86 やっぱり家が一番
エルドと接触してから4日。俺が初ログインして18日目。俺たちは海底の洞窟フィルン海溝と、美しい海藻と珊瑚に覆われたミヨゾティの森を中心にクエストを行う。
この【ブルーリア大陸】ダンジョンはこの二つに加えて、先日戦いの舞台となった海賊船ホルテンジアがある。まだ敵の支配を受けている事を警戒し、そのダンジョンだけは避けることにした。
今クエストを行っているのは、深海の森ミヨゾティ。【エンタープライズ】のアパッチさんが補助に付き、ハイペースでレベルを上げていく。彼自身は戦闘に参加しないが、【自動使役】のスキルでゲソスケが戦ってくれた。
「ゲソスケー、頑張れよ!」
『ゲッソー!』
墨と足を利用して、シーマンドラゴラと戦うクラーケン。どうやらアパッチさんは、彼のレベル上げをついでに行っているらしい。
マンドラゴラが放つ麻痺攻撃を物ともせず、ゲソスケは足によって器用に攻撃する。まだまだレベルは低いようだが、将来は有望だな。
「ゲソノウミがいるのに、ゲソスケを育てているんですね」
「分かってないなー。ゲソは多い方が良いだろ!」
異様なまでのクラーケンに対する拘り。いったい何なんだろうか。興味はないし、特に重要ではないのは確実。俺は話しをそれで終わらせ、完全にスルーした。
今ここにいるギルドメンバーは、アイとリュイ、ルージュの三人。ヴィオラさんたちはダンジョンの奥まで進み、高度な討伐依頼を熟しているのだろう。低レベルは低レベル同士進めるだけだ。
ヴィルパーティーとも数日前に分かれている。彼らは別の大陸に渡り、新しい旅を始めた。俺たちも負けてはいられない。
ギルド【IRIS】で他よりレベルが低いアイは、必死で追いつく。技術力は俺たちをぶっちぎっているので、レベル差は全く感じられなかった。
彼女は新しく覚えたスキルで、魚のモンスターを攻撃する。
「スキル【使役人形】!」
左手から伸びた糸で、小さな少女の人形を操る。人形は後衛で詠唱するセイレーンに体当たりを食らわし、見事にダメージを与えた。
俺は【奇跡】のスキルを使用するが、魂を感知することが出来ない。恐らく、バルディさんはこれとは別に、命をもたらすスキルを鍛えていたのだろう。
「【使役人形】のスキル、ついに覚えたんだな」
「はい! まだ一体しか操れませんし、バルディさんのように命を宿すことは出来ませんが」
俺としては命を入れてほしくないところだ。メンタルの方に大ダメージを受けるからな。
それにしても、何だか運命を感じる。俺が本気で強くなろうとした切っ掛け、それが裁縫師の【使役人形】だ。アイがこのスキルを覚えたのは非常に感慨深い。
スプリ……俺はあれから強くなった。絶対にやるべき使命を果たしてやるさ。
この4日で俺のレベルは5つ上がり30レベルとなる。一ヶ月でレベル50を超えていた上位陣は、本当に化物だな。
新しい技スキル【光子砲】を手に入れ、戦闘面でも大幅に強化される。このレべリングは非常に有意義なものとなった。
俺たちは人魚の街セレスティアルに戻り、ビスカさんの宿屋で休息を取る。この店にもだいぶ世話になったな。
ヴィオラさんと合流し、昼食を取っていると、一人の人魚が話しかけてくる。この店の店主、ビスカさんだ。
「あの……風の噂でお聞きしたのですが、あなた方はギルドを経営しているのですよね?」
「ええ、ギルド【IRIS】よ。よろしくー」
NPCが向こうから話しかけてくるのは珍しいな。何らかのイベントだろうか。
このゲームのNPCは生きているため、イベントと言っても現実と同じだ。あらゆる偶然が重なって、この状況が発生したのだろう。
ビスカさんは勇気を振り絞るように、ヴィオラさんに頭を下げる。
「お願いします! 私をギルドの受付嬢にしてください!」
俺たちは唖然とした。彼女、このギルドに受付嬢がいないことを聞いていたんだな。
いや、それよりもだ。ビスカさんはこの宿屋で働いている。何故急にこんな事を言い出したのだろうか。リュイが彼女を落ち着かせ、ルージュがその詳細を求めた。
「えっと……状況が分からないので、とりあえず落ち着いてください」
「な……なぜこうなったのか全く分からんぞ!」
急な頼みに唯々混乱するばかりだ。ビスカさんは大きく深呼吸をし、俺たちに説明していく。
「元々この街を出たいと思っていたのですが、切っ掛けがなかったのです。今はこの宿の店員としてぶら下がっていますが、これを期に陸へと上がろうと計画してました」
「でも、私たちのギルドは小さいけど……」
「全然構いません! 受付がいなければ、誰もギルドに依頼を出しませんよ? ギルドを機能させるなら、そろそろ必要ですよ?」
彼女の言う事は正論だ。ギルドはNPCの受付が、同じNPCの受付から依頼を預かる。それが張り出されることによって、ようやくクエストを受けることが出来るのだ。
この4日間は【エンタープライズ】の依頼を受けていたが、ずっとこうしている訳にもいかない。そろそろ、ギルド【IRIS】を次のステップに進める時が来た。
ここは受け入れた方が良いと俺は思う。男モードのノランが、ヴィオラさんの背中を押した。
「良いんじゃないか? 俺様、可愛い受付嬢は大歓迎だぜ?」
「うーん……金銭面でも余裕が出来たし、確かにチャンスね」
やがて、彼女は決断を下す。
「分かったわ。貴方が受付嬢決定! 猫の世話も一任するわ!」
「わあい、ありがとうございまーす!」
リンゴの飼育も押し付け、人魚のステラさんが受付嬢に決定した。
それにしても彼女、陸には上がれるのだろうか? いや、陸に上がりたいと言っているから、やっぱり上がれるんだろうな。これはゲーム、深く突っ込んではいけない。
ケットシーと人魚が入り、いよいよカオスになったなギルド【IRIS】。いや……俺たちプレイヤーの時点ですでにカオスか。真面なリュイが非常に可哀そうだった。
俺たちはステラさんを引き連れ、エンタープライズの船に移動する。そろそろ、この大陸を後にし、【グリン大陸】に戻る時が来た。それを、ハリアーさんに報告するためだ。
桟橋を渡り、甲板へと足を付ける。すると、一緒に行動していたアパッチさんが何かに気づいたようだ。
「ん……? 何だか騒がしいな」
「どうしたのでしょう」
数人の【エンタープライズ】メンバーが、甲板の上で何やらもめている。そこにはギルドマスターであるハリアーさんの姿も見えた。
俺たちは彼女の元まで歩み進める。ヴィオラさんは先輩に向かって、この騒ぎの原因を尋ねた。
「ハリアー、どうしたの?」
「侵入者だ。怪しい奴がお前たちの友人を名乗ってこのギルドに侵入した」
「怪しい人……」
残念ながら、俺たちの友人は怪しい人が多い。心当たりがありすぎて困るところだ。
恐る恐るヴィオラさんがエンタープライズのメンバーを掻き分ける。すると、そこにいたのは二股帽子をかぶった道化師。左頬には星、右頬には雫のマークをつけ、まさに怪しい人だった。
「ギルド【IRIS】の皆々様! これは随分と久しい!」
「マーリックさん!」
彼は強面の男たちに囲まれていながらも、ポーカーフェイスのまま。何という神経の図太さだ。こればかりは心から尊敬するばかりだ。
彼を取り囲むメンバーを払い、ヴィオラさんはハリアーさんに説明する。マーリックさんは敵ではない……はずだ。よく分からないが。
「この人は大丈夫よ。危害はないから」
「そうか……見るからに怪しいのだがな」
それには同意するが、そんな事はどうでも良い。なぜ、ここに彼がいるのか。
俺たちの友人を名乗ったという事は、やっぱり俺たちに用があるんだよな。ハリアーさんは威圧的な態度で、道化師に訊問していく。
「で、マーリックと言ったか。お前はここに何の用だ」
「よくぞ聞いてくださいました。実はかくかく云々、最近不穏な噂を耳にいたしまして」
「噂だと?」
彼は頭を下げると、三つのボールを取り出した。そして、それを御手玉のようにジャグリングし、緊迫した空気を和らげる。
「実はですね。ギルド【ゴールドラッシュ】とギルド【7net】が一触即発。このままでは大戦争になるのではと、巷で噂になっているらしいのです。皆さまが複雑な事情をお持ちなのは把握しておりますので、警戒だけでも促そうと思った所存。最も、この大陸に来たついでなのですが」
「ディバインと翡翠の奴が戦争だと? バカバカしい……奴らは両方とも穏健派だ」
ディバインさんは【ゴールドラッシュ】のギルドマスター。という事は、ヒスイという人は【7net】のギルドマスターだな。たぶん、この人も凄い人なんだろう。
俺はこうなった原因を知っている。恐らく、エルブの村で起きた事件、バルディさんの暴走が原因だ。
「発端はアレですか……」
「お察しの通り、エルブの村での一件が関係していますね」
こうなったのは全て、彼を【覚醒】で操作した【ダブルブレイン】が原因。俺は苦虫を噛み潰すように、その表情をゆがめた。
「バルディさんは【覚醒】持ち……くっそ、あいつらの思い通りじゃないか!」
「戦争はお祭り気分かも知れませんが、ゲームオーバーが増えるのは不味いですね……」
アイが物騒なことをナチュラルに言うが、軽くスルーする。まあ、これはゲーム。大乱闘はプレイヤーにとって、白熱するイベントのようなものだろう。
リュイは一人真面目に考える。こいつ、この歳で本当にしっかり者だな。やがて彼は、一番まともそうなハリアーさんにある提案を出した。
「ディバインさんに言って、バーサク対策をして貰えないのでしょうか」
「無茶を言うな。私にそれが出来たのは、ここにいるギルドメンバーが私の指揮下だからだ。ギルドは組織ではなく組合。【ゴールドラッシュ】の名を借りてるだけの奴が、支持に従うと思うか? くだらないと一笑されて終わりだ」
それに加え、【ゴールドラッシュ】は規模が大きい。仲間内で楽しくやっている【エンタープライズ】本部とは、根本から違っていた。
何より、こんな馬鹿げた話を信じてくれるかどうかも怪しい。【エンタープライズ】のメンバーが信じてくれたのは、あらゆる偶然が重なったからにすぎない。ラプターさんとアパッチさんが、それを詳しく説明する。
「まず信じてもらえるかが重要だよ。私たちは実際に襲われた証拠があるから、協力できたんだよ」
「見てないなら俺も信じないっすよ。つーか、信じたくなかった!」
ヌンデルさんが暴走して、この船に攻め入ったのが上手く動いた。今にしてみれば、彼のおかげで俺は敵の存在に気づいたんだ。ただ、感謝するしかない。
この状態で何をすべきか。【ゴールドラッシュ】と【7net】の対立を食い止めるのが一番だが、それも出来ないだろう。バルメリオさんはサングラスを拭きつつ、ハリアーさんの方を見る。
「同じ理由で抗争自体を止めるのも難しそうだな」
「恐らく、ギルドの中に操作を受けた【覚醒】持ちがいるのだろう。かき乱しているのかも知れないな」
先日の戦いで接触した操り人形のような【覚醒】持ち。あれが【ゴールドラッシュ】や【7net】の内部にいたら、それこそ滅茶苦茶だろう。抗争が止まるはずがなかった。
結論から言わせてもらえば、俺たちにはどうにもならない。ただ、用心を深めつつ、知り合いのディバインさんに接触するしかなかった。
「ビスカちゃんとリンゴちゃんをギルド本部に住まわせたいし、そろそろ帰り時ね。王都に戻ったら、ディバインと情報を交換しましょう」
「そうですね。やっぱり家が一番です!」
ヴィオラさんの提案にアイが同意する。こうして、ギルド【IRIS】は本部のある【グリン大陸】に戻ることになった。帰りはワープの魔石を使えば良いので、非常にお手軽だ。
さて、愛しの我が家でまた修行に励むか。今はただ、自らを鍛えるしかないのだから。




