月の下で
「あっれ~ぇ? 連れて行くって言ったっけかなぁ」
あの後、ベリと一緒になって刷り込み大作戦を敢行、無事前述の台詞を引き出した。
画して頭を捻りうんうん唸るアンは早々に床に就いたのであった。
確かにちょっと調子にノリすぎた。今夜はゆっくり休んで欲しい。
寧ろ是非記憶を無くす程に寝て頂きたい。
そして無事アグーデ伯からもお許しが出たので、晴れて(?)ジェシカは俺達の仲間となった。
◇
「今日も寝れないんスか?」
俺達にそれぞれ与えられた寝室は横にずらっと並ぶ客室である。それ故、据え付けのベランダに出ればお隣さんが居れば会話もできる、そんな距離。
ふと部屋の外に気配を感じてそっと覗き込んでみれば、眠れないのかジェシカはあの夜の様に月明かりの下で、豪華すぎる落下防止柵にもたれ掛かっていた。
月光がジェシカの幼い竜の角を鮮やかに浮かび上がらせていて幻想的なワンシーンを醸し出している。
常夏な気候ではあるが日が落ちれば結構冷え込み肌寒さもある。そんな中、夜風に髪をなびかせ月を眺め上げるその姿に見とれてしまっていた。
気が付いたのか、こちらにチラリと視線をくれたその表情にドキリとしてしまった訳で。
だから、つい声をかけてしまった訳で……。
「あに? いきなりそんな話し方してサ」
「いやぁ……」
月下の美少女に見とれて変になりました……なんぞ口に出せるものでも無く。
「なんとなく――ッスかね?」
「なにソレ。キモイじゃん――いつものカンジでいいよ」
ニカッとした笑顔はいつものソレって奴で俺はちょっと落ち着くことが出来た。
「あーうん。じゃあ……眠れないのか?」
「んー眠くない感じぃ? 興奮してるのかな」
「何に」
「へへっ。希望が持てる今に……って、うわぁキモ! 自分で言っててキモイ」
キャラじゃないな~等と言ってカラリと笑うジェシカを見て思う事。
それは、己の事。
『全ては救えない』
そう、見た不幸を全て救えるなら救いたい。でも現実がそれを拒絶する。
『偽善だ』
アグーデ伯はそう言った。しかし甘い偽善者ってのには、悪意の無い害を与える能力がある。甘く蕩ける様な害。偽善を受けた他者に甘い害を与える。
それは鎮痛剤の様に、痛まなくするだけの甘い罠。
痛みが和らぐだけで直りはしない、甘い毒。
偽善者はそれに気が付かない。
良い事をしたと満足する。
アグーデ伯はそれが分かっていて。解っていて。判っている。
一時の安らぎでもいいのだと。アグーデ伯が最良と思える甘い害を他者に与えている。
俺のしたことは? してきたコトは? する事は?
そんな偽善でしかないのではないか?
かつてこの世界に来たときにも思った事。
全ては救えない。
不幸を救いたい、せめて目に映る者を救いたい。
しかしそれは、本当に当人の為になるのか?
自己満足以外の何物でもないどころか、むしろ余計なお世話ではないのか?
ロミィの時もそうだ。そう思った。しかし救いたいと思った。
ロミィは幸せだろうか。本当に幸せになれるだろうか。助けてやれているのだろうか……。
ふと、チクリとどこかに痛みを覚える。
「希望……ね」
「うん? あちゃ~、もう後悔してるわけぇ」
人一人の人生の選択を過たせたかもしれない重み。
それは感じている。でも後悔しているかと問われればしていない。
では、この感情はなんだと言うのか。
「ふ~ん。バッカみたい。ケイクンってさあ、思った以上にバカなんだねぇ」
「はい?」
「何を思っているのか手に取るように分かる。それこそ悪戯した子供が隠し事バレない様にしているみたいにカンタンにね。
イチゴのショートケーキを見つけた少年は、生クリームが大好きだった。食べたくなってしまってちょっと指先に付けてペロリ。でそれを見咎めた母親に言うの。
『ボクなにも食べてないよ』ってね。それくらいカンタン。
キミ、人の選択が自分のせいだって思いこむタイプだわ。は~、居るよね~自意識過剰系男子って」
と、唐突になんだ? なんの比喩だってんだ。
俺の事を馬鹿にしているのか、それとも咎めているのか、はたまた責めているのか。
「な、何を言って……」
「あのねっ! 私が選んだんだよ。私が、自分で、自分のやりたいようにしてるんじゃん。ケイクンは切っ掛けなだけ。そう――単に切っ掛けをくれただけ。決めたのは私。判る?」
「それでも、それでも……」
切っ掛けを作ったのは俺だから、俺が、俺のせいで選択肢が……。
「はぁ……オイっ、ちょっとこっち来い」
突然機嫌が悪くなった。何が癇に障ったのか。
彼女は隣のベランダの石作の仕切り柵に寄りかかりコイコイと手招きで俺を呼び寄せている。これ以上機嫌を損ねない様に手招きに釣られて俺は寄っていく。
「耳かせ、遠いんだよ! 私チビだから遠い」
本当に怒っているみたいだ。子供が親に叱られている気分になるがここは従う事にして、ちょいと頭を下げて仕切り柵に寄せると耳を引っ張られた。
「イダダダダッ!」
千切れる! ヤメレ!
「あ~っ、もいっこも貸せ! まだ遠いんだよっ」
俺は痛さから逃れる様に体をいっぱいに伸ばした。
するとジェシカは反対の耳までもって引っ張り込む。
「うぐぐっ」
隣とは言え、日本のマンションの様に薄い仕切りがある訳では無い。
高級リゾートのホテルの如く、少々遠いお隣さん。
目一杯の背伸びをして、ようやく痛みが和らぐと!?
「んむっ」
「って事をするくらいには私はキミを気に入ったし、後悔なんてないって事だよ。だからそんなオチ込んだ顔見せんなってハナシじゃん」
勢い着いた感じで一瞬だった。もちろん耳の痛みなど既にない。
確かに触れた。柔らかく甘やかな感触。そして耳の奥に残る小さな水音。
二ッと笑むその口元を見て。
「ははっ」
力が抜けた。
抜けた拍子に顎を柵に痛打。
「あいっつつつ」
「あはははっ。ん~おほん。えっと、オバサンからの忠告。しかと聞け少年っ」
「あっはい」
思わずその場でシャキンと直立姿勢を取って居住まいを正す。
「キミ背負いすぎ。もっと気楽にしなよ? こんな命が軽くて儚い世界で全部背負うなんて事トーテー無理じゃん?
それなのに、相手の命どころか考え方も背負うって、馬鹿丸出しじゃん」
「ごもっともで」
「選択肢なんてね、所詮自己責任な訳。しかも相手は私だよ? 見た目道理の小さな子供じゃ無いワケじゃん。オトナの決断、舐めんなっての!」
「そ、それは……失礼しました」
「ったく。キミの凹んだ顔見て喜ぶのってキミの傍にいる? いないでしょ? だったらサ、堂々としてればいいんだよ」
「はぁ」
「ムーシーロ! 男なら背中で語れっての『ついて来い』ってな具合にさっ」
高校生男子に無茶を言う。
そんな事は英雄になった男か、人生を積み重ねた男が出来る事だろう。
ゲームや漫画の世界の話だろってんだ。流石オタ女子、言う事がすげぇや。
ちっ、ふとクソオヤジの背中を思い出しちまった。
『ホレ、バカ息子あとちょっとだ。イイもん見してやるから気合い入れろ』
あの時は、どっかの海外の山で絶景を見せてもらったんだっけ。
あの景色は凄かった、自分が如何にちっぽけな存在か思い知った。
でも道中は糞みたいに辛くて、投げだしたくて、泣きたくなって。でも親父は平然とした感じでひょいひょい登っててムカついたっけか。
あの時の背中はムカついたけど大きく見えた。憧れた。そして偉大に見えた。
あんな背中ならみんな安心してくれるのだろうか。
「へっ」
「どったの急に笑って。我ながら変なセリフだったとは思うけど……」
「ちと、思い出した事があってね」
「思い出し笑いねぇ。あっ! さてはファテの赤い弓剣士の背中でも思い出した?」
「ちげーよ、アンタと一緒にすんなよ」
「おっ、調子出てきたじゃん」
「ありがとなミサキさん」
「なっ、きゅ、急にナニ」
「元気もらった」
と、ちょいちょいと自分の口元をつつく。
「ちょ、ばっ! 悪かったわよ、不意打ちして」
「イエイエ、ゴチソウサマでした」
「い、い一応、この体では初物なんだから、感謝、感激してよね少年!!」
「ああ。感謝してる」
ホント。この世界に来て、俺の周りの大人はすげぇオトナばっかりだ。
だから、俺は。
俺の理想とする大人になろう。
「ホント、感謝」
「や、やめてよそろそろ。は、恥ずかしくなって来たじゃん。あと、どうせ呼ぶなら名前の方がその……」
「ん?」
「なぁ……何でもないよ!」
「そっか」
「うっ――も、もう寝るねっ」
「あぁ、明日はアンの命令でもう一度魔術師ギルドに行く。俺が使える様なモノ探して来いって言われてるだ。で、ミサキサンの冒険者ギルド登録にも行って来いって言われてるから、朝から一緒に出よう」
「あーうん。おっけ~。旅に出る為の身分証の確保だね、了解」
ふむ。さすが察しが良い。
「って、あれ? それじゃぁ明日はアンジェさん来ないの?」
「ああ、魔術師ギルドで調べもの、つーか調査があるらしい。だからその間、俺は他の用事を済ませとけって事だと思う」
「ふーん。じゃあオトナなオネーさんとデートってワケだ」
悪戯っぽく笑う。はん! そんなこと思っても無い癖に。
「お生憎様。リナとロミィも一緒だよ、あの二人の装備の充実も含めて見て来いって話だからさ」
「……おや、残念」
「ははっ、じゃおやすみミサキさん」
「うい、おやすみ~」
実はちょっとだけワクワク。
なんせ魔術の本場での買い物だ、何が出るやらお楽しみにって奴だな。
強く……ならなきゃだしな。
心の方は追々で、まずは戦闘面の強化だ!
次回 06/12 AM 02:00を予定しております。




