89 浪速宝石商人
ヴォルカン山脈の洞窟を進み、俺たちは荒野の街スカーレットを目指す。
もっとも、バルメリオさんは【ドレッド大陸】に向かったという情報しかないため、本当にその町にいるかどうかは不確定だ。まあ、拠点となる街はあるだろうし、今は進むしかないな。
俺はジャストガードによって岩の巨人、ゴーレムの拳を弾き飛ばす。このダンジョンのモンスターは全体的に遅く、ジャストガードが狙いやすい。
出てくるモンスターは、毎度おなじみコウモリ系モンスターのジャイアントバット。二足歩行の豚さんオーク。パワーバカな巨人トロール。堅い岩石の体を持つゴーレム。そして、出来れば倒したくない可愛らしい子犬コボルトだ。
戦闘を行いながらも、俺はアルゴさんに敵組織の情報を伝える。約束通り、次は彼が話す番だ。
「んー……まあ、そっちの事情は把握した。じゃあ、今度はこっちの番だな。数日前、俺たち【ROCO】にコンタクトの魔石で救難メッセージが入ったんだー」
「へえ、誰からです?」
「それがおっかなびっくり、【7net】のヒスイだったんだよなー」
このゲームには魔石というアイテムが存在し、使用することによって一定効果の魔法を発動できる。俺も街の移動が出来るワープの魔石を何回か使っていた。
コンタクトの魔石を使えば【交信魔法】コンタクトが発動され、他プレイヤーと会話が可能だ。これにより、ヒスイさんは【ROCO】に助けを求めたのだろう。
アルゴさんは大型の銃を掃射し、オークを次々に撃ちぬいていく。俺よりもはるかにレベルが高いのか、モンスターは一撃で消滅してしまった。見惚れる俺を尻目に、彼はさらに言葉を続ける。
「ヒスイはエルブでの事件がどうたらと濡れ衣を着せられ、同じ【7net】のメンバーからギルドを追放された。それからなんだよなー、【ゴールドラッシュ】と衝突が激しくなったのは」
「……ヒスイさんは無事なんですか?」
「無事だから、ここヴォルカン山脈で俺たちを待ってるって事だな」
どうやら、ヒスイさんは街で待っているわけではなく、このダンジョンの奥で待っているらしい。恐らく、彼を追い出した【7net】のメンバーに追われていると見て間違いないだろう。
アルゴさんはドリルアームのアイテムを使い、ゴーレムの装甲をぶち抜く。それに合わせて、俺もスパナによる連撃を繰り出していった。
「んー、お前の話しと合わせると、【7net】は完全に【覚醒】持ちに乗っ取られてるなー」
「追放されたヒスイさんは、逆に幸運だったかも知れませんね……」
完全に【7net】は敵の手中に落ちたと予測できる。思えば、バルディさんもあの時点で既に【覚醒】のスキルを持っていた。【ゴールドラッシュ】との衝突といい、敵からの集中攻撃を受けた結果がこれだろう。
【7net】は攻略することを目的としていないお遊びギルドだ。登録人数が多く、実力も他より劣るので、格好の的になってしまったというわけだな。ヒスイさんも災難なものだった。
アルゴさんは会話をしながらも、機械アイテムを使って次々にモンスターを倒していく。しかし、ここでヴィオラさんからのストップが入った。
「ちょっと! 貴方は強すぎるから手を出しちゃダメよ! ゲームにならないじゃない!」
「あー、すまん」
やはり、アルゴさんのレベルは俺たちより遥かに上らしい。アイテムの威力はレベルに左右されないが、動きが速いので次々に使用できる。このダンジョンがヌルゲーになるのも当然だろう。
ここ数日、ハードなレべリングを熟している事もあり、第一陣プレイヤーに追いつくほど俺たちは強くなっていた。だからこそ、四つ目の大陸である【ドレッド大陸】を進むことができたのだ。
しかし、アルゴさんはそんな俺たちよりもはるかに強い。第一陣から休まずにプレイした廃人勢と見て良いだろう。
「アルゴさんは、ギルドマスターのミミさんより強いんですね」
「当然っすよ。アルゴ先輩はずっと生産ばかりしてるっす。このゲームはアイテムを作れば、経験値が入るっすからね」
そう言えばそうだったな。イリアスさんの言うように、生産特化のプレイでも、ひたすらに極めれば大量の経験値が手に入る。アルゴさんはそういうプレイヤーなのだろう。
しかし、ミミさんの方が弱いのは意外だ。彼女はギルドマスターなので、もっと高レベルになっていると思っていた。俺たちと大差ないのはどういう事なのか。
「ミミさんたちは生産でレベルが上がらないんですか?」
「私たちは生産市場ギルド。生産で経験値を手に入れることは出来ますが、市場の方で増えるのはお金だけです。ギルドマスターの私は、店舗経営で忙しいんですよ」
なるほど……唯でさえ生産でのレベル上げは非効率なのに、市場操作にも時間を使えば弱いのも当然だ。彼女たちの目的は、あくまでも生産ランキングでの上位なのだから。
それにしても、あのおバカなミミさんが経営活動をしているのか……【ROCO】は比較的まともなギルドだと思っていたが、とんでもない裏事情が見えてしまった。
俺たちの会話を聞いたルルノーさんが、こちらに興味を示す。彼は生産職のアイにある提案を促した。
「今から接触する【7net】のヒスイさんは、特に市場関係に力を入れている商人です。今後店舗を開くのなら、彼の意見を参考にされたらいかがでしょうか?」
「それは素晴らしいですね! 私、絶対ヒスイさんから色々聞きますよ!」
商人、戦闘や生産より経営や販売が得意なジョブだ。戦闘ではアイテムやお金を使いこなす独特な動きをし、お金さえあれば理論上最強とも言われている。
アイテムを使うという点では錬金術師と似ているな。そう言えば、ルルノーさんは戦わないのだろうか。錬金術師は薬や魔石を使いこなして戦えるジョブと聞いているが。
「ルルノーさんはレベルが高そうですけど、やっぱり強いんですか?」
「残念ながら、レベルはあっても戦闘経験がありません。能力によるゴリ押しなら出来ますが、それでは迷惑なので控えさせてもらっています」
なるほど、戦闘に全く興味なしという事か。レベルが勿体ないような気がするが、生産特化のプレイヤーとはこういうものだろう。
そう言えば、ルルノーさんはダイブシステムの研究としてこのゲームをプレイしていると言っていた。当然、このデータ世界の知識も豊富に持っているはずだ。
【ダブルブレイン】のこと、彼なら何か知っているかもしれない。近いうちに、話しをするのも良いかもしれないな。
【ディープガルド】時刻の5時。俺たちは洞窟を抜け、ヴォルカン山脈の山道ステージへと移る。
新たに現れたのは、鳥形のモンスターキラーコンドルと、翼をもった色っぽい女性ハーピィだ。
ハーピィは誘惑の状態異常攻撃を使うが、状態異常耐性を極めた俺には無意味。ミミさんとルージュが食らってメロメロになっているが、当然スルーする。食らった方が悪いな。
やがて、山道の桟橋を渡り、大きな滝の前に出る。水しぶきがあたり一面に広がり、マイナスイオンが溢れ出ているような感覚だ。桟橋の上から見える滝は絶景で、こういう山のダンジョンも悪くはない。
どうやら、ここが待ち合わせの場所のようだ。少し待機していると、俺たちの前に一人の男性プレイヤーが姿を現す。
「ミミやん、待っとったよ。なんぞ、予定よりようけ来たな!」
「こんにちは、彼らは途中でお供しました」
アラビアンハットを被った褐色肌の男。至る所に宝石を身に纏い、胡散臭いえせ関西弁を喋っている。こういう切っ掛けがなければ、まずお近づきになる事はないだろう。
しかし、彼は【7net】のギルドマスターであるヒスイだ。かなりの廃人プレイヤーで実力も高いので、一応ヴィオラさんは自己紹介をする。
「私はギルド【IRIS】のギルドマスター、ヴィオラよ」
「いりす……聞かへん名前や。いつ作ったんや?」
「一ヶ月前ぐらいかしら。今後ともよろしくね」
「よろしゅうなー」
胡散臭いが悪い人ではなさそうだ。彼は大笑いをしながら、自らの境遇を話していく。
「いやー、ほんまに助かった助かった。 敵も味方も分からん状況で、頼れるんはミミやんだけやったん」
全然笑えない状況だな……ここまで無事だったのが奇跡のようなものだ。
しかし、油断は出来ない。彼が【覚醒】持ちならこちらの身に危険が及ぶ。失礼だが、確認だけはした方が良いだろう。
「あの、失礼ですけど【覚醒】のスキルは持っていますか?」
「それそれ! そのスキルのせいでわい、命からがらここまで逃げてきたっちゅうわけや」
「つまり無事であると」
こっちの質問に答える気はないらしい。しかし、だいたいの状況は読めてきたぞ。
彼は仲間に追われる原因となったのが、【覚醒】のスキルだと知っている。流石は情報掲示板ギルドだ。敵の存在を認識しているのなら、ここまで逃げきれたのも納得できる。
現状、取り残されてるのは生産市場ギルド【ROCO】だけか。状況を理解していないミミさんは首を傾げ、ルルノーさんは興味津々に会話に入ってくる。
「【覚醒】……使用すればバーサーク状態になり、全てのステータスが上昇するスキルですよね。それが何か?」
「最近、【覚醒】を持っているプレイヤーがバーサクで暴れているみたいだ。俺もよく知らないけどなー」
アルゴさんが適当に説明し、その場は適当に誤魔化した。戦闘が苦手なこのギルドに、物騒な話しを持ち出したくないのだろうか。俺としては、ルルノーさんに協力してもらいたいんだけどな。
だけど、彼がそういう意向なら仕方がない。【ROCO】の協力は諦めて、他を当たるしかないだろう。
だが、話すべき事は話しておく。俺は【覚醒】のスキルを持っているので、後に話がややこしくなるのは御免だ。
「僕も【覚醒】のスキルを持っています。でも、【状態異常耐性up】のスキルを鍛えて対策しているんですよ。出来れば、他のプレイヤーにもバーサク対策を促してほしいです」
「分かりました。考えておきます」
「わい、仲間全滅してもうたわ。しゃべる奴がおらへん!」
ミミさんは俺の言葉を聞き入れ、ヒスイさんは全く笑えないジョークをかます。これで、少しでも被害を減らすことが出来ればいいのだが、難しいだろうな。
俺の境遇に興味津々なルルノーさんは、熱心にメモを取っている。やがて、彼は一つのアドバイスを導き出した。
「なるほど、【覚醒】は使用スキルです。使えば使うほどに成長していきます。【状態異常耐性up】のスキルをもっと鍛えて、用心に越したことはないと思いますよ」
「レンジ……! ボクとの約束は終わりだ! 用心しとけ!」
ルルノーさんの言葉を受け、ルージュがすぐに気を使ってくれる。あんなに自分勝手だった子が、気配り出来るようになったんだな。先輩としては実に嬉しい。
俺はこのアドバイスを受け、【状態異常耐性up】のスキルを再び鍛えることにする。【防御力up】のスキルは充分強くなったので、当分はノータッチで行くつもりだ。
戦闘マニアのアイは少し残念そうな顔をしている。まあ、対人戦ではあまり使えない【状態異常耐性up】は、彼女にとって不必要なものだろう。
しかし、自分の身を守るためにも、これは譲れない。俺は初めからこのスキル一本なのだから。




