として虎人族の誇りを忘れず、研鑽をつづけろとリナはクルトに説いた。

 次の機会があるのならば、その時は彼らを助ける側になれるよう、磨き上げるのだと。

 そんな己を皆に示し、一族の皆(・・・)を、更なる高みに誘え(・・)と。


 この時ふとリナはある思い至った。


(ああ、いつの間にかボクは長の座を……)


 いつの間にか弟に任せるという体で説くこと、それは今のリナには違和感が無かった。

 では何故なのか。そこで思いは至る。ああ、所詮この身は武人だったのだと。

 『()』に固執せぬ『()』であったのと。


(そうか、だから、彼に……)


 なにゆえ彼に執着していたのか。

 虎人族の血が、武人として育った自分が……あの高みへの憧憬がそうさせるのか。

 共に在れば、武人として大きくなれるかもしれない。

 共に在れば、更なる高みへ行けるかもしれない。

 

 己に芽生えていた、あわい恋心の様なモノの本当の正体を知った瞬間だった。

 その正体とは『あこがれ』という言葉で表せた。

 ああなんだ、何のことは無い……少女である前に、この身この体は、生涯を武に捧げ生きる虎人族の戦士だったのだ。

 滑稽だ。


(ははっ……)

 

 確かにほのかな恋心はあったのだろう。

 打算も、矜持を砕かれた意趣返しも、慈悲に対する感謝もあっただろう。

 だがそれ以前に、あの強さに惹かれたのが切っ掛けだったのだ。

 微かに自嘲するような笑みが浮かんだがすぐに消した。


 この身は、一族が長の娘。

 一族の存亡が掛かる大事の前に、心を些事に揺らしてどうする。

 

 この感情、これを『羨望』という言葉にするならば、恋心も強さへの憧れも、等しいもの。

 そう……それだけだ。

 だから――。

  


「姉上?」

「……っ。こ、此度の策、必ずや成し遂げよう、そして勝つぞクルト」


 愛剣を鞘から抜き放ち、戦勝の誓いを挙げる。

 このささやかな心の揺れを、弟に見せるわけには行かない。


「はっ、姉上っ!」


 だからけして離れはしない。

 必ず付いて行く。

 あの高みに至る為に! 

 高みの隣に在る為にっ!

 己を納得させて後、未だ揺れる。

 この揺れ(・・)は今の()の本物なのだろうから……。


(アンジェリーナ殿――悪いがボクは諦めが悪いみたいだ)


こっそり離脱。


次回の何時頃って保証がちっともありません。

今年いっぱい忙しそうです、トホホ。

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