次元の鎧①
侯爵家につかえるに相応しい……かどうかは庶民な俺にはわからんが……楚々としたメイドさんがカップを置いてくれた。紅茶っぽいものが入ったそれを口元に運ぶ。
芳醇としか表現のしようのない香りが鼻孔をくすぐってくる。
たかが紅茶の香りで幸せになれるとか――幼い頃から奇妙な親に世界中引っ張り回された俺は、他の一般的なご家庭に育ったお子さん達に比べれば余程いろんな経験をしているのだとは思うが、実は碌なお茶を飲んだことが無かったのだなぁと実感する。
そんな美味い茶に舌鼓を打ちながら、明滅を繰り返している竜を模したバックルと談笑中である、燃えるように赤い髪を持つ俺のご主人様である至高の森妖精なアンをぼんやり眺める
そして暖かいうちにと、琥珀の液体を嚥下し「ふぅ」と一息吐いた。
う~む。
何故か変身バイク乗りヒーロのベルトっぽい物体と親し気に談笑する我が主。
―――めちゃシュールだ。
この話す変身ベルトさんは一体なんなのかと問われるとであるが、霊界の鎧とか異次元の鎧とか様々な名で知られる伝説級に希少で、ある有名な高ランク冒険者の愛用の品として広く知られており、子供向けの冒険物語にも登場する有知能宝具な『鎧』さんなのである。
俺もつい先ほどこの変身ベルトさんから―――
「試作・|量子理論式次元転送防護装置。呼称をイセと言う」
―――な~んて自己紹介されたときには、思わず目が点になっちまって「はぁ、どうも」とか愛想もそっけもない挨拶を交わしてしまった。
そんで「ほげ~~」っとしてたら紅茶が運ばれてきて一息付いたというワケである。
つか、このミルクティってばマジでうめぇな。
そして当の持主である男はというと……つい先日、うちのロミィとジェシカの危ない所を助けてくれたという人物だそうだ。つい先ほど唐突に表れたかと思えば、相棒である彼(?)をアンへ預けて屋敷の庭のほうに向けて爆走していった。
その時のやり取りがこうだ。
「な~~~っはっは、いよう! いいとこに部屋借りてんな、ババァ!」
「地獄の雷っ!」
「ああ、そうだ。久しぶり」
「ちぃっ! 相変わらずな化物っぷりだことっ」
「ああ~ほれ! 俺様はちょいと約束があるっからよ。積もる話があんだろ~からイセとでも話しといてくれや! そんじゃちょっと行ってくら~」
「あっ、こらっ、ちょっと待てこんの馬鹿!!!」
「ナ~~~~ッハッハッハっ! ナ~ハッハッハ……ナ~ハッ……、ハッ………」
とまぁ嵐の様に部屋に入って来て、完全に直撃したハズであるアンの放った雷撃系の上級魔術にピクリとも反応せず、完全なまでの一方的に自分のベルトを文字通り投げて寄越して、それはもう嵐のように去っていったのだ。
ロミィとジェシカを連れて狩りから帰ってきたときもあんな調子で勝手気ままに去ってゆき、彼の笑い男から未だアンは事情を詳しく聞けていない様子だった。
「ふむ、相変わらずの事であるとは言え、我の所持者の無作法。大変申し訳なく思うティクナート殿、それに従者殿」
「あっ、いえ。こりゃまたご丁寧にどうもッス」
紡ぎ出されたのは想定すらしていなかった非常に丁寧な言葉。
俺は思わずマジックアイテムに頭を下げた。
なかなかこちらの世界に染まってきたもんだと自分を褒めてやりたい。
あちらで考えれば、AIのロボットに頭を下げる等、考えもしなかったことだしね。
「元気そうねっ……て言っていいのかな。イセ、お久しぶり」
「こちらこそ所持者共々ご無沙汰している。大凡、五年半になるかティクナート殿、そちらも変わりないようだ」
「ふふ、そうね。ロイも変わってないみたいかな―――全く。その様子じゃイセは相変わらず苦労してるようね」
「うむ。アレが変わることがあるとするならば、天地が引っ繰り返る程の異常事態が発生することが必要であろうと我は想定する」
「そうねぇ……話があるから後で顔を出せっていってて、これだもんね……」
「フム、何やら重要な報告事項であると想定した。我で問題無ければ先に伺うとしよう」
「ううん、後にしとく。あの馬鹿が一緒の時の方が何かと楽だし……それよりさ、この五年くらいって一体どこで何してたのアンタ達」
「約五年の分の軌跡報告。フム、これはロイには少々難易度が高く荷が重い……では何から話そうか……」
……すっげ。
―――これなんて、えーあい?―――
なんつースーパーAI様だ、なんつーの? 完全に中の人居んじゃね? 的なカンジ。
これマジですか? 超スゲーんですけど。
ビバ異世界、ビバ魔法、ビバ未知のテクノロジー!
最初に挨拶してもらった時は、すんげーメカメカしぃ口調だったので、普通に会話を始めた時とのギャップに驚いた。
このベルトバックルな造形の何処にそれ等を処理するコンピューターが内蔵されてんのとか考えちゃ駄目なやつかも。
俺如きの浅い知識や常識では、完全に理解不能――まさに夢の逸品である。
あの長ったらしい製造名を聞いただけでは、未知のテクノロジーによる便利系な防御兵装かと思いきやさっきまでの会話から察するに、防具としての機能より寧ろ重要なのは、この超絶なAIを用いた状況判断能力のほうなのではなかろうか。
……とまぁイセさんの話はこれくらいにしておくか。
「なるほど南大陸に居たのね。なら港町経由でここへ?」
「そうだ。そして道中ロイの奔放さにより街道をそれてしまい、ここより南西のちいさな森にて陸生の巨大な亀の魔物、恐らく二百五十メートル級の王亀であろう個体を偶然討伐。その結果、大量にその魔物の血をまき散らしてしまい、周辺の森に棲む原住生物達に突発進化の兆候が発生。次第に進化した個体が暴走状態に入った為、随時応戦し撃退。その過程で彼女達に遭遇し、救出しそのまま離脱。そう言った経緯となる」
「「に、にひゃくごじゅ~ぅうめ~とるぅ!?」」
「主従揃ってとは恐れ入る、非常に仲は良好そうで何よりだ」
AIがツッコミを入れてくるとか……草生えるより呆気に取られる。
つか、それどころじゃねぇ、今さらっと何言いやがった。
「ちょっと待て! そんな巨大なバケモンが居たってのか?」
「暴走ってシレっと流してくれちゃったけど、それだとここも被害に遇うじゃないの、
なぁんでそんな大事な事を会って直ぐに報告寄越さないのあの馬鹿共わぁっ!」
「はあ~ぁ、いい~お湯だった。生き返ったじゃん……っておろ、どったの二人ともそんなに血相変えて?」
文字通り暖気な声で部屋に入ってきたのはジェシカだ。
風呂を貰ったらしく、全身からほこほこと湯気を上げながら上気したプニったほっぺや、うなじに流れる水滴を手拭で拭っていた。
左手にはカラリと音を立てるなみなみと液体が注がれたカップを持ちながらであり、その姿はまるっきり、温泉でひとっ風呂あびてきました~って印象である。
冷えた水分クピリとやり、上がった体温を下げるを補給して行動を実施。
ほにゃりと幸せそうに笑むのであった。
「ぷはっ、く~ぅ沁みる~。このお屋敷のアイスティー超美味しい~」
そして「んで、何の話してたの?」と続けた。いや、続けやがりましたよ。
あまりのノンキさ加減に、こっちの気が抜けてゆく。
それはアンも同じだったようで……
「はあ……アンタ達さあ、よく無事で帰ってこれたよね」
ほえ? ととぼけた声で首を傾げたジェシカがテーブルに置かれたベルトバックル的オブジェに目をやるとポンと手を打った。
「おおう、な~る、イセっちに聞いたってこと~。ん、まねー。結構大変だったカンジじゃん」
「まねー……じゃねぇ! なんで直ぐに俺を呼ばなかった」
「企業秘密……ってのは冗談で。いやそれがさ~、パニック映画並みに怒涛の超展開なでカンジでさ、そんな事を意識する暇さえなかったってカンジなワケだったんじゃん?」
……。
なんだその取って付けた様な言い訳は。
おい、明後日の方向見ながらうまそうにクピってんじぇねえぞコラァ!
ちったあ大人様な感想を言ってくださいませんかねえ。
「ほぅ、超展開で暇が……ねぇ?」
「うっ、うんそうそう! メチャすごかったんじゃん! 色々とさ、ホラ、あの、すっごい大変だったん、だ、よ?」
ジトった眼差しをネっとりとまとわり付けてやると、口元をヒク付かせるジェシカ。
ハイ、どう見ても嘘です。本当にありがとうございます、だってんだよこの野郎。
額につたうは風呂上がりの汗では無く『冷や汗』だった……ですかオイ?
「ま、まぁまぁ……この子にも色々事情があったんじゃないかな~って思うし……そ、そう! それより無事を喜んであげましょうよ……ねっ?」
む? 珍しい事だ。
妙に焦ったようなアンから猛烈なフォローが入った。
企業秘密とかパニック映画とか、アンにとっちゃ意味のわからん単語もあっただろうに、余りのジェシカの狼狽っぷりに庇う必要性を感じた?
こりゃ俺に黙って二人で何か画策している節があると見た。
たははと、引きつった笑みでごまかそうとする至高の森妖精様。
ふむ――仕方ない、ここは大人しく主の顔を立てておくとしますか。
「まぁいっか。というよりこの際だ丁度いいからさ、出来事をちゃんと話してもらおうか。できれば時系列で、要領よくだ。OK?」
「あ、ハイ。イエッサーじゃん。んと、えっと、あのね……」
ジェシカが話してくれる内容をイセが随時当時の状況から補足するって形で聞いた話は、まさに開いた口が塞がらない内容だった。
ハイキング気分で狩りに赴いたら、リアルジュ○シック○ークでしたとか……どんな冗談ですかってハナシですよ。
そんな状況でも、自分達だけで切り抜けられると判断し、実際に切り抜けつつあったという二人の実力の高さにも驚いたが、あの馬鹿笑いの男のやった事ってのがさらに驚異的であった。
むしろ想像のほうが追い付かないくらいだ。
なんでも、全長がおよそ二百五十メートルっていう馬鹿みたいに巨大な亀……
(つーかそれ、超時空○塞の四分の一タイプ級の大きさじゃねぇーか!)
……を、冗談抜き誇張なしに、たった一撃をもってしてあっさりぶっ飛ばしたっつう件。
『HAHAHA!! 夢や妄想はベットの中だけにしなよベイビーっ』
って話である。
身振り手振りを交えてとても感情豊かに語ってくれるジェシカに対し、沈着冷静に補足を加えるイセ、その二人(?)ギャップのせいで、そんな漫画じみた話がマジな話なのだと受け入れてしまった。
「アンならその王亀ってのを倒せるか?」
「モチロン楽勝。っていうよりケイゴだっていけるとおもう」
御冗談。俺なら見たら速攻で逃げる事を選択する。
もっとも「俺一人なら」って前提が付くけどさ。
「あんなの大したことナイナイ、アンタの出鱈目さ加減があれば楽勝よ」
日々グイグイ増してゆく俺へのスペック想定が恐ろしい。
プレッシャーだなぁ。
「ところでだ。さっきの話にあったロミィが貰ったモノってさ、ひょっとして?」
「いい勘してる。そうだよ、それがアンタの術が邪魔になるかもって話に繋がんの」
そう、あのイセの分体をロミィに供与したって件である。
それがどんなものなのかと気になったのでちょいとイセに聞いたところ―――。
次元の鎧とは、簡単に言えば「お呼びとあらば即参上」システムである。
世界と世界を隔てる亜空間に基点となるポイントを設置して、いついかなる所へも呼びかけに応じて武装を転送するという、それはイセが製造された世界で生み出された仕組みなのだそうだ。
開発の目的は当然軍事利用。
めざせ『手ぶらで戦争』が目指すべき最終目標だったとか、超笑えねえ。
但しこの仕組み、製造に対しコストが異常に掛かる上、異なる地点の空間を認識する才能……こちらで言えばアンやベリの使う空間ジャンプ系の魔術を使える才能が必要になる為、使用者がとてつもなく限定されてしまい、計画そのものが頓挫寸前であったそうだ。
そして、イセ自身が言っていたように、まだ試作段階のテクノロジーなのである。
イセの世界ってのは、俺たちの世界から三世紀近く進んだ感じの、超化学偏重型の文明……だそうであるが、魔力の存在の検出に成功したようだ。所謂、超能力者ってやつが居て、そいつらが能力を発揮する際に動いている謎エネルギーが発見された。
それをイセを作った研修者たちはSPと呼んだそうだが、結局つまるところ、こちらの世界の魔力と同質同一のでエネルギーあるとイセに搭載された検知器が認識している。
そんな魔力の存在が実際に認められたような科学の進んだ世界だったらしい。
もっとも魔力の存在は、世界中にあまねく等しく周知された訳では無く、一部の研究機関においてと但し書きが付く。
要するに……人体実験も辞さないマッドなサイエンティストが発見した、謎のスーパーエコエネルギーってわけだな。
そんな世界で競う様に研究がすすめられてゆき、人類の夢であるワープとか物質の別地点への転送とかの分野で研究に研究が重ねられた結果、偶発的に生まれたのがイセをイセたらしめる亜空間を開く技術、つまり母体となる技術である。
こちらの世界では希少ではあっても割とメジャーな『魔法の鞄』に類する技術ではあるが、俺ら視点でみれば夢のテクノロジーだ。
偶発とは言え、夢に追いつくことが出来た研究者は狂喜したという。
そりゃそうだろうよ……。
俺が研究者だったとしても、舞い踊るわ。
片や夢の何でも入っちゃう魔法の鞄の技術と、イセの世界で確立されつつあった『物質の亜空間保存と、その任意転送システム』ってやつ、二者の間には大した違いは無いと思う。
物をとある別の空間に置いて、それを利用者の任意で取り出すって点では全く同じ結果なのだ。
つまるところ、同様……とまではいかなくても、ニアリーな理屈で事象が成り立つと説明が付く訳だ。
インプットのパラメーターが同一で、アウトプットの結果が同一であるならば、中間における式やプログラムの構造が異なろうが、利用者には全く関係ないからね。
少し落としました。
忙しすぎて何が何やら……はぁ休みが欲しい。




