91 唯々荒野
俺たちはアスールさんと共に、ヴォルカン山脈を進んでいく。ここまで来ればもうひと頑張りだろう。
銃士のアスールさんは、変な人だが相当強い。彼女は鍬で殴りかかるコボルトを容易くいなし、距離を取って銃撃する。バルメリオさんに匹敵する高い技術を持っていた。
「ナイスですアスールさん!」
「ドウモデス……」
アイが褒めても、アスールさんは愛想が悪い。好きで俺たちに近づいたわりには居心地が悪そうだ。何より、目が合うと絶対に顔を隠す。
消極的なのか積極的なのか、よく分からないがとにかく変な人だ。ヴィオラさんはそんな彼女に、進んで会話を振っていく。
「私たちのギルドにも、バルメリオって銃士がいるのよ。今、そいつを追ってるの」
「げほっ! げほっ! ヘ……ヘー」
やっぱり、あまり話しかけちゃいけないな。冷や汗を流して、物凄く動揺している。
だが、ルージュはそんな空気を読めず、好き勝手なことを言い出した。
「バカメリオは僕の後輩だ……! バカだが強いんだぞ……!」
「ソ……ソウナンデスカァ」
右手を握りしめ、眉をピクピクと動かすアスールさん。何か怒ってるぽいな。やっぱり、話しかけられてイライラしているのだろうか。
いまいち、彼女の考えていることが分からない。まあ、敵ではないようなので気にするだけ無駄か。
洞窟を進んでいくと、ようやく外の光が見えてくる。俺たちは急ぎ足で残りの道を進み、光の向こうへと足を踏み出した。いよいよ、本格的に【ドレッド大陸】入りだ。
「見てくださいレンジさん! 凄いですね!」
「ああ、データ世界は何でもありだな……」
視線の先に広がっていたのは一面の荒野。そして、噴煙を巻き上げている真っ赤な火山。なるほど、ここは炭鉱と火山の大陸というわけか。冒険心がくすぐられる。
アイは巨大な火山に釘付けで、時々吹き上がる炎に興奮していた。どう見ても危険な噴火だが、ゲームなので目をつぶろう。
「あの火山はバーミリオン火山、文句なしの最難易度ダンジョンよ。初めは良いけど、奥に進めば進むほど地獄ね」
「僕たちが目指すのはスカーレットの街です。後は目の前に広がるフィールド、アガット荒野を進んでいくだけですよ」
ダンジョンを抜けたら、すぐに街というわけではなさそうだ。これは現実時刻の午前を丸々使いそうだな。
しかし、アスールさんがパーティーに入ってくれたおかげで、戦闘がスムーズになっている。怪しい人だが、とりあえずは感謝するしかなかった。
簡易的な昼食を取った後、冒険を再開する。アガット荒野、【ドレッド大陸】全土に広がる草木のない茶色い大地だ。
出てくるモンスターは洞窟にもいたオーク、デスコンドルに加えて、草原にいたワーウルフの強化版レッドワーウルフ、そして一つ目の巨人サイクロプスの四体だ。
やはり、新モンスターのサイクロプスが一番厄介。単純にステータスが高く、トロールより小さいが動きが速い。俺はでかい敵より速い敵が苦手だ。
「スキル【使役人形】です!」
「スキル【虎一足】!」
アイの【使役人形】がサイクロプスを陽動し、リュイが一気に切り裂く。アイは武器を使った戦闘は得意だが、裁縫士の基本であるペットキャラの扱いが不得意だ。サポートをしつつ、練習しているのだろう。
「スキル【ぶん回し】……! からの……スキル【水魔法】アクアリス……!」
ルージュは回転して敵をぶん殴るスキルから、水属性の中位魔法に繋げてレッドワーウルフを消滅させる。本当に彼女も強くなったな。
ギンガさんのアドバイス通り、【移動詠唱】を鍛えて攻撃中に詠唱を行っている。そのため、全体魔法は全くの不必要で、それを強化するスキルも鍛えていない。最も、INT(魔法攻撃力)が中途半端なルージュが、威力の劣る全体攻撃を使っても仕方ないのだが。
「良いペースね。この調子なら昼前に着くんじゃないかしら」
ゲーム内での昼食はさっき取ったので、当然現実での昼食だ。午後からはヴィオラさんが出かけるので、マスターなしで行動する事になる。
そういえば、ノランとも合流しなきゃならない。街の探索をしつつ、時間を潰すのが正解か。バルメリオさんを探すことにもなるしな。
ハイペースでアガット荒野を進め、何とか午前中に目的地へとたどり着く。【ディープガルド】時刻で夜の10時。荒野に輝く付と星々は、砂漠とはまた違う美しさがあった。
そんな闇の中に輝く街の光。木で作られた家々にカウボーイハットのNPCたち。これは間違いなく、西部劇の街並みだ。やはり推測通り、【ドレッド大陸】は開拓時代だった。
【イエロラ大陸】程ではないが、ここもかなり埃っぽい。赤茶色の大地と強い風がその原因だな。住みやすい場所ではなさそうだった。
ヴィオラさんが一旦の区切りをつけ、ここでログアウトすると決める。昼食に行かないと、桃香に回線を切られるからな。
「さて、ここで一回ログアウトよ。アスールちゃんはどうするの?」
「ログアウトシマス……」
アスールさんもだいぶ声が出るようになった。まあ、相変わらず変な声だけど……
これから、彼女はどうするつもりなのだろうか。今までずっと俺たちについてきたが、以前として目的は不明のままだった。
ベレー帽で目元を隠しつつ、俺の事を睨み付けてくる銃士。正直、物凄く怖いです……さっさとログアウトして、気持ちを切り替えた方が良さそうだ。
俺はメニュー画面を開き、ログアウトを選ぶ。午後からはヴィオラさんがいないが、バルメリオさんを探さないとな。
現実時刻の午後1時、【ディープガルド】時刻で早朝の4時。まだ空は暗いがゲーム再開だ。
ヴィオラさんはいないので、俺が仕切ることになる。面倒だが、やるべき事は分かっているんだ。ノランを待ちつつ、バルメリオさんを探すだけだった。
「それじゃあ、西部の街を探索しますよ!」
「お……おー……!」
アイとルージュは完全に楽しんでいる。もう、のびのび楽しめばいいと思うよ。半ば諦めの表情をしつつ、俺はそう思うしかなかった。
とりあえず、ここは鉱山が近い街だからな。【発明】に使うための素材を買い足さなければならない。あとは、回復薬も多めに買っておいた方が良さそうか。地味にやる事あるな。
俺が買うものを頭の中で纏めていると、リュイが武器屋の方へと歩いていく。そう言えば、こいつの日本刀もだいぶ古い物だった。
「僕は日本刀を買ってきます。着物の方は……」
「忘れてました! リュイさんの着物、私作りましたよ!」
彼が着物の話しをしようとすると、アイがアイテムバッグから一枚の防具を取り出した。
緑色を基調とした落ち着きのある和服。性能の方は分からないが、ここで買うものよりも期待できるだろう。
「あ……ありがとうございます」
「良いんです! 私たちは仲間なんですから当然ですよ!」
彼女の優しさに胸を撃たれ、リュイは感動している様子。本当にアイは健気で良い子だ。俺たちのために色々頑張っているし戦闘も強い。文句なしの美少女だと言える。
そろそろ、前に彼女が言いかけた言葉を聞かないといけないな。誤魔化し続けても、いつか限界は訪れる。またあんな機会があれば、今度はしっかり受け止めるつもりだった。
俺たちは欲しい物を買い揃え、街の酒場で休息を取る。壁にはお尋ね者の指名手配所が張られ、カウンターでは店員がお酒を出していた。
西部映画でよく見る光景だが、それを自ら体感するとテンションが上がってくる。このゲーム、こういう世界設定の方が戦闘より力入れてるよな。製作者も何だか楽しんで作っていそうだ。
俺がまったりくつろいでいると、ルージュが今後の事を聞く。そうだ、やるべき事をしなくちゃいけなかったな。
「レンジ……! これからどうする……!」
「とりあえず、コンタクトの魔石でノランに電話するか」
コンタクトの魔石を使えば【交信魔法】コンタクトが発動する。これにより、フレンド登録した者がログインしていれば、いつでも連絡を取り合うことが出来るのだ。
俺は魔石をアイテムバッグから取り出し、それを発動しようとする。しかし、その瞬間だった。どこからか聞き覚えのある声が響いてきた。
「みんなー! ノランちゃんだよー!」
「ノランちゃーん!」
酒場のカウンターに乗っているのは、まさかのノラン。彼女は場をわきまえず。急にコンサートを開始する。こいつ、いつもこんな事をしているのかよ。
NPCは唖然とし、プレイヤーは「またこいつか」といった様子で呆れている。それとは対照的に、ファンたちがどんどん集まり、ボルテージを一気に上げていった。
「じゃあ、歌うよー! 曲名『ギルド【IRIS】を探しています』!」
「たのむ、やめてくれ」
俺たちを探すのは良いが、その方法はやめろ。恥ずかしいというレベルじゃないし、俺たちまで同族扱いされるだろうが!
俺は他の三人を引き連れ、店を後にする。そして、彼女が歌い終えるまで外で待機することに決めた。
一曲歌った後、ノランは場所を変えるために店から出る。そこを三人で取り押さえ、一気に裏路地まで運び入れた。
取り巻きどもに見つかったら厄介だし、やっぱり同族と思われたくない。いや、もう手遅れなような気もするが、今は穏便に済ませたいんだ。
「おい、ふざけんなノラン」
「わあ、ノランちゃん誘拐されちゃった!」
「ふざけんな」
まったく悪びれていないようなので、説教スタート。俺とリュイで彼女に文句を言うが、あまり効果は無さそうだ。本当にこいつのフリーダム加減には頭を悩ませるばかりだった。
ノランは説教を一通り聞いた後、華麗なダンスで一回転する。【防具変更】のスキルにより、現れたのは男ノラン。彼は薔薇をくわえ、俺たちに新しい話題を出した。
「じゃあ、今度は俺様が話す番だぜ? 実は、ギルド【IRIS】に入ってほしい奴がいるんだ」
「新しい仲間ですか! これは期待大ですね!」
突然の新入り登場か。アイは興奮しているようだが、俺は全ての察しがついてしまった。多分彼女だろう。いや、絶対彼女だろう。俺の鋭い第六感、危険予知機能が容易く未来を予測する。
やがて、それは現実のものとなる。ノランに連れられて現れたのは、青いベレー帽をかぶった青い瞳の女性。アスールさんだった。
「あ゛……アスールデス」
「ですよねー」
彼女は物凄く恥ずかしそうに、目元を帽子の下に隠してしまう。二度会うのは気まずいが、相変わらず変な人で何よりだ。
そんなアスールさんの自己紹介に、ノランはダメ出しを行う。まるでセクハラのように、彼女の咽元を撫でていく。
「それじゃあダメだアスール。ほら、咽を華麗に動かしてゆっくり」
「あ……アスールです」
「最高だレディ! 俺様の仕込み通り!」
この人たちは一体何をしているのか。何でいきなりボイストレーニングを始めているんだ……
色々と突っ込みたいところばかりだが、アスールさんが普通に喋るようになったのは事実。緊張して、今まで上手く声が出なかったのだろうか。
いや、それよりも作為的なものを感じて仕方がない。ノランの用事って、アスールさんが関係していたのか?
全く腑に落ちないが、アイとルージュは喜んでいるんだ。今は空気を悪くしたくないし、我慢するしかなかった。




