闇市リターンズ⑤
てなワケで謎な剣を買ったワケなのだ。が、とは言え……本当にアレで良かったのだろうか?
ケーナは、オーソドックスな剣盾系の戦士だ。あと高レベルでも何でもない。
それに俺やジェシカの様な来訪者でもなければ、アンやベリの様に世界の反則でも無いし、リナやロミィの様にイカサマな種族特性があるでもない。
至ってごくごく普通の戦士。
そんな彼女が購入したのは、使いこなすのに時間のかかりそうな妙な癖のある武器と、そこらの冒険者が身に付けているフツーの革製防具。
そんな装備で大丈夫か? って思うよな?
うん、聞いたさ。したらさ。
「問題無いっス」
だそうだ。それどころか『アタイ絶対モノにして見せるよジっちゃんの剣っ!!』と意気揚々としたものだ。
あの思いつめたような目の意味は何だったのかと問いたい、問い詰めたい。
……あっと、これはいい。うん、いいとしよう。
そうじゃなくてだ。俺としては少々――いや、かなり心許ないって話だ。
元々前衛の盾役、つまりタンカー系であって、アタッカーではなかったらしいケーナの戦闘形式。なのにあの謎剣はどちらかと言えば『剣士』の剣だ。それを扱うとなれば防御を捨てる系の戦士になっちまうわけで、俺としては非常におっかない。
まして今の今から『慣れるぜ』『特訓だぜっ』てなノリなのだから余計に恐ろしい訳ですよ。
故に、老婆心全開な俺は付与術の師であるゲルトのおっさんを訪ねることにした。
基、もとから顔を出すのは予定の内ではあったが、ほんの少々目的を変更する。
最近とみに思うようになったことなのだが、俺の身内は防御面が疎かだ。
そらーもーぉ攻撃面に比べりゃ天地の差があるってもんよ。
その思いに至った直接の原因はロミィのあの暴走。
俺はあの娘をちっとも守れていない。
相対する魔物の攻撃力に対して絶対的な防御面の不足。
勿論、使える手段、つまり防御系の術の付与は既には講じてあるがまだ足りない。
あの時はっきりそう感じた。
――いい機会なのだ。
個人的な趣味丸出しで『掘り出しモン』とか『面白そーなモン』とか言ってらんねえってことよ。
実用第一、安全第一、命第一だ!
俺はケーナを門前宿に先に戻し、一人師の店へと急いだ。
◇
「ふんっ。いよう。お早い再開だなケイゴ。こうも早くお前ぇの顔ぁ拝むとは思わんかったが」
客の姿の無い不景気な店にはパイプをふかし紫煙を燻らせる、不景気顔に応対する錬金術士が居た。
ケイゴの師である灰水の大賢王ゲルト。彼は以前同様、適当な木箱を椅子としていた。
不景気な面を晒した弟子を視界に入れた第一声がコレだった。
「防御系魔巻物を一通り、あるだけ全部頼む」
愉快さを欠片も無い師の声、だがケイゴはそんな事を気にかけることは無い。
故に、単純明快。ケイゴは用件のみをそのまま伝えた。
「……」
「…………」
「……はあ……」
長くもない沈黙を溜息によって先に破ったのは師であった。
弟子に焦りの様なモノを感じる。
この弟子は大概の危機なら乗り越えれるポテンシャルがある筈。
何かがあったらしいな。そう直感する程度にはゲルトは人生の経験を積んでいた。
「唐突だな」
「…………あんたの品が必要なんだ」
「挨拶も無しかオイ。なんだ、なに煮詰まった面ぁしてやがる、神速様ともあろうモンがよお」
「…………」
弟子の焦りの度合いを探るべくかける台詞に険を込める。
が、反応無し。その割に弟子の目はずっと師を捉えて離さない。
「嫌味にも反応無しか。重症だな……」
「あんたの言葉だ。探せ。無いなら作れ。方法が無ければまた探せ」
弟子が弟子となったあの日に師から賜った教えを要約して唱え――。
「だから来た」
――それが理由だと言い放った。
~~~
ケイゴは近頃経験した危機的状況ってを全部師に語って聞かせた。
はじめて冒険をしたこと。それが本当に危険な冒険であった事を。
翼竜王との戦闘。仲間が皆、戦闘力に長けるが防御面では紙同然である事を伝えた。
『当たらなければ』なんて言葉はゲームやアニメの世界だけである、現実はそう甘くない。
攻撃を躱せず一撃を受ける、即、死。
なんて事は普通にあり得る、いや事実ありふれている。
翼竜王の様な強大無比を誇る魔物と会敵し、生き残る事こそが奇跡。通常ではあり得ない事。
死のほうが余程ありふれている。
だからこそケイゴには力が必要なのだ。
愚かにもおろそかにしてきた仲間を護るための新しい力が。
「なるほどな。オメェが阿呆ぅだとは知っていたが、まさか翼竜王とはな」
イカれてやがる。ゲルトそんな感想を現す様に肩を竦めた。
頭の横で指をくるくると回し、パーと開く。そんなオマケ付きでケイゴに感想を示す。
だが弟子に否定は無い。
(確かに俺は愚者だ。俺一人じゃ到底皆を守り切れねえ。だから……)
ケイゴは己を顧みていた。
「ああ、俺は無能だ。でも出来る事はある……と思ってる。そう俺に出来る事。俺の作り得る最高の装備で守ってやりたい。だから協力して欲しい。アンタの力が欲しい。金が必要なら何とかする、だから」
「こんの大馬鹿がっ、儂をお前と一緒にするんじゃねえ。なぁんにもない所からホイホイと魔巻物が産み出せる訳が無かろうがっ。金が潤沢だとて『ハイ、ソーデスカ』とすぐ出る訳じゃあねえぞ」
師から飛ぶ苛烈な罵声。
「な、ならどうすれば……そうか何か材料! 材料が必要なのか。だったら俺が!」
なおも収まらない弟子に、ゲルトは溜息をもらす。
商材箱から娘にも内緒である秘蔵の菓子と希少な茶を取り出し弟子へ勧める。
「よぉ……ちったあ落ち着け馬鹿弟子っ。ホレこれでも食え」
「ウッス。あっと……そういや弟子って呼んでくれるんだな」
「ふん! 口が滑っただけだ小僧っ」
「んで……うおっ!? めちゃうめえっ!! っとじゃなくて、用立ててはもらえるのか」
「ふんっ、お前も『赤』の奴と同じことを言いにきやがるか……」
「赤って……アンが来たのか」
「ああ、儂とあの小娘とは二十年からの付き合いでな。最近は会っとらんかったが儂がココで店を出してるのをお前さんがたから聞いたらしく、急ぎの入用だってんで赤のヤツもお前さんと同じことを言ってきた。いや、ちとばかし違うな。たしか……」
~~~
「久しぶり灰、お元気そうね」
「ふんっ、その言い様……お前、赤か……なんだその姿は」
こいつは腐れ縁である、赤と炎の称号を持つ稀代の魔女。
曰く、大魔法使い。
曰く、竜退の女魔術王。
曰く、殺戮の赤。
曰く、|炎で笑う女魔導士。《メイデン ガイ ラフィング ウィズ ファイア》
曰く、天災。
世界各国に轟く数多の異名を持つ女。
「それにお元気そうとは何だ! ったく年寄り扱いしやがって」
現時点で儂の知りうる限り、魔導士として最高最大の賞賛を受けて当然の実績を残しており、事実、最強、最恐、最凶の魔導士。
そしてつい先日、儂の店にふらりと訪れた化物小僧の主人。
「ふん、その姿。この儂に違和感さえ与えんとは……術のキレ、変わらんな」
見た目の種族は人族、年の頃二十代後半。はんっ、出会った時からざっと十年後ってとこか、確かな面影がある。が、儂の知らん頃だな。
儂が知るのは、駆け出しの学徒に過ぎなかったコイツ。
仲間と共に在った賢聖であった頃。
その次に会った時は、見る者を魅了する美しさと世を恨むような冷たい目を併せ持った森妖精の族の姿。
そして今日――ふん、ちったあ昔へと寄ったか。
「ごめんね、でも今の姿ではあまり動きたくないの。あたしってば目立つ女だから」
今でも十分目立っとる。ふん、鏡を見んのかこの女は……。
だが合点が行った、それで町娘の格好か……御大層な。
――それより。
「なら、そっちの恐ろしく物騒な美形はお前さんの護衛と言う事か」
赤の隣に黒、いや闇が居る。
一見は確かに町娘。確かに黒に寄った配色の衣装。
……しかしそんな事には関係なく『闇』を彷彿させる形と内包する圧倒的な闇の気配。
この世のものとは思えぬ色香。
闇色の魔力が人の形を成している様な漆黒の魔力。
何だこれは。
何者なのだこれは。
儂の経験がこれがここに在ってはならないものだと警告を発する。
こんな異常な空気を纏う女は生まれて初めて見た。いや女と呼んで良い物かどうなのかすら怪しい。
「ふむ。アンジェよ。こ奴、始末せんでよいのか。大したもんじゃが、どうやら一見でワシを見抜いたようぞ」
「へえ……それは凄いわね。アンタの転形の術ってあたしでも一瞬、我を疑ったってのに……」
「どうするのじゃ?」
「無用――っていうより、何かしたらベリ、アンタあの子に殺されるわよ。それ、ケイゴにとって『師』に当たる人だからね」
「む、そうであったか。無礼をしたな人の子、許せ。もし許容できぬというならば、今宵一晩良い夢を見せてやってもよいのじ、ゃあがっつっ!」
儂としたことが、あまりの頓狂なやり取りに呆気に取られてしまったぞ。
死をも感じた一瞬が過ぎ去り、辺りは呑気な空気へと変貌した。
店じまい前の夕刻とは言え人目なぞお構いなしに、容赦なくアレを殴りおった。
赤……お主は変わらんな、人の事を「それ」扱いする所含めて。
「止めなさいっての」
「アダダ。つぅぅうぅう。い、威厳が保てんから人前で殴るなと言うにこの小娘ぇ!」
威厳か……確かに崩壊したのう。
お陰で畏怖で氷つきそうだった血液が流れ出したわい……。
この恐怖の権化の様な……恐らくは上級魔族であろう魔物を相手に、たかだか魔導士にすぎん身でしかも拳でダメージを乗せるとは、恐れ入る。我が弟子同様非常識な奴だ。
「五月蠅い。話が進まないじゃない。本当にあの子に言いつけるわよ、この変態」
「くっ、お主はそうやってすぅ~ぐ主を引き合いに出す。卑怯なのじゃ!」
ふむ、会話の流れからするとこの闇色をした魔族の女は、赤の奴が従えているのではなく、あの小僧に従っておると言うところか。
くくっ、生きた分だけ面白い物が起こるものだな人生とは。
「おい、見た目の若さ自慢にでも来たのか? まるで小娘のようにはしゃぎおって」
「嫌味ね――。でもウレシイわね、相変わらず毒舌な所が変わってなくって」
お主が言うか? 儂が毒ならお前は猛毒だろうが。
年下のくせに昔から偉そうで口の減らんヤツだった。
斜に構えて冷めた口調で世間を舐めた口をきく様な女だった。
オマケに金にがめつい。
かと思えば、無償で盗賊退治もする。
行き当たりばったりかと思えば、実のところは用意周到。
敵対する者には容赦無く、冷酷非道。
……かと思えば、仲間のしりぬぐいをする様な青臭い真似もする。
なんともそう『つかみどころのない奴』だった。
「ふんっ、お互い様だ。で、用件はなんだ」
「久しぶりだってのにせっかちねえ」
「せっかちとはなんだ! あのなあ、店じまい前だ。もう、じきに陽が落ちる。お前さんここが何処かわかってるか?」
「失礼ね! 忘れるほど耄碌してない。それに、ここの奴ら程度にどうこうされるほども耄碌してない」
「ちげえねえ。お前さんはこの先何年、何十年と『耄碌』何ぞせんだろうよ。ならなにようだ? 昔話でも所望か赤よ」
「いいえ。今日は灰に仕事の依頼に来たの」
「ふんっ、断る……と、一度は言ってみたいものだ」
「あら、お言葉ね。強要した覚えは一度も無いよあたし」
「ふん! なら、断れん状況を作ってまで仕事を持ってくるな。まあ、今回は違いそうだがな」
こいつが依頼に来るときは協力せざるを得ん時が大半。普通に依頼された事なんぞ記憶に無い。が、今回はそんな覚えはねえ、なら情にでも訴えて来るか?
珍しい事だ……ふんっ、明日にはコイツが降らせる炎の雨でも降るかもな。
「ご明察。ご想像通りよ、今回はあの子達の面倒を見てあげたいの。オトナとして」
「はっ! 可愛い従者の為だと素直に言え。当の従者のほうがお前さんでなく、ちいさなお嬢達の方を可愛がってるモンだからヤキモチのひとつも焼きてぇが、そりゃいくらなんでも大人げねえって所か。ふん! いつもそうなら、わかりやすくて可愛気があるってモンだぜお前さん」
「……燃やすわよ」
へっ、ほれ見ろ変わってねぇ。怖え怖え。
「まだ孫の面ァみてねえんで遠慮しろよ……で、具体的な話と行こうじゃねえか」
「ふ~ん、偉くやる気あんのね……いつもはどんな時でも渋々なのに」
「――――――――アイツはお前の手元以外に在っちゃなんねえ。そうだろう? 儂の理由もそれだけだ」
「素直に感謝するわ――実のところね、ギルドのほうは魔巻物の在庫が芳しくて、ほとんど何も手に入らなかったから途方に暮れてたの、それに……あたしの敵の背後にはどうやらアンタの弟子のひとりが居るみたいでさ。そう、とても優秀だった弟子が一人……ね」
「!?――――冗談、だろ?」
「お生憎様。この手の冗談は嫌いなの……知ってるでしょ?」
「ああ、ああそう――だったな。そうか、アイツが……」
はん。やっぱり断れねえじゃねえか。
こいつが、大賢王たる赤が懸念し警戒する儂の弟子。
その昔、この俺に才能の限界を悟らせた錬金術の超天才。
名は『トラウゴット・フォン・オーレンドルフ』
当代公爵にして、このルシアナ帝国『国務尚書』の地位にある男。
あの天才と張りあえだぁ?
ああ、上等だ。乗ってやるっ。
くだらねえ誘い文句だが乗ってやるさ赤よ。
「――――――――――こりゃあ手ぇ抜くわけには行かねえな、オイッ」
「ええ、是非お願い。貴方の―――――」
手探りです。修行が足りないです。伝えたい事伝えれない不甲斐無さ。
しくしく。




