第十六話「衝動」by無駄に哀愁のある背中
ぶっちゃけスローイングスピア
心に整理がついたころ、もともとの疑問を思い出した。なんども切り出そうとした。でも、切り出せなかったことをやっとの思いで口にできた。
「あの、大友さん……なぜ友紀の話ばっかりを? やっぱり、友紀が兄を、楠本涼を……殺したんですか?」
「……その質問に厳密にお答えできません。私は現場の近くにはいましたけど、そこにはいませんでした。私はその日、友紀さんをつけているとひかりさんのお兄さんの会社に入っていきました。友紀さんは受付でお兄さんを呼ぶと二人で屋上行のエレベータに乗っていきました。私もすぐに追いかけたかったのですが、知り合いもいないので裏口から忍び込んだりするのに時間がかかる上に階段を使わざる得なかったので、屋上に着くのはかなり遅れました。そして、階段を登ってる途中で、血相を欠いて降りていく友紀さんとすれ違いました。私が急いで屋上に着くと、お兄さんが腹を刺され横たわっていました」
「もしかして、兄を突き落としたのはあなたなんですか?」
反射的に怒りがこみあがって、大友さんの襟元をつかんだ。椋枝君が静止させてくれなかったら、大友さんを殺していたかもしれない……。
「いいえ、違います。私はすぐに止血処置に入ろうとしましたが、動脈を刺されたようでもう手遅れでした。そしたら、掠れ声でお兄さんに頼まれました。『友紀ちゃんは僕を刺していない。そのことだけは伝えてください。僕はもう先が長くない』私はそれを聞いて、涼さんが友紀さんを庇おうとしていることを察しました。探偵の経験から警察が調べそうな物証をすべて隠して、友紀さんにつながらなくしました。そして、終わって外に出たころ、あなたとお兄さんが救急車で搬送されるところでした。きっとお兄さんは友紀さんに罪を被せまいと、自殺に見せかけたかったのだろうね」
目の裏にチカチカ光るパトランプが……手には兄の冷たくなった体の感触が……耳にはサイレンの音を感じ、意識が遠のいた。でも、私は辛うじて意識を保って聞いた。
「それがあなたが知るすべてですか?」
「……ええそうです」
私は無言になった。そして、もう言う言葉もなかった。椋枝君は察してくれたのか肩を抱いてくれた。ねぇ、私はどうすればいいのだろうか。
「こんな時に尋ねるのもどうかと思うのですが、ひかりさんこの後どうしますか?」
「え?」
「警察に行きますか? それとも?」
「……わかりません」
「わかりました。私はこの告白をした段階で、あなたに運命を託しました。もしも警察に行くと決断したなら、友紀さんと裁かれる覚悟があるということだしね。私は証拠隠滅を図ったわけだから裁かれるべきだろう」
大友さんはその場をゆっくり去っていった。椋枝君も帰っていった。彼も彼なりに衝撃があったのだろうし。私も家路に着くことにした。まだ日は低くはなかったし、家に帰る気にもなれず家の近くの公園でボーっとしていた。
公園でボーとしていると、一人の人が近寄ってきた。それは……。
「友紀……」
「ひかり、こんなとこで何してるの?」
「いや、なんでも」
心がひどく揺れる。自分の兄を刺した人間を殺したい気持ちと親友がそういう人間ではないと思いたい気持ちが張り裂けそうになった。
「ねぇ、友紀。私に隠し事してるでしょ?」
「え?」
「……全部知ってるの……全部。隠さないでほしい、せめてあなたの口から聞きたいの」
それが私の出せる最高の答えだった。
「……そっかぁ、知っちゃったか。でも、ひかりにはそんな話ができないよ」
心が傾いた。
「うるさい! すべてを知ってるの。全部言ってよ!」
「そんなに怒らないでよ。隠してたことは謝るから。全部、聞いて!」
友紀はどこか遠くを見ながら、話しだした。
「私は涼さんが好きだった。ずっとずっと好きだった」
「え?」
「ひかりには話せなかった。だって、言ったらひかりとも涼さんとも関係が壊れる思っていたから。実はね、私、ひかりには内緒で勉強を教わりたいっていう名目で何度も涼さんと二人で会ってるの。涼さんは毎回勉強『だけ』を教えてくれる。きっと私を恋愛的な目線で見てないって気づいていた。でも、でも……」
「それで?」
怒りが先行して、彼女を責める。
「あの日、涼さんが死んだ日の一日前、ひかりの口から初めて涼さんの婚約者の話を聞いた。その時に私はけじめをつけようって思って……あの日、涼さんの会社に行って、話をしたの」
怒りが我慢できなくなった。
「だからって殺したの?」
「え?」
「自分のものにならないからって、殺したの? 殺したら自分のものになるの? その殺す相手が親友の兄でも?」
「ちょっと待ってよ、ひかり。話を聞いてよ!」
「兄さんの敵は私が討つ……もういいよ、死んで」
私の手は友紀の喉元に迫った。
「ひ……かり。や……め……て……」
弱弱しい友紀の声が耳にかすかに聞こえる。でも、もうよかった、なんでも。目の前に見える女が兄殺しの犯人なんだから。腕から頸動脈が脈打つ感覚が流れてくる。そして、そっとこころの中で謝った。
(兄さん、ごめんなさい。私、人殺しになる……)
「ダメだ! 楠本さん!」
私の腕は強引に友紀から離された。離したのは椋枝君だった。
「駄目だよ、楠本さん、そんなことしたら君が殺人なんて犯したお兄さんだっていいと思わないだろ! それに殺すのが親友だなんて、悲しむに決まってる」
「うるさい、なんで人殺しが親友なの! そんな人、親友じゃない。親友じゃないだ」
目から涙が流れてきて、頭が真っ白になった。
「だったら、どうすればいいのよ……教えてよ、椋枝君……」
「そ、それは……」
友紀が呼吸を整えて言った。
「ひかり、私は涼さんを殺してない! 信じて!」
「よく、そんなことが!」
私が言い返すと同時に友紀は続けていった。
「私はあの日、涼さんにけじめをつけるために告白してきっちりとフラれてきたの」
「でも、友紀が血相欠いて階段を下りてるとこを見てた人がいるんだよ」
「それは……フラれるってわかってたけどそれでも動転してて」
「じゃあ、誰がナイフを刺したっていうのよ! もういい! 全部警察に言うから!」
私は言い逃れようとする友紀に失望し、そのまま警察署に向かった。




