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一学生に過ぎない俺が大魔導師の下僕として召喚されたら  作者: 路地裏こそこそ
~七章 クアベルト編~
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どの面下げて


「はっ……いようババァ、俺様になんの用だ?」

「ったく……居ないと思ったらこんなとこで飲んでいたのね、ロイ」


 ロイはあたし達が寝床として供与された館のサロンに居た。

 ここは綺麗な南国の花々に囲まれた庭園に面しており、月夜と共にグラスを傾けるには最高。

 あら……あのボトル。あれはあたしの街(ヘリオス)のあの酒か。

 はてさて、何処から手に入れたのやら。

 美しい琥珀の色を成す酒の入ったグラスとボトル……傍らのテラステーブルの上は他に何もない。

 あらあら、肴も無しにあの酒をストレートで飲んでいるとは……。


「あの子から聞いた。村が滅んだってな」

「ええ」


 この馬鹿は昔から悲しい事があると特に強い酒を好んだ。

 飲んで忘れられるほど、酒に弱くは無いだろうに。無駄な事を……。


「テシェアも逝ったって聞いた」


 テシェアとはロイが娶った娘。

 歴戦の褒章で金も女にも苦労しない名声と力を手に入れておきながら、よもや十も離れた人族の行き遅れを嫁にするとは当時、周囲の誰もが思いもよらなかっただろう。


 テシェア――彼女とあたしは、同じ師に学んだいわゆる姉妹弟子だった。


 薬学にしか才を持たない非才だったけれど、聡明で可憐。そしてあたしとちがって、皆に優しいとてもいい娘だった。


 大昔、それこそあたしもまだ幼かったあの頃だ。

 我が師『深緑の魔術士』がある日突然、幼い彼女を伴って魔女の塔――当時は魔術士の塔と呼ばれていた住処であったあそこへと帰ってきた。

 どこかの国のどこかの村で農作物の不作が続き、幼い彼女は生来(せいらい)体の弱さ故に口減らしとして捨てられていたそうだ。

 心優しい彼女は、故郷を追い出されてなお、村人達を恨むこと無く……それどころか非難することすら無く、ただ一人……木々に囲まれた小さなせせらぎの畔で、腹を減らしながら眠るように死を待っていたのだという。

 救えない話。

 そんな幼少期を経て年を重ねてなお、その心根はとても穏やかで優しかった彼女。


「ええ」


 あたしのそんな古い馴染みが殺された。

 それを知った時は、はらわたが煮えくり返りそうだった。実際ちょっぴり荒れちゃった。

 でも、まだこの世界に馴染んでいない不出来な(しもべ)と、あの愛らしく幼い彼女の忘れ形見が居なければ、何を置いても仇を討ちに飛び出していた事だろう。

 猛る気を抑え、落ち着くことが出来たのもまた、あの子達のお陰なのだと。今は思う。


「――あんたそれ、いつ聞いたの」

「ここへの帰り道すがらな……あの娘の母が死んだと聞かされた。ならそう言う事だろ」

「そう、よ」


 十年前。あたしたちがそれぞれ別の道を歩み始めた時。

 斥候役のあいつは、恩人である子爵の元に残った。

 そしてあたし達は、新たに制定された街に。

 聖女は東に。

 そして剣士は――ロイは彼女を連れて旅立った


『王都みてぇなクソの掃き溜めみてえな場所に、お前えのような危なっかしいのを置いてくなんてなあ、もう我慢がならねえ。俺様と一緒になれテシェア! 俺様と里で暮らすんだっ』


 そんな台詞を吐いて、誰もその所在を知らない故郷へと彼女を伴って去っていった。

 しかし、僅か二年の平穏な日々を崩し去った存在があった。それはあの災厄(スザキ)だった。

 ロイやあたし達と共に子爵の元で戦った、馴染みの傭兵チームの一つが壊滅したのだ。

 そして、その知らせを届けたのはあたし……。

 今回と同じように、ギルドに探し人を出したのだ『話場ある』とだけ添えて。

 そうして、風の噂で事件を聞きつけたロイが八年前にあたしを訪ねて魔女の塔にやって来た。その時、古馴染みに達に降りかかった厄災を告げたのだった。


「八年前のあの日から帰って無いの? 貴方」

「ああ、ずっと修行ながらだけどな、ずっと探してた。ずっと……ずっとだ」

「一度も?」

「六年位前か……(ジジ)ィに用があってよ、一度だけテスに会いに帰った」

「なら……」

「俺様にだってすぐわかったさ。へへ、なん年経とうが見紛いやしねえ、ありゃ俺様の子だってよ。

 いや、一目じゃわからなかったんだっけか。へへっイセに正されちまいそうだ」


 傾けたグラスが空であることに気付き「チィッ」悪態をついたロイは、ボトルから直接一息に残りをあおった。

 そんな事をすれば当然、酒精が喉を焼いて酒気が満ちに満ち、体の許容を超えたところで咽かえる。


「……ウチの蒸留酒……あんまり飲み過ぎると体に毒よ」

「なあ、アンジェリーナさんよう。馬鹿で愚かなオレ(・・)に教えてくれ。

 ――何処のどいつが殺りやがった――」

「ロミィ――あの娘から、聞いて無いの?」

オレ(・・)が娘に聞いたのは、お前は何処の村の出だって聞いただけ。そしたらよぅ、村は滅んだだってよう。恐ろしくツエー敵がやって来て、村が焼けたってよう。ジェシ姉ぇが怖わがるから、もうその話はしないでくれってようっ!!」


 ボトルがたたきつけられ、樫のガーデンテーブルがタンッと悲鳴を上げた。

 ロイは自分の事を『オレ』っていった。

 心があたしやロッソと出会ったばかり頃。酷く荒んでた傭兵時代に戻っているみたい。

 結果だけに執着し、目的の為には手段を択ばなかったあの頃に。

 でも、伝えないわけにはいかない。いいえ、伝えなきゃいけない。


「実行犯はお察しの通り、あんたの探してるあの男。そして、絵をかいて裏でその糸を引いたのはあたし達……いいえ、あたしの敵(・・・・・)よ」

「へ……ヘヘヘっ、そうかよ。あんのクソ野郎ぅ、ミザイルやケイトリン、ゴドノフのおっさん達だけじゃ飽き足りず、テシェアや村の連中まで殺りがったってのか……」

「……ロイ……」

「アンジェ、オレは出る。

 止めれると思うなら八年前みたいに止めてみろ」

「止めない」

「はっそうかよ! そりゃありがてぇこった。手間がかからねえのは助かるぜ」


 無駄。


 あたしの仲間は全員あたしと同類。み~んなが皆、唯我独尊。

 己が信念を決して曲げない。

 唯一の例外は……そう、マリアンヌくらいかしら……ね。

 あの子も優しいから。


「っと、そうだ……オレこの街に来る前、港町で(スザキ)の足跡を得たぜ。たぶんまだ近くに居る……そんな気がする」

「ちょ、ちょっと、それって本当なの!?」

「おう。イセが言うにはあの王亀だって誰かに召喚でもされたんだろって話だったしな。そのなんかの仕掛けでもしてたんじゃねえかってヨ。じゃあなっ!」

「っていうかイキナリ窓から出てこうとすんな!」

「うわぁっとっとと。っぶねぇな! マホーで止めんな、マホーで!」


 まったく、この馬鹿は!

 昔っから大事な事を何一つ話さない。

 急に重要事項を知らされる身になれってのよ、もおっ!


「あ、あとそれとアレだ、あのアンタの従者っていうクソ餓鬼。俺様の娘を隷属させるなんざとんでもねえクソ野郎だ、この上なく気に入らねえ。挙句、もう一人村の娘を連れてたのを見て、思わず殺そうかと思ったぜ」

「そ、それには理由がっ……!」

「だが、これだけはハッキリ言える。アンジェも知ってんだろうけど、あえて言っておく。

 ――ありゃ強え――オレが思うに誰よりも、だ。……当然あんたよりもだぜ?」

「ロイ?」

「アレを放って置くなんざ、メンドクセェほど危ねえからヨ、精々しっかり捕まえとけ。

 何にせよありゃあ、相当に使える奴(・・・)だ」


 驚いた。あのロイがこんなこと言いだすなんて。

 恐らく、直感的にだけどあの子の脅威がどれほどの物なのかを理解(わか)っている。

 これはもしかすると、イセの長年の教育の賜物なのかしら。

 ふふっ。イセの苦労が忍ばれる台詞だこと。


「けどまっ、今のままじゃまだ俺様には遠く及ばねえけどよ」

「ふん、その言い草――このあたしが貴方に強さで劣るって言い方が、最強を冠する赤であるあたしには、酷く、度し難く、途轍もなく気に入らない。

 けれど……お生憎様。脳みそまで筋肉な貴方に言われるまでも無いの。

 何があろうともあの子はあたしの子。

 逃がさないし。離さないし。

 けして誰にも渡さない。

 それに、ふふっ――。

 あの子は、誰の手にだって負えやしない。

 このあたし『赤炎の魔導士』を除いて……ね?」

「ハッハ~ッ、そりゃあ御大層なこった」


 嘘ばっかり。

 自分だってあの子を試してた癖に。

 知らないとでも本気で思ってのかしらね。


「ババァ……ここにゃあ、アンタが居る……だから俺様に不安はねえ。

 そんな場所だからこそ、小娘達を預けとくにゃあ憂いはねえ。それにだ……。 

 一目見ただけでわかるその(・・)ヤバそうな黒チビ女も味方(コッチ)側だってんなら尚更な。

 ……ロイリエルを頼む……」


 へーえ、ベリにも気が付いてたの? 意外、でも無いか。

 昔っから勘だけは良かったのよねコイツ、普段はボッケリして抜けてる癖にさ。


「そっちもね、言われる迄もない事なの! あたしだってあの娘は可愛いもの」

「そうかよ。益々ありがてえ」

「本気で今すぐなワケ? あの子に……ロミィに話しては行かないの?」

「今更だろ。どの面下げさせるつもりよ? 親としてなんざ、到底合わせるツラがねえよ」

「――そう――」

「じゃあ俺様はもう行くぜ」

「あっ、こら!」


 制止する声もかける間も無く、ロイはたった一人で庭園の奥の闇に消えていった。


ちびっとだけ投下

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