87 赤と青の反転
今日は金曜日、俺とアイは早めにログインし、ある作業に勤しむ。それは【グリン大陸】に戻り次第、真っ先にやろうと思っていたことだ。
昨日、俺たちはワープの魔石を使い、ギルド【IRIS】の本部へと帰還した。
人魚のビスカさんは魔法で人の姿に変わり、本部の管理を承る。ケットシーのリンゴもだいぶ落ち着き、彼女と仲良くやってくれるだろう。
このギルドはひとまず安泰。俺は俺の思うように、自分の好きなようにするだけだ。
「よし、これで完成」
ギルド本部の裏に、俺は大きな石を立てる。このゲームには彫刻や石工といったジョブはないので、あまり手の込んだ作りは出来ない。見た目は完全に唯の石だ。
しかし、俺はこれをお墓のつもりで作った。街で買った花を添え、アイと二人で手を合わせる。彼女には厄介事を押し付けてしまったな。
「悪いアイ。手伝わしちゃったな」
「いえいえ、私も無関係ではありません。これはヌンデルさん達だけじゃなく、レネットの皆さんのぶんも兼ねてるんですから!」
そう、これは【ダブルブレイン】に消されたNPCのお墓だ。この世界のNPCは人が作った存在。天国に行けるかどうかは分からない。
しかし、そんな事はどうでも良かった。ただ、心のもやもやが晴れればそれで充分だ。
「レンジさんは優しいですね」
「別にあの人たちのために作ったんじゃない。俺の心を落ち着かせるためだ」
アイにそんなことを言われるが、俺は自分が優しいなんて思わない。これは全て、自らを守るための行動。この世から消えた存在のために時間を浪費するなんて御免だった。
部活から帰ってきたリュイとルージュに合流し、俺たちはいつも通りのトレーニングに励む。
この一週間、俺は【発進】のスキルによって戦闘訓練を行ってきた。ロボットに乗ったこちらの方が圧倒的に有利なはずなのだが、アイはそれを物ともしない。特別なスキルも使わず、回避とジャストガードによってすべてを捌いていく。こいつもエルドに匹敵するほどのチートだな……
おまけに、今日のトレーニングから彼女は【使役人形】のスキルを取り入れてくる。俺も【衛星】のスキルによってNPCキャラを補助に付けるが、敵に回すと非常に厄介だ。
特に危険なのは挟み撃ち。こういう敵を相手にする時は、しっかり位置を確認しないといけないな。
ちなみにこういう支援キャラをペットキャラクターというらしい。リュイから教わったが、また一つ勉強になった。
そうやって、俺たちが訓練を続けている時のことだ。突如、ギルド本部から女性の声が響く。人魚の受付嬢、ビスカさんの声だった。
「帰ってください! 貴方にそんなこと、言われたくありません!」
どうやら、何者かと口論になっているらしい。客との喧嘩だろうか。
受付嬢になってからいきなりこれとは、彼女の性格に問題があるのか、よほど運が悪いのか。何にしてもほっておける問題でもない。ルージュが真っ先に走りだし、アイがそれに続く。
「敵襲だ……! 急ぐぞ……!」
「はい!」
いや、流石に敵だって真正面から攻めてこないと思うが……俺とリュイはやれやれと言った様子で、二人の後に続く。
最近はずっと平和だったが、また一波乱起きそうだな。今回の厄介事は穏便に解決したいものだった。
俺たちはギルドの扉を開け、中へと入る。すると、そこには免れざる客人たちが訪れていた。
強面の戦士プレイヤー数人。彼らはビスカさんを威圧し、屈服させようとしているように感じられる。暴力を振るおうとはしていないので、まあ許容範囲内の行動だ。
俺はその中で一人の男を見つける。彼は俺たちのよく知る人物だった。
「ディバインさん……!」
「お前たち、直接会うのは久しいな」
相変わらずデカくて怖い顔の人だ。こんな外見でありながら、意外にも彼は心優しい。
しかし、以前会った時とは違い、その厳しさの中に優しさを感じることができなかった。今のディバインさんはまるで別人。こちらをねじ伏せ、黙らせようとしているようにしか思えない。
「どうしたんですか、ディバインさん」
「自警ギルドの仕事だ。このギルドにバルメリオというプレイヤーが所属していると聞いてな。彼をこちらに受け渡してもらいたい」
なぜバルメリオさんを……と思ったが、すぐに理由が分かる。彼はプレイヤーキラー、PK行為を行ったこの世界での犯罪者だった。
しかし、なぜ今さらこんな事を言い出すのか。全く状況が分からない。アイは頬っぺたを膨らませ、ディバインさんの前に出る。
「断ります! バルメリオさんはもうプレイヤーキラーではありません! 過ぎたことをぐちぐち言うことは、マナー違反ではありませんか!」
「だが、彼がレッドプレイヤー扱いなのは事実。一度ペナルティを受けなければ、それが解かれないのがこのゲームのシステムだ」
以前と違い、今度はディバインさんが正論で彼女を黙らせた。
そうだ、心変わりしたからと言って今までの行為が無になるわけではない。ずっと、彼は綱渡りの状況だったのだ。そうとも知らず、俺は本当にお気楽だな……
ギルド【IRIS】とギルド【ゴールドラッシュ】が睨み合いをしていると、この事件の当事者が姿を現す。彼、バルメリオさんは素直に自らの名を明かす。
「俺がバルメリオだ。言われなくとも、俺はすぐにこのギルドを出る。こいつらを巻き込まないでくれ」
「なっ……大丈夫ですバルメリオさん! 絶対、絶対何とかしますから! そんなこと言わないでください!」
アイは必死に彼を引き留める。勿論、俺だって気持ちは同じだ。絶対にバルメリオさんを渡さない。
「ディバインさん、僕たちは……」
「敵組織に対抗したいのだろう? 私たち【ゴールドラッシュ】との関係を損なって良いのか?」
俺の言葉を遮るように、ディバインさんは非情な一言を放つ。
彼の言うとおりだ……俺は何としてでも、エルドたちの詳細を突き止めなくちゃならない。その為には、【ゴールドラッシュ】の後ろ盾が必要不可欠なんだ。
目的のために、バルメリオさんを切り捨てるのか? そんなこと出来るはずがない。だけど……
「お……お前たちと敵対しようと……! ボクたちはこいつを守るぞ……!」
「ルージュ、黙れ! 俺はお前たちに守られる気はない!」
俺が黙っている間にも、ルージュとバルメリオさんによって話は進んでいく。本当に何でこうなってしまったのか……
俺はある仮説を立てる。それを確かめるために、ディバインさんに一つの疑問を投げた。
「【ゴールドラッシュ】の誰かが、バルメリオさんを連行しろと騒ぎを起こしたのでしょうか?」
「『誰か』ではない。『誰かたち』だ」
彼と俺との間にアイコンタクトが成立する。ディバインさんも被害者だ。メンバーの圧力によって、こうせざる負えない状況になってしまったらしい。
まず間違いなく、バルメリオさんの連行を望むメンバーは【覚醒】持ち。すでに、敵の手は味方の中にまで及んでいたという事だろう。これは、ディバインさんも一層顔が怖くなるわけだ。
リュイとバルメリオさんもこれに気づく。気づいたところで、どうしようもなかった。
「【覚醒】持ちですか……」
「イデンマの奴……やってくれたな」
【ゴールドラッシュ】はレッドプレイヤーとの戦闘が多いギルド。当然、ゲームオーバーになる機会も多い。どこまで敵の手が及んでいるかは分からないが、完全に信用できる組織ではなかったという事だ。
ディバインさん、悔しいだろうな……現状、彼は敵の思うように動かされているのだから当然だろう。
「とにかくだ。このギルドを出るというのならば、すぐに連行する気はない。無関係なこのギルドに迷惑をかけてしまうのは不本意だ。よって、お前は今すぐここを後にしてもらう!」
酷い事を言っているようだが、実際はかなりのファインプレーだ。連行されることを避け、無理やりバルメリオさんを引き離すように動かしたか。
悔しいけど、俺たちにはどうすることも出来ない。バルメリオさんは黙ってここを後にしようと動き出す。そんな彼の服をルージュが掴んだ。
「バルメリオ……! どこに行く……!」
「言っただろ、ここを出るんだよ。いい機会だ。俺はイデンマの奴をぶっ倒すためにここまで来た。前の戦いの時もそうだが、お前らは邪魔なんだよ。もうウンザリだ。これで清々する……」
彼女の手を振り払い。バルメリオさんはギルドの扉を開ける。そして、捨て台詞を吐くように俺たちに言葉を放つ。
「バルメリオは二度とここには戻らない。ヴィオラの奴にも伝えておけ」
無理やりにでも彼を止めようと動き出すアイとルージュ。それを、【ゴールドラッシュ】のメンバーが強引に押さえつけた。
俺とリュイはバルメリオさんを追おうとはしなかった。無理に追えば、彼は【ゴールドラッシュ】に連行される。【覚醒】持ちがいる【ゴールドラッシュ】本部に連れて行かれて、無事であるという保証はない。俺たちはディバインさんの好意によって、こうやって引き裂かれているのだ。
甘んじて受け止めよう。だが、絶対に仲間は取り戻す。
「バルメリオさん、絆は変わりませんから」
「ちっ……」
ここを離れるバルメリオさんに向けて、俺は一言だけ言葉を投げた。彼は少し恥ずかしそうにしながら、俺たちの視界から消えていく。今生の別れではないんだ。まずはヴィオラさんやノランにこの状況を説明しないとな。
「では諸君、失礼する!」
やるべき事を終えた【ゴールドラッシュ】は俺たちに一礼する。そして、バルメリオさんに続いてこのギルドを離れていった。
目に涙を浮かべるルージュ。それを宥めるリュイ。ここ数日が平和すぎて麻痺していたが、敵は水面下で動いているんだ。一切の油断は許されない。
これで、また気を引き締める必要が出たという事だった。
現実時刻の夜8時、ヴィオラさんとノランがログインする。
俺たちは事のあらましを説明し、バルメリオさんがこのギルドを離れたことを説明した。当然、ヴィオラさんも女ノランも腹を立てるばかりだった。
「最低! 本当に最低よディバイン! 脳みそが鉄の塊なのよ!」
「ノランちゃん! ああいう男々している人は苦手だよ! 男と女は表裏一体だよ!」
「落ち着いてください。そして、ノランは黙れ」
俺はヴィオラさんを落ち着かせ、ノランの発言に突っ込む。ここで怒りをディバインさんに向けるのは流石にお門違いだろう。
こっちだって敵にやられっぱなしではない。既にビスカさんが手をまわしているのだから。
「バルメリオさんは【ドレッド大陸】に向かったと情報を得ましたよ。人魚の情報網、侮るなかれです」
ケットシーのリンゴを抱っこしながら、彼女はそう俺たちに伝える。本当にNPCの情報網は素晴らしいな。こういう部分はプレイヤーより頼れるところだ。
【ドレッド大陸】、俺の行ったことのない新大陸。ヴィオラさんがその説明をしていく。
「火山の大陸【ドレッド大陸】。一面が荒野と火山灰に覆われた溶岩大陸よ。バルメリオの奴が行くとしたら、荒野の街スカーレットかしら」
「スカーレットの街は銃士の聖地ですからね」
銃士の聖地……リュイの言葉から察するに、ウェスタンな街なのだろうか。
中世ヨーロッパ、アラビアン、大航海時代ときて今度はウェスタン。本当にこのゲーム、世界観が滅茶苦茶で面白いな。まあ、環境の変化が辛くはあるが。
俺たちは新大陸【ドレッド大陸】に向かうことを決定する。さて、また冒険の始まりだな。




