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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
十八日目~二十日目 荒野の街スカーレット
93/208

92 畜生

 俺たちはバルメリオさんと接触するために、スカーレットの街を捜索していた。

 NPCやプレイヤーに話しかけ、彼の所在を少しずつ絞っていく。その結果、昨日までこの街に居たという情報を手に入れた。やはり、方角的には間違いなさそうだ。


「捜索の結果、この街にバルメリオさんは来ていたようですね」

「その割には全然見当たらないな……」


 リュイと共に街を周ってみたが、バルメリオさんの姿は確認出来なかった。今現在、彼がこの街にいるとは考えづらい。

 アイは可愛らしく口に手を当て、リュイと共に考える。


「もう移動しちゃったんでしょうか……」

「ありますね。【ドレッド大陸】に向かったとは聞きましたが、目的地がこの街とは限りませんから」


 俺たちはこの街がガンナーの聖地なので、勝手に目的地だと定めていた。しかし、バルメリオさんの目指す場所はここではなかったらしい。

 彼は何のために【ドレッド大陸】まで来たのか。現状はそれすらも不明だ。


「まずはあいつの目的を考えたらどうだ? 目的地も見えてくるかもしれないぜ?」

「バルメリオさんの目的か……やっぱり、イデンマさんを倒す事かな」


 俺とノランはバルメリオさんの行動パターンを考えていく。イデンマさんと会うために、彼は何らかのアクションを起こしているはずだ。

 しかし、現状は手がかりが不足している。聞き込みを再開しようとした時、ルージュが酒場の壁を指差した。


「き……貴様ら! これを見ろ……!」


 そこに設置されていたのは、運営からの情報掲示版だ。街の世界観を壊さないように、腐食した紙で情勢が掲示されている。

 俺は書かれた情報に目を通していく。そんな中、一つ興味深い記事があった。


「運営からのメンテナンス情報か……小人の村カーディナル、記憶データ更新のお知らせ……」

「私、聞きましたよ! 二日ぐらい前に村が丸ごと閉鎖されたらしいです」


 小人の村カーディナル、ドワーフという種族が住む村だ。アイの情報を照らし合わせて、村に何が起こったか察知する。十中八九、奴らの仕業だろう。

 リュイもすぐに気が付く。敵の目的がNPCの魂エネルギーだってことは既に分かっているからな。


「まさか【ダブルブレイン】……!」

「あいつら、俺たちを無視してエネルギーを集めだしたか……まあ、そうなるよな」


 奴らが俺たちを始末するメリットはない。元々向こうから吹っかけてきたんだ。こちらが邪魔をしない限り、敵も相手をする気はないようだ。

 しかし、イデンマさんとの戦闘を目的とするバルメリオさんは違ってくる。彼は積極的に奴らに関わる意義を持っていた。

 当然、アイはまた無茶なことを言い出す。彼を心配する気持ちは分かるが、無鉄砲なのは頂けない。


「行きましょう! バルメリオさんの危険が危ないです!」

「いえ、まだそこにいると確定したわけでは……」


 リュイの言うように、本当にバルメリオさんの目的がドワーフの村なのかも分からない。まずは、ギルドマスターに相談してからだな。


「今はヴィオラさんがいない。行動を起こすなら明日だ」

「うむ……! 前のような無茶はせんぞ!」


 ギンガさんに怒られたルージュは流石に学んでいる。アイも納得し、全ては明日決める事になった。

 しかし、今までと違って今一つ緊張感がないな。相手がこちらに対して抵抗姿勢を見せていないことが原因だろうか。

 まあ、どうであろうと村一つが犠牲になっているのは事実。今一つ実感は湧かないが、こうしている間にも敵の計画は進んでいるんだ。


 だが、そもそも敵の計画とは何なんだ? 魂を集めて、プレイヤーを操作して、いったい何をするつもりなんだ? 以前、ヌンデルさんが言っていた世界征服……あいつらの目的は【ディープガルド】の支配なのだろうか。

 考えていても仕方がない。とりあえず、今は明日に備えるしかなかった。

















 残りの時間、俺たちはアガット荒野でレべリングを行うことになった。

 ここはダンジョンと違ってフィールドなのだが、一応討伐クエストが用意されている。俺たちが受けた依頼は、『増えすぎたレッドワーウルフの討伐』という虐殺染みた依頼だ。

 コネクションの魔石を使えば、どこにいても所属するギルドから依頼を受けることが出来る。俺たちの場合は、ビスカさんと連絡を取り合うことが出来る便利な魔石だった。


 何もない荒野で淡々とレッドワーウルフを狩っていく。地味に速くて地味に攻撃力が高いので油断は出来ない。俺はロボットに乗り込み、その動きを練習しつつ手を倒していった。

 そんな時、突然アイがこちらに会話を振ってくる。モンスターはリュイたちに任せ、俺はその動きを止めた。


「レンジさん、【状態異常耐性up】の強化に戻ったんですね」

「ああ、ルルノーさんにも言われたけど、どうにも嫌な予感がしてな」


 【覚醒】のスキルは使用スキル。使えば使うほど効力が上昇する。このスキルには何度も助けられているが、バーサクの効力が上昇されたら堪らない。用心に越したことはなかった。

 しかし、アイはどうにも納得できないらしい。彼女は俺が【状態異常耐性up】を鍛えることを快く思っていない様子だ。


「あのルルノーって人、何か怪しいです。本当に信用して良いのでしょうか……」

「そうか? 嫌な感じはしなかったんだけどな」


 それと同時にルルノーさんも疑っているみたいだな。アイが人を疑うなんて珍しい。信じる事こそ正義だと思っていそうだが、今回は違っていた。

 俺はルルノーさんが疑わしいとは思っていない。今まで会った【ダブルブレイン】とは違い、彼からは嫌な感じを受けていないからだ。

 二人で会話をしていると、小耳に挟んだルージュが入ってくる。彼女もまた、ルルノーさんを信用しているようだ。


「る……ルルノーはボクを助けてくれた! 大丈夫……! レンジもボクとの約束は忘れてくれ!」

「ルージュもこう言ってるし、俺も状態異常耐性を鍛えたい」


 ルルノーさん関係なしに、俺も【覚醒】への警戒を緩めようと思っていない。だが、一応アイの言葉は心の片隅に止めておこうと思う。

 彼女は少し残念そうな顔をするが、俺の意思を尊重するようだ。すぐに笑顔に戻り、受け入れてくれた。


「そうですか……レンジさんがそう言うのなら大丈夫ですね!」


 彼女がこんな事を言い出すのは珍しい。これは、何かの予兆なのだろうか。

 どうにも胸騒ぎがするが、行動を起こす事も出来ない。今はただ、戦闘に備えてレべリングをするだけだった。



















 深夜、【グリン大陸】の裏路地。薄暗いその場所に、小さな機械技師メカニックのお店があった。

 生産市場ギルド【ROCOロコ】に所属するArgoのお店。そこで、主人であるアルゴはとある調べ事をしていた。

 彼は辛辣な表情をしつつ、今まで【ディープガルド】で起きた事件を纏めていく。過去に運営から掲示された情報に加え、自身の情報網で手に入れた事柄。それらを整理し、答えへと結び付けていった。


「んー、やっぱここが引っ掛かるんだよなー。バルディの記憶消失、絶対おかしい」


 彼は誰もいない機械工房で、一人書類に目を通していく。


「ゲームでの記憶はダブルブレインに保存される。でもなー、少しぐらい本物の脳にも記憶が残るはずなんだよなー。だから、ログアウトしてもある程度覚えているわけで……」


 彼の言うように、【ディープガルド】での記憶は現実世界に全て持ち込めない訳ではない。あくまでも、ダブルブレインは本物の脳のサポートであり、中心となるものではないからだ。

 そう、基本は人間が持っている本物の脳。しかし、記憶の操作は相当に深い部分まで及んでいた。


「んー、ダブルブレインが操作されてもゲームの話しだが、全部操作されてるってことは……」


 彼の脳裏にある思考が過る。その瞬間、彼の額に冷や汗が流れ、顔色も変わっていった。


「まさかな……でもまあ、一応調べておくか」


 彼はコンタクトの魔石を使い、ある人物と連絡を取り合う。その人物は、【7net】のギルドマスターであるヒスイ。彼ならば、同じ【7net】のバルディを把握しているはずだ。

 机に置かれた魔石からホログラムが浮かび上がる。アラビアンな姿をした褐色肌の男、彼はすぐに声を上げた。


『おっ? 確かアルゴやんだったか? どないしたんや急に!』

「悪い、調査の一環としてバルディの連絡先を教えてほしいんだ」

『やめときい。バルディは【覚醒】持ちや。まっとうな情報交換は期待できへんでー』


 敵に操作されていた相手と連絡を取り合うのは危険だ。しかし、アルゴもその事は分かっている。彼が連絡を取りたかったバルディは、別のバルディだった。


「いや、現実世界の方と連絡を取りたいんだ。なにか、そういう情報を持っていないか?」

『メアドなら控えてるわ。こんなん、役に立つんか?』

「いや、それで良い! それを……」


 ヒスイから求めていた情報を受け取る瞬間だった。

 突如、アルゴの右肩に一本のナイフが突き刺さる。その急な痛みに、彼は部屋に響く叫び声をあげた。


「……ぐがっ!」

『どないした!』


 ドアの方から放たれたナイフ。間違いなく、【武器投げ】のスキルだろう。

 コンタクトの魔石が机から落ち、ヒスイとの通信が遮断される。すぐに、アルゴはドアの方へと視線を向けた。

 そこにいたのは一人のプレイヤー。赤いマフラーにフードを被った女性。彼女の二色の瞳は、真っ直ぐとアルゴを捉えていた。


「アルゴといったか。とんだ災難だったな……」

「おいおいおいおいおい……冗談じゃないぞおい……! スキル【起動(スタンドアップ)】!」


 スキルの発動と共に、彼は赤い大型のロボットに騎乗される。なぜ敵がこの調査行動に気づいたのか、なぜこの場所を突き止めたのか。そんな事はどうでも良い。

 彼は鉄の拳を振りかざし、盗賊シーフの女性にそれを打ち付けていく。攻撃は何度も直撃し、本来ならダメージを与えているはずだ。しかし、彼女の体は崩壊し再生を繰り返す。このプレイヤーには、ダメージという概念が存在していなかった。


「化け物かよ……!」

「やれやれだ……スキル【痺れ斬り】」


 攻撃を無視し、盗賊シーフは操縦席のアルゴに麻痺攻撃を与える。切り裂かれた彼は体が痺れ、上手く行動が出来なくなってしまった。

 このままでは確実にやられる。そう思ったのだろう。アルゴはロボットの右手に動かし、女性の体を鷲掴みにする。これは、彼の最終手段だった。


「無駄だ。攻撃は受け付けない」

「じゃあ、こいつはどうだ……! スキル【自爆ディスインテグレイト】!」


 赤い機体が光を発し、凄まじいエネルギーが中心に集まる。瞬間、巨大な爆発音と共に、周囲の全てを炎で飲み込んでいった。

 グレネードの威力など非ではないほどの大爆発。これがゲームの世界でなければ、店ごと吹き飛ぶ威力だろう。

 しかし、これはゲーム。戦闘の爆炎によって、制作したギミックが崩壊することはない。アルゴはそれを知っていた。だからこそ、炎に身を焼かれつつも店外に飛び出すことに成功する。

 ある程度距離さえおけばログアウトが可能。大通りに出れば敵も大きな行動が出来ない。このまま行けば、充分に逃げ切れる。


「ざまあみろ……人前に出れば俺の勝ちだ……」


 アルゴは走る。決して振り返ることなく、ただ他プレイヤーを求めて裏路地を走り抜けた。

 体は麻痺によって痺れているが、足は何とか動く。絶対に負けられないという意思が、重い体を引きずっているのだろう。

 やがて、多くのプレイヤーが歩く大通りへと抜ける。ここまでくれば、もう大丈夫だ。【ダブルブレイン】は闇の組織。人前でPK行為に及ぶことなど、絶対にありえない。


「よーし……後はログアウトし……」


 しかし、その時だ。一本の剣が、アルゴの残り少ないライフを全て削り取った。

 何が起こったのか分からない。そういった表情で、彼はその場に倒れてしまう。これが、この男にとって初めてのゲームオーバーだった。

 薄れゆく意識の中で、彼は剣の正体をその瞳に焼き付ける。


「革命のために」

「畜生……」


 名前も顔も知らない一般プレイヤー。彼の瞳には剣のマークが浮かび上がっていた。

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