94 仲間にプレゼント
日曜日、ログイン初日から二十一日目だ。
ギルド【IRIS】のメンバーに加え、マーリックさんもパーティーに加わる。十人以下なのでレイドシステムは適応されないが、それでも相当な人数だ。
「何だかんだで、また賑やかになったわね」
いつの間にかマーリックさんがメンバーに加わっているのは、ヴィオラさんとして見れば驚きだろう。もっとも、彼の気まぐれは今に始まったことではないので慣れているかもしれないが。
俺たちはスカーレットの街を後にし、アガット荒野を進んで行く。
モンスターを倒している時間が惜しいので、戦闘は全て逃走だ。目指すのはドワーフが住む、小人の村カーディナル。そこに行くまでに街一つとダンジョンを超えなければならない。
「小人の村カーディナルは、クリムゾン炭鉱っていうダンジョンの中にあるの」
「聞いたことがあります。魔石と石炭が摂れる鉱山のダンジョンですね」
ヴィオラさんとリュイがそう会話する。ヴォルカン山脈と違って、現在も使用している炭鉱のダンジョンか。
前回は回避したが、今回はトロッコを避けれないだろう。非常に憂鬱だった。
「このノラン様、美しい魔石は大好きだぜ?」
「ボクもたくさん拾うぞ……!」
ノランとルージュがそう言ってるが、魔法職二人には必要ないだろう。
魔石というのは、使うことで簡易の魔法が発動されるアイテムだ。フレンドと通信が出来るコンタクトの魔石と、街を一気に移動できるワープの魔石は必需品と言える。
他にも炎の魔石を使えばファイアを使用できるが、これを使いこなすのは商人や錬金術士。自力で魔法が使えるジョブにはあまり縁がなかった。
「クリムゾン炭鉱に入る前に、炭鉱の街カーマインによるわ。ダンジョンの目の前にあるのよ」
「ドワーフの村カーディナル、人間の街カーマイン。両方の種族が協力して、クリムゾン炭鉱の発掘を行っているのです」
ヴィオラさんとマーリックさんが言うには、ダンジョンの目の前には街があるらしい。
人魚の街セレスティアルと同じく、こういうダンジョンと街が隣り合わせな構造はレべリングに最適だ。こういうものがないから、砂漠の【イエロラ大陸】は過疎り気味なんだよ。
【ディープガルド】時刻での午前中、現実時刻での8時から9時までを使って俺たちはフィールドを進んでいく。逃げきれないモンスターもいるので、戦闘を全て避けることは出来ない。当然、戦闘が苦手なマーリックさんも手伝ってくれた。
「スキル【ビックリ箱】です!」
はてなマークの描かれた箱から、灼熱の炎が吹き上がる。そして、強力なモンスターであるサイクロプスを一撃で焼き払った。
この威力から考慮するに、彼は俺たちより頭一つ分上のレベルを持っている。にも拘らず、戦闘が安定しないのは運任せなスキルが原因だろう。
今の技だって、マーリックさんが計算で行ったわけではない。炎が吹き上がることを知っていたのは、まさに神様だけと言える。
「相変わらず運任せの戦法なんですね」
「勿論ですよ。これは私の拘りですから」
彼とは初ログインから2日目で出会ったが、その時から変わらないな。何度も情報を貰い、何度も助けられた。そう言えば、バルメリオさんに襲われたときも手を貸してくれたか。
こんなに何度も出会っているのに、俺はマーリックさんの素性を知らない。いずれ、分かる時が来るのだろうか。
そんな事を考えていると、リュイが俺に話しかけてくる。
「レンジさん、アスールさんに現状を話した方が良いのでは? 彼女は知らずについてきてるようですが……」
そう言えば、まだアスールさんには【ダブルブレイン】の事を話していなかったな。大人しいし、全く会話しないから完全に忘れていた。
流石に一切の説明なしで付き合せるのも酷いので、きっちり話すことにする。彼女もそれを望んでいるはずだ。
「アスールさん、実は説明しておきたいことが……」
「いい……必要ない」
「そ……そうですか」
意外、アスールさんはこちらの事情を耳に入れる気がないらしい。こんな対応は今までになかったな……
まあ、今さら巻き込まないとか駄々をこねるつもりはない。彼女が無関係で何も知らなくとも、本人が付いてきたいというのなら受け入れる。ゲームオーバーになったら自己責任だな。
しかし、どうもこの人の考えが分からない。何も話さないのが非常に不気味だ。そんな俺の思考を読み取ったのか、珍しく彼女の方から俺に話しかけてくる。
「友達を探しているんでしょ……? なんで……バルメリオって人にこだわるの? 代わりなら他にいるのに……」
「いや……何でって心配ですから。知り合いが危険なことしてるって聞いたら、放っておけませんよ」
代わりがいると言っても、それは利便上の問題だ。仲間として今まで付き合っていたんだから、流石に切り捨てることは出来ない。例え、ギルドを抜けた存在でもな。
俺の答えが中途半端だったためか、アスールさんはいつになく突っかかってくる。
「でも、その人はプレイヤーキラーなんでしょう? 会ったところで、ギルドに戻ってくれるとも限らない……」
「いえ、バルメリオさんは私たちの仲間です! 絶対、絶対に戻ってきますよ!」
俺が彼女の言葉にうろたえていると、仲間意識の強いアイが会話に入ってきた。アスールさんは眉をしかめ、億劫な事を言い出す。
「仲間……でも、貴方たちが仲間と思っているだけで、向こうは貴方たちを仲間と思っていないかもしれない……」
どうやら、彼女は仲間という存在に思うことがあるらしい。俺以上にひねくれているのか、周りをあまり信じていないのが分かる。
そんなアスールさんに物言いするのは、赤い魔道士のルージュ。彼女は星の三角帽子につけた月のブローチを見せつけた。
「この月のブローチはバルメリオの奴に貰ったんだ。仲間と思っていない者に、プレゼントをするはずないだろう! 奴はきっと戻りたいと思ってるはずだ!」
「そ……そう……」
証拠の提示により、ようやくアスールさんは食い下がる。今まで全く話さなかったのに、なぜ急にこんな事を言い出したのか。やっぱり、彼女は謎だ。
今は同じギルドメンバーとして行動している。何とかして歩み寄りたいところだが、本人がこんな調子じゃ踏み入り辛いな。
まあ、バルメリオさんだって最初はこんな感じだった。少しづつ、理解していくしかなかった。
アガット荒野を越えて、ようやく炭鉱の街カーマインに到着する。
まず目に入ったのは蒸気を吹き上げる魔導列車とその線路。どうやら、【グリン大陸】と【イエロラ大陸】を繋ぐ線路はここにも通っているらしい。探索やレベル上げを考えなければ、一気にここまで来れたようだ。
しかし、魔導列車の線路だけにしては異様に多い。その理由は、トロッコの線路も何本も通っているからだ。
この街は木製の家屋によって構成された鉱山の街で、トロッコの存在が身近な物になっているらしい。ウェスタンな雰囲気だが、スカーレットの街よりも田舎なように感じる。
「俺様、こういう土臭い場所は苦手だぜ。茶色ばかりで華やかさがないな」
「ここは働く男性の街ですから。遊び人であるわたくしも、あまり過ごしの良い場所には感じません」
煌びやかで遊びまくってるノランとマーリックさんはこの街が苦手らしい。まあ、前者は踊子で後者は道化師だ。街の雰囲気にはまるで合っていないかな。
街では発掘用の機械が蒸気を吹き上げ、男たちが大量の石炭をトロッコから降ろしている。炭鉱の街であると同時に労働の街とも言えるだろう。
俺たちが街を見物していると、ヴィオラさんが今後の動きを尋ねる。そう言えば、ここから先はまだ計画していなかったな。
「さて、宿で回復して道具を整えたら、一気にクリムゾン炭鉱まで進んじゃう?」
「と……当然だ!」
彼女の言葉に対しルージュが同意する。どうやら、一気にドワーフの村まで突き進むつもりらしい。
俺も当初はそのつもりだった。しかし、道中でアスールさんと会話をしているうちに、俺は別の事がしたくなってしまった。
荒野の街スカーレットで頻繁に銃を見て、この炭鉱の街カーマインでは発掘用の機械を見ている。俺の中で、再び【機械製作】魂が燃え上がってしまったのだ。
「悪い、俺は街に残りたい。これから大変な時だってことは分かってる。でも、どうしても【機械製作】をしたいんだ」
そもそも、バルメリオさんがドワーフの村にいたとして、どうこうするものでもない。ただ別れが突然すぎて、納得できないから探してるというだけだった。
また、彼が敵に襲われるとも考えづらい。一度滅ぼして、運営によるメンテナンスを受けた村に、あいつらが残るはずがないからだ。
そうだ、ここでバルメリオさんの捜索を急ぐ意味はない。むしろ、場合によっては街で待機した方が得策だろう。極めて論理的な結論だった。
しかし、ヴィオラさんはその論理の奥にある本質を見抜いてしまったらしい。彼女は俺だけに聞こえる声で優しく許可を出す。
「アスールちゃんに銃を作るんでしょ? 頑張りなさい」
「あ……ありがとうございます!」
一発で読まれてしまったか。彼女、こういうところはギルドマスターの才能があるな……
アイやルージュには悪いが、ここからは別行動をさせてもらおう。もう、みんな強いしな。敵がこの場所に残っていないのなら、全く心配はないだろう。
マーリックさんとノランも、それを分かっているようだ。
「大丈夫ですよレンジさん。カーディナルの村が消失してから日が経っています。高確率で敵は既に姿を消しているでしょう」
「バルメリオがいたとしても、戦にはなっていないと思うぜ。このノラン様に任せておきな」
二人からも同意を貰い、この土壇場での生産活動が決定する。アイが残念そうに俺を見ているが、ここはすっぱり切らせてもらう。恋人でもないんだし、べたべたくっつく意味はなかった。
さて、まずは機械製作の出来る場所をレンタルしないとな。一応【ROCO】と協定結んでるし、せっかくだから良い場所を使わせてもらおう。幸い、モンスターの討伐によってお金はそれなりに潤っていた。
俺はヴィオラさんたちと分かれて、土臭い炭鉱の街を歩いていく。イリアスさんとアルゴさんに教わった【機械製作】の技術を存分に振るおう。指導を貰った二人には本当に感謝してもしきれない。
そう言えば、アルゴさんには情報収拾も協力してもらっていた。次に会ったら何かお礼をしなくちゃな。彼の喜びそうなもの……全く思い浮かばなかった。




