93 再び動き出す
俺たちは討伐依頼を受け、アガット荒野でそれらを熟していく。レべリングも兼ねているが、やはりダンジョンで行うよりも効率は悪い。出てくるモンスターが圧倒的に少なかった。
俺は手製の銃でキラーコンドルを撃ちぬき、32へとレベルを上げる。このペースじゃ、一ヶ月でレベル50なんて土台無理な話しだな。やはり、廃人勢恐るべしだ。
「最大レベルを持ってるクロカゲって人は、いったいどれだけゲームをしているんだろうな……」
「長時間ログインをし続けると強制ログアウトなので、プレイ時間はそれほど変わりませんよ。やはり、レベリングの密度に差があると思います」
恐らく、リュイの考えは正しい。俺たちはレベルを上げつつも、街を観光して楽しんでいる。上位のプレイヤーは、そういう時間を潰してでもレべリングに没頭しているのだろう。
しかし、そこまでやってもレベルは上がるほど上昇し辛くなるので、いずれ僅かな差まで追いつかれる。何だか報われない話だが、廃人にとってはトップを維持することに意味があるのかもしれない。
「クロカゲさんにもいずれ会えるかもしれませんね! 他の上位プレイヤーには会っていますし」
「まあ、文字通り空の上の話しだけどな」
【漆黑】のギルド本部は空中を飛行する巨大飛空艇だ。滅多に地上に降りてこないため、他の上位プレイヤーのようにはいかないだろう。アイは会ってみたいようだが、俺はそこまで興味があるわけでもなかった。
「どうせ変人だろ。関わらないのが正解だ」
「フッ……怖いのかレンジ」
「ある意味な」
ルージュがバカにしてくるが否定はしない。エルドに匹敵するプレイヤーなど、恐ろしい廃人なのは目に見えている。絶対性格もヤバい。
「フムフム、クロカゲさんですか。相当の変人と聞いております」
「ほらな、言ったとお……って、マーリックさん!」
そんな俺たちの会話に突如入る道化師。彼もまた、この【ドレッド大陸】に移動してきたらしい。本当に神出鬼没だな。
いつも驚いていたリュイも流石に慣れ、冷たい視線で問う。
「急な登場ですね……小人の村カーディナル消失の調査でしょうか?」
「ブラボー! まさに、それ!」
彼の予想通りだ。マーリックさんは個人的な情報収集を続けているらしい。
それにしても、営業などでお金お稼いでいた彼が、なぜこんな事をしているのか。小さな疑いは付き合いを深めるごとに大きくなる。いったい、マーリックさんは何者なのだろうか。
「マーリックさん、流石に情報が早いですね」
「情報は自らを守る武器です。勿論、この世界に現れた敵の存在も把握済みですよ」
俺のかけたのかまは、容易くかわされたか。彼は俺たちの知らない情報を話していく。
「他の大陸でも消失事件は起きているようですよ。どうやら、【ゴールドラッシュ】の監視が薄い亜人の村が、徹底的に狙われているようですね」
エネルギー集めが捗っているようだが、あちらが攻撃に出ない限りこちらも手が出せない。何より、まだまだ実力が追い付いていない感があった。
あいつらの計画を止めるにしても、直接攻撃を行う意味はない。今はとにかく、プレイヤー同士の団結を深めることが望ましいだろう。
巨大空中要塞ギルド【漆黒】。彼らは【ダブルブレイン】との戦いに協力してくれないだろうか。まあ、無理だよな……そんな事をするメリットはないのだから。
俺がそんな事を考えていると、マーリックさんがある提案を出してくる。
「明日、ドワーフの村に向かうんですよね? わたくしも同行させていただけないでしょうか」
「全然いいですよ! でも、ソロプレイヤーのマーリックさんがそんな事を言うなんて、珍しいですね」
まだ行くと決まってもいないのに、アイが勝手に了承してしまう。これはヴィオラさん、全く立場がないな……
それにしても、確かにマーリックさんが動向を望むのは珍しい。彼は自由奔放なソロプレイヤーで、周囲には絶対に縛られないような人なのだが。
「単純に、わたくしのレベルでは進行に不備が出てきたのです。いつの間にやら、貴方がたはわたくしに追いついてしまったようですね」
「なるほど」
マーリックさんのレベルでは【ドレッド大陸】を進むのが難しいという事か。ずっと上の存在だと思っていた彼が、今は同じぐらいなんだな。それは、機械技師のイリアスさんの時にも感じたことだ。
俺たちは休みなく毎日ゲームをプレイしている。そこらのプレイヤーより、ずっと強くなっていたのだ。
「では、明日はお願いしますよ。さらばです!」
そう言い残すと、マーリックさんはその場から消えてしまう。
少し前までは奇術師かと思っていたが、今なら分かる。これはワープの魔石を使っての移動だった。
何個かの依頼をこなし、俺たちはスカーレットの街に戻る。現実時刻では夜の11時、【ディープガルド】時刻でも夜の後8時なので外は真っ暗だ。
明日は日曜日だが、今日はヴィオラさんがいないため行動を起こす事が出来ない。その為、夜更かしはせず、速めにログアウトをすることになった。
「じゃあ、明日はヴィオラさんに相談してから行動だ」
「うむ……! 全ては星々の瞬くままに……! 銀河ぁ!」
ルージュが懐かしい口上を言い、それぞれログアウトをしていく。そんな時、俺はアスールさんの姿が見えない事に気づく。
そう言えば、レべリングの時も全く話さず、淡々と俺たちに付き合っていたな。やっぱり、パーティーに溶け込めていないのだろうか。
どうにも心配なので、彼女を探すことにする。さっきまでいたので、そんなに遠くには行っていないはずだ。
俺は宿屋の周りを見渡していく。そんな時だ、以外にも早くアスールさんの姿をとらえた。
「大丈夫だ。こっちは上手くやってる……」
宿屋の影でコンタクトの魔石を使うアスールさん。低い声が聞こえることから、通話の相手は男性だろう。いったい何者だろうか。
何だか真剣な様子で話しているので、俺はそれ以上近づかないようにする。会話の内容も何だかきな臭い。
「お前も気を付けろ、じゃあな……」
魔石が砕け、アスールさんは通話を終えた。そんな彼女に、俺は近づいていく。後ろめたい事を話していなければ、動揺することはないはずだ。
「アスールさん、電話ですか?」
「げほっ……! げほっ……! ちょ……ちょっと知り合いに……」
しかし、アスールさんは異常なまでの動揺を見せる。慌てた様子で背を向け、目元をベレー帽で隠してしまった。これはどう見たって怪しいぞ……
まさか、敵組織と関係を持っているとか……いや、流石にないと思いたい。こんな露骨に行動をするはずないよな。
「もしかして彼氏ですか?」
「秘密です……」
まるで逃げるように、アスールさんはログアウトしてしまう。何だか傷つけてしまったかな。
でも、怪しい事をしているのはあの人の方だ。一応、警戒しておいた方が良さそうだった。
【インディ大陸】スマルトの街。その中央に立つ巨大な城。
そんな城のある一室。扉を開け、赤マフラーのイデンマが帰還する。外は雪が降っているのか、彼女のフードには白い雪がかかっていた。
「ひと仕事完了だ。油断も隙もない……」
「お疲れ様です。私の言ったとおりでしょう」
そんな彼女を向かえたのは、眼鏡をかけた青年ルルノー。彼は眼鏡のずれを直し、人差し指を立てた。
「これで、薬の件は帳消しですね」
「お前のせいでマシロは散々だったんだぞ。なぜ敵に塩を贈ったのか……」
「そう怒らないでください。私も彼が英雄様のお気に入りとは知らなかったのですから」
錬金術士のルルノーは、生産市場ギルド【ROCO】の幹部でもある。
表ではギルドマスターのミミをサポートする優秀な逸材。裏では【ダブルブレイン】の計画を実行するプログラマーという存在だった。
「しかし、偶然見つけた興味深いギルドが、まさか我々の敵対組織とは……やはり、運命という存在を信じざるおえません」
「ふん、くだらん」
彼はギルド【IRIS】や英雄様のお気に入りに対して好意的だった。科学者であるルルノーの目的は、あくまでも研究。敵であろうと、それに対して悪意を抱くことはなかった。
イデンマは彼に対し、邪魔者の排除を報告する。しかし、現状は中途半端な状況だった。
「一応、あのアルゴという男はゲームオーバーにした。バーサク状態にしなければ、操作は出来ないが……」
「記憶の改変だけなら、ゲームオーバーさせることで可能です。まあ、随時操作するにはバーサクの状態異常が必要不可欠ですが」
プレイヤーを操作する条件は対象が無意識であることだ。【覚醒】のスキルを使わせバーサク状態にすれば、その間は思いのままに動かせる。だからこそ、彼らは積極的にプレイヤーをゲームオーバーにしているのだ。
しかし、例外もある。記憶の操作だけなら、一瞬無意識になるだけで可能。ゲームオーバーにさせるだけで条件を満たすことが出来る。
「ならば、アイテムや魔法によってバーサクの状態異常にすれば、回りくどいゲームオーバーは不必要では?」
「データを組み直せば可能かもしれませんが、現状は【覚醒】を通しての操作以外は想定していません。下準備が難しいんですよ」
彼は元々、このゲームの制作に携わる運営の一人。その間に仕込んだ【覚醒】のスキルは、プレイヤーの脳プログラムを弄る要だった。
こればかりはイデンマも、他メンバーにも分からない。組織の研究者であるルルノーだけが分かることだった。
「アルゴさんはゲームでの記憶を消して、永久追放しましたよ。一応仲間ですので、操って利用するのは気が引けます。平和に暮らしてほしいものですね」
「それで良い。万が一、記憶が戻ったら厄介だからな」
ルルノーは同じ【ROCO】のメンバーであるアルゴを利用する気はないようだ。彼には彼なりの仁義というものがあった。
「とにかくだ。英雄様のお気に入り……放置しても事態を悪化させるなら、やはり始末が必要だ」
「リルべさんとマシロさんを行かせますか?」
「いや、私が行く。そうでなければ安心できん」
中間管理職であるイデンマが自ら動き出す。これは明らかに異常な自体だろう。彼女の心は沸々と燃えている。この情熱こそが本当のイデンマだった。
「私が全ての蹴りを付ける。覚悟しておけ、英雄様のお気に入り……」
赤いマフラーをなびかせ、オッドアイの女性が城をあとにする。そんな彼女の様子をルルノーは無表情で見つめていた。
これで、静止した状況は再び動き出す。今、新たな戦いの火蓋が切って落とされたのだ。




