第一話「滲んだ赤い光」by適度に自信のある腹
今回は適度に自信のある腹さんです。突然、振って申し訳なかったです。ありがとう。
ファンファン。ピーポーピーポー。
目には滲んだ赤の光が入ってくる。救急車やパトカーのサイレンの色だ。耳から入ってくるのはサイレンに混じった女性が泣き叫ぶ声。誰の声だろうか……私の声だ。私の前には男性が一人倒れている。頭から血を流して、お腹辺りにはナイフが刺さっていて、シャツが赤で滲んでいる。この人は誰なのだろうか……お兄ちゃんだ。
私の体はただ泣き叫び、何もできず血が止まらない兄の体を抑えていて、救急隊や警察が来てもただそこで泣いていた。
「…………ひかり! ……ひかり! ひかり!」
私を呼ぶ声がした。身の前にたっていたのは駆けつけてくた友紀だった。それに椋枝君だった。
「友紀……来てくれたんだ、それに椋枝君も……」
「ああ、こいつは勝手についてきただけ、私がゼミを出る瞬間に一緒に居て、勝手についてきた」
「川井、「勝手には」って失礼じゃないか、俺だって楠本さん心配だもん」
友紀はそういう椋枝君の言葉を完全に無視して、私に続けて聞いた。
「涼さん、大丈夫?」
「友紀、それがね……」
言葉を話そうとしたら、涙がボロボロと落ち始めた。ただただ悲しくなった。頭にあの時の映像がよぎり出した。兄の血で染まった真っ赤な手のひら、二つの種類のサイレンの音、野次馬の携帯電話のカメラの音。頭がパンクしそうになった。すると、呼吸ができなくなった。
「ハァ……ハァ……」
「ひかり! 大丈夫、苦しいの? しっかりして」
友紀は手術室の前の長椅子に座る私の横に座り、肩に手を回した。
「川井、これは過呼吸だ! 俺、レジ袋持ってるから口に当てるんだ」
椋枝君はしょっていた通学用のリュックサックを降ろして、中からレジ袋を出した。すると、友紀に渡して、友紀は私の口に当ててくれた。
少しすると、呼吸は落ち着いた。二人がホッとしていると、また違う二人が私のところにやってきた。
「ひかりちゃん!」
駆け寄ってきたのは兄の彼女の希さんだった。また彼女と一緒にやってきたのは、希さんの同期の井川琢さんだった。
「涼は大丈夫?!」
その言葉を聞いた瞬間に、またあの映像が頭によぎりそうになったが、その時に友紀が手を強く握ってくれて、そうならなかった。
「あなたは確か涼さんの彼女さん……」
「えっと、多田希って言います。そのあなたは?」
「ひかりの友達の川井友紀って言います。ひかりに呼ばれて、私も涼さんにお世話になっていたので急いできた次第です」
「そうなんですか……それで、涼は?」
「今はなんとも言えない状態みたいです。ね、ひかり?」
私は由紀の気遣いに感謝しながら頷いた。
「そっか、じゃあ、今は待つことしかできない」
手術室の前で五人でただただ待っていた。きっと大手術になるだろう、いやそうであってもらわないと困ると、思っていた。しかしそう思う気持ちも虚しく、手術室のドアは希さんが来てから、5分くらいで開いてしまった。中から手術着を着た医者が出てきた。
「先生、涼は大丈夫なんですか!?」
希さんが真っ先に医者に詰め寄り、質問をした
「落ち着いてください。えっと、あなたは?」
「涼の同棲相手です!」
「そうでしたか、ではあなたも是非来てください。あと、親族の方は」
体が硬直してしまっていた私の代わりに友紀が手を挙げてくれた。そして、私に肩を貸してくれて一緒に立ってくれた。
「あ、この子が妹です。私も一緒に行っても?」
「妹さんが問題なければ……?」
私が頷くと、医者は別室に案内してきた。
「では、楠本涼さんの容体について……その前にその両親の方は?」
「私と兄と父しかいません、父は海外転勤中でして、連絡したんですが……」
「わかりました。とりあえず、お二人にお伝えします」
重苦しい雰囲気が流れた。私の中にいる冷静な自分は気づいていたはずだし、心構えは出来ていたはずなのに……。
「楠本涼さんは先ほどお亡くなりになりました」
その言葉を聞いた瞬間に、耳が聞こえなくなり、目も見えなくなった。
目を覚めると、病院のベッドにいた。すべてが夢だったんだ! と思っても無駄だった。爪の間にある血がそれが本当だということを指していた。横で友紀が私のベッドの横の椅子で寝ていた。私は友紀を起こした。
「友紀? 友紀?」
「ふぁぁ、ひかり、おはよう……おはよう!?」
突然、目が冴えたようだった。友紀はナースコールを急いで押した。すると、医者と看護師、そして中年男性と若い男性が来た。医者と看護師は私の体の調子を調べながら、友紀と一緒に私の状態について、教えてくれた。
私はショックで気絶して、二日ほど昏睡状態だったらしい。その間はずっと友紀と椋枝君、希さんがそばにいてくれたらしい。検査を終わらせると、先ほどやってきたふたりの男性と何かを話しているようだった。少し話したあとに、医者が戻ってきた。
「とりあえず、体の方は大丈夫みたいです。栄養は少し失調気味ですが、点滴のおかげでとりあえず大丈夫そうです。今日の午後には退院できます。その後、通院になりますが、どうしますか? 今日、退院します? それとも明日にしますか?」
私は一度友紀のほうを見た。すると、友紀も私の方を見ていた。その後、医者の方を見直して、
「今日、退院します。いろいろありそうですし」
二日も昏睡していたせいか、なぜか心が落ち着いていた。
「そうですか、では手続きをしておきます。あと、明日のいつごろでもいいので、警察署の方に来てくださいとのことです、あちらの二人が」
先ほどの二人が私に向かって会釈をした。私も会釈すると、二人は帰っていった。
夕方になって手続きを済ませ、家に帰った。すると、玄関には久しぶりに見る靴が置いてあった。中に入ると、父がダイニングにポツンと座っていた。
「ひかり、おかえり」
「ただいま」
「ちょっと話がある。座ってくれないか?」
「……うん」
父は酷く疲れているようだった。ただ私のことを見つめていた。その目は怒っているわけでも悲しんでいる感じでもなく、虚だった。
「ひかり、私の正直な気持ちを伝えたい、聞いてくれるか?」
「うん」
「これまでお前らにしてやれたことは学費を稼いだりする程度だった、だから、私が言えるようなことじゃないとは分かっている。でも、言わせてくれ」
私が小さく頷くと、重そうに父は口を開いた。
「私は酷い父親だ、涼……息子が亡くなったというのに、その現実をすんなりと受け入れてしまっている」
「……」
「でも、だからこそ思うことがある……。母さん死んで、涼が死んだ今、私にはお前しかいないんだ。ひかり、なんか悩み事ないのか? 遅いかもしれない……でも間に合うなら、言ってくれ!」
父は立ち上がってそう言った。私に父とやり直す気は確かにあった。でも、親としての職務をお金以外放棄した父は軽蔑の対象でもあった。答えに困った。そんななかで兄と二人三脚の日々を思い出した。そうしたら、言葉がやっと出た。
「お父さん……遅いよ……ごめんね、ごめんなさい」
私は椅子から立ち、部屋に入った。部屋のドアを閉めると、父の涙声が微かに聞こえてきた。しかし、気持ちに変化はなかった。この家での思いではほとんどが兄とのものなんだ……。
久々に睡眠を取った気がする。昨日は寝れなかった、父のこと、兄にこと……いっぱいいっぱいだった。部屋を出て、朝食を食べよう思うと、テーブルに置き手紙があった。父からだ。通帳が横に置いてあった。私が子供の頃……母が生きていた頃に母と一緒に貯金していた口座だ。通帳は父が持っていたのか、と驚きながら開くかなりの額が振り込まれていた。置き手紙にはこう記されていた。
「ひかりと涼に渡すつもりだったお小遣いやお年玉、誕生日プレゼントだと思ってくれ。こんなことでしか、親の義務を果たせなくて、申し訳ない。定期的にお金はいれるつもりだ、好きなように使いなさい」
置き手紙はところどころ水で滲んだようになっていた。玄関に行っても靴がなくなっていたところを見ると、もう行ってしまったのだろう。そして、もう……。
食欲がなくなり、ボーッと椅子に座っていると、たった二週間位前の記憶が戻ってくる。朝、兄と希さん訪ねてきて、3人で朝御飯。二人は幸せそうに結婚式の話をしていた。教会でやるとか、どれくらい人を呼ぶとか、私には恋人がいたことがないから、そこまでの気持ちはわからないが、二人が幸せなのは確実だった。
ピンポーン。
チャイムがなった。郵便局だろうかと思い、判子を持って玄関に行けば、友紀がいた。
「警察署行くんでしょ? 着いていくよ」
「大丈夫だよ、友紀。どうせちょこっと事件のことを聞かれておしまいだよ。落ち着いたし、また気絶なんてしないよ」
「ダメ、私が心配だもの。わざわざ家まで来たんだし、一緒に行かせてよ。それに警察なんて信用出来ないし」
「……わかったよ」
警察署は家から徒歩で10分くらい。着くと事務員の案内で昨日のふたりの男性のところに案内された。さらに二人は私たちを兄のもとに案内してくれた。
何もない部屋に台があり、そこに布がかぶせてあり、人型に布が膨らんでいる。頭の方にはロウソクが二本だった机があった。そして、二人のうちの年配の方が顔の部分だけめくってくれた。
兄の顔を見たとき、頭がワーとなりかけた。しかし、そんなことで落ち込むほどの元気は私には既になくただ崩れた。年配の人が言ってきた。
「確かに楠本涼さんですね?」
「はい」
「ご遺体の方は、追って連絡致します。とりあえず、他にお伝えしたいこととお聞きしたいことがあるので別室で」
今度は若い方の男性がそう言った。私はまた友紀に支えられながら、取調室に向かった。椅子に友紀と一緒に座ると名刺を出された。
「私は村本武と申します。今回の『事故』の担当刑事になりましたので、ひかりさんにいくつか質問したいと思いまして。あと、向こうの若いのが安形翔で、私と一緒に今回担当になった刑事です。では早速なのですが、私たちの調べたことを先にお話します」
まずは警察が調べたことについてそのベテランっぽい刑事の村本さんから聞いた。
事実としては兄は会社の屋上で腹部にナイフが刺さっており、その状態でビルから転落した。警察はどうやら自殺と見ているようで、腹部にナイフを刺したが死にきれず、ビルから落ちたと考えているようだった。ナイフの指紋が兄だけとかどうこう言っていたが、私には信じられなかった。兄はもう希さんと結婚を決めていて、この前の会社の計画でも成功に収めて上機嫌だった。そんな兄がなんで? という気持ちでいっぱいだった。
その後、なぜあの日、会社なんかに行ったのかを聞かれた。私はあの日、兄から連絡があって兄の務める会社に大学から家に帰ってから向かったことを話した。連絡の内容は二つで、今日が残業で泊まり込みになるから弁当が欲しいのと、帰れないから兄の彼女(希さん)のもとに行って、今日(事故日)渡したかったものを代わりに渡して欲しいというものだった。しかし、私がそう言っても、なんか村本と言う人は不満げだった。
それからは会話を「何かになやんでなかった?」とか「疲れている様子はなかったか?」とかと、私が言っていた自殺はありえないということを無視するように自殺と決めつけた質問をしてきた。気付けば「はいはい」と適当に答えていた。そうしてうちに時間は経っていたみたいで、警察の事務員が入ってきた。どうやら今日事情を聴く人が来たらしい。私はこの人達から離れられると思って、そそくさと出て行った。出ていくと、一人の綺麗な女性とおっさんにすれ違った。そして、二人はさっき私たちがいた取調室に入っていった。
友紀と「兄の上司とかかな?」と話しながら、警察署を出ようとするとさっきの若い刑事が走ってきた。
「楠本さん!」
かなり大きな声で呼び止められた。
「よかった、まだ警察署を出てなくて」
「えっとなんでしょうか?」
「僕はあなたの言ってることを信じます」
「え?」
「あなたのお兄さんが自殺してないってことです」
「えっと、ありがとうございます」
「タケさん……村本さんはそうは思ってないみたいですが」
私の目を見て、その刑事は言っていた。その目にはなんとなくだが、信用ができるような気がした。その時、友紀が入ってきた。
「あのちょっといいですか?」
「あ、友紀」
「あの誰でしたっけ?」
「安形と申します」
「そう、安形さん。あなただけが信じただけでなにができるんですか?」
「え、それは……」
「結局、警察という組織はクソ。団体行動だし、口先だけ、どうせあなたも自分だけは違うと主張したくて走ってきたんでしょ、なにもできないくせに」
「言いすぎだって、友紀」
「ひかりは少し黙ってて、私はこう言う奴が嫌いなの。行動もしないくせに口だけの偽善者」
「でも、私は心から楠本さんの気持ちを……」
「はいはい、わかりました。もう行こ、ひかり」
「うん」
若い刑事さんは酷く落ち込んだ様子だった。同情の気持ちもあったが、友紀の言うことにも一理ある。にしても、友紀は警察がなんでこんなに嫌いなんだろうか?
友紀に連れられて警察署出て行くと、今度はスーツを男二人に近づいてきた。
「あのぉ?」
「はい?」
「楠本さんって呼ばれてたけど、楠本涼の妹さん?」
「はぁ、はい」
男たちはテンションが上がったように目線を合わせていた。
「あの、あなたたちは?」
「ああ、なんかここ数日で涼が勤めていた会社の職員に事情を聞くらしくて、俺たち二人とさっき入っていた二人の四人で今日は来たって感じかな」
「で、あなたたちは?」
なんかキモイ口調にイラッときたのか、友紀が切るように私のした質問をもう一度した。
「ああ、ごめんね。俺は原田俊則でこいつは加賀龍一、涼の先輩兼同僚って感じかな。いやー、涼が妹が自慢だって言って写真をたまに見せてたけど、生はホントに可愛い」
正直、私もキモイと思っていた。なので、さっさと帰ろうとした。
「ありがとうございます。では」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
無視して進もうとすると、その二人の妙なこと言い出した。
「クソ2股男の妹はやっぱりクソ女だな」
「な!」
友紀に静止されたが、抑えれず言ってしまった。父子家庭で、父はお金はくれるけど、親らしいことをしてくれなかった。そんな私の親は兄だった。兄をクソ呼ばわりするなんて許せなかった。
「なんですか、それ!」
「君、妹なのに知らないんだ……ふふふ。あいつは派遣社員の年下の清宮こころと彼女で二股してんだよ」
「はぁ!?」
「ちょっと、ひかり落ち着いて」
友紀の強めの静止が入ったが、無視をした。
「あれは尋常じゃない感じだったよな。最初は仕事上のパートナーだったのに、あの感じはな……ふふふ」
「嘘はやめてください!」
「にしても、このことを1週間くらい前に涼の彼女に言った時は悲しんでたなぁ、『結婚するつもりだったのに』とか言ってて、なぁ?」
「なぁ」
私は大きく足を振りかぶって、男の急所めがけて蹴りを入れようとすると、流石に友紀が身長差を活かして、抑えてきた。
「ひかり、警察署前だよ、やめなって」
「まあ、涼も逆玉の輿狙ってたんだろうな。社長の妾の子供だからねぇ、こころちゃんは。そのせいで堂島課長と不仲だったみたいだし……ふふふ」
「もっと面白いのは今日の事情聴取メンバーが俺たちとそのこころちゃんと堂島課長ってとこだよな……ふふふ」
もはや殴りかかかってやろうかと思っていたが、友紀に引きづられるように帰った。
家に帰ってもあのウザい二人の顔が浮かび、イライラした。ああいう噂好きの性格の悪いやつは大嫌いだ。でも……でも……どこかで兄を疑ってしまっていた。そんな自分に腹が立った。そこで私は決めた。この一件の真実が分かるまで、兄を信じたい。だからこそ、兄の死が本当はなんなのか調べたい!
次は鯉さんです!