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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
十四日目~十七日目 人魚の街セレスティアル
86/208

85 英雄は止まらない

 ヌンデルさんと別れた後、俺たちはワープの魔石を使って【エンタープライズ】ギルド本部に戻る。あれからエルドは追ってこなかった。きっと、ヌンデルさんが食い止めてくれたのだろう。

 俺はただ虚無感を感じるしかなかった。あの時は本当にどうにも出来なかったのだ。

 奴、エルドには万に一つも勝ち目はない。その強大な力を目のあたりにして、ようやく俺は敵の強大さを実感する。ゲームオーバーになってしまったラプターさんは、俺以上にそれを感じたようだ。


「うう……ハリアーちゃん、みんなごめん……私何も出来んかったよー」

「相手が悪かった。としか言いようがないな」


 自分にも他人にも厳しいハリアーさんが、今回ばかりは厳しく言わなかった。彼女は腕を組み、辛辣な表情で考え込む。現状はとにかく、このギルドを立て直すしかないだろう。

 俺はラプターさんに体調を尋ねる。心配しているのもあるが、いきなり敵の操作によって暴れられたら堪らない。


「体の方は大丈夫なんですか?」

「今のところはね。バーサク状態にならなければ、記憶の操作も無いみたいだし」


 一度のバーサクさえ回避すれば被害はないわけか。でもまあ、用心するに超したことはないだろう。

 まだまだ、敵のプレイヤー操作の詳細は未知数。バルメリオさんは、ある不審な点を気にしていた。


「しかし、今回の【覚醒】持ちは様子が違ったな。カエンのように暴走していたという感じじゃなかった」

「より正確な操作が可能になったのでしょうか……精度は確実に上がっていますね」


 まるで操り人形のようだった今回の【覚醒】持ち。カエンさんやバルディさんは、紛いなりにも不満という意思を持っていた。しかし、今回はそれすらない薄っぺらいものだ。

 精度は上がっているが中身はない。と言ったところか。


 俺とヴィオラさん、バルメリオさんは【エンタープライズ】の三人と真剣な会話をする。その横で、ノランたちギルド【IRIS】のメンバーが集まっていた。どうやら、ケットシーのリンゴに餌をやっているようだ。


「リンゴちゃん魚だよ。元気出してね」

『ふにゃー……』


 ノランから渡された魚をリンゴはむしゃむしゃ食べる。気分は沈んでいるが食欲だけはあるんだな。ルージュは喜び、彼女に構おうとするが、ハクシャがそれを止める。


「た……食べた……!」

「飯が食えれば元気百倍だな! 今はそっとしておいてやろうぜ」


 こいつ、馬鹿そうに見えて気配りが出来るんだな。地味に優秀な奴だ。

 この場にはヴィルパーティのハクシャ、イシュラ、シュトラもいる。しかしヴィルさん本人は、「巻き込まれたらたまらない」と言って退室してしまった。本当に、協力する気が全くないんだな……

 ルージュはこちらに視線を向け、ヴィオラさんに会話をふる。


「ヴィオラ……! こいつをどうするつもりだ……!」

「NPC扱いみたいだし、ギルドで管理するわ。使役士(テイマー)じゃないから、戦闘参加は無理だけどね」


 要するに、このケットシーは愛眼動物だな。今はおとなしくしてるし、俺はまったく構わなかった。

 そんなリンゴの仲間入りに対し、アイとリュイは完全においてけぼりだ。まだ彼女たちには説明していなかったな。


「それより詳細確認です! 私、全然まったく話が分かりません!」

「アイさんはまだマシですよ。僕なんて二日連続お留守番で何が何だか……」


 情報整理も兼ねて、纏めて説明した方が良いだろう。二人には今後も世話になるのだから。

 しかし、そんな【IRIS】の問題に、なぜかハクシャが口を挟んでくる。


「なんの、俺なんてお前らの都合すら知らないぜ!」

「ハクシャ、張り合わないで……」


 即座にイシュラが突っ込んだ。まあ、こいつらも知りたいよな。

 俺も信頼出来る仲間とは情報を共有したい。よし、この場にいる全員に俺の手に入れた情報全てを話してやる。


「じゃあ、ヌンデルさんから貰った情報も含めて話します。まずは、敵の正体から……」


 俺は核心部分から、嘘偽りなく全てを語る。敵がダブルブレインというデータだという事。元運営であるメンバーがプレイヤー操作の要だという事。そして、英雄様と呼ばれるエルドと実際に対面した事。とにかく分かっている事は徹底的に話す。

 ハリアーさんは大きくため息をつき、その瞳を閉じた。


「なるほど……幽霊なんぞよりよっぽど納得できる話だな」

「VRMMOの不具合っすか……マジ勘弁っすねハリアーさん!」


 そんな彼女に便乗するアパッチさん。俺以上にヘタレな彼は、完全に怯えきっている様子だ。

 また、最近俺たちの戦いに首を突っ込むようになったイシュラ。彼女はこの非現実的な現実に対し、唯々呆然とするばかりだった。

 

「どんどん途方もない話に……」

「私は活躍出来るのでしょうか……」

「今は真面目な話をしてるから、シュトラは口を挟まないで」


 イシュラの妹、シュトラも首を突っ込む気満々らしい。いや、ただ活躍するためだけに危険なことをしてほしくないんだがな……まあ、それほど彼女も必死なのだろう。


 話しが纏まったことにより、【IRIS】のギルドマスターであるヴィオラさんが閉める。何だかんだで、今は現実時刻の11時。明日は学校なので早く寝なければならない。


「とにかく、今日はもう遅いからログアウトよ。明日は何をする?」

「クエストを熟してレベル上げだ。俺たちギルドは成長が遅すぎる」


 彼女の疑問に対し、バルメリオさんが答える。エルドに完全敗北したことにより、彼も相当焦っているようだ。

 実際に、俺たちギルドのレベル上げは相当スローペース。クエストを熟すことなく、ダンジョンを進めたりもしない。唯ぐだぐだ道を歩いて、数々のプレイヤーと親睦を深めているだけ。これでは全く強くなれないだろう。

 明日からは何日か使って本気でレベルを上げていく。幸い、今は【エンタープライズ】のメンバーもいる。NPCからの依頼を譲ってもらえば、効率も上がるはずだ。

 しかし、ここであることを思い出す。俺は今日、アイを無視してレべリングを行ったんだった。


「悪いアイ、今日レべリングして一気にレベルを上げた。お前を突き放しちゃったな……」

「いえいえ、むしろ全然オッケーです! レンジさんはもっと強くなってください。私はずっとレンジさんの味方ですよ!」


 うん、やっぱり彼女は天使だ。時々怖いけど、俺にとっては天使で間違いない。何だか信用できないような。嫌な感覚を味わうときがあるが、それは気のせいだろう。

 少しづつ、アイの事を受け入れるようになった。こいつは俺の事を信じているんだから、俺もそれに答えなくちゃならない。それが、俺なりの感謝の意だった。
















 エルドとヌンデルの戦い。それは一方的なものだった。

 使役獣を三体失い、尚且つ先の戦いでヌンデルはかなり消耗している。いや、それが問題ではないほど、エルドの能力は圧倒的だったかもしれない。

 英雄は裏切り者に言葉を投げる。使役士テイマーの再生力は限界となり、その体は崩壊へと向かっていた。


「俺たちを裏切った結果がこれか……お前はそれで良かったのか……?」

「二度目の人生……楽しませてもらったさ……悔いはねえよ……」


 彼は自分が求めていた本当の最強というものを知った。もう、この世界に未練などあるはずがない。

 エンターテイナーは周囲に認められてこそ。独りよがりの最強ではなく、皆と共に作り上げる最強。それは、エルドたち【ダブルブレイン】が求めていたものとは全くの正反対だ。


「ヌンデル……お前は悪人に向いていなかった」

「だな……」


 体の崩壊は進み、その肉体は虚空へと消えていく。そんな状態にも拘らず、ヌンデルは笑顔を崩さない。やがて、彼は右手を伸ばし、掴み取れない何かを握りしめた。


「エルド……叶えてくれ……俺たちの夢を……」


 その言葉と共に、使役士テイマーヌンデルは完全に消滅する。すでに、ユニコーンのジョン、フェンリルのジョージも葬られており、彼はその後を追う形となった。

 この虐殺を行ったエルドは、震えた声で悪態をつく。


「裏切っておいてそれを言うか。最後まで調子の良い奴だ……」


 彼は組織の中心として、裏切り者の処分を行っただけ。ただ、それだけの事だ。

 他の【ダブルブレイン】のメンバーは、ヌンデルの最終ショーを観戦していた。敵を追うことも出来ただろう。しかし、それをせずに彼らは元同士の最後を看取る。それが、同じ組織としての仁義だった。


 しかし、そんな中に一人。この茶番をくだらなく思う者がいた。

 鎧の男、ビューシアは遅れてこの場に現れ、エルドたちと合流する。そして、愚か者をあざ笑うような目をし、ヌンデルの消えた虚空を見下した。


『無様なものですね。私たちに仇名して結局何も出来なかった。実に滑稽ではありませんか……』


 ビューシアは微笑していた。ヌンデルに対する敬意など、まるで感じられない。彼にとって、この世界から消えた弱者など無価値に等しいのだろう。

 仲間に対するその態度がイデンマの逆鱗に触れる。彼女はナイフを握り、同士であるビューシアに対して臨戦態勢を取った。


「ビューシア……撤回しろ」

「落ちつけ、イデンマ。俺たちが争ってどうする」


 赤と青のオッドアイが、獲物を狙う獣のように光る。仲間に武器を向けるイデンマをエルドは冷静に宥めた。彼の言うように、今は仲間割れをしている場合ではないだろう。

 目隠しをした少女マシロは、その下から一筋の滴を落とす。そして、頭を深く下げ、別れの言葉を投げた。


「ヌンデル……おやすみなさい……」

「はーい、マシロ姉ちゃん。へこんでなんていられないよ。これから忙しくなるんだからさ」


 そんな彼女の頭を撫でるリルベ。いつも空気の読めない彼だが、今回ばかりは自重している。ヌンデルの事をよく思っていたのは、この少年も同じだった。

 エルドは他のメンバーに背を向け、その場を去ろうと歩き出す。彼は流浪のソロプレイヤー。仲間と共に行動するのは、性に合っていないらしい。


「どうするつもりだイデンマ。俺はまた旅立つ。指示とか出さんからな」

「手はある。お前のお気に入りに散々振り回されたんだ。もう、相手にするつもりはない」


 イデンマの計画に対し、リルベが疑問を投げる。


「スルーって事?」

「そうだ。今はNPCの魂エネルギーを集めて、ルルノーのプログラムを起動させなければならない。奴らの踏み入らない辺境の地を狙って、亜人のエネルギーを搾り取る」


 彼女は敵によって計画を狂わされていた。そんな奴らに対し、真っ向からぶつかり合うのは得策ではない。イデンマは冷静に考え直し、計画の実行を最優先する。

 人との関わりが少なく、周囲から隔離されている亜人を狙うのは有用。だからこそ、今まで妖精やエルフ、人魚を狙ってきたのだ。


「だが、余計な事をしないよう枷は付けておくつもりだ。初心に帰って、奴らを影から拘束する。まずはバルメリオ。奴には少し仕置が必要だ」


 自らは手を出さず、遠回しに敵の動きを止める。それがイデンマの計画だ。

 リルべとビューシアはつまらない物を見るような目をし、エルドは納得の表情を浮かべる。やがて、英雄は同士に背を向け、再びどこかへと消えていった。


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