95 荒野の決闘
他のギルドメンバーと分かれた俺は、一人で【機械製作】に勤しんでいた。
【ROCO】のギルド支店で工房を借り、材料もその場で調達する。レンタル料が高いし、素材も割引なしの価格。しかし、今は懐が潤っているのでお金の心配はしていない。
裁縫師のアイが防具を作ってくれることによって、装備に使う金額が安く済んでいる。そりゃ、誰もがこういう生産職を求めるわけだ。
俺は材料の鉄鉱石を炉に突っ込み、小さなパーツを作っていく。現実世界でこれが出来れば、人生楽なんだろうな。と、くだらない事を考えつつ。ようやく部品を作り終えた。
細かい留め具などは材料として調達出来るが、メインの部品は鍛冶師のように熱して叩いて作る必要がある。まあ、切れ味などを考えなくていいので、それよりもは遥かに楽だ。
「よし、後は組み立て作業だ。流石にマグナムは時間が掛かるな……」
アスールさんに作る銃はマグナム。バルメリオさんが使っていたパワーマグナムの劣化版で、使い勝手は非常によく似ている。
これを選んだのは、完全にバルメリオさんの事を引きずっているからだろう。いつか彼に銃を作ると約束していたのだが、結局果たす前にこんな事になってしまった。それが心残りだったのだ。
アスールさんが装備している銃は安物だと分かっている。スカーレットの街で手に入れたレシピで作られたマグナムなら、中位程度の性能を発揮するだろう。
途中まで制作し、ここで一度ログアウトすることに決める。外は真っ暗だが、現実世界では12時。昼食を取らなくちゃならないからな。
メニュー画面を出現させログアウトを選ぶ。当分は地味な作業が続きそうだった。
再びログインし、一気に制作を進める。
現実時刻は午後3時、【ディープガルド】時刻は昼の12時。ようやく完成したが、相当の時間を費やしてしまった。
やはり、マグナム銃は俺の身の丈に合っていなかったらしい。まあ、そのおかげで【機械制作】のスキルレベルも大きく上昇したし、結果オーライだな。
「さーて、これからどうするか……」
とりあえず、他にメンバーがいないから【機械製作】を続けるしかない。俺はアイテムバッグからロボットを取り出し、そのメンテナンスを行っていった。
部品の追加や改良によって性能は僅かに変わる。俺はフィールド上であろうが、ダンジョンの中であろうが、隙あればロボットを弄っていた。
仲間がいるから、そんな無防備な状態でもモンスターに襲われることはない。生産活動を行っている時は完全な無防備。そこを襲われるようなことがあったら……
「スキル【不意打ち】」
突如、背部に鋭い痛みが襲う。俺はスパナを握りしめ、瞬時に前方へと走った。振り返れば追撃を受ける。敵を確認するのは安全な態勢に移ってからだ。
距離を取った俺は、すぐさま後ろへと振り返る。案の定、そこにはナイフを構える女性の姿があった。
「スキル【武器投げ】」
フードをかぶった赤いマフラーの女性イデンマ。彼女は武器を投げるスキルによって、俺に怒涛の追撃を繰り出した。
戦いを楽しむ気持ちなど一切感じられない。ただ、機械的に敵を排除する。それが、彼女の戦いなのだろう。こっちとしては堪ったものじゃないな!
ジャストガードが間に合わないため、俺は床に突っ伏すようにその攻撃を避ける。再び体制を崩してしまった。こんな不意打ち想定外だ!
「くっ……! イデンマさん……」
「それなりにレベルを上げたようだな。流石に一撃で削りきることは出来ないか」
以前の俺なら最初の一撃で終わっていた。だが、レベル30を超えた俺なら、レベル60に達するイデンマさんのスキル攻撃も耐える事が出来る。あとは【覚醒】のスキルでこちらの能力をイーブンに持っていくしかないな。
しかし、イデンマさんの攻撃は止まらなかった。彼女はナイフによる通常攻撃によって、こちらに連続で斬りかかってくる。俺は観念し、スパナによって攻撃を受け止めた。
「不意打ちなんて……よっぽど余裕がないんでしょうか?」
「【覚醒】を使われたら能力が上がってしまうからな。耐久の低いうちに削っておくのは当然だろう?」
皮肉を言ったが、正論を返されてしまう。そうだよな……敵だって形振り構っていられないんだ。エルドやヌンデルさんのように、正々堂々戦ってくれるとは限らない。こうするのが、最も確実な方法なのは俺もよく分かっている。
だが、俺だって負けるわけにはいかない。悪いが、せめて耐久と攻撃力だけは上げさせてもらう。
「スキルかく……」
「スキル【フェイント】」
だが、そう上手くはいかない。イデンマさんは攻撃するふりを見せ、ガードを誘う。そして、ワンテンポ遅らせてナイフ攻撃を行い、俺のガードを崩しに出た。
スキル名通りまさにフェイントだ。威力は低いがこのガードブレイクによって、俺は後方に下がることしか出来なくなってしまった。
「【覚醒】は使わせない。時間も稼がせない。ジャストガードは崩させてもらう。さっさと沈め」
「本当に余裕なしですか……」
後ろに近づく壁、もう逃げるのも限界だ。しかし、盗賊の動き速く、【覚醒】も【起動】のスキルも使っている隙がない。やっぱり相性が最悪すぎる。
ここは生産職中心である【ROCO】のギルド支店。誰かが助けに入ってくれるはずがない。何より、自警ギルドでもない人が俺を助けるメリットはなかった。
「よくここまで逃げた。だが、終わりだ。スキル【バンデッド】」
イデンマさんの鋭いナイフが俺に迫る。何とかスパナによるガードに移るがすぐに気付く、今の残りライフでは【バンデッド】の威力を防ぎきれない。完全に詰みの状態だった。
この僅かな時間に、俺の脳に凄まじい量の情報が巡っていく。仲間のこと、敵のこと、分かれていった人たち……そうか、これが走馬灯って奴か。死ぬわけではないのにオーバーだな……
いや、ダメだ。まだ俺は負けるわけにはいかない……!
「スキル【かばう】」
眼の前に現れたのは大きな背中。彼は俺を守るように、イデンマさんの前に立ち塞がっていた。
その男の装備は、銀色の鎧姿に巨大な一枚の盾。盾はイデンマさんのナイフをガードし、攻撃を完全に停止させる。強力なスキル攻撃を受けたのにも拘らず、彼のライフは一切減っていなかった。
「ちぃ……! スキル【連続斬り】!」
「スキル【鉄壁】」
盗賊は舌打ちをすると、連続攻撃を行うスキルよって盾に攻撃を与えていく。だが、鋼鉄の壁は一切崩れない。男は【鉄壁】というスキルによって、防御力をさらに底上げしていたのだ。
彼は強い。それも当然だ。なぜなら、この男は【ディープガルド】におけるナンバー3と言える存在……いや、闘技場での決闘ならば、最強と言える存在なのかもしれない。俺は改めて、そんな彼の強さを目の当たりすることになった。
「でぃ……ディバインさん! 何でここに!」
「話しは後にしよう。語ることがあまりにも多すぎるのでな」
王都自警ギルドギルドマスターのディバイン。メジャーな戦士のジョブの中でも最強の地位を築いているまさに鉄壁と言える存在だ。
流石のイデンマさんもすぐに距離を取り、その額に冷や汗を流す。彼女たちにとって最も警戒する大ボスが、今目の前にいるのだから当然だ。
「ディバイン……まさか自ら前線に出るとは……」
「私は戦うつもりはない。お前の相手は別にいるだろう?」
別にいる? ディバインさんが意味深な言葉を返した瞬間だ。
「スキル【スナイプショット】」
突如、一発の弾丸がイデンマさんに向かって放たれる。彼女は攻撃をジャストガードし、視線を俺たちから逸らした。ディバインさんの言うとおり、彼女が本当に戦うべき相手が現れたのだ。
「相変わらず、頭は良いが単純だな……」
現実時刻の昨日から、ずっと姿を消していた俺たちの仲間。この大陸にいるのは分かっていたが、まさかこうやって再開することになるとは……
彼の姿を確認したイデンマさんは、無表情のままフードをはずす。二人の間には緊迫した空気が立ち込めていた。
「執念深い姉貴なら、レンジに対して必要以上の拘りを見せると思ったが……案の定だな」
「バルメリオさん!」
黒いサングラスにカウボーイハットの男。ギルドを抜けたバルメリオさんだった。
その彼が、追い出した張本人であるディバインさんと行動を共にしている。ようやく、イデンマさんは危機感を感じたようだ。
「バルメリオとディバイン……まさか!」
「そのまさかだ。まんまと策にはめられたのは、お前の方だったってわけさ」
俺も今気づく。敵を欺くにはまず味方から。どうやら、俺たちギルド【IRIS】はまんまと二人に騙されてしまったようだ。
しかしどうにも納得できないぞ。ディバインさんとバルメリオさんはどのように繋がっていたのだろうか。相当計画を練らなければ、こうやって上手く動くことは出来なかったはずだ。
ディバインさんは騙したことに対して謝罪をしているが、俺にとってそれは大した問題ではない。ただ、詳しい説明が欲しかった。
「すまないなレンジ。一芝居打たせてもらった」
「二人はいつから面識を……」
「先週の火曜日だ。バルメリオに対し圧力を加えようという動きがあったのでな。直接会って先に手を打たせてもらった。結果として、お前を囮に使う形になってしまったが大目に見てほしい」
先週の火曜日って、俺たちが【ブルーリア大陸】に止まってレべリングをしていた時だよな。そんな早い段階から、今の計画は進んでいたって事かよ。
思えば、敵がレネットやスプラウトの村を二度襲わないのは、【ゴールドラッシュ】が警備を強めているからだ。俺たちギルド【IRIS】は何度も直接対決を行っているが、【ゴールドラッシュ】は【ゴールドラッシュ】で、ずっと敵を牽制していたのかもしれない。流石はディバインさんだ。
バルメリオさんはサングラフを外し、イデンマさんの目前に立つ。赤と青のオッドアイを持つ二人が、互いに向き合った。
「ディバインの奴を上手く動かし、俺を孤立させたと思ったか? 生憎だったな。この通り、俺たちは仲良しこよしってわけさ」
「やってくれる……」
組織のまとめ役であるイデンマさんを引きずり出したのは大きい。これは何としても逃がしたくないところだ。
しかし、盗賊には【とんずら】というスキルがある。あの慎重なイデンマさんが、わざわざ俺たち三人を一人で相手にするはずがない。このままでは確実に逃げられるだろう。
さて、どうするか……俺が考えている時だった。
「イデンマ、お前に決闘を申込む」
「なんだと……?」
バルメリオさんが先に手を打つ。彼が持ち出したのは決闘の果たし状。ゲームシステムに乗っ取った正式なプレイヤー同士の戦いだ。
プレイヤーキラーであるバルメリオさんが、正規の方法で決着を付けることを望むとは……どうにも違和感を感じて仕方がない。俺は、二人の決闘を見過ごしていいのだろうか……?




