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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
二十一日目 炭鉱の街カーマイン
97/208

96 スワンプマン

 バルメリオさんが提案したのは、決闘(デュエル)システム。言うなればプレイヤー同士の賭け事だ。

 互いに取り決めを行い、それに則って戦闘を行う。決着がつくまで逃走は出来ない。すれば反則負けとなり、賭けたものを損失する。例え盗賊(シーフ)の逃走用スキル、【とんずら】を使用してもそれは避けられなかった。


「デスマッチと行こう。ここで全てに蹴りをつける」

「良いだろう、バルメリオ。引導を渡してやる」


 バルメリオさんが言うデスマッチとは、恐らくこの世界での命を賭けた勝負だろう。負ければゲームオーバーだ。

 これは公平に見えて公平ではない。俺たちプレイヤーとは違い、ダブルブレインのイデンマさんは敗北によって消える。本当に命を賭けた戦いだ。

 しかし、彼女はこの勝負に乗った。よほど、自信があるのだろうか。


「イデンマさんはゲームオーバーによって命を落とすんです。何でこんな馬鹿げた勝負に……」

「弟の仕掛けた決闘だ。プライドの高い彼女が逃げるはずがない。このゲームでただ一人、今のイデンマを倒すことが出来るのはバルメリオだけだろう」


 イデンマさんを逃さず仕留めきれるのは実の弟だけ。なんて皮肉な話だ。あまりにも非情すぎる。

 それにディバインさんはこう言うが、バルメリオさんが勝てる保証はない。有限ではあるが、敵の傷口は再生するのだから。

 何より一対一の決闘では支援が出来ない。場合によっては、仲間を見殺しにするかもしれないのだ。


「バルメリオさんが戦っているのを指をくわえて見てろって言うんですか」

「指をくわえて見ているか、胸を張って見守るか。それはお前が決めろ」

「ぐう……」


 ディバインさんは自信に満ちた顔で言い張る。信じているなら勝利を確信しろって事かよ。物は言いようだなおい。

 しかし、こう言われたら俺も意地になる。信じて胸を張るさ。バルメリオさんは絶対に勝つと……



















 カーマインの街を後にし、俺たちはアガット荒野へと出る。ギラギラと太陽が光る昼過ぎ、乾いた風に赤い大地。大きな岩が点在するこの場所には、僅かな草木しか生えていない。

 そんな決闘の地で二人の姉弟が対峙する。互いに距離をとっている事から、両方が慎重派だと分かった。

 イデンマさんは感慨深い表情をしている。それはバルメリオさんも同じ。


「本当にこれで最後なんだろうな。バルメリオ……」

「ああ、どっちかが終わりだな」


 vsイデンマ……これが、二人目の幹部最終決戦という事だろう。もっとも、それはバルメリオさんが勝てばの話。今は信じるしかなかった。

 緊迫する空気、静止する時間。やがて、ディバインさんの口から決闘の開始が告げられた。


決闘デュエル開始だ」


 その言葉と共に、バーミリオン火山が火を吹き上げる。偶然とは思えない粋な計らい。必要のない盛り上がりを見せてくれるじゃないか。

 熱い火の粉が周囲に降り注ぐ。しかし、イデンマさんはそれをものともせず、バルメリオさんの懐へと走った。

 距離をとってもすぐに近づける。やはり、盗賊(シーフ)のスピードは桁違いだ。


「スキル【毒斬り】」


 近距離からのナイフ、スピードも相まって見切ることは困難。おまけにこのスキルは毒か。

 バルメリオさんは攻撃に反応し、右肩でその攻撃を受ける。威力は通常攻撃と変わらない。クリティカルヒットを避けているので、ライフは殆ど削られていなかった。

 何より大きいのは毒を回避したこと。彼は近距離のイデンマさんに弾丸を放っていく。


「悪いな。毒対策をさせてもらった」

「では、麻痺はどうだ。スキル【痺れ斬り】」


 通常攻撃による弾丸を受けても、イデンマさんはすぐに再生してしまう。彼女は弾に貫かれながら、今度は麻痺の状態異常を狙いに出た。

 バルメリオさんは銃の柄でガードするが、追加効果はガード上からでも受けてしまう。しかし、麻痺の状態異常すらも彼には効かない様子。こちらも対策済みか。


「ちっ……スキル【眠り斬り】!」

「無駄だ! ポインズンガードとパラライガードのアクセサリーに加え、眠り耐性付きの防具を装備。盗賊シーフの扱う状態異常じゃ俺は倒せない!」


 睡眠の効果を持つナイフをバルメリオさんはジャスガードによって弾く。彼は隙だらけのイデンマさんを銃撃し、少しずつ消耗させていった。

 サングラスを外したのは、装備できるアクセサリーを増やすためか。レベルの高いイデンマさんの状態異常を無効化している事から、かなり値の張るものを買ったらしい。

 バルメリオさんの目的はイデンマさんの打倒。全財産を使ってでも、盗賊(シーフ)対策をする価値があった。これには流石のイデンマさんも苦笑いだ。


「身内メタとは……縁を切られるぞ?」

「安心しろ。お前との縁はとっくに微塵切りだ」


 行ける。これは勝てる。

 度重なる銃撃によって、着実にイデンマさんは消耗していく。何より、バルメリオはまだスキルを使っていない。PP(パワーポイント)は充分すぎるほど残っていた。

 しかし、イデンマさんはまだ余裕らしい。次なる手によって攻めに出た。


「ならばこうだ。スキル【隠れる】」


 荒野に点在する岩の何処かに彼女は身を潜める。これも前回使った手段。当然、バルメリオさんも対策しているだろう。

 どこから襲ってくるかは分からないが、なぜか安心感がある。バルメリオさんなら、この手も絶対に打ち破ってくれるはずだ。

 やがて、イデンマさんのナイフが彼の首元へと迫る。


「スキル【不意打ち】」

「スキル【アサルトショット】」


 それを見切っていたかのように、バルメリオさんの急襲スキルが発動される。出だしの早いこのショットによって、【不意打ち】が決まる前にイデンマさんは迎撃された。

 盗賊(シーフ)の動きを上回っている。やはり、事前に動きを読んでいるな。


「【気配察知】のスキルを強化した。くだらない小細工は捨ててかかってこい」

盗賊シーフに小細工を捨てろとは、酷なことを言う。仕方がない……」


 ここまではバルメリオさんが有利。しかし、イデンマさんはまだあれを使っていない。

 彼女は距離を取り、自らの赤い右目に手を当てた。


「小細工なしでも勝ち目がない事を教えてやる。スキル【覚醒】」


 右目にナイフの紋章が刻まれ、一気にステータスが上昇する。余興はここまでだ。ここからが本当の戦いだった。

 イデンマさんは距離を取ったままナイフを構える。遠距離スキルで牽制に出るか。それなら、銃士(ガンナー)のバルメリオさんが有利だ。


「スキル【武器投げ】」

「スキル【パワーショット】!」


 投げられたナイフをスキルの弾丸で撃ち落とし、なおかつ後方のイデンマさんを狙う。確実に狙いの精度は上がっている。ここ数日、バルメリオさんは技術も磨いていたらしい。

 慢心は危険と判断したのか、この場面で初めてイデンマさんが攻撃をかわす。そして、一気に距離をつめ、バルメリオさんの苦手な接近戦を狙う。


「ちっ……スキル【バックステップ】」

「スキル【フェイント】」


 彼は冷汗を流し、対接近戦用のスキルで後方に飛び退く。しかし、それを読んでいたのか、イデンマさん攻撃をするふりをし、バルメリオさんのガードを誘う。

 スキルにかかった彼は、無駄なガード体制に移ってしまった。


「しまった……!」

「スキル【武器投げ】」


 彼女は下がった敵に、ナイフを投げることで追撃していく。ガードの隙間に攻撃を放つことは容易だ。それほど、バルメリオさんのガードタイミングは早かった。

 数本のナイフが彼のライフを大きく削る。これにより、一気にイデンマさんのペースになってしまった。


「押されだしましたね……」

「ああ、ここからだ」


 やはり【覚醒】の効力は絶大だ。ナイフ数本で受けるダメージが違う。そして何より、ただでさえ速い盗賊(シーフ)のスピードが更に上昇している。バルメリオさんは一瞬にして間合いをつめられてしまった。


「くっそ……! スキル【フラッシュショット】!」


 迫るイデンマさんに、彼は苦し紛れの照明弾を撃ち込む。弾は破裂すると眩い光を発し、敵を惑わす目くらましとなった。

 その隙にバルメリオは一気に距離を取る。これも、長くは持たない。すでに彼は肩で息をしていた。


「削り合いで勝ち目がない事は分かっているだろう? 私にライフポイントの概念はない。傷は瞬時に修復する」


 必死なバルメリオさんに対し、イデンマさんは不必要な会話を投げる。容赦なく攻めれば彼女の勝利は決まっていただろう。にも拘らず、攻撃の手を緩めたのは弟に対する慈悲なのだろうか。

 ここは時間を稼いだ方が得策。恐らく、バルメリオさんも同じことを思っている。彼は姉の言葉に反応していく。


「人間を捨てて手に入れたのがそれか。いや、正確には人間を奪った……か?」


 どういう意味だ。バルメリオさんは何かを知っているのか?

 人間を奪うとは意味が分からない。いったい、誰から奪ったんだ。考えれば考えるほどに混乱するばかりだった。

 イデンマさんはマフラーに顔をうずめ、彼を鋭い眼光で睨み付ける。恐らく、知ってはいけない事を知ったからだろう。


「気づいていたのか……」

「薄々な……考えないようにはしていたが、どうにもイライラして仕方がなかった」


 バルメリオさんが彼女の打倒に拘る理由。それは単なるけじめというわけではなさそうだ。イデンマさんの事になると熱くなり、ずっとイライラしていたのは知っている。自覚があったのは意外だった。

 イデンマさんのマフラーが風に靡く。彼女は鋭い眼光のまま、ある哲学を語っていく。 


「スワンプマンを知っているか? ある沼で一人の男が雷に打たれて死んだ。それと同時に生まれたのが沼男だ。沼男は死んだ男とまったく同じ肉体と人格、記憶を持った完全なコピー。記憶が同じなので沼男は自身が人間だと疑わず、死んだ男の人生をそのまま引き継ぐことになる」


 どこかで聞いたことがある話だな。人間が人間である理由、証明。バカな俺には理解できないが、この話にはそういう意味が込められていた。

 イデンマさんは両手を広げ、話しを続ける。この哲学こそが彼女の……【ダブルブレイン】の根本。


「さて、新たに生まれた沼男と死んだ男。両方が違うと証明できるか……」


 ナイフを構え、人間ではない『なにか』は叫んだ。


「出来はしない! 私は私に代わり世界を変える!」


 死んだバルメリオさんのお姉さんに代わり、コピーのデータ人格が生きている。イデンマさんは自信が人間だと疑わず、まったく同じ理念を持っていた。スワンプマンの哲学とまったく同じだ。

 しかし、この話はこれで終わらない。バルメリオさんは再び銃を構え、その銃口を彼女へと向ける。

 彼は知っていた。今目の前にいる自らの姉と同じ姿を持った『なにか』。それが憎むべき存在、仇であることを……

 奥歯を噛みしめつつ、震えた声で彼は問う。


「お前が姉貴を殺したのか……!」

「正解だバルメリオ! 私はお前の姉から人間としての人格を奪った! さあ、仇を取るがいい!」


 ようやく理解した。こいつら【ダブルブレイン】こそ、現実世界のプレイヤーを殺害した犯人。つまり、俺にとってもエルドは御剣金治の仇ということだ。

 どうやって、自殺に追い込んだのかは分からない。だが、本人が言っているのだから間違いはないだろう。

 バルメリオさんは恐ろしい形相で引き金を引く。憎しみによる怒りの弾丸。それは真っ直ぐとイデンマさんの頭部を貫く。

 しかし、彼女にその攻撃は効かない。いくら憎しみを放っても、データの体は再生してしまう。すでに、バルメリオさんの精神状態は限界に近づいていた。

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