第十三話「ひかりと友紀」by鯉
私がお墓の前の通路についても、探偵さんはしばらく祈る頭を上げなかった。
私も人の祈りの邪魔をする気にはなれなくて、頭を垂れる彼をうしろから見つめることしか出来なかった。
墓前で祈りを捧げる姿は誰も皆、同じなのだと気づいた。さっきお父さんを見つけたときも、探偵さんも、背中は同じように見えた。どの墓も、灰色や黒の、磨き上げられた直方体の石を重ねたフォルムを持ち、その後ろには卒塔婆が何本か立っている。火をつけられた線香からは煙が立ち上る。その煙は祈る人を左右に避けたりまとわりつきながら空へと消えていく。そして墓石だけでなく、その前にいる人すら一体と化して永遠にそこにあるような気がした。
だからかもしれない。探偵さんがゆっくり頭を上げて体の前で合わせた手を下ろす、何気ない仕草に私は少し驚かされた。
「いつでも、死者より生者を尊ぶべきだと、私は思うんですけどね」
探偵さんはお墓に向き合ったまま、恐らく私に話しかけた。
「死者はいつでもそこにいるけれど、生者はいつ、失ってもおかしくはない。死者の理由を探しても死者は生き返らないが、そのために消費した時間は生者を失うのに、ときに十分すぎる時間と等しい」
勺で一掬いの水を桶からくみ上げて、ひんやりとたたずむ石にかけた。
「こんばんは、私にご用ですか」
「探偵さん、いや大友さん。私の親友は、誰なのだと思いますか」
「誰、というと。川井友紀さんだとこの間は伺ったように覚えていますが」
「そう。彼女は誰なの?」
私は谷津井と書かれた墓碑を見ながら言った。
「ここに葬られている方の家族ですよ。それは私の依頼主でもある訳です。契約解除に関する取り決めを十分にしておかなかったのは私の失敗でした。終わらない契約のせいで、私は時間を削られ続ける」
探偵さんはいつもより饒舌に関係ないことを語っていた。
「いやなら破棄してしまえばいいじゃないですか」
「探偵というのは信用第一な仕事です。そんなことを不用意に出来るわけがないでしょう。友紀さんはかつて、彼女の両親の間に生まれた争いごとによって不幸なことが起こりかねない時期がありました。当時、それを恐れた谷津井さんは私に依頼をしました。友紀さんを見守り、ときに彼女の身に起こる不幸から彼女を遠ざける、というのが仕事の内容でした。そして私はそれを引き受けた。実に簡単な契約で、実に安直に、何も考えず、簡単な仕事だと」
「それを後悔してるんですか」
「依頼を受けたことは後悔していません。依頼を果たすことも。しかし私の仕事が不足していたことがあり、それを悔いています。次はより視点を広く持って事に当たろうと決意しました」
「そうですか」
仕事の不足、それが谷津井さんが死に、埋葬されることになったと言うことだろうか。
「だから私は、友紀さんが不幸になる可能性があること全てに首を突っ込むことにしました。しかしあくまで私の依頼は友紀さんを見守ることであり、彼女の幸不幸と関係なければあっさりと、他人が不幸になろうが知ったことではありません」
「このことを友紀は知ってるんですか」
「さあ、どうでしょうね。彼女の幸福に繋がるならいくらでも説明はしますがその判断をしたことはありませんから、会ったことはありますが私が何者であるかは知らないと思いますよ。でもあなたは、とりあえず友紀さんに感謝した方が良いと思います」
「どうして? お兄ちゃんが死んだ後、私を励まし続けてくれていることに感謝を忘れたことはないけど」
「そうではありません。あなたのお兄さんの事件に私が関与しているのは、ひとえに友紀さんに不幸が訪れるかもしれないから、なのです。友紀さんがいなければ、あなたが彼女の親友でなかったら、その事件について依頼を受けていない私は関わらなかった」




