表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルドガルドギルド  作者: 白鰻
十四日目~十七日目 人魚の街セレスティアル
85/208

84 レディースアーンジェントルメン!

 俺はただ、エルドの顔をまじまじと見つめる。服装は違うが、やはりこいつは御剣金治だ。

 もっとも、俺は敵の正体を既に掴んでいる。ダブルブレイン……ゲーム内に記憶を保存するシステムであり、同時にこいつらの組織名だ。眼の前にいるのは俺の親友ではなく、人間ですらない。


「金治……いや、お前はエルドだ」

「ああ、俺は金治じゃない。だが、記憶と感情はオリジナルと同じだ」


 どうにも、こいつの存在を化け物とは思えなかった。やはり、人と同じ記憶と感情を持っているのなら、それは人間と同じじゃないのか。なのに、なぜ命を持つNPCを虐殺して、プレイヤーの記憶を操作しているんだ。

 ダメだ……また、頭が真っ白になってきたな。冷静にならないと……


「聞きたいことが山ほどある。どうして金治の名前を語って俺をこの世界に呼んだ」

「純粋に、このゲームを楽しんでもらいたかった。お前はゲーム世界に逃げた俺を散々否定した。だから、理解してほしかったのかもしれない。ここがどんなに素晴らしい場所かをな」


 【ダブルブレイン】の奴らは俺の事を英雄様のお気に入りと言っていた。意味はそのまま、エルドに気に入られた存在という事か。

 それにしては、待遇が悪くて気に入らない。俺たちは何度もこいつらに襲われたんだ。どうにも納得できない部分が多々あった。


「じゃあ、何で俺の仲間を狙った。楽しんでもらいたいんじゃなかったのか」

「俺は知らん。イデンマが勝手にやった」


 どうやら、組織が一枚岩というわけではないらしい。金治は何でも適当に流すタイプだからな。恐らく、仲間内で誤解が生じているのだろう。

 イデンマさんはエルドから視線を逸らし、意地を張るように弁解していく。彼女には彼女なりの考えがあった。


「言い出しっぺはリルべだ。お前が評価するほどの奴だからな。念を入れて周囲の奴に印を刻むべきだと判断した」


 エルドは現場の指揮をイデンマさんに任せているらしい。適当に説明して、あとは全部投げ出しているのだろう。これはまあ、エルドが悪いな。

 イデンマさんは【覚醒】を解除し、マフラーに顔をうずめる。こうしてみると、弟のバルメリオさんにそっくりだ。


「今でもこの判断に悔いはない。やはり、こいつは危険だ。お前はなんて奴を呼んでくれたんだ……」

「俺だってこの戦闘技術は想定してなかったさ。よっぽど師匠に恵まれているんだろ」


 師匠……ヴィオラさんのことか? あの人からは、そこまで技術指導を受けていないはずだがな。

 まあ、別にそれは大した問題じゃない。今はこの現状を切り抜けることが重要だ。

 敵も余裕なものだな。こっちには、【エンタープライズ】のメンバーもいる。このゲーム最強の存在であろうと、多人数を同時に相手できるはずがない。

 だが、エルドは一貫して上から目線だった。 


「まあ、そんなわけで俺はお前と戦うつもりはない。そこで提案がある。この一件から手を引いてくれ」

「なんだと……?」

「お前が俺たちをスルーするなら、こっちもちょっかいを出す気はない。お前の仲間だって安全を保障してやる。記憶を失いたくないだろ?」


 不利なのはそっちの方なのに、何を偉そうに言っているんだ。俺は厄介事を嫌っているが、今さらこの一件から手を引く気はない。

 最終目的であるエルドとの接触は果たされた。しかし、全ての謎が解けたわけじゃないんだ。ここで投げ出したら、金治のお母さんに合わせる顔がないし、何より今まで助けてくれた人への侮辱となる。答えは決まっていた。


「断るよ。今逃げ出したら、ハリアーさんやギンガさんに殺されるからな」

「そうか……この世界で色々な奴と関わってきたんだな」


 エルドは残念そうな顔をし、こちらに剣を向ける。


「なら、仕方ない。レンジ、ここで終わっとくか?」

「なっ……」

「どの道、どこかでお前は俺という壁にぶち当たる。それなら、いっそここで終わっておいた方がお前のためだろう」


 彼は自信満々にそう言い放った。結局、戦うことになってしまうんだな……

 最初に動いたのは【エンタープライズ】のラプターさんだ。彼女はエルドに銃口を向け、スキルを放つ。


「そんな勝手なこと、絶対に許さないから! スキル【ホーミングショット】!」

「属性特化か奇遇だな」


 雷を帯びた命中性能の高い弾丸。エルドは彼女の攻撃に対し、涼しい顔をしていた。

 剣をひと振りし、弾丸を軽く受け流す。まるで、風に扇がれて機動が逸れたように感じる。


「俺も属性特化だ。スキル【ジャンプ】」


 彼がスキルを発動した瞬間、その姿はどこかへと消えてしまう。これが【ジャンプ】のスキルか。速すぎて何がなんだか分からないが、おそらくあいつは空中に飛んだ。

 当然、ラプターさんも頭上を警戒する。これなら、上から襲うエルドを狙撃出来るだろう。彼女は銃を構え、その体制に移った。しかし……


「スキル【風魔法】ウィンディジョン」

「え……?」


 天空から降り注いだのは猛烈な暴風。そこにエルドの姿は確認出来なかった。

 空中からの魔法攻撃を予測できず、ラプターさんは風の刃によって切り裂かれていく。そんな彼女に今度は鋼鉄の刃が襲いかかった。


「ラプターさん……!」


 敵が姿を表したのは空中。【ジャンプ】の効力があまりにも高く、今までずっと上昇と降下を行っていたのだ。

 剣はラプターさんの右肩に振り落とされ、大ダメージを与える。風を帯びた刃は、そこから連続で切り裂いていき、ライフを根こそぎ奪い去った。

 全く、何が起こっているのか分からない……


「ごめん……みんな逃げて……」


 時間にすれば一瞬の出来事だ。ランキング上位のラプターさんが、こうもあっさり打倒され消滅する。信じがたい現実が目の前にある。

 彼女の敗北を嘆いている暇はなかった。すぐにバルメリオさんが叫ぶ。


「お前ら、全員逃げろ! 俺たちの負けだ!」


 彼の言葉を聞き、一部の【エンタープライズ】メンバーがバラバラに逃げ出してしまう。おいおい、これは最悪の状況だろ。なんで指揮が乱れるようなことを言うんだ! 当然、ヴィオラさんも腹を立てる。


「ちょっと! 最悪じゃない! まだ勝ち目だって……」

「分からないのかバカが! こいつは再生能力も【覚醒】のスキルも使ってない! 本気を出してないんだよ!」


 俺はハッとした。この状況を甘く見ていたのは俺たちの方。今は僅かな希望にすがるほど、絶望的な状況だったのだ。


 ラプターさんの敵を打つため、【エンタープライズ】の数人が一斉にエルドを襲う。だが、リンチとも思えるその布陣を彼はものともしない。

 剣や槍を軽々といなして前衛を切り裂き。後衛からの魔法を細かい【ジャンプ】のスキルで回避する。

 あまりにも速いため、弓術士(アーチャー)は攻撃を定めることが出来ず。物理と魔法を使い分けるため、戦士(ナイト)などの盾役は全く機能していない。この人数でも、傷一つ付けれないのかよ!

 エルドは【ジャンプ】と【ダッシュ】のスキルを駆使し、全てを切り裂いていく。まさに旋風……俺は地獄を見ているのか?

 イデンマさんは彼の戦闘に手を出さず、一人歓喜に震えていた。


「奴は物語の主人公だ。この世界の英雄が相応しい!」

「チート主人公と敵対した雑魚の気持ちが分かりましたよ……」


 俺はルージュの元へ駆け寄り、その手を握る。バルメリオさんとノランもすぐに撤退できる体制だ。一部の勇敢な【エンタープライズ】メンバーに任せ、今は逃げるしかない。

 しかし、ヴィオラさんは敵に背中を見せなかった。どうやら、俺たちを逃がすための盾になるつもりらしい。


「あの様子じゃもたない。私も時間を稼ぐから皆は逃げて!」


 俺が止めるより先に、彼女はエルドの元へと走る。いつもは頼もしい先輩だが、今回ばかりは……

 最悪の結果が脳裏に浮かぶ。しかし、その時だった。何者かが、ヴィオラさんより先に先制攻撃を仕掛ける。

 放たれたのは鞭による振り払い。今までいなし続けていたエルドが、ここに来て初めて攻撃を受け止めた。


「ヌンデル……どういうつもりだ?」

「どうもこうも、こういうわけだ。ヴィオラ、お前は逃げとけ。こいつらには先輩が必要だ」


 敵であるヌンデルさんが、ヴィオラさんに代わって対峙する。彼は組織を裏切ったのだ。

 エルドは大きくため息をつくと、容易くヌンデルさんの鞭を振り払ってしまう。そして、ステータスの低い使役士(テイマー)本体を一方的に切り裂いていった。

 傷が作られては再生する。数十秒にも満たないうちに、それが繰り返されていく。エルドの猛攻に対し、あのヌンデルさんが何も出来ない状況だ。


「マジかよ……やっぱ強えなァ……」


 攻撃は全てクリティカルヒット。あまりの気迫に、ヴィオラさんは完全に腰が抜けてしまった。

 そんな彼女を助けるためか、ヌンデルさんは後方へと下がる。そしてその手を引き、退路へと走り出した。

 エルドの前にはユニコーンのジョンが立ち塞がる。当然、彼が止めれる相手ではない。それでも、ヌンデルさんは意思を曲げて使役獣をその場に残した。


「さあ、もたもたするんじゃねえ! 行くぞ!」

「でも、あの子が……!」

「良いんだ! お前はとにかく切り抜けることを考えろォ!」


 ユニコーンはバリアーによって、エルドの剣を防ぐ。敵はこの行動を面白く思ったのか、真っ向から壁にぶつかった。

 オールプロテクトによって、ジョンは残った【エンタープライズ】メンバーを補助する。しかし、時間稼ぎにしかならないだろう。

 彼の勇姿を無駄には出来ない。俺たちはヌンデルさんと共に、その場から走り出した。













 戦闘を終わらせるには、相手から一定の距離を取る必要がある。戦闘さえ終われば、ログアウトや街の移動も可能だ。とにかく逃げるしかない。

 逃走を選んだ【エンタープライズ】メンバーは、すでに逃げ切っている。あとは俺たち【IRIS】メンバーだけだった。

 フェンリルのジョージに支えられ、ヌンデルさんは自らの体を見る。


「傷口が再生しねえ……」


 そう言うと、彼は突然立ち止まった。エルドによって傷つけられた部分からは1と0の数列が見える。やっぱり、この人はデータなんだな……

 今は立ち止まっている場合ではない。しかし、ヌンデルさんは視線を上に向け、両手を大きく広げる。そして、雄々しく息を吸い込み、一気に吐き出した。

 彼は全てを悟ったように笑う。その様子を見たバルメリオさんは何かに気づいたようだ。オッドアイの瞳、その瞳孔が開いた。


「お前……」

「ここで提案だ。ここは俺様に任せて先に行け! あとで追いつくからな」


 突如、ヌンデルさんの口から出る提案。俺はただ、苦笑いを浮かべる。笑うしかなかった。


「何言ってるんですか……それ、死亡フラグですよね……」

「ふ……ふざけるな……! 傷だらけのお前を置いて、行けるわけがないだろ!」


 ルージュが声を荒げ、ヴィオラさんは深くうつむく。これから何が起こるのか、容易に想像できた。


「見ろよこの傷。もう、長くないんだよ。お別れだ……」


 彼の意を察したのか、ジョージが前に出る。どうやら、主人と運命を共にするつもりらしい。

 真剣な眼差しを向けるヌンデルさん。それに対し、フェンリルは愚問という様子で頷いた。

 ケットシーのリンゴが声を上げる。同時に少女の姿になったノランが、彼女を抱き抑えた。


『ニャー……! ニャー……!』

「リンゴ! お前は生きろ! ノラン、こいつを頼んだぜ!」


 暴れるリンゴに腕を噛まれるノラン。しかし、彼女は決して放そうとはしなかった。

 瞳に涙をうるつかせ、少女は笑う。


「ノランちゃん、昨日の言葉撤回する……ヌンデルくんは最高のエンターテイナーだよ!」

「ありがとな。お前も最高だったぜ!」


 ジョージと共に、エルドの元へと歩みすすめるヌンデルさん。これで、もう二度と会えないのか。因縁だった敵の最後がこんな形なのか。

 もう、彼は助からない。無念の感情が俺の心を押し、心の丈が言葉となって放たれた。


「ヌンデルさん! 貴方が最初の敵で良かった」

「俺も、お前の壁であったことを誇りに思うぜ」


 右手を振り、ヌンデルさんは省みることなくセレスティアルの街を進む。やがて、彼の口からお馴染みの口上が読み上げられた。


『スキル【心意一体】! レディースアーンジェントルメン! 本日はヌンデル様の最終ショーだァ!』


 ジョージと一体化し、ヌンデルさんのショーが始まった。

 残念だが、俺たちはその観客にはなれない。彼とは別の方を向き、再び退路を走り出した。


『お涙頂戴はいらねえ! こいつは俺たちのかっこよさに痺れまくるショーだぜ! さあ、ヌンデル様の猛獣ショー! 始まり始まりィー!』


 使役士(テイマー)による最高のショー。観客を湧かせるエンターテイーメント。結局、彼の求めていたものは何だったのか。

 世界最強など俺には興味がない。しかし、ヌンデルさんが目指していた最強は、俺の思っていたものとは違うようだ。


 彼がたどり着いた答え。俺もいつか、分かるときが来るのだろうか……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ