97 バルメリオの敗北
イデンマさんは首をコキリと鳴らし、バルメリオさんへと近づいていく。彼が二度目の銃弾を放った瞬間、敵は一気に走り出すだろう。
じりじりと追いつめられる銃士。やはり、再生能力と【覚醒】のスキルを持ったイデンマさんを正々堂々倒せるはずがない。例え対策を講じても、越えられない壁がそこにあった。
俺が彼に言いたかったことをイデンマさんが代わりに話し出す。煽っているのだろうか、決着が近いにもかかわらず彼女のお喋りは止まらない。
「バルメリオ、お前は仲間に一人で背負うなと言われていたはず。その結果がこの決闘か。つまり信頼を裏切ったわけだ」
「うるせえ……お前には関係ない」
これは復讐心の招いた結果だ。ヴィオラさんに相談すれば、きっと状況は変わっていただろう。
俺は別に復讐に対して否定的ではない。それで本人の気が晴れるというのなら、好きにやればいいと思う。
しかし、こうやって単独行動に走り、冷静な判断が出来なくなるというのなら話しは別だ。こんな事になるのなら、即刻諦めてほしかった。今となっては、もう打開の策はないのだが……
「スキル【掠め取る】!」
近距離に近づいたイデンマさんが何らかのスキルを発動する。バルメリオさんの防御に関係なく、彼女は懐から何かを盗み取った。
「状態異常対策で随分ゴールドを使ったな。しけている」
盗んだコインをイデンマさんは人差し指の上に立てる。そして、その上で起用に回し始めた。
【掠め取る】、相手からお金を奪ういやらしいスキルだ。戦闘用というより、懐を温めるためのスキルだろう。決闘でこの技を使う意味はない。
「なぜこんな真似をしたか分からないという顔だ。なに、簡単なゲームをしようというだけだ。盗賊が持つ最大威力のスキル【バンデッド】。普通に使っても強力だが、こいつには追加効果がある」
彼女はコインを握りしめ続ける。
「盗みを成功した相手に使った場合。その威力は二倍になる」
「くっ……」
ただの物理スキルかと思ったが、こんな効果もあったのか。お金を盗まれたバルメリオさんに放てば、一撃でゲームオーバーだろう。
流石にもうお喋りはお終いか。いよいよ、決着の時が来たようだ。
「簡単なゲームだろう? この一撃を避けられるか否か。さあ、足掻いてみせろ!」
「最低の演出だな……」
おかしい、目的を優先するイデンマさんがなぜこんな回りくどい真似を……
ひょっとして、彼女は楽しんでいるのか? 弟との最後の勝負、すぐに終わってしまっては面白くない。ずっと冷酷な人だと思っていたが、感情的なのは弟に似ている。
再び静止する時間、荒野の風が決闘場に吹き荒ぶ。
バルメリオさんに勝ちがあるとしたら、敵のPP切れしかない。例え体が再生しても、スキルを使用すればPPやMPは減少する。アイテムによる回復さえ止めれば、敵は息切れするのだ。
序盤からスキルを使い続けたイデンマさんと違い、バルメリオさんは温存している。ここから一気に逆転だ。
「スキル【アサルトショット】!」
先に沈黙を破ったのはバルメリオさん、彼は強襲スキルでとにかく攻めの姿勢を見せる。流石のイデンマさんも再生力に過信できなくなったのか、その弾丸を素早い身のこなしで回避した。
眼の前へと迫る盗賊。【覚醒】の効果によりスピードも上がっており、一瞬にして接近戦に持ち込まれてしまう。
銃士に接近戦用のスキルはない。お店で買えるスキルで覚えることは可能だが、バルメリオさんがその手のスキルを持っているとは思えない。彼はプレイヤーキラー、影から狙撃するのが本来の戦い方だった。
「スキル【フレイムショット】! 【ダブルショット】!」
今さらガードを行っても仕方ないと考えたのか、とにかくバルメリオさんは近距離にスキルを撃ちまくる。【フレイムショット】で火炎弾を放ち、追い打ちをかけるように【ダブルショット】で二連射。両方とも本来は遠距離の敵に使うスキルだった。
すでに懐へと入ったイデンマさんは、両方のスキルを容易く見切ってしまう。そして、銀色に光るナイフを眼の前に突き出した。
「スキル【フェイント】」
「スキル【リロード】!」
イデンマさんが使ったスキルは【フェイント】。攻撃をするふりを見せ、ワンテンポ遅らせて攻撃するスキルだ。恐らく、相手の防御を突破するためにこれを選んだのだろう。しかし、どうやら裏目に出たらしい。
バルメリオさんは防御を放棄する。そして、代わりに使ったスキルは【リロード】。銃を使う際に消費する鉛玉を補充するためのスキルだった。
本来、銃士は【リロード】の使用を隠す。このスキルの使用時は無防備なので、敵前で使うものではないからだ。
この場面で使ったのは覚悟していたからだろう。次の一撃で決めると……
「これが俺の最強スキルだ! スキル【マシンガン】!」
敵が次の動作をする前に、バルメリオさんはスキルを使用する。その瞬間、込められた鉛玉全てがイデンマさんへと掃射されていった。
まさにマシンガン。激しい銃撃音と共に、弾丸は容赦なく彼女の体を貫いていく。後先の事など考えているはずがない。これが彼の全力だ。
全てのPPを使い果たし、ライフも風前の灯。これで決められなければ全てが終わるだろう。
やがて、銃弾の雨が晴れる。バルメリオさんの目の前にいたのは、蜂の巣となったイデンマさん。彼女の傷口は全て1と0の空間になっているが、それでもグロテスクに感じてしまう。
疲れの無いこのゲームで、銃士は息切れを起こす。「どうか再生しないでくれ」という彼の気持ちが、戦っていない俺でも理解出来た。
しかし、現実は無常だ。イデンマさんの傷口は少しずつ再生していき、やがて元の盗賊へと戻ってしまう。冷や汗を流し、息切れも酷いが彼女は耐えきってしまったのだ。
「嘘……だろ……」
「惜しかったな……あと少しだった……」
バルメリオさんの攻めは完璧だった。相手の能力に対策を講じ、大きなミスを犯してはいない。しかし、それでも届かなかった。あと一歩、それがどうしても足りなかったのだ。
「だがお前の負けだ……! スキル【バンデッド】!」
オーバーキルと言えるイデンマさんの最強スキルが、彼の胸部に切り落とされた。一撃で彼のライフはゼロとなり、この決闘の勝敗が決まる。
俺は何も言えなかった。ただ、目の前で起きたことが信じられない。
ようやく彼を見つけ出したのに、こんな終わりなんて……ショックや悲しみより、この現実を受け入れることが出来なかったのだ。
そんな俺とは違い、バルメリオさんの心は最後まで折れない。彼は攻撃を受ける瞬間、アイテムを発動していた。
「イデンマァァァ! お前もみちずれだァ! アイテムグレネードォォォ!」
「スキル【盗む】」
しかし、それをあざ笑うかのように、バルメリオさんの手からグレネードのアイテムが盗まれる。イデンマさんはピンが抜かれた爆弾を遠くへと投げ、自爆を完全に防いでしまった。
離れた場所で無情に響く爆発音。これで、彼の全ては終わった。
「そんな……バルメリオさん……」
「終わった……これでようやく……」
目の前から光となって消えていくバルメリオさん。別れの言葉など言えるはずがない。俺の頭は真っ白だった。
まるで自らを落ち着かせるように、イデンマさんは大きく息を吸い込む。そして、声を張り上げ自らの勝利に歓喜する。
「見ろ! これが現実だ! 勝機などありはしない! 所詮お前たちは人間だ!」
彼女はほくそ笑み、俺達に視線を向けた。
「結局最後は自爆狙い。あのアルゴという男もそうだった……」
「なっ……! アルゴさんになにを!」
どういうことだ……そんなの聞いてない……!
バルメリオさんだけじゃなく、無関係なアルゴさんまで……
「お前が協力を促したせいだ。余計な事に首を突っ込んだから、ゲームオーバーをするはめになった。この世界での記憶を失い、もう二度とここには戻れないだろう」
やっぱり、言わなきゃ良かったんだ……
俺はいつも後悔してばかりだ。あの人には大切な記憶があった。それがまた俺のせいで……
「アルゴさんには……イリアスさんたちとの絆が……!」
「絆? そんな物は消える! アルゴやバルメリオと同じように、こうやって失われるものだ!」
俺はスパナを握りしめ、イデンマさんを睨む。絶対に彼女を許せない。バルメリオさんやアルゴさんの屈辱を晴らさなければ気が済まなかった。
しかし、そんな俺の前にディバインさんが立つ。抑えろという事だろう。今の感情で飛び出したら、バルメリオさんの二の舞いだからな。
イデンマさんは醜悪な笑みを浮かべる。そして、両手を広げ、演説をするかのように言い放った。
「さあ、この現実に絶望しろ! そして英雄エルドに全てを託すのだ! この世界の命運を……」
しかし、その瞬間だ。
彼女の言葉を遮るかのように、大きな銃声が響く。それと同時に、一発の銃弾が盗賊の眉間を貫いた。
何が起きたんだ……まさか、バルメリオさんはゲームオーバーになっていない? いや、ありえない。彼は確実に決闘で敗北している。これは第三者の弾丸だ。
「悪いな。誰に何を託すかは俺が決める」
しかし、俺の耳に入ったのは確かにバルメリオさんの声。声の主は地面に這いつくばるイデンマさんに近づいていく。彼女の再生能力はいよいよ限界のようだ。
赤マフラーの女性を見下ろす青いベレー帽の女性。今気づく、この二人はどこか似ていた。
「え……アスールさん!?」
「何だ……何が起きている……! お前は何者だ!」
動揺しながらも、イデンマさんは立ち上がる。そして、新たな敵に対してナイフを構えた。
すでにPPも限界なのか、【とんずら】のスキルで逃げることも出来ない。いや、たとえ使えても彼女は逃げないだろう。弟に背を向けるなど絶対にありえなかった。
「俺はアスール。借りてたオッドアイは返却だ」
見た目はアスールさんだが、声は完全にバルメリオさん。って、まさかの女装かよ! ずっと探していた人が、こんなにも近く似たとは……シリアスな雰囲気ぶっ壊して、本当にこの人は大バカだ……
決闘は決着がつくことで自動回復する。しかし、HPの概念を持たないダブルブレインに回復はない。消耗した再生能力は時間が立たない限りそのままだ。
イデンマさんはまだ信じられず。バルメリオさん、もといアスールさんから後ずさりした。俺も正直、なぜこうなったのか分からない。
「お前……バルメリオなのか! なぜ生き残っている!」
「簡単なことだ。アカウントは二つあったんだよ。お前のアカウントと俺のアカウントだ。元々使ってた俺のアカウントでログインし直し、こうやって追い打ちしたってわけさ」
つまり多重アカウント。プレイヤーキラーとしての仕事を成功させるために、使っていた小細工だろう。いい手段だが、女装の方は謎すぎるぞ!
趣味なのか? やっぱり、オネエなのか? いや、そんな事はどうでもいい。今はただ、彼が無事で良かったということだ。
イデンマさんはただ驚愕する。ようやく、彼女は死を意識した。
「バルメリオは私のアカウント……ブラフだったのか……バルメリオというキャラクター自体が私を欺くための!」
「正解。バカ姉貴でもようやく理解出来たようだな」
可愛らしい女性の姿から放たれる低音の暴言。これはまた酷い状況だ。こんなのにやられたらイデンマさんも悔しいだろうな……
しかし、勝負は勝負。アスールさんは読み勝った。
「さて、第二ラウンドだ」
安物の銃を構え、小悪魔的に笑う女性。中身は男性。
かっこをつけているようだが、全く決まっていなかった。




