90 青雲の志
【ディープガルド】時刻で夜の6時。俺たちはログアウトの時間を合わせるため、ヒスイさんからギルドの話しを聞く。彼は非常におしゃべりで、聞けば何倍にも返す脅威の舌を持っていた。
しかし、語ること自体にちゃんと意味がある。その辺りは市場操作を得意とする営業マンと言ったところだ。
「【7net】っちゅうのは、情報掲示版サイトで知り合ったメンバーが最初や。ガチ攻略組みをおふざけでからかう事を目的にしたクズ集団っちゅうわけやな」
彼は自身のギルドである【7net】の成り立ちを話していく。いきなり酷い言いようだが、多分事実なのだろう。若干、自虐が入っているようにも感じた。
「人数にものを言わせて閉鎖行為、モンスターを一所に集めての独占。リアルマネー取り引っちゅうのもやってる身や」
俺にはよく分からないが、多分どれもマナー違反なのだろう。最初の二つはともかく、最後は別に迷惑をかけてはいないが。まあ、実力が無いのに金に物を言わせるのは、ゲーマーとしてはムカつくんだろうな。
おそらく、ルージュもそれらの概要を理解していない。しかし、言葉の響きで悪いことと察知し、ヒスイさんに突っかかる。
「貴様……! 悪い奴なのか……!」
「どうやろ、そうかもしれん」
彼は懐から金色の扇子を取り出し、それで自らを扇ぐ。
「勘違いして貰っちゃ困るけども。わいは別に良い人ってわけやない。実力のない遊び人の集まりであるこのギルドを大きく出来たのは、人を騙して利用して、汚い手を使ってきたからこそ出来たっちゅう話や」
不正を隠すつもりはないらしい。だからと言って、開き直っているという様子でもないな。ヒスイさんの瞳からは強い意志が感じられる。
「せやけどな。そうでもせにゃ、実力のある勇者様をぶいぶい言わすだけや。窮鼠猫を噛む。鼠が悪知恵働かせて、数の力で猫を打ち取ることもある。にわかが廃人を噛むのもまた一興」
彼はニッと笑い、扇子を目の前に突きつけた。
「何が起こるか分からん下克上。それこそ粋っちゅうもんやろ!」
弱くてふざけた人かと思ったが、やはり上位ギルドのマスターだ。明らかに、普通のプレイヤーとはこのゲームに対する拘りが違う。やっている事は小悪党だが、その行為に強い信念を持っていた。
彼はまるで極道のようだ。急に真面目な顔をすると、ギルドマスターとしての使命に移る。
「さて、本題や。ギルド【7net】とわいの全財産。ミミやんに託しとう思うてここに呼んだ」
つまり、ランキング争いを放棄し、【ROCO】に全てを託すという事だ。今の彼はふざけた笑いなど一切していない。本気だな。
【7net】は莫大な財産を持ったギルドだと聞いている。常識人のリュイは驚き、ヒスイさんに疑問の声を上げた。
「しょ……正気ですか!?」
「正気も正気。クズの悪事もここまでっちゅうわけや。わいと違ってミミやんはアホで融通が利かん。けども、よう頑張っとるし人望もある。わいの全財産、託す価値は充分や!」
仲間を奪われ、居場所を追われた身だ。お金だけ持っていても、どうしようもないと分かっているのだろう。
ヒスイさんは最後に仁義を通すつもりだ。ミミさんたちは彼を見捨てるのだろうか。
少女は目を閉じ考える。やがて、一つの判断を下した。
「ありがとうございます。ですが、貴方と【7net】を見捨てるつもりはありません。こちらはこちらで手を尽くすつもりです」
「そう言うと思いましたよ。こちらのギルドで腕の立つメンバーを、護衛としてヒスイさんに付けさせていただきます。覚醒持ちでないメンバーを随時保護し、手引きすることを約束しましょう」
優しいミミさんに有能なルルノーさん。この二人、かなりの名コンビだな。
彼女たちの優しさに胸を撃たれたのか、ヒスイさんはその場に膝を落とす。やがて、頬に大粒の涙を零し、感謝の言葉を叫びだした。
「う……うおー……! かんにんな……かんにんな……!」
「オーバーっすね……」
そのガチ泣きに、イリアスさんは完全にドン引きしている。俺も男の涙は久しぶりに見たよ。
だが、これでヒスイさんに関しては一安心だな。俺たちは俺たちの目的のために、荒野の街スカーレットを目指さなければならない。
現実時刻は11時半を過ぎたので、今日はここでログアウトとなる。まだまだ先は長かった。
今日は土曜日。ログインから20日目だ。
リュイとルージュも学校が休みのため、朝から旅を再開できる。最も、ヴィオラさんとルージュが起きてこないため、早朝からは始めることが出来ないが。
俺とリュイは二人でトレーニングをする。どうやら、アイとイリアスさんは、ヒスイさんから経営の手ほどきを受けているようだ。
二人は彼の話しを熱心に聞き、自分の知識にしようと努力している。アイは戦闘マニアだが、今でもお店を作る目的を持っていたんだな。まあ、ここまで来たんだ。あと少しだろう。
【ディープガルド】時刻の朝8時。話を終え、俺たちは旅を再開する事になる。
昨日、俺はこのヴォルカン山脈でレベル31となっていた。敵が頑丈で、レベル上げの効率がいいダンジョンとは思えない。早急に突破したいところだ。
「んじゃま、おおきにー! きいつけてーな」
「貴様も気をつけろよ……!」
アイとルージュはヒスイさんに手を振る。これで、彼とは当分会うことはないだろう。
やがて、ミミさんたち【ROCO】のメンバーも、俺たちに別れを告げた。
「では、私たちもエスケープの魔石でダンジョンを出ます」
「楽しかったっすよー。また、機械製作の手伝いよろしくっす!」
そういえば最近、イリアスさんの手伝いをしていないな。また、次の機会に協力したいところだ。
アルゴさんともここで別れる事となる。彼は今後も【ダブルブレイン】について調査を行ってくれるらしい。
「あー、レンジ。俺も色々と調べておくぞ。少し、引っかかるところがあるからなー」
「……引っかかる事?」
「ゲームの中じゃなくて、現実のプレイヤーは【覚醒】の操作でどうなってるかって事だ。作った記憶を入れ込むらしいが、それはゲーム上のもう一つの脳であるダブルブレインに入れ込むって事なのかどうか。んー、まあ説明が難しいから、調査結果が出てから報告するぞー」
何を言っているのかよく分からないが、彼なら答えを導き出してくれるだろう。とりあえず、結果が出るまで待つしかないな。
【ROCO】メンバーの四人は、エスケープの魔石を使ってダンジョンを脱出する。しかし、その時だ。俺の体に不穏な感覚が走った。
消えていくアルゴさんの背中がどこか遠く思える。何だこの感じは……
「レンジさん、どうしました?」
「いや、何でもない……」
心配するアイを振り払い、俺は山岳の道を歩き出す。まだまだ、スカーレットの街は遠いんだ。こんな所でぐずぐずしてはいられないな。
洞窟から出たことにより、ようやく【起動】のスキルを使用できる。俺はさっそくロボットに乗り込み、巨大なゴーレムやトロールを薙ぎ払っていく。
力強いが動きが大雑把なので、空中を飛ぶデスコンドルやハーピィにはめっぽう弱い。だが、地上戦だったら負ける気がしない。ゴーレムの拳もトロールの棍棒も纏めて鉄の体で受け止め、さらに【解体】のスキルによって返り討ちにする。
余裕があるので、新たに覚えたスキルをここで試してみた。
「スキル【光子砲】」
ロボットの胴体から放たれたのは、スキル名と同じレーザー砲。それによってデスコンドルを撃ちぬき、ダメージを与えた。
このスキル、効果は普通の光属性ダメージだが他にも特性がある。普通スキルを使うためにはPPを消費するのだが、このスキルはMPを消費して放っているのだ。機械技師はINT(魔法攻撃力)のステータスが恐ろしく低いので、MPが腐ってしまう。それを対策するためのスキルなのだろう。
山道を進んでいくと、再び洞窟が見えてくる。山道ステージはここで終わり、また洞窟ステージに戻るというわけだな。
しかし、そんな時だ。アイとヴィオラさんが突然足を止める。どうやら、何者かの気配を感じ取ったようだ。
二人は周囲を見渡し、その何者かの姿を探す。ここに来るまでずっと後を付けられていたらしい。
「ストーカーはいただけないわね。出てきなさい」
彼女たちは【気配察知】のスキルを持っていない。尾行者の存在に気づいたのは、経験と言ったところだろうか。まあ、それにしてもスキルを持っている人には劣るだろう。
ヴィオラさんの声を受け、岩陰から一人のプレイヤーが姿を現す。金色の長髪に青いベレー帽をかぶり、同じく青い瞳をした女性プレイヤー。腰には安物の銃を装備し、彼女が銃士であることが分かる。
「女性ですね……」
「な……何者だ貴様……!」
リュイとルージュの声を聞くと、ベレー帽の女性は周囲を見渡す。どうやら、自分の事だとは思っていないらしい。
「あんたよ! あんた! 他に誰がいるの!」
ヴィオラさんの突っ込みにより、ようやく彼女は自分の事だと気づく。
女性は口を曲げ、不機嫌そうに俺たちを睨みつける。このぶっきらぼうで愛想のない感じ。何か、どこかで会ったことがあるような気がするな……
名前の確認も兼ねて、フレンド登録画面を確認する。彼女の名前はアスール。聞いたことのない名前なので気のせいのようだ。
彼女はルージュの質問を受け、それに答えようとする。しかし、声が出ないのか? 真面に返答しようとはしない。
「とお゛……げほっ! げほっ! トオリスガリデス」
「怪しすぎますね……」
某夢の国のネズミのような裏声で、アスールさんは自らを通りすがりと言う。今まで数々の変人たちと会って来たが、その中でもトップを争うほどの変人だと察しが付く。
だが、こう惚けられてしまったら仕方がない。ヴィオラさんは大きくため息をつき、彼女を無視して洞窟へと向かう。
「あー、もう良いわよ! 通りすがりね! 分かったわ! さようなら!」
俺たちはギルドマスターの後に続き、洞窟へと向かう。しかし、その後ろから、アスールさんがこっそりついて来た。
いったい何なんだよ……再びヴィオラさんが突っ込む。
「何で付いてくるのよ!」
「げほっ! ドオリスガリデス……」
「それはもう良いわよ!」
もしやこの人、かなり危ない人ではないのか……
一見美人そうに見えるのだが、中身の方は色々とあれだ。俺は怪しく思い、アスールさんの顔を覗きこんだ。すると、彼女はすぐに視線を逸らし、ベレー帽で顔を隠してしまう。いっそう怪しい……
だが、誰とも仲良しのアイが彼女を受け入れようとする。本当にこいつは、頭の中がお花畑だなおい。
「多分、同じ場所を目指しているんですよ! そうに違いありません!」
ヤバい予感しかしないんだがな。それに、やっぱりこの人どこかで会ったような……
しかし、ルージュも彼女を受け入れ、ヴィオラさんはギルド入りを期待する始末。このギルドちょろすぎだろ!
俺とリュイは二人で大きくため息をつくのだった。




