83 星の巡り会わせ
リンゴを撃破し、ジョンのライフは残り僅か。ヌンデルさんにとって、ここからが正念場と言えるだろう。
しかし、彼は戦意を喪失している様子。諦めたわけではない。ただ、満ち足りた表情で男は両手を上げていた。
「降参ですか……?」
「まさか、仲間が戦ってるんだ。最後まで戦い抜くさ」
ヌンデルさんは両手を下ろし、鞭を構える。戦闘は再開したものの、やはり彼からは殺意を感じない。
「まあ、俺はもう満足しちまったがな……」
「ヌンデルさん……」
おそらく、彼の中で何が変わったのだろう。しかし、こっちも止まるわけにはいかなかった。
悪いが、再度【心意一体】を使われる前にジョージを倒させてもらう。早々に突破してルージュの支援に入りたいからな。
俺はロボットをフルスロットルで動かし、一気に勝負を決めようとする。しかし、その瞬間。プスンという気の抜けた音と共に、機体は完全に停止してしまう。ここに来て燃料切れかよ!
「しまった! なに余裕かましてるんだ! 俺も時間制限あるんだったー!」
「おっ、珍しくレンジがボケたな」
俺は木偶の棒となったロボットをアイテムバッグに引っ込める。ここからは、生身で戦う以外ないな。
ノランが茶化すがボケている場合ではない。ヌンデルさんに【心意一体】を使われたら、今度こそお終いなのだから。
しかし、彼はスキルを使おうとしなかった。大声で笑い、コートのポケットの中に手を突っ込む。
「はーはっはっ! 安心しろ! 【心意一体】は使役士の最終奥義。一回の戦闘で二度は使えねえよ!」
それを聞いて安心した。あのスキルさえなければ、敵の【覚醒】は怖くない。自信の能力を上げるスキルと使役士は噛み合っていないからだ。
なら、警戒すべきはフェンリルのジョージ。あと少しで決着がつくだろう。俺がそうたかを括った時だ。
「まあ、回復薬は使わせてもらうがな。ジョン! スキル【防御魔法】プロテクション!」
ヌンデルさんはポケットから回復薬を取り出し、それをユニコーンのジョンに投げる。まだ、戦闘不能になっていなかったのか、彼のライフは一気に回復してしまった。
同時にジョンはプロテクトの上位魔法、プロテクションによってフェンリルの防御力を最大限まで上げる。これは、完全に油断していたな……
「ヌンデル様の魔法講座パート2! 【防御魔法】は大きく分けて、四種類の技がある! プロテクト、防御力を上昇させる。シェル、魔法防御を上昇させる。バリアー、前方に防御障壁を出現させる。そしてリフレクト、魔法を跳ね返す最強の防御魔法だ」
ヌンデルさんは俺たちにアドバイスをくれるが、今はどうでも良かった。
ジョージの【突進】攻撃を俺はスパナによってジャストガードする。勝てない戦いではない。しかし、ロボットが解除されたことにより、物理攻撃に期待出来なくなった。
そうなるとアイテム頼りだが、固定威力のアイテムは【ボレロ】の恩恵を受けない。まあ、相手のプロテクションも受けないので同じことか。
とにかく、今はルージュの方が心配だ。彼女は一人で幹部クラスのマシロと戦っている。普通に考えれば、到底勝ち目のない戦いだろう。
俺はヌンデルさんのアドバイスを受けて、ルージュに注意を促す。魔法を弾き返されたら、戦闘どころじゃないからな。
「ルージュ! マシロのリフレクトに注意しろ!」
「無駄……魔導師はリフレクトが苦手……」
マシロは迷いもなく、魔法の詠唱を開始する。魔法攻撃中心の魔導師にとって、リフレクトは天敵中の天敵。発動を許せば、それだけで詰みだった。
しかし、ルージュに彼女の詠唱を止める術はない。虹色の壁がマシロを包み込み、リフレクトが張られてしまう。
「スキル【防御魔法】リフレクト……これでおわ……」
「スキル【ぶん回し】……!」
その瞬間だった。勝利を確信した少女の顔面に巨大な鈍器が叩きつけられる。ルージュの握った惑星の形をしたメイス。それにより、マシロは後方へと吹っ飛ばされた。
何が起こったか分からないという様子で、彼女は立ち上がろうとする。だが、混乱していたのか動作が遅い。
チャンスは今だ。ルージュは更なる追い打ちを加えていく。
「スキル【兜割り】……!」
地面に伏せるマシロの脳天に、再びメイスが叩きつけられる。俺もノランも、敵であるヌンデルさんでさえ、その戦闘に釘づけだ。自分たちの戦いに集中できるはずがない。
マシロは無表情のまま立ち上がり、ルージュから距離を取る。顔は冷静だが、心の方は大きく乱れている様子。彼女はただ、一人で疑問をこぼしていく。
「【心眼】で見えない……なんで魔導師が殴ってくるの……? なんで……なんで……」
「ボクに常識は通用しないのだ……!」
【心眼】、相手の動作を予測するスキルだろうか。そんなマニュアルのような物に頼っていれば、ルージュを読めるはずがない。彼は理解不能のギンガさんにさえ、理解不能と言わしめた存在なのだから。
もはや、この場にいる誰もが、彼女たちの戦いに意識が向いている。イデンマさんはヴィオラさんの剣を受け止めつつ、マシロに活を入れた。
「マシロ! 予測は出来ないが奴は低レベルだ! 冷静になれ!」
「うん……目が覚めた! スキル【覚醒】!」
僧侶の目隠しが宙を舞い、色白い少女の顔がはっきりと見える。彼女の白い瞳には杖の紋章が浮き出ていた。
不味いぞ、ノリに乗ってるルージュだが、流石に【覚醒】のスキルに対抗できるはずがない。いや、それ以前に、マシロには再生能力がある。初めから、ルージュに勝ち目はなかったのだ。
面倒な防御を放棄し、僧侶は攻撃魔法の詠唱に出る。そうだ、レベル差と【覚醒】を生かし圧倒的な魔法を放てば、ルージュに苦戦するはずがなかったんだ。
「スキル【光魔法】シャイン!」
「はう……!」
天から降り注ぐ光が、彼女の左足に命中する。月のブローチによって威力は抑えられたが、ライフの減りは激しい。あと一度でも攻撃を受ければ、ゲームオーバーになってしまうだろう。
俺とノランはルージュの支援に入ろうとする。しかし、そんな俺たちの前に、プロテクションの効果を受けたフェンリルが立ち塞がる。ダメだ、こいつの装甲を突破できない!
ルージュは必死に事態を打開しようと、アイテムバックに手を突っ込む。そして、そこから一本の回復薬を取り出した。
おいおい、今は回復している余裕なんてないだろ! やっぱり、彼女はまだ未熟だったか……
「回復しないと……」
「薬で回復しても無駄! これで一撃! マシロの最強魔法!」
マシロの周囲に魔法陣のような紋章が浮かび上がる。これは、明らかにヤバい雰囲気だぞ……
俺は鉄くず、大きな縫い針、バンデッドガンを取り出しスパナを打ち付ける。もう形振り構っていられない。今作れる最強のアイテムでジョージのライフを削り取ってやる!
「スキル【発明】! アイテム、イグニッション!」
「ジョン! 【回復魔法】ヒールリジョン!」
作られた銃から鉄芯が掃射され、フェンリルのライフを一気に削る。しかし、それと同時にジョンの【回復魔法】が、その全てを回復してしまった。
ダメだ。どうしても突破出来ない。くそっ……ルージュ……
「終わり……やっと眠れる……スキル【聖魔法】ホーリィ」
長い詠唱を終え、マシロの杖から聖なる光が放たれる。瞬間、光は周囲を飲み込んでいき、巨大な爆発を起こした。
尋常ではない衝撃が俺たちを襲う。ノランはVIT(魔法防御)の低い俺の前に立ち、攻撃の盾となる。また、イデンマさんやバルメリオさんは戦闘を放棄し、その場から退避した。
なんて威力だ……これ程の魔法をルージュは完全に直撃してしまう。やっぱり、俺が巻き込んだせいだ。
彼女の掛け替えのない記憶が俺のせいで……
「はわああ……!」
少女の悲鳴がセレスティアルの街に響く。俺とノランは、絶望の表情でその場に立ち尽くした。
しかし、すぐに違和感を感じる。この声は、ルージュの声ではない。なぜなら、彼女は無傷の状態で、俺たちの前に立っていたのだから。
少女はドヤ顔をし、この状況が全て計算通りだと分かる。いったい、何が起きているんだ……
「うう……痛いよイデンマ……」
「どういう事だ……なぜマシロがホーリィを受けている……!」
イデンマさんに言われて気づく。光が晴れた場所で塞込んでいたのは、傷だらけのマシロだった。
彼女の傷からは1と0の情報数列が見え、少しづつ再生を開始している。しかし、よほど魔法の威力が高かったのか。まったく、回復が間に合っていない様子だ。
ルージュ以外の全員が、この事態を把握できていない。小細工が得意な俺でも、彼女が何をしたのか理解できなかった。
やがて、魔導師の少女はゆっくりと語っていく。
「レンジから薬を貰った……だから、ボクだけは知っていたんだ! ルルノーから貰った薬……その追加効果はリフレクトなんだって!」
「ルルノーの薬だと……! まさか、こんな形で計算が狂うとは……!」
そうだ、俺はエルブの森でルージュに回復薬を与えていた。彼女はその追加効果を把握し、戦闘に生かしたのだ。
サンビーム砂漠で俺たちに薬をくれたルルノーさん。彼はあの時、「追加効果はお楽しみ」と言っていた。優れた錬金術師が調合したのなら、最強の補助効果が付与されていても頷ける。ルージュの奴、やってくれるじゃないか。
リフレクトで弾かれた魔法の威力は倍。マシロの再生力は一気に限界となり、精神的にも乱れが生じている。
さらに言うなら、俺とノランはヌンデルさんに善戦しているんだ。このまま勝負を続ければ、俺たちの勝ちは揺るぎない。
「終わりだな……」
「まだだ……まだ私は残っているぞ!」
ヌンデルさんは諦めているが、イデンマさんは一人でも戦うつもりらしい。確かに、彼女の実力なら事態を打開出来るかもしれない。
しかし、ここで更なる展開が訪れる。
「やっはー! もう大丈夫だよ!」
「ラプターさん!」
戦いの場に、銃士の女性が参戦する。彼女の周りには、【エンタープライズ】のメンバーが数人。どうやら、あちらの戦闘が終わったようだ。
「敵が撤退したから、戦力を分けたんだ。あいつらはハリアーちゃんが追ってるよ」
「さっすが、これで決まりね!」
勝利を確信するヴィオラさん。確かに、今回ばかりは勝利が確定したと言っていい。この人数をイデンマさん一人で倒せるはずがない。【覚醒】を使っても無理だろう。
マシロは傷だらけのまま、心配そうに彼女の服を掴む。
「イデンマ……」
「くっ……ここまでか……」
悔しそうに奥歯を噛みしめるイデンマさん。どうやら、奥の手も無いようだな。
彼女が負けを認めた事により、完全に勝利が決まる。長い戦いもこれで終わった。後は情報を聞き出すだけだ。
もう、NPCが襲われる事はない。敵の戦力もこれで半減。ようやく、敵組織を壊滅まで追い込むことに成功した。
もう大丈夫だ……俺たちは紛れもなく勝ったん……
「おいおい、心配になって来てみりゃ。やっぱ負けてんじゃねえか」
勝利を確信した瞬間だった。その思考を遮るように一人の少年が現れる。
ロングソードを装備し、白を基調とした布装備で固めた剣士。歳は俺と同じ、どこか気怠そうな雰囲気を感じる。
その顔を忘れるはずがない。俺がずっと探し求めていた存在。俺がこの世界に訪れた原因となった存在。
全ての始まりであり、最終目標でもある存在。このゲームにおける最強と呼ばれる存在。
ようやく会えた……俺にとって因縁の相手。そして、親友とも呼べる少年……
「エルド……」
「あーあ、ついに出会っちまったな。レンジ」
少年は頭をかきつつ、俺から目を逸らした。
【ディープガルド】最強のプレイヤー、エルド。彼の顔を見た瞬間、尋常でないほどの震えが俺を襲う。こんな感覚、今までに感じたことがないぞ。
この震えは歓喜によるものではない。勿論、巻き込まれた怒りに震えているわけでもない。
もっと単純なもの……それは底知れぬ恐怖だった。




