クルト君参上!
こそりと投稿
「キサマが例の姉上が連れて来たという戦士か。ハッ、惰弱な」
こんなことを言う彼は『惰弱』とは真逆のガッシリ系。大剣を背負った屈強な戦士だ。
スッキリ西洋系イケメンマッチョなのに虎耳ってなんかズルイ。
薄い本の登場人物っぽくて、思わず笑いっちゃいそうだろ。
よーするに彼の容姿は所謂、妙齢の女性が熱狂する系のゲームキャラっぽい雰囲気なのだ。
「タチっぽい台詞の割に、随分とまぁウケ寄りの顔じゃん?」とかっておかしな表現をする声を、無駄能力さんが拾ってきてしまい、どう反応したもんか。
「何を言われっぱなしでダンマリしている? お強い戦士サマはオレ等眼中にないか? ハッ、大方、姉上あたりから何か吹き込まれて、このオレを見くびっているようだな」
とか思ってたらまたもや「色白で腹筋シックスパックな彼。実はタチ寄りのリバでぇ~獣族なのに脱いでもそんなに毛深くないんです~ぅ……とかとッスか?」なんて一体誰と誰が会話してるのかを、一発で理解出来そうなヒソヒソとした会話まで聞こえて来た。
ああダメ! くっ、笑っちゃい……そう。
「何をニヤニヤしているっ、不愉快な!」
「あっ、ややっ、これは失敬した戦士長殿、非礼を許されよ……」
失敗失敗。
身内から念話が入ったのだと取り繕う俺。
彼……弟君は現在、虎人族一の戦士にして、若い戦士達をまとめる戦士長の地位にあるらしい。名をたしかコンラート・ヴェル・ガボン。愛称はクルト君と言う。
年齢はこの体格と言葉使いでなんと驚きの十三歳。この実年齢とショタ臭い雰囲気ならオバサンが狂喜してコンフュな言動に走るのも無理もない。
非常に失礼な感想になるが、実によいエサだ。
それにしても、この若さで虎人族最強ねぇ……見た目強そうなのは認めるけど、どうも他の一族に向けた父王さんが仕組んだ箔付けのハッタリ臭い。
だが事実、彼は族長候補の一人である。しかもその筆頭と言って良いらしい。
俺には、それを教えてくれた虎人族戦士のおっさんの方が、余程強そうに感じたもんだが。はてさて。
ふむ。背丈もだいたい俺と同じくらい……か。
クルト君自身が言う様に、いかにもヒョロイ俺等と比べると、革鎧から覗く上腕の筋肉とか、頭と同じくらいに発達した首元とか、かなり鍛え上げられた筋肉質な体躯をしており、どことなくあどけない顔以外は歴戦の戦士感がビシバシ出ている。
あ~そうそう。唐突だが……俺が今彼と話をしている事でもわかるように、今いる場所は虎人族の国の首都たる<迷宮都市アビッツェン>の一角に設けられた戦士団の駐屯地だ。
俺達一行が初めてここ<アビッツェン>へ訪れた時にはクルト君は自ら戦士団を率いて不在であった。その仕事は無論、獅子人族への警戒と迎撃であるのは言うまでもない。
「パウリーネ(リナの事)殿の弟君ですな? お初にお目に掛かる。私は主君アンジェリーナに仕える守護者、名をヨネハラと言う。以後お見知り置きを」
「凡庸な人族の肩書の付いた名乗りの挨拶など無用だ! われらには戦士としての武名のみが意味を持つ。それがわれらの流儀なのだからな!」
う~ん。どうやらクルト君は見た目通りに中々の脳筋ちゃんの様子。
友好的な使者相手に、己の流儀の身を押し通そうとする辺り、実に若い。
若輩である俺ですら辟易しそうな押しの強さだ。
「ははっ、これは手厳しい。私は所詮、術者に過ぎませんので耳が痛い限りです」
「姉上を一対一で退けた強者の吐く言葉とは思えん。やはりオレを舐めているんだなっ」
「ク、ククク、クルトっ!」
なんだかとっても青ざめた様子でリナが叫びながら駆けてきた。
「すす、すまないケイゴ殿。これ、この通りだ」
「あ、姉上!?」
「クルトお前、ケイゴ殿になんて口の利き方を!」
「あ~大丈夫だリナ。俺はきにして……」
「まったく! ボクが気がついて良かった、でなけりゃお前は今頃……」
酷い言いがかりだ……。
「いいかクルト、二度とそんな口を叩くな。今までケイゴ殿の前でそんな口を利いたモノで無事に済んだ者はいないんだ。重々気を付けろ」
むう――人を見た者、触れたもの皆傷つける死神みたいに謂うな。
大体、あのケーナにちょっかいかけたゴミ貴族だってピンピン……はしてなかったか……。いや、無事に済んだヤツは多い。俺正常。
というか。
「うん。リナの俺に対する評価が著しく低いのがよくわかった」
「ま、待ってくれ違うんだ。これは言葉のあやと言うか、クルトの安全を確保するためというか。つまり、そう、そんな感じなんだ!」
リナの評価が本当に酷い。
俺を無差別殺戮者かなんかと思ってないか?
「あ、姉上っ? こんなへぼそうな男に本当に負けたというのか。国守の戦士達はおろか、この僕ですら――その姉上に!?」
「慎め馬鹿者! あーそうだな、うん。お前程度の腕ではケイゴ殿どころか、ロミィ先輩やケーナ殿にも勝てんぞ」
「馬鹿なっ僕があんな小娘どもに?」
小娘って……お前も十三かそこらだろうが、十分小僧だローティーン。
そもそもケーナはお前より年上だっつーの。
それにしても、姉に対しては一人称が僕なんだな。姉の真似なのかねえ。なんだ意外と可愛い所があるじゃないか。
とか、リナってケーナは『殿』呼びなのな~。とか下らないことを考えていると、クルト君がいつの間にか血相を変え、顔を真っ赤に茹上がらせていた。
「姉上の言動は、この僕は元よりこの国の戦士全てに対する冒とくだっ!」
「だからさっきから言ってる。それが事実なんだ。お前達の誰もがあの方々に敵いやしないし、獅子人族の外道共に相対するには、彼等に頼る他ない。それが現実だ」
聞いているとどうやら、俺がぽけっとしている間にアンと王が交わした約定について伝えたらしい。それと俺たちの戦力についてリナなりの解釈を説明したっぽい。
ステータス看破さんが言うには、この国の戦士団の平均は六レベル。
虎人族の持つ基礎的な身体能力も加味すれば、戦闘集団として相当に高い水準にあると思われる。
クルト君もレベルはファイター十レベル、レンジャー二レベルと相当な実力者だ。
ケーナは未だそこまでレベル的には高くない。
となると、リナの言う『あの人たちには敵わない』という発言は、俺の用意したアイテムの補正込みの話なのだろうと考えられる。
俺の価値観からするとそれは正しく『強さ』ではないとは思うのだが、武装集団の強弱を評価するとなると確かに俺だって、あいつらは××を持ってるから強いとなるなぁと納得できた。
堅牢な全身鎧に身を包んだ部隊が強かった。
堅固な盾部隊と身の丈の三倍の長さを持つ槍部隊の組み合わせた隊列が強かった。
最強の騎馬隊は、火縄銃の前になす術もなかった。
これも、きっとそう言う事なのだろう。
「そこまで言うのならば、わかった。好きにしろ」
「さすが姉上、そうこなくてはっ。よし、そこの人族。オレと勝負しろ!」
「はぁ。すまないケイゴ殿、少々弟を揉んでやってくれないか」
は? 何故そうなる。
少し気を離した隙にどんな会話の流れになったってんだ。
「勝負は一対一。武器はクルト、お前の好きなものを使うがいい。つまりボクとやってた時と条件は一緒だ」
「おおとも! 僕は大剣。偉大なる姉上と同じく大剣を使う。ふっ、姉上の言う事が真実だと言うのならば、全力を以って対するのみっ」
「ボク今は大剣は使わないんだが……まあいい」
姉上と同じねえ……シスコン確定だな。
それにしても、タイマンって……。
メンタリティがイチイチ昭和なんだよな弟君。なんでだろ。
まあいっか。
ふむ。見たところと看破さんの情報ではオーソドックスな戦士タイプ。
しかも盾無しの脳筋スタイル。
なら搦め手系の持ち合わせなんて無いだろうから、痛いのを我慢すれば何とでもなるか。
「ケイゴ殿ならお前の攻撃などカスリもせずすぐ終わるだろうし、さっさ初めてとっとと身の程と言う物を知ってこい」
チョイマテ! 何てこと言い出すのか虎姉! ハードル上げんなしっ。
マズイぞこの流れ……近接エリアから『よーいどん』でおっぱじめられて、生まれた時から戦士やってる生粋の武人君を相手に無傷とか、冗談じゃねぇ。敷居高すぎだろ。
高すぎてまたぐ前にUターンしてぇ……。
「くっ、僕をそこまで貶めるのか姉上っ」
「事実だからな。さあ、サクッと可愛がられて上には上が居るのだと知るがいい」
膨れ上がる殺気と怒気。
キュートな剣気でサキッドキッ♪ とか可愛くも何ともねぇぞ、くそう。
漲る気配から直後に過ぎる太刀筋。その幻像。
欠片の恩恵の示しに従い、その場をバクステで離脱。
ほぼ同時に、弟君が背中に担いでいた大剣が俺が居た場所を真横に薙ぎ払った。
止める気なしで、思いっきり振り抜いたなこの野郎ぅ。
あやうく瞬殺。真っ二つ。阿鼻叫喚。
「何を呆けている、当然だろう? その程度で驚く奴があるか」
これは俺を評した評価ではないらしい、目の前を見るとクルト君はリナの言う通り完全にポカーンだ。
「だ、だって僕は今、完璧に不意を突いたぞ姉上っ」
「それがどうした」
いや、殺気ブリブリ出してたじゃん。
殺る気満載だったじゃん。
俺は欠片の力で察したけど、そもそもアンの知り合い連中なら全員避けると思うぞ。
「えっ、だ、だから姉上? 気が抜け切った状態だったんだぞコイツは!」
「だっても糞も無い。ボクは最初から言ってただろ、ケイゴ殿は強いと――お前の陳腐な不意打ち如き、万に一つも通用しないだろうと。それをボクは既に知っている、熟知している、身を以て十二分にな。なればこそボクは安心してお前をけしかけることができる。そしてそれは、幾百重ねようとも結果は変わらんと言ってやる」
「なっ!?」
「第一、お前の持つその大剣では、例え当たったとてケイゴ殿に傷一つ付かんさ」
あれ? そうなの?
あの剣ってすんごい業物っぽく見えるんだけど。
「馬鹿な! こいつは穴倉族の名工が鍛えた精霊鉱の大剣だぞ。姉上が持って行ったあの魔剣と比べても遜色はない!」
ですよね?
「ああそうだな。ならそうだな……倒される前に、お前の攻撃が一撃でも当たったら勝ちにしてやる。傷の有無は関係なくだ。行け! 精々逆に殺されないようにな」
……会話はキャッチボールさせようよ虎姉様。
「ぬん!」
ほら云う傍からクルト君切れてんじゃん!
問答無用じゃん!!
俺はロミィを相手にする時と同様、クルト君の右の上段回し蹴りを往なして払い除ける。つか本当に生粋の戦士だな。剣技に全く拘ってねぇ。フツーに体術もこなしやがるかよっ!
剣士は基本の九つの形に拘りがあるが、戦士にはそんなものは無い。
故に、武器による攻撃に依存することが無い。
伊達に一族最強とは呼ばれてねぇって訳だ。
「まだぁっ」
払われた右足の勢いを利用してそのまま回転、左の踵が俺の側頭部に迫る。
ちょいと屈んで避けて、脹脛辺りを左手でポンと跳ね上げてやる
すると、クルト君は回転する体の勢いを大剣を軸に消し、器用に縦回転して着地した。
ほら~やっぱつえぇじゃん!
ケーナ辺りなら今ので転んで終わりなのにぃ。
幾度かの攻撃を凌ぎ、牽制を送り込んでみるが成果なし。
うーん。
恐らく俺の行動は虎人族の固有の能力『先見』で見きられてるなあ。
でないとあんなに綺麗に体制を整えれるもんじゃない。
それに俺のジャブ攻撃が事前に分かっていたかのように距離を取られる筈も無い。
「ふう……」
俺は用心して身体に付与した術式に魔力を廻らせた。
リナはあんなことを言っていたが、魔力を流さない事には付与の術が十全に働かない。
完全な生身状態で、あんなエグイ攻撃を相手にしてられない。
狙い自体は的確で鋭いのだ。リナの「ほらね」って顔には騙されたりしないのだ。
俺の気配の変化に気が付いたのか正眼に大剣を構え、大きくそしてゆっくり息を吐くクルト君。
「行くぞ……」
ちぃ、冷静に構えられると流石に様になってやがんなぁ。
姉位には強いと思うけどなぁ弟君。
気負いは見られず、冷静そのもの。なのに目は獲物を狩るネコ科の猛獣の如き鋭さだ。
仕方ねぇ。
筋力上昇系はオフで防御重視。加速もずっこいから無しだな。
欠片はオートで発現しちゃうからカンベンって事で。
「いいぞ」
低い……片手で背負った剣の柄に手をかけ猫が飛び掛からんとするような体勢。
あれが本気の構えか。速度重視。なら意識は攻撃に偏ってる、か……。
それとリナと同じく回転系の技がお好みっと。シスコンもここまで来れば上等だな。
なら防御はリナと同じで『先見』だよりだろう。
となればこちらは『先見』を見越したカウンターが一番かな。
「チエェイ!」
速い。
速度それ自体はリナの本気に及ばないが鋭く力強い!
魔力を纏わせた拳で大剣の横をはたいて凌ぐ。
全力の袈裟切りをはたかれ、打たれ流れる体を制してクルト君は強烈な回し蹴り。
なんてか前の攻防と同じ。
そして予想通り姉と同じ回転の技。
けど、俺はその連撃を……その先も既に知っている。
「ぬらぁ!」
右足を後ろに引くことで体を斜めにして蹴りを躱す、同時にノータイムで弟君の顎を左掌底で突き上げた。
こいつは親父によく叩きこまれて悶絶モンの激烈クロスカウンター技。
先見で予測していたのか、弟君は左手で俺の掌底を受け止めたが、逆にそれが災いした。自分の体重と威力の乗った攻撃に対するカウンターの掌底を、体勢もままならない空中で、しかも左手一本で防げるわけがないのだ。
両の手を攻防に使ってしまった弟君は、その場でくるりと高速で逆回転。哀れそのまま受け身も取れず後頭部をしたたかにぶつけて気を失ってしまった。
うわちゃぁ……自分で言うのもなんだが、非常に痛そうである。
そういや、俺も食らい始めの頃は悶絶どころか即座に失神してたっけ。
それはそうとして、やれやれだ。予想が的中したから良かったものの、初見で真っ向来られたら無傷でいられたかどうか……。
リナの信頼がちょっぴり重い、今日この頃でした。
そして脱兎のごとく離脱!
あ~、もっとじっくり書き物したい……。




