お後が宜しいようで
◇
「……以上。色々面倒事が多々ありましたが――この後も、面倒なアレコレの事後処理って奴が個人的に結構残ってるんですが……以上をもってクエスト完了の報告とさせていただきます」
――つかさ、翼竜王との死闘なんてある訳が無いんですよ……ははは。
あの方が居る時点で勝負ありっすわ~。
サクッと退治でリベンジ完了っすわ~~。
アンが居れば遠距離から強烈なの一発ぶち込んで、ピヨったトコへ俺が魔弾をシコタマぶち込んで体力ゲージをガリガリ削って、もっぱつぶち込んで離脱のループで終了っすわ!
なっはっはっはっはっ!! っすわ!
チィクショウメ。
『……嫌でも付き合ってもらうぜ!』
――とかって、意味深なヒキ作っちまったじゃァねぇか。
語れねぇーわ! 一方的過ぎて語れねェつーンですわっ、あんな大虐殺的戦闘。
引くわ。見聞きした方がドンびーちまうわッ!
当事者であるこの俺も、あの『ちょ、、、もう、や、やめ、ひィ!!』的な途轍もなく悲痛な翼竜王叫び声が耳奥にこびりついて離れねえってんだよ、ボケが……。
――くそう、チート魔術師め――。
~~~
翼竜王が馬を率先して襲っていたのには理由があった。新砦での戦闘……訂正、一方的な討伐の後、奴が巣を作っていた砦の尖塔部には数匹の幼竜が居た。つまりアイツは子育ての最中だったのだ。幼竜はとても弱く脆く、生餌にするには魔物ではまだ早い。そんな段階だとアンは言った。
「――でね、本来は、雄種も一緒に子育てをするんだけど……どうやらなんらかの理由で死んだらしいわね。でないと一緒に居ない理由が無いもん」
アンが言うには本来、翼竜王という種はカザス大陸北方域から中部域、それもヘルムート山脈の高地をその住処としている。そこは竜種もが数多く生息域とする様な魔物のパラダイス、人種の侵入を阻む絶対の秘境だ。
雄……つがいである筈のもう一匹が居ない。それが翼竜王なんて魔物がいる筈の無いこの暑苦しい南部に存在した理由だと言った。
子育て期間中につがいの雄種を亡くして、魔物の秘境とされるような本来の住環境では大切な子を守れない。確かにそうなのだろう。気の毒ではある。
だが、魔物の子育て事情など俺達……いや、人と言う種には関係が無い。あれ程の高ランクの魔物になると素材だ何だと安易に喜べるものではなく、大半を占める一般の民にとっては脅威以外の何物でもない。
ならば、俺達の取れる選択肢は『退治する』以外は皆無である。
「片親を先に亡くして居場所を無くし、そしてもう片方も今あたし達に葬られた……本当に運の無い子達。冒険者に切り刻まれその欲望の糧となるより、せめてあたしの手で再生への道へ送ってあげる」
~~~
――泣いちまうなら俺にやらせろってんだよ、馬鹿アン――。
「あいよ、お疲れさんだったね。さすがは巷で噂の神速の魔弾って事なのかね。とんでもないスピード解決な上に翼竜王なんて高等種を討伐とは……これでまた一つアンタには箔が付いたってもんだ。このヨルナの目に狂いはなかったさね!」
からからと高く笑う犬っぽい垂れ耳をもつ気の良さそうなオバサンは、クアベルト冒険者ギルド支部を治める長である。
俺の人生初となる、冒険者としてのファーストクエストを発注した人物であり、俺の事を身に覚えのない二つ名で呼ぶのをやめさせたい。
すっごくやめさせたい。
なんですか? テンプレ街道まっしぐらですか?
猫まっしぐらですか?
まっしぐら道極まってますか!?
「……うっす」
翼竜王を討伐した翌々日。商人達を護衛しながらクアベルトへの帰還を果たした俺達は、早速冒険者ギルドの受付カウンターにクエストの完了報告にいった。するとまたもや受付嬢なんて事をやっていたヨルナさんにギルド支部長室へクエストを受けたメンバー全員で通され、完了報告を行う事となった。
そして、約三十分間程をかけてアレコレを伝えきった時にさっきの台詞である。
「んじゃさっさと済ませちまうかね、ほれっ全員カード出しな」
冒険者カードを提示を求められて言われるがままに差し出す。ヨルナさんはハンマーを叩き付けるかの様に豪快にカードに対しその拳を次々と振り下ろした。拳の強打を受けたカードは衝撃で宙を舞いクエスト完了を告げる様に輝きだし、光りを宙に煌かせた。
……あとで別の受付嬢のおねーさんに聞いたのだが、資格を持ったギルド職員が拇印を押すようにカードに接すると、クエスト完了をギルドにより証明した事となり、同時並行的に進めている他の冒険者に伝わるのだそうだ。
つまり、あのアクションにはパフォーマンス以外の何の意味も無いのである。
つーかね、初めてである俺はアレがオーソドックスなのかと思い、おねーさんに『いや、豪快な儀式ですね』と話したところ苦笑交じりで説明してくれたのだ。
「いつもは受付カウンターでアレをやっててぇ、ある意味では当支部の名物となっているんですよ」
……と教えてくれたおねーさんの笑顔がちょっぴりひきつっていたのが印象深い出来事であった。
冒険者証明書たるこのカードには様々な情報が刻まれているが『依頼品の捜索・奪還クエスト コンプリート』等、クエストクリアに関する履歴の記載は残念ながらない様だ。
しかし、俺のカードの冒険者ランクの欄には燦然と『C』の文字が記されていた。
初クエスト完了なのに今後はベテラン呼ばわりらしいですってよ。
Aランクは言うに及ばず、Bランクとは上級冒険者を表すランクだ。
そのすぐ下のCランクってのは通常、幾つものクエストをこなして初めてなれるとなかんとか。
全く実感が無いですわよ?
ちなみに、ロミィはDのまま、俺が今回でCランク。リナはBランクだ、当然ジェシカはノーランクだ。なんせまだ正式に登録が終わっていないのだから。
「ああそうそう、さっきの報告でも話したけど、コイツに馬鹿共が持ってた盗品が入ってるよ」
予測通り、盗賊達は性能はイマイチながらも魔法鞄類をいくつか所持していた。その中には大量の金、銀、銅貨と、本来であれば商売のタネとして扱われたのであろう品々が、これまたかなりの量をため込まれていた。これで一部だってんだから驚きだ。
羽振りがよさそうと思われていた馬鹿共だが、その稼ぎに比べれば消費は微々たるもの、死亡したメンバーも含めて各個人に対しお宝は既に分配されており、それぞれが別のどこかに隠し込んでいる筈だと生き残りは証言している。
分配されたお宝の所在は大半が明らかになっていないので、噂の端にでも登れば躍起になって皆が探し求めるのだろう。
卑劣な賊共の享楽の為に失われた財貨は生半可ではない。なんと実は、この事件が発覚するまでには半年以上もの月日が流れていたのだ。
故に、残されていた物。つまり回収できた物の価値ですら白金貨二十枚に達しようかと言う所まで及ぶ。銀貨は一枚日本円に換算して一万円。金貨なら十万円。白金貨とは一枚百万の価値だ。それがあわや二十枚との事なので約二千万円。総損害額となるとその数倍か、はたまた数十倍か……。
考えたくも無いね。
そして、この世界ではあるルールがある。『海賊、盗賊、山賊、種を問わず賊を討伐した物に、押収した財貨の所有権が与えられる』といった法だ。
こいつは帝国法に定められた列記とした国法である。
ちなみに追加条文として例外の規定があったりもする。例えばだ――。
『国庫に納められるべきものである『税』や国家が定めた『国宝』が賊の手中にあった場合、これの返還を求めるものである』とか。他には――。
『元の所有者が判明している場合、元所有者は返却の交渉の権利を与える。また、元の所有者の返却交渉に応じた場合、返却者は原価値の五割までを上限とし、元所有者に対し謝礼の要求が出来るものとする。その際、求められた謝礼額は即座に支払われなければならない』等である。
まあ、とどのつまり『ゲットしたモンのものだぜ!』なのだ。
一夜にして小金持ちならぬ大金持ち! ビバ異世界生活の一攫千金ドリィィムーゥ。
な~~~っはっはっは!
なんだとぉっ!? 不謹慎極まりないぞっ!
それでも世界から倫理観の塊と称される日本人か、恥さらしっ!
ちゃんと被害者商人を探し出して返してやれよ、この人で無しめっ!
等々の皆さまの声が押し寄せて来るように感じられてしまう、小心者な俺なのであるからして、こんなことも伝えなきゃならない――のだ。
「盗賊の討伐者は俺達って事になってるんで、そいつの中身は一旦全部をギルドに預ける。ギルドに必要なものは全提供、あと現金も……被害者の会とかか何かが有ったら使ってやってくれ。他の品は全て換金。孤児院とか養護施設に分配してくれると助かる」
「「は~~~~ぁ!?」」
くぅ……俺っていい奴すぎるぜ。
ハモってしまうリナとジェシカの心境もわかるが。
さらばだっ、一夜の夢よ。よ。よ。
――くすん。
「はぁ――正気かどうか疑う発言だね。施術院で精神がマトモか見てもらうレベルさね……ああ。わかったよ、その目はマジだね。あいよ、承知したよ。ギルドに来るはずだった品以外はある貴族からの民への施しって事で受け取っておくさね。ケドね、冒険者ギルドとしては『あの支部はギルド会員に無償奉仕を推奨(強要)している』なぁんて噂はミリ単位でも立って欲しくはないからねえ。ほれ白金貨二枚、最低でもこれだけは受け取ってくんな。達成報酬込みで良いんだろ?」
「ういうい、問題無いッス。ありがとうヨルナさん」
素敵ぃィ。ちょっとだけあの嫌な二つ名で呼んでいいよ、ヨルナさん!
よっ、元凄腕冒険者様っ!
ああ。これでロミィのスイーツ欲しがり大作戦に対抗する軍資金が出来た。
あと、新しい服も買ってやりたいなぁ。
「アンタといいアンタの主といい……全く金に執着しないんだねえ。ホント、似た物主従さね」
「ん? アン……いや、男爵夫人がココへ?」
「ああ、朝一番で来てね『従者の物は主の物……とか言い出したら、あの子に全部渡しちゃって頂戴。と言うよりも、全部あの子の好きにさせてあげて』だとさ。いや~赤炎の大賢王様は太っ腹だと思ったもんさ~!」
わっつ? 今……何と? 全部使って良かっただとぅ!?
……アン様。従者へのお小遣いにしては大金過ぎます。
下僕はそのように思いましたです。ハイ。
「アン様、お金大事。忘れてます、マスタぁ」
「なはは。そうだな」
「ぐぬぬぬ、相当なお金持ちだと思ってたけど、これほどまでに非常識とは……じゃん」
じゃん? 今って使うべきタイミングか?
平気かミサキサン、最近、どんどんキャラ崩壊してきてないか?
語尾の誇張が日々ひどくなってる気がする。
後付けでのキャラ付けでも狙ってんのかね。無理やり『じゃん』とか言うK奈川県民見た事無いぞ?
ここはアレか? 突っ込むべきなのか?
俺の中の闇に潜んでいる関西人殿がつっこめと囁くようだ。
ボケてんだろ? ボケてんだよなぁ?
いや待て。ここは大人しく、ザ・紳士スルーが良いか。
いやでも、最近ちょいちょい気になってたんだよなぁ~。
えええい、ままよっ。サラっといっちまえぃ!
「『じゃん』語尾でキャラ売りしなくていいぞ。別に可愛くも無いしな」
言ってやったぜ。さらりとあっさりとクリーミィに!
「むっ!」
ピクリとした反応。
どど、どうでるよ。
「ん~~……んっ!」
腕組みして唸って小首をこてりと傾けて数秒。
何か思いついたらしい。
「非常識とは……にゃん♪ ――ってどう?」
――なっ、ん……だと……?
ま、まがお。真顔ぅ!『にゃん』の後に真顔で疑問だとぉぅ!?
衝撃、まさに衝撃。
今まさに俺の背景にはオサレな暗闇と雷光の閃きエフェクトがあるに違いない。
『にゃん』に付いてきたのは、スゥっと上げられた手、それが招きネコポーズなのは言うまでもない。ウインクまでご丁寧に付けやがった。しかもクイッと小ぶりながら形の良いプリケツを振るアクション付きで、仕上げに自前の尻尾をピコンって。
更には直立不動で『どう?』って……。
『どう?』ぢゃねぇよ。どうも、こうも、『にゃん』もねえっつーんだ。
なんだ今のは、一体っ、ええ?
アホか、アホなんか? いい年こいて何やってんだこの女性。
そして何故に疑問形?
聞くかフツーぅ?
駄目だ。これはタブン突っ込んじゃ駄目な奴だ。
俺何かしたっけ? なんか気に障ることしたのか、ああ可愛くないは禁句でしたか、ソウデスカ。
ならば笑って誤魔化だ。そうだ、それっきゃねぇ!
当たって砕け散って灰燼と帰してやる。
「あはは。あ~ジェシカさんや――。それ、ちょっちコワイんで……」
「いやぁん。カナって呼んで欲しいのぉ、だぁ~りんっ……にゃん♪」
ヤメテコワイぃぃ!
「えっと、あの、失言デシタ『じゃん』についてはもう気にしないです。ええ、ですからそのおっかない『にゃん』には大変申し訳ありませんがお引き取り願えないでしょうか」
アンに見つかったら『何仕込んでんのよこの変態!』とかって燃やされるから。
今度こそ燃やされるから。街が吹っ飛んじゃうからぁぁあぁっ!
「おいこらお前さん方、ギルドの支部長ってのは割といそがし~んだぞ。コントとか夫婦漫才とか学芸会ならお前さんらの寝室でやっとくれ~。ん~?」
ぱし~ん
ぱし~ん
んと。
スンゲ~~ぇとげっ棘のメイスを掌で弄びながら笑顔で近寄るの止めてもらっていいっスか?
なんだよ、ヨルナさん超こえぇぇじゃんかよ。
単なる気のいいオバサンじゃなかったよ。
つか、漫才とかコントとかってこの世界にもあったんだ、へー。
ぱし~ん
「聞えたかい? 他にご用件は御座いませんかねえ?」
ぱし~ん
―――むぅ。目がマジだ。
――。
「失礼しました! 査定のついでと言ってはなんですが、このジェシカの新規冒険者登録も宜しくお願いしたいっス。サーセンっしたぁ!!」
「あ、あぅ! ずるいぞケイクン。あう! あのごめんなさい……オネガイシマス……です」
「宜しい」
用は済んだし。今日はこの辺で帰らせてもらいますかね……。
でわ。
―― 撤収! ――。
次回も、シフトした日程となります。
一応『11/16(木)AM 02:00』を予定しております。




