08 一日の終わり
俺はアイにお返しのプレゼントを買うために、武器防具屋へと向かう。もちろん頭には、あの猫耳バンドが装着済みだ。
このゲームはキャラクターメイキングによって、獣人のようなアバターを作ることが出来る。なので、この猫耳もそこまで目立つ装着品と言うわけでもない。恥ずかしいと思っているのは、付けてる自分だけなのだ。
俺は自分の所持金を確認する。草原でモンスターを大量に狩ったこともあり、安物のアクセサリーを買うお金は充分にあった。アイもそうやって、この猫耳バンドを買ったのだろう。
さて、何を買えばあいつが恥ずかしがるか。そう考えている時だった。
「お……おい、貴様止まれ……!」
突如、後ろから何者かに呼び止められる。
特に呼び止められる理由などないのだが、無視をすればまた怒られるかもしれない。なので俺は、渋々後ろへと振り返る。目線の先に立っていたのは、小中学生ほどの少女だった。
「しょ……少年よ……! ほ……星は何故輝いていると思う……!」
どこかで聞いたことがある質問だ。流行っているのか?
口を三角に尖らせたジト目の少女。星の模様の入った三角帽子に、同じく星の形をした杖。ローブを着ているのだが、低い身長のため、裾を完全に踏みつけている。その見た目は完全に魔道師だ。
俺は彼女の質問に対し、先ほど聞いた答えをそのまま返答する。
「……俺たちの進むべき道を示しているから?」
「……!? え……? えーと……そうだ、その通りなんだ!」
どうやら正解の答えだったようだが、何故か物凄く焦っている様子。もしや、外してほしかったのか? そういうマニュアルだったのか? 考える俺などお構いなしに、少女は会話を続けようとする。
「う……宇宙の誕生は……」
「その話しなら知ってるよ」
「……!? え……? えーと……」
やはりマニュアルか。全く同じ話しをされても困るので、俺は彼女の言葉を遮った。だが、少女は少し考えると、再び口を尖らせ、言葉を連ね始める。
「ほ……星が強大な重力を持った時……! 重力が崩壊した球体は、形を保つことが出来ず中心へと縮んでいく……! ただ一点に残った莫大な重力を持つその存在をブラックホールと呼ぶのだ……!」
「それはどういう……」
「黙れぃ! 意味などないわ……!」
まさかの別バリエーションかよ! そして、それに乗っかる俺自身が怖い。
自分の話したいことを話せたからか、彼女は非常に満足げな表情をする。やがて、ようやく本題の話しに移っていった。
「あの……ぼ……ボクの師匠を知っているか! 髪は銀色で……目がキラキラしてる師匠だ!」
どう考えてもあの人だよなあ……あの人、幼気な少女になんてことを教えているんだ。
特に嘘を言う理由もない。俺は自分の知っている事を彼女に話した。
「今日、この街で会ったよ。でも、あれから結構経ってるから、今は分からないな」
「そ……そうか……! すまなかったな……!」
彼女は意外にも素直にお礼を言うと、その場から駆け足で離れていく。しかし、途中で何かを思い出したのか、突如足を止め、こちらを振り向く。そして天を指さし、大声で叫んだ。
「す……全ては星々の瞬くままに……! 銀河ぁ!」
若干のテレが見える。無理なら止めておけばいいのに……
少女は決め台詞に満足し、再び駆け足で走り出す。彼女と銀髪男はいったいどいう存在なのか。謎は深まるばかりだった。
俺は目当てのアクセサリーを手にし、アイとヴィオラさんの元に戻る。
ラッピングをする技術を持っていないため、買ったままの状態で渡すしかない。まあ、下手に手を加えれば、その分渡すのが恥ずかしくなる。男のプレゼントなど、こういう形で良いのだ。
俺はぶっきらぼうに、アイにアクセサリーを手渡した。
「こ……これは……」
「お返しのプレゼントだ。お前は女の子なんだし、防御力が必要だろ?」
濃い青色をした大きなリボン。付ければ相当に恥ずかしい代物だ。
効力は単純に防御力のアップ。典型的な序盤の装備だが、女性にしか装備できないというデメリットがある。
アイは貰ったアクセサリーを嬉しそうに抱きしめた後、すぐにそれを頭の上に装備する。若干、オーバーなリアクションだが、感情豊かな彼女らしくはある。
「レンジさん……ありがとうございます! とっても、とっても嬉しいです!」
「そ……そうか、良かった」
素直に喜ぶアイを見て、少し自分が情けなくなる。女子はこういうの、恥ずかしいと思わないんだよな……
本当はもう少し困惑してほしかったのだが、こうして喜んで貰えるのも何故か嬉しい。
笑うアイと、そんな彼女に素直になれない俺。二人で少し良い雰囲気になっていると、急にヴィオラさんが騒ぎ出す。
「かーっ! ぺっ! ぺっ!」
「どうしたんですか、ヴィオラさん」
「良いわよねー青春。反吐が出るわー! けっ!」
「見苦しいですよ……それに、俺たちはそんなんじゃないです。これは親睦の証ですよ」
意図しないプレゼント交換に、焼いている様子のヴィオラさん。お姉さんの嫉妬ほど悲しい物はなかった。
彼女の心情を察したのか、アイは両手を合わせ、ある提案をする。
「そうです! 今度はヴィオラさんにも何か買いましょう! 可愛いアクセサリーを!」
「それは名案だ。先輩にとっても似合う、最高に可愛い代物を用意しよう」
「ごめんなさい。私が悪かったです」
俺とアイがプレゼントする物など、恥ずかしい物に決まっていた。全力で拒否するのが正解だろう。
ヴィオラさんは誤魔化すかのように、マスターらしく仕切り始める。
「さーて、あたりも暗くなってきたし、そろそろ解散しましょうか」
「も……もう終わりですか! うー、残念です」
【ディープガルド】時刻で8時、現実では11時だ。明日は学校もある。当初の予定通り、この時間で終わらせるのが無難だった。
この一日、何だかんだあって、俺たち三人の絆は少しづつ強まっている。 捻くれ者の俺、純粋無垢なアイ、世話焼きのヴィオラさん。この三人の相性は、そこまで悪くないようだ。
「じゃあ、明日の現実世界での8時。この噴水広場で集合しましょう。丁度、【ディープガルド】時間で朝の8時からスタートよ」
彼女は人差し指を立て、続ける。
「王都ビリジアンまでは距離があるわ。途中で農村の村エルブを中継する形にしましょう」
「分かりました」
この町の外に広がるセラドン平原は、大陸全土に広がっている。遥か北の方角にある王都ビリジアンまでは、かなりの道なりになるだろう。
明日はさらに気を引き締めなくてはならない。全てはエルドに出会うという目的のためだ。
俺たち三人は、それぞれログアウトの機能を使用する。このゲームは戦闘時以外であれば、好きなタイミングでログアウトが可能。ただし、再びログインする時は最後に入った街や村でスタートとなる。今回の場合は、このエピナールの街がスタートだ。
「じゃあ、おやすみー」
「おやすみなさい」
「おやすみです」
三人はそれぞれ別れの挨拶をし、この世界を後にする。何だかとても、充実した3時間だった。いや、12時間か……
ログインした時と同じように、俺の体は徐々に消え、その意識も薄れていく。正確には、意識を取り戻すと言った方が正しいのかもしれない。なぜなら、ここはあくまでも深層心理の世界なのだから。
3時間という時間を経て、現実世界の俺は意識を取り戻す。
ログインした時と全く同じ状況の部屋。目の前にはパソコンの画面があり、俺の座る椅子の周りには読むのを放棄したゲームの説明書が広がっていた。
俺はヘッドホンと同じような形のヘッドギアを外し、少しの間ぼーっとコンピューターの画面を見る。
「頭くらくらする……」
こんなに重いヘッドギアを付けて、3時間放心していたのだ。体に負荷がかかるのも無理はない。
それ以前に、散々脳を弄られている。もしかしたら、その影響があるのかもしれない。うん、怖すぎだ。
俺は今日一日を振り返り、明日行う事を再確認する。
「アイと一緒にヴィオラさんのギルドに入って、明日は王都のギルド本部まで冒険。よし、結構覚えてるな」
現実世界に【ディープガルド】の記憶全てを持ち込むことは出来ない。だが、必要な情報はしっかりと覚えている。忘れたのはどうでも良い記憶、たとえば昼食でアイとヴィオラさんが食べた料理は全く覚えていない。
記憶の操作、精神のデータ化、いまだに理解は追いついていない。だが、今はそんな理屈など、どうでも良かった。これは俺のけじめ、どんな苦行も甘んじて受け止めなければ……
「蓮二にい」
「うわ……! 桃香かよ……勝手に部屋に入るな!」
「別にエロ本とか、何とも思わないから」
「いや、そうじゃなくて……」
突然、人の部屋に入ってくる妹の桃香。俺にプライバシーという物はないのかよ畜生。
正直な所、俺はこいつが大の苦手だ。小さいころ、妹のこいつから逆に虐められるという屈辱を味わっているので、そのトラウマがぶり返す。何より偉そうなのが気に入らない。
桃香は俺が今まで使っていたヘッドギアとゲームに、何やら興味を抱いているようだ。
「それ、どうしたの?」
「貰ったんだよ」
「誰に?」
「御剣さんから」
もう、あの人の家に、このゲームは必要ない。誰も使わない物を、知り合いの俺に譲ってくれたのだ。
かなり高額な物だ。売ればそれなりのお金になるだろう。しかし、それでもこれを俺に譲ってくれたのは、感謝の気持ちなのかもしれない。
とても心が痛む。感謝されるどころか、恨まれなければならない立場なのに……
「御剣さんの家、大変だね……」
「……ああ」
場の空気が一気に重くなる。桃香も、御剣さんも、俺とあの事件の関係性を知らない。
俺は卑怯者だ。誰にも話さず、罪から逃げ出した。最悪のペテン師だ……
「風呂入る」
心苦しくなり、逃げるようにその場から離れる。正直、この話には触れてほしくなかった。
【ディープガルド】……このゲームは今の俺を変えてくれるのだろうか。前進する勇気を与えてくれるのだろうか。答えが出るのは、まだまだ先の話しだった。
【ディープガルド】のどこか遠くの街。白い雪の降り注ぐ極寒の地。その場所に大きな城があった。
闇に包まれた深夜。城のバルコニーで、一人のプレイヤーが佇む。
フードをかぶり、赤いマフラーを付けた盗賊職の女性。右の瞳は赤、左の瞳は青のオッドアイだ。
そんな彼女に一人の男が大声を上げる。
「姉ちゃーん! イデンマ姉ちゃーん!」
フカフカな獣の被り物をした可愛らしい少年。腰には弓、背中には矢を立てる筒が装備されている事から、そのジョブは弓術士だと分かる。
彼は無邪気に、あざとい仕草で女性にすり寄った。
「やっぱりあいつ、ログインしてたよ。英雄様の言うとおりだ」
「リルベ、お前の【鷹の目】には助けられる。調査、ご苦労だったな」
「はいはーい」
リルベという少年は、目の上に手を当て、周囲を見渡す。
「マシロ姉ちゃんはー?」
「仕事だ。ヌンデルの奴が非協力的だからな。そのサポートだ」
「あーあ、ルルノーのおっさんも忙しそうだし、退屈だなー」
同じ組織のメンバーは全員が仕事。少年にとってこれほどつまらない事はないだろう。
そんな彼にイデンマという女性は、ある仕事を提示した。
「安心しろ。一つ大きな仕事がある」
「仕事?」
「ああ、プレイヤーに印を刻む。そのために、以前に仕込みをしたあいつを使おうと思ってな」
リルベは可愛らしく考える仕草をし、何かを思い出そうとする。だが、本気で思い出そうとはしていない。実際の所、彼にとって他人などどうでも良い存在なのだから。
「あー、誰だっけ。あの優男」
「誰かはどうでも良い。自警ギルド、【ゴールドラッシュ】に手紙を送っておけ」
オッドアイの女性、イデンマは邪悪に笑う。
「近日中に、エルブの村は火の海と化すとな」
「おっけー、了解」
それを快く引き受けるリルベ。彼にとってこれは祭り、断る理由などなかった。
雪が降り注ぐ極寒の地。ここは雪と氷の大陸【インディ大陸】、最果ての街スマルト。上位のプレイヤーのみが訪れるこの場所で、大きな陰謀が渦巻いていた。