ロミィとジェシカ
時は少々遡る。
その日、幼い竜族の少女『ロミィ』はハリきっていた。
それはもう超が付くほどで、ウキウキとワクワクがとどまる事を知らず急上昇中。
しかし、主筋である最強クラスの大魔術師としてその有名を轟かせる『アンジェリーナ』こと、アンから指示を受ける最中、彼女の表情は真剣そのものであった。
ロミィの直接の主である異界の付与術士『ケイゴ』が朝の早から牛族の新人女性『ケーナ』と買い物でイチャコラつきに出かけるさらにその前、それこそ夜も開けない早朝……彼女はアンより、ある特命を受けていたのだ。
「いいロミィ。これはとっても重要な任務よ」
「はい! アン様っ」
「ジェシカも良いよね?」
問われた『ジェシカ』はうっとおしそうに、亜竜族である事を示す角に艶やかな髪をかき上げながら答える。
種族の特徴を髪留めに使うのは正直どうかと思うが、彼女ジェシカはそんなこた~あ気はにしない。
「うい~。りょ~ぉか~い。そんかし『例の件』ちゃんと相乗りさせてよね」
気だるげ……もとい……非常に眠そうに目をこしこしやってる彼女、ジェシカの任務はロミィの護衛兼お目付け役である。
とは言え、護衛の方は完全にオマケで、お目付け役の方が本命の任務なのだ……。
アンがロミィに与えた重要任務であるが……これは実の所タテマエ。
真の目的、それはケイゴの邪魔をさせない事である。
邪魔とは何か?
それはケイゴと新人女性、二人っきりでの買い物の事であったりする。
勿論、アンもジェシカも完全二人っきりにさせるばかりか『お出かけ』させることなど、ひっじょ~~~~~に不本意であった。
ひと昔前な表現方法を使うとすると、ハンカチを何十枚も歯で引き裂くほどには『嫌』であった。
『どいて、そいつコ○さなきゃ……』って程ではないが、上履きに画鋲くらいは仕込みたい。そのくらいに止めさせたかった。
しかしその買い物、いや、ぶちゃけ『デート』は成功してもらわねばならないのだ。
正確に言えば、ケーナにケイゴに対して『好意』を持ってもらうことが狙いなのである。
今の彼女達にはこれが何を置いても最も重要。
多少の嫉妬心など、この際ゴミ箱にでも捨て置け。そう思える程、非常に重要な作戦。
何としても成功させねばならない。
でないと何時、己の目から血の涙が出るかわからない……。
これが成功しなかったと言う最悪の場合は、幾度血反吐をはく覚悟をしてでも、生贄を捧げ続けケーナを身内に引き入れたい……嫌、引き留め続けたい。
アンとジェシカ、彼女達『ちっぱい同盟』には『なにがなんでも』ケーナ秘めたる力の開放が必要なのだ。その為、つまり『力の開放』には『生贄』は必須となる。
そしてケーナの相手である生贄は誰でもいい訳では無く、どこかの馬の骨であったりしてはならない。更に言うと、ケーナが頻繁に会えることがポイントなのである。
だが所詮、二人の野望はあくまでも個人的な事に過ぎない。
彼女達『ちっぱい同盟』以外のメンバーに気取られてはならない。
既に勘づいているであろう魔神は害にならない。挙句、ケイゴにアンの護衛を命じられ身動き不能。なので除外。
残る問題はケイゴに気を寄せる二人、ロミィとリナの排除となる。
この二人がライバルが増えることを良しとするはずが無い!
彼女らに搭載された残念脳が互いにそう考え、この作戦を決行するに至った。
(この作戦、何としてもやり遂げるよ! あたし達の未来の為に!!)
(うん、アンジェちゃん。私たちの野望、何人にも邪魔はさせないじゃん!)
決してテレパシーとは念話とか超魔術ではない。強いて言うならソウルトークと言った所か。
二人は目と目で通じ合ったかと思うとコクリと頷き合い、互いにニヤリと笑む。
「ハイハイ、わかってるって。ソッチは任せなさいな」
そんな中、任務を申し付けられたロミィは「ふんす」と鼻息が荒くなり、握る拳にも力が入っているようだ。
それを眺めるのは母親のような視線を送る二人の『人』ならざる女性。
ロミィと然程変わらない年の頃で、見目麗しい竜族に連なる亜竜族の少女ジェシカ。
『絶世の美女』と称してなお賛辞が不足する程の麗しい容姿を持つ高位森妖精族アン。
二人は愛おしい愛娘を見るかの様に同時に目を細めた。
そして再度、互いの視線が交わるとどちらからともなくクスリと微笑。
先程の、欲望にまみれた『ニヤリ』はどこに行った? と思うような慈母の笑み。
完全詐欺です。本当にありがとうございます。
「んじゃ、あたしも出かけるから、後は宜しく。くれぐれも――」
「わかってるって。だぁいじょうぶだってば、無茶はさせないじゃん?」
注意を促すアンにジェシカはひらりと手を振った。
見た目と異なり、ジェシカは子供ではない。それはアンも理解している。
二人は冒険者としての経験はともかく、一戦士としてみた場合では十分以上、むしろ十二分の実力がある事も理解している。
事、近接戦闘においてなら並の騎士どころか、騎士団長クラスとも渡り合えるロミィと、彼女を後方支援するジェシカの遠距離火力とその正確さがあれば、騎士の一小隊とも渡り合える。いや、戦術を誤らない限りは圧倒すらできる実力が二人にはある。
だが絶対ではない。元冒険者としての経験、それがアンを不安にさせる。
「そこらの狩猟者が立ち入る様な狩場なのじゃから、そんな心配せんでも良かろう」
「ベリ」
「心配性じゃのう」
漆黒と見紛う髪をたなびかせつつ、巨大な質量を胸にたゆませ、魔神ベリサリ・ベルオル・ベリアス・ベリアルこと愛称ベリが溜息と共に語りかけた。
彼女が腕を組むとただでさえ目立つ凶悪な重武装がさらに強調される。
アンの目にはそれが忌々しい。
それは何故か? 答えは単純かつ明快、彼女の胸はお世辞にも大きいとは言えないからである。
『森妖精族』ならば大抵が所謂『貧乳』なのだが、彼女は元来『人族』である。
元が人族であったが為『大きな胸』とか『豊かな胸元』とか『豊満な乳』と言う言葉には人一倍の憧れを持っているのだ。
と言うのも、人であった頃も彼女は超の付く絶壁であったのだ。
それはもう気持ちの良い『ちっぱい』っぷりで、むしろ今の姿の方が大きくなっているくらいである。
故に、目の前でたゆむソレが憎い、妬ましい、恨めしい。
そしてその感情を彼女は隠そうともしない性格であった。
「急がんと、あちらで既に虎娘が待っておるぞアンジェよ」
「るさいなぁ、わかってるわよ!」
「ふぅ……ヤレヤレじゃのぉ」
『何をイラついとるのか知らんがの。念の為にロミィにも眷属の目を付けておくでの』
心術。相手の心にダイレクトに意思を伝える魔術。
その超の付く高等魔術を用いて、ベリはアンに語り掛けた。
この世界において魔術師の最高峰である『大賢王』を冠するアンの魔術抵抗力。
それを無い物かの様にいとも簡単に突破する事は、魔神であるベリの実力の高さを明確に証明している。
この忌々しい魔神が実力の欠片も無く、取るに足りない者であったり、己より胸の寂しい同士であったりすればアンはこのようなイラつきも無縁で在れたであろう。
だが、相手は魔神である。弱い訳が無い。
実力の方で言えば、己が本気でやり合って負けるとも思わないが、確かな力を持っている事は否定の余地もない。
そしてもう片方は、悲しい程に圧倒的な差がある。
更に言うと、この魔神は愛しい従者に今なお絶賛取付き中の最悪の魔族。
自然、揺れる肉球を目の前ブルンブルンとされれば語気が荒くなる。
『それはどうもっ』
『じゃから、そうも心配することはあるまい。イライラしておると……皺が増えるぞ?』
そっけない反応のアンに、ベリは意味も解らない故に外れな言葉を連ねた。
『増えないもん! 森妖精族は老けないハズだもん!
つーか、増えるってどゆことぉ!? どこかに小ジワでも見つけたぁっ?』
『ほほう、自覚があるのかのかえ?』
『ないってのよ! ――ふ、ふんっだ。お礼なんか言わないからね! ど~せ、この子達に何かあったらアンタもケイゴに何されるかわかんないからでしょ。』
『素直に礼も言えんのか。ふぅホンに困った小娘じゃのう。流石おぼこよのぉ』
『関係ないでしょぉ!?』
傍目からみて無言、目と目の応酬に見える激しい争いを他所に、ロミィとジェシカは各々の装備の確認を終えていた。
ジェシカは何かを感じたのか冷たい視線をアンに浴びせながら、ジットリとした目を向ける。
(あの顔……ま~た、凝りもせずべリっちと喧嘩してんのかなアンジェちゃんてば……)
大当たりである。
(目の前で喧嘩してるのに、声も聞こえないって、な~んか不思議な感じ。
つーかこれってさぁ、すっごい無駄な能力使い方じゃね?)
御尤もである。
(どーせまた、しょ~うもない事なんだろうけどさぁ)
正しく、その通りである。
この竜族に連なる亜竜族の娘は、見た目は子供、頭脳は大人の典型を行く『来訪者』の一人。転移者では無く転生者。この世界で幾度かの人生を歩んだ女性である。
酸いも甘いも知った古強者。累積される人生経験はおよそ百年。
そんな彼女は、見事な『女の勘』を意味も無く発揮するのだった。
人知れず……。
「アン様、アン様っ。準備出来ました。ロミィとジェシ姉は行ってきます。アン様も気を付けてください。です」
「あっ、うん、ありがとう。いってらっしゃいロミィ。じゃお願いねジェシカ」
「「いってきま~す」」
ロミィとジェシカ。
行き先はクアベルト近郊、近場の森林地帯。
目的は魔物狩り(タテマエ)。
大人たちの愉快な頭の中の思惑など知らずに。
「いっぱい狩って、美味しいお肉をいっぱい取ってきます。です」
無邪気なロミィは元気よくお出掛けしてゆくのであった。




