第十五話「谷津井家」by無駄に哀愁のある背中
ぶっちゃけスローイングスピア
昨日は寝れなかった。おとといも寝れなかった。この日をただ待っていた。墓場で椋枝君と二人で待っている間はもどかしかったし会話はなかった。
「やっぱり、二人で来ましたか」
「大友さん」
大友さんは黙って立って谷津井家の墓を見ている私たちの後ろから話しかけてきた。
「私がどうしても言ったんです。彼も一緒でお願いします」
「……いえ、いいです。あなたが決めたなら、彼もまた知るべき人ですから」
「ありがとうございます」
「では私への依頼の話から入りましょうか……つまりは私と友紀さんの関係の話から」
彼はじっと谷津井の文字を見ながら言った。
「ひかりさん、私は変だと思いませんか? 私は探偵のくせにあまりにも友紀さんにのめり込みすぎる。それは……私の名前は確かに戸籍上は大友です。しかし、元の名前は違います。私の元の苗字は谷津井です」
「え……もしかして、あなたが友紀のお父さん?」
すると、椋枝君が言った。
「楠本さん、この人は友紀のお父さん、健おじさんじゃない。俺はあったことあるし」
「その通り、椋枝君の言う通り私は友紀さんの父親ではない。では誰か、私は友紀さんの叔父にあたります。つまり、友紀さんは私の姪です」
「え……でも、年齢的にそれは?」
「ええ。私は今30後半ですから、友紀さんのお父さん、つまり健兄さんとは一回り以上年齢差があります。それは異母兄弟だからです。私が生まれた時にはすでに健兄さんは勘当同然で東京で一人暮らししていましたから」
「なんで、勘当同然だったですか?」
大友さんは大きくため息をつくと、恥を忍ぶように言った。
「谷津井なんて珍しい苗字でしょ? 地元の三重では旧家で、だからこその古き悪しき伝統があったんです。谷津井家は古くから医師業を営んでいて、長男は医師を継ぐことになっている。でも、健兄さんは理系は不向きで椋枝君も知っている通り、その後も医師になることなく一般的なサラリーマンになった。結局、健兄さんの弟で私の異母兄弟の次男が継ぐことになったんです」
椋枝君は口をそっと開いた
「それはなんとなく聞いたことありました。俺の親父と健おじさんが酒を飲んでるときに」
「まあ、旧家だから厳格で私はその次男が医師になってくれたから、のびのび育ったけど健兄さんはそうとうひもじい思いをしていたようです」
「健おじさん、そんな思いを……」
「……すみません、大友さん、話が……」
「ああ、ごめん。ひかりさん、話を戻そう。その勘当された状態が続き、ちょうど友紀さんが小学校3年生のころ、事件が起こりました。健兄さんの弟が病院を継いだタイミングで健兄さんは親父、つまり私の父親に呼び出されました。そこで何を言われたのか知らない。でも、話が食い違って口論になって、最終的に健兄さんが親父を蹴っ飛ばして、東京に帰ってしまいました。そして、そこから健兄さんは壊れたって私は聞いています。その辺は身近にいた椋枝君のほうが詳しいかもしれませんが」
椋枝君は少し黙った後、悲しそうに言った。
「確かにその頃はあまり谷津井家と交流がなくなって、友紀が学校から家に帰るのが嫌で一緒に遅くまで公園で遊んだこともあった」
「では、ここからが本題だ。健兄さんに蹴っ飛ばされた親父はその時に頭を打って体を壊してしまったんだ。俺は看病しながら、初めて親父を蹴っ飛ばした存在が兄で、自分に姪がいることを知った。日に日に衰えていく親父を見ていると、最初は健兄さんがゆるせなくなった。でも、そんなときに親父が言ったんだ」
私は大友さんが明らかに感情的になっていることがわかった。そして、友紀を守るというのが探偵としての依頼だけじゃないことを肌で感じた。
「『俺は健のことを何一つわかってやれなかった。蹴っ飛ばされて、体調を崩して、死ぬ間際になってやっと気づいたよ、俺が健にした非情なことを。なあ、これが遺言になるかもしれない。はっきりと記憶してくれ、遺産は病院以外は全部お前に譲る。だから、健と健の大切な家族をお前が守ってやれ。これがお前にする最後の頼みであり、仕事の依頼だ。そして、健にできる唯一の親として施しだ』って親父が……。俺にとっても親父は大きな存在だったし、親父の健兄さんへの罪の意識が伝わったからこそこの依頼を全うしようと考えたんだ。だから、俺は……いや私は友紀さんを守ると決めたんです」
「そう……だったんですか」
大友は疲れた様子だった。きっとこんなことを他人に話すのは初めてなんだろう。すると、隣で聞いていた椋枝君が思い出したかの様に言った。
「もしかして、あの変死事故って大友さんがなんかして、友紀を守ったんですか?」
「椋枝君、変死事故って?」
「君たちはまだ小学校高学年だったから、ひかりさんが記憶にないのは変じゃない。椋枝君の言う通り私が絡んでいるよ。正しくは私のほうから絡んだ。当時、その依頼を全うするために三重から東京に越してきた時だった。健兄さんの勤めていた会社の上司の女性が水死体で見つかったんだ。警察は遺書がないこと等から他殺の線を探っていて、ローラー作戦で虱潰しに調査をしていたところ、健兄さんに容疑がかかったんだ。健兄さんは荒れてから仕事も手がつかず、上司にいびられてる様子をいろんな人に見られていて、同時にろくに家にも帰っていなくかった。事件から健兄さんは行方知れずになってたしね」
「もしかして、その時に友紀って警察嫌いに……?」
「ああ、たぶんね。父親のことについて、随分と厳しくしつこく聞かれて、その様子を見た彼女の友達も彼女を避けるようになっていたからね。私はきっと親父が持っていたどこかの土地に健兄さんは隠れているんじゃないかと思って探した。健兄さんを見つけたのは元谷津井家の所有物で私が相続した別荘だった。でもすでに首を吊っていた。遺書と一緒に夫の書く欄だけが埋まった離婚届があった。遺書には自分を見つけた人へのお願いが書いてあった。内容は妻にこの離婚届を届けて欲しいことと自分がその女上司に夜中に呼び出され怒られイライラした結果、帰り道をつけて殺したことが告白してあった。懺悔ともに長い家族への思いが綴られていた」
「それで、どうしたんですか?」
「自分が持ちうる力を総動員して隠蔽した。結局、隠蔽は成功して自殺と断定されたが、でも動きすぎて一時期は容疑者の一人になって、村本刑事に怪しいと睨まれ続けてしまった。そして、あの地区での私の活動は難しくなってしまったんだけどもね」
「犯罪に手を貸すなんて最低ですね」
「証拠がなければ、なんでも罪にはならない。それが現実ですよ、ひかりさん。そして罪の意識は背負っても、友紀さんたちは守られた。ちょっと近所の人と仲が悪くなって別の市にそれも近くの市に引っ越しする程度で済んだ。だから椋枝君、君も彼女と故意に同じ中学行けたわけですしね」
友紀がそんな思いをしてたなんて思いもよらなかった。
「まあ、実際は私の力だけじゃなくて、今の友紀のお父さんがいろいろ検察庁に取り合った結果みたいですけどね」
「……あの、楠本さんごめんね。ちょっと大友さん、ではこのお墓は誰のものなんですか? だって、健おじさん……はその、自殺していても犯罪者。そんな人がお墓を作れるはずがないじゃないの……?」
椋枝君も全貌は予想できていなかったみたいで、一生懸命大友さんの話をあらを探しているようだった。
「……このお墓は健兄さんのものだ。せめて、家族の近くで眠っていてほしくて……。住職にはほとんどことの顛末を話さず、金を握らせて目をつぶってもらっているんです。大人の世界は予想以上にグレーですよ」
話は一通り、終わったようだった。私は頭の中を整理していた。椋枝君は私なんかより自分の身の回りで起こっていたことでより動揺していた。




