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第四話「KO24」by49号

さて、今回は七人ということで、四人目! 一周目も中盤に差し掛かりましたね。三周か四周で終わらせたいので、まだ先は長いですが、頑張りたいですね!

がたんごとん、ゆるやかに左へカーブする。

組んでいた右腕をほどいて覗くと、シチズンの短針が”Ⅵ”と”Ⅷ”の中間を指しているのが見えた。金曜日の夜、混み合った特急電車は得も言われぬ空気で満たされる。平日の終わりに安堵したような雰囲気の中で、彼女は、自分だけが異質な存在のように感じていた。

マスクを越えて鼻へまとわりつくナフタリンの臭い、眠りを妨げる両肩の不快感、そして時おり向けられる男たちの視線……目指す駅まであと十一分、いつもならわずかなはずの時間が、今は明らかな悪意をもって流れているように思えた。椋枝から電話が掛かってきたけど無視した。あの能天気な声を聴いてやってもよかったと、後から悔やんだってもう遅い。喪服みたいな色のライダースジャケット越しに、強く左肩をマッサージしながら、八王子行きが少しでも速く進んでくれるのを祈るしかなかった。

これに乗っているってことは、おそらく。

「いろい――」

『本日も~、一日お勤めお疲れさまでした~』

低い声のアナウンスが響き、調布駅へ到着したことを友紀は知る。顔は下へ向けたまま、開きかけていた唇をつぐんで、溢れないように噛み締めた。特急だから、あと一駅。

東府中を通過したところで、ポケットが震えた。正しくいうと、ポケットの中に入っているスマホの震動に気付いた。短さからしてLINEのそれだ。いつもなら黙殺していた面倒な通知にさえ、彼女はすがり付くような思いで反応していた。白い指を滑らせ、目的の画面へ最短距離でたどり着く。

さほど多くないトークの最初にある見出しは、“ひかりん☆ミ“、一度だってそう呼ばれたことがない親友の名だった。


すごいよ!


一体なにがすごいんだ、覚えず口角が苦々しく歪む。


たんていがいたよ

お兄ちゃんのこと分かるかもしれない!

やっち!


変換することも見直すことも忘れて、とにかく書きなぐったのだろう。立て続けに表示されるメッセージが、ひかりの興奮と不安を伝えていた。彼女のことが心配になって、友紀は少し、ほっそりした頬を強張らせる。いざとなれば無理しかしないような子だ。

ひかりは昔から、どこか遠い場所ばかり見つめていた。ここじゃない、私のいるべき場所はここじゃないんだ、と訴える中学生みたいに。大学生活も後半へ入ったのに、慎重の“し“の字もなかった。

でも。

「気付いてないんだろうな」

隣のサラリーマンが聞こえないくらいの声で友紀が呟く。我慢したり、後ろを振り返ってくよくよしているのは、きっと一人だけでいい。



十号車は、目指す駅の二番ホームへ滑り込む。ドアから吐き出される人たちの流れに乗って、彼女は二十二分ぶりに新鮮な空気を吸った。大袈裟だが、それだけで救われた気分になれる。汗ばんだうなじを夜風に当てて冷やしながら、南口改札を抜け、ペデストリアンデッキへ出た。

TOHOシネマズの看板がある辺りで、スマホがもう一度震え始める。今度は長い。

ポケットから取り出すと、スクリーンは電話の着信画面を映していた。LINEとは違い、ちゃんと番号を使った電話だ。自分の電話番号を隠さないでいるのが妙に怪しかった。


「――もしもし」


緑のボタンを押し、右耳へあてがって応答する。


「楠本ひかりは兄を喪った」


ひどく簡潔で短い言葉だ。友紀にとっては聞き飽きたもので、だからどうした、と文句のひとつも垂れたくなるような話題だった。新聞の片隅に載っていたし、朝のニュースにだってなっている。友紀は世間に疎いところがあった(というか無関心だった)が、それなりの人たちがそれなりの関心を抱いていることも知ってはいる。

けれど、事件について彼女へ話す人は珍しい。


「らしいな」


相手の出方を探ろうと、慎重に選んだ言葉だけで話し始めた。


「とぼけるか」


「そう聞こえたなら、そう受け取るといい」


「俺が探偵だとしても、か」


聞き憶えのある声に、友紀は鼻で笑う。そう来たか。

まあ予想はある程度できていたから、特に驚くこともなく、淡々と会話を連ねていく。


「あいにく、私とて法学を学ぶ身だ。“探偵業の業務の適正化に関する法律”、そらんじてやっても構わないが」


「知ってるさ。美人だがつれないのは、特に変わっていないようだ」


得意気な口調からして、たぶんどこかで面識があったのだろう。男の声なんてどれも似たようなものだから、判然としないのも仕方あるまい、半ば開き直った彼女が冷たく言った。


「なら、日を改めることだ」


「無理だ、と言ったら?」


「探偵業法6条、探偵業者及び探偵業者の業務に」

「分かったさ」素直な即答だ。


「理解してくれて助かる」


礼を言うや否や、友紀は電話を切ってしまった。朱華( はねず)色のスマホを街灯にかざしながら、なにをしているんだ、と自分を責める。探偵ということは、ひかりの言っていた人物のことなのだろう。時間帯を考えると、今は別れていると考えたほうが妥当だが、さっきまでは一緒にいたはずだ。

世話の焼ける親友だ――

独り言が口をついて出るほど老け込んではいないが、ずいぶんと開発計画の進んだ故郷の夜は、予想より底冷えしているような気もした。地上に下りてしばらく歩かなければ、見慣れた風景は見えないのだ。

でも、あともう少し。


青信号が点滅しだした府中街道を小走りで通り過ぎると、実家の前で立っている影が見えた。

「おかえり」

人肌に響く声が聞こえる。

顔を上げた友紀は、初めて、形の良い唇をゆるませた。


「……また、」

いってきます、と言わねばならないのだろう。

だからこそ、束の間の安息を大事にしよう、と思えた。

リレー小説の際はいつもサブタイトルを依頼している作家さんに聞いているんですが、結構「そっちで付けて」の人が多いんですよね(笑) 悪いかイイかはおいといて、サブタイトルも作家さんの特色が強く出るとこのなので、毎回私がつけるのはもったいないって思うんですよね……w 今回は49号さんが自らつけてくれました(笑) 自分にはない、いいセンスを感じる題名ですね! 私だったら「つかの間の休息」とか「無料通話ではない電話」とか、そのまんまつけちゃうんで、こういうセンスはホント羨ましい。

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