88 炭鉱の大陸へ
俺たちは【ドレッド大陸】に向かうため、一度【イエロラ大陸】のエンダイブにワープする。
【ドレッド大陸】は【イエロラ大陸】と陸続き。汽車を使えば、一気に移動することが出来るだろう。
しかし、俺たちは討伐依頼を全く熟していないので、許可書が下りない。初期の状態で移動できる【イエロラ大陸】とはわけが違った。
当然、移動手段は徒歩しかない。山を一つ超える必要があるが、まあ仕方ないな。ヴィオラさんは日差しを手で遮りつつ、街の外へと歩いていく。
「相変わらず、【イエロラ大陸】は暑いわね……」
「また砂漠越え……」
ルージュはうんざりしているが、これも修行だ。サンビーム砂漠のモンスターは、今となっては雑魚ばかり。次に控える山越えが重要だな。
「【ドレッド大陸】の入り口に立つヴォルカン山脈。奥に進まなければ、大したダンジョンじゃないわ。ぱぱっと突っ切りましょ」
意外にも山のダンジョンは初めてだな。ステージ4は山ステージということだろう。砂漠よりマシだが、これも結構キツそうだな。まあ、このゲームに疲労はないのだが。
俺たちが砂漠に歩み進めると、女ノランがそれを止める。どうやら、彼女はこの冒険に付き合えないらしい。
「ノランちゃん、今日は用事があるからここに残るよ。後で追いつくから、先に行っててね」
「分かったわ。でも、用事って……」
ヴィオラさんが詳しく聞こうとすると、ノランは突然走り出す。そして、こちらに振り返って一言だけ叫ぶ。
「乙女のヒ・ミ・ツ!」
「おと……め……?」
性別不明だが、まあ乙女という事にしておこう。しかし、どうも怪しいな……
すでにログインしたという事は、この世界での用事ということだろう。また、ライブか何かだろうか。
まあ、どうでもいい事だろう。俺はそれ以上気にすることなく、ヴィオラさんの後に続いていった。
俺たちはモンスターから逃げつつ、サンビーム砂漠を北に進む。このメンバーで旅をするのは、何だか久しい感じだ。
途中、【イエロラ大陸】の三遺跡であるエクリュ遺跡の位置を確認する。ここは倒壊した古代の遺跡のようなダンジョン。内部を進む他のダンジョンとは違い、外部を進むようなデザインだ。
いくつもの石の柱が立ち並んでおり、何本かは倒れて砂に沈んでいる。ミステリアスな砂漠とマッチしており、結構好みのダンジョンだった。
「今日は行かないわよ。またいつかね」
「レベリングをするには少し遠いですね」
街から遠いし、不人気ダンジョンだろう。【イエロラ大陸】の過疎化が心配になってくる。
だからこそ、他プレイヤーとの接触にはすぐに気づく。特に、それが知り合いなら一発で認識できるだろう。
「みんなー! お久しぶりっすー!」
「イリアスさん!」
ゴーグルを付けた褐色肌の女性。生産市場ギルド【ROCO】の機械技師、イリアスさんだった。
彼女の横には同じ機械技師である武将髭の男、アルゴさんも付いている。しかし、彼ら以外にも意外な人物が二人いた。
一人は【ROCO】のギルドマスター、麦わら帽子の農家ミミさん。もう一人は、眼鏡をかけた錬金術士ルルノーさんだった。
「こんにちは」
「お知り合いですか。これはまた面白い。私は科学者ですけど、運命というものを感じてしまいますね」
相変わらずドライなミミさんに、喋りまくるルルノーさん。どうやら、彼は【ROCO】のメンバーだったようだ。
ルージュは真っ先に、貰った薬のお礼を言う。あれのおかげでこいつは助かったからな。
「く……薬ありがとう……! 助かったぞ!」
「いえいえ、お役に立って良かったです」
何という聖人だ。笑顔が非常に眩しい。
それにしても、なぜ【ROCO】のメンバーがエクリュ遺跡に訪れているのか。本部のエンダイブに近いので不自然ではない。しかし、どうにも気になってしまう。
毎度おなじみだが、俺より先にアイが疑問を投げた。
「こんなところで何をしているんですか? アルゴさんたちは【グリン大陸】駐在ですよね?」
「んー? ちょっとした取引だ。俺とイリアスは護衛なー」
だらけた態度でアルゴさんが答えるが、あまり答えになっていない。ヴィオラさんが更に踏み入って詳細を尋ねる。
「ふうん、誰と取引? なんでエクリュ遺跡に来たの?」
「ここに来たのは私の趣味です。すぐにでも【ドレッド大陸】に向かって、【7net】のヒスイさんと接触しますよ」
ルルノーさんが言うには、ここに来たのは俺達と同じ寄り道らしい。そして、目的地も同じというわけか。
そうなれば、当然一緒に行く流れになるだろう。アイがこのチャンスを見過ごすはずがない。
「丁度いいです! 私たちも【ドレッド大陸】に行くんですよ! 一緒に行きましょう!」
「んー? 俺は良いがギルドマスター判断だなー」
そう言って、アルゴさんはミミさんに判断を仰ぐ。彼女は麦わら帽子で砂漠の風を防ぎつつ、アイの提案に許可を出した。
「かまいませんよ。では、行きましょう」
そう言って、ミミさんは率先して砂漠を進みだす。しかし、すぐにルルノーさんがそれを止めた。
「ミミさん、真逆です」
「……!? よく出来ましたね。貴方をテストしました」
おいおい、この人は何を言っているんだ……絶対まともな人だと思っていたが、一気に雲行きが怪しくなってきたぞ。いや、方向音痴なのは仕方がないが。
しかし、それだけではなかった。ここから一気にミミさんの崩壊が始まる。その切っ掛けを作ったのはイリアスさんの一言だ。
「旅は道連れ世は情けっす! 行くっすよミミっち!」
「旅はみちず……呪文?」
駄目だこの人。ことわざを理解していない。呪文だと思ってるよ……
会話がドライだったので気付かなかったが、もしやものすごくバカなのでは……試しに、俺はミミさんに簡単な計算問題を出してみる。
「ミミさん、100×10=答えは?」
「何ですか急に……」
「良いですから」
彼女は両手の指を使って必死に計算する。物凄く焦っている様子だが、やがて正しい答えにたどり着いた。
「はっ……1000です!」
「正解」
滅茶苦茶嬉しそうな顔をするミミさん。可愛いな畜生。まさかのアホの子だったか……
そうやって見惚れていると、アイにジト目で睨まれる。待て待て落ち着いてくれ。俺は浮気なんて絶対にしないぞ……って、俺はお前の恋人じゃないからな!
「レンジ……! どうした!」
「何でもない!」
体が熱くなっていると、ルージュに心配されてしまう。今の俺は少しおかしくなってるな……
アイの好意なんて、今までは怪しくて何も感じなかった。しかし、時間がそれを変えたのだろうか。少しずつ、彼女を意識するようになってしまった。
ヴィオラさんとイリアスさんが、ニヤニヤとこちらを見ている。ものすごく鬱陶しい。
「さあ、早く行きますよ! 山越えは大変ですから!」
この火照りは砂漠の暑さによるものだ。そういうことにしておこう。
俺たちギルド【IRIS】はギルド【ROCO】と共にヴォルカン山脈を目指すのだった。
【ディープガルド】時刻の12時。ようやく俺たちはサンビーム砂漠を超え、【ドレッド大陸】に足を踏み入れる。
一面が赤茶色の土で覆われており、地面が非常に硬い。そして、目の前に広がるのは広大な山脈。木々は一切生えておらず、まるで巨大な岩の絶壁だった。
「山は山でも日本のとはまるで違うな……」
「まさに、山脈という見た目ですね。あそこにトロッコの線路がありますよ」
リュイが指差した先には、錆びた線路が敷かれている。まさか、乗る流れになるんじゃないよな? ガタガタに見えるし、線路が繋がっている保証もない。本当に勘弁してもらいたかった。
イリアスさんが詳しくこの山を解説していく。
「ヴォルカン山脈、【ドレッド大陸】の南にそびえ立っているダンジョンっす。鉱山としての役目は終わって、今はただの洞窟という設定っすね」
「山越えと言っても、洞窟が中心になりそうね。【ドレッド大陸】は汽車で移動したから、私もこの場所は初めてよ」
どうやら、ヴィオラさんもここは初めてのようだ。
そうなれば、詳しいのは【ROCO】のメンバーか。生産職ばかりだが、戦闘は出来るのだろうか? まあ、俺よりレベルは高いよな。
そんな事を考えていると、突然アルゴさんが俺の手を引く。そして、他メンバーのいない場所に移動し、会話を投げかける。
「レンジ、あの闇組織の話し。俺も色々と調べたぞー」
「ありがとうございます」
俺はだいぶ確信に近づいている。新たに発覚することはないと思うが、せっかく彼に話を持ち出したんだ。協力してくれるというのなら、喜んで話を聞きたい。
アルゴさんは生産市場という観点から、【ダブルブレイン】について調査していた。それは俺たちが携わらない事なので、期待が膨らむ。
「実は最近、【7net】が不穏な動きを見せてててなー。今回、この大陸に来たのもギルドマスターのヒスイと接触するためだ」
「それと闇組織……いえ、【ダブルブレイン】とどんな関係が……」
「あー、待てって。情報が被るかも知れんから、先にお前の方から話してほしい。怪しまれるから、歩きながらだなー」
そう言って、彼はミミさんやヴィオラさんの元へ戻っていく。俺も彼に続いてパーティーへと歩いていった。
アルゴさんの言い方から察するに、【ROCO】の方も敵の影響を受けているらしい。その結果、今回のようにギルドマスター自らが移動することになったのだろう。これはまた、雲行きが怪しい所だ。
ヴォルカン山脈、洞窟と山登りを交互に熟す【ドレッド大陸】らしいダンジョンだ。
まず俺たちは洞窟の中を進んでいく。道には松明が灯っており、視界はそこまで悪くない。今までのダンジョンと違って通路が狭いため、モンスターとの戦闘は接近戦となるだろう。
これは【起動】を使わない方が良いな。仲間と接触して大惨事になる事が目に見える。
当然、グレネードのような爆発系アイテムも使えない。こっちは、機械技師三人なのに上手く動けないな……まあ、このスパナで何とかするしかないな。
「レンジさん! 敵モンスターですよ」
出てきたのは槍を持った豚さん、オーク。醜いモンスターと聞いたことがあるが、安定のデフォルメデザインだ。可愛く二足歩行する豚さんにしか見えない。
接近戦が得意なリュイが前に出て、カウンタースキルによって斬りつけていく。大きな戦いでお留守番だったが、やっぱり彼は強い。頭の悪いオークの攻撃など、簡単に受けて返り討ちにしてしまう。
「スキル【燕返し】!」
相手のガードを切り崩し、そこから斬り返して一気に攻める。レベルが上がり、PPも上昇したため、消費の激しい【燕返し】の使用頻度も上がっていた。
俺もスパナで他のオークの攻撃を弾くが、精々遅延にしかならないな。まあ一応俺は盾役、敵の攻撃をいなしてリュイやルージュの攻める隙を作るだけだ。
俺たちが消費したのを見計らって、ミミさんがサポートスキルを使用する。たしか、農家は自然を操るドルイドの役割も持っていたな。
「スキル【生命の木】。木に近づけば回復します」
「ミミっち、そこ遠いっすよ……」
岩陰に隠れながら、ミミさんは地面から一本の木を生やす。しかし、イリアスさんが言うとおり、そこはあまりにも遠くて意味がない。何がしたいんだ……
アルゴさんは大きくため息をつき、俺の方へと近づく。そして、先ほど約束した通り、敵組織についての会話を再開した。
「レンジ、まずはここ数日のことを話してくれ。戦いながら、出来るよなー?」
「出来ますよ。僕が終わったら、貴方の番ですからね」
オークを倒すと今度は棍棒を持った巨人、トロールが出現する。洞窟が狭いため、物凄く動き難そうだ。しかし、こっちだって油断をする気はない。
俺は戦いながらも、アルゴさんに【ダブルブレイン】について知っている事話していく。彼は熱心に聞き、そして真剣に考えてくれた。
俺は幸運だ。周囲の人間にこれほどまでに恵まれているのは本当に奇跡だろう。この奇跡を噛みしめつつ、俺は全ての情報を話し終えるのだった。




