79 夜の8時までに
日曜日、昨日は深夜までレベル上げに勤しみ、一気に2レベル上昇する。今は23レベル、敵に追いつくのはまだまだ先だろうな。
ラプターさんは効率の良いレべリング方法を知っており、ギルドで行動していた時より上昇するペースが速い。その秘訣は、NPCから依頼を受けるクエストというものだった。
「レベルを上げるのに、こんな方法があったんですね……」
「そんな事も知らないなんて、ちょっと非常識だよ」
「う……解説お願いします……」
恥を忍んで説明を求める。本当に俺はゲームシステムに関して無知だな。まあ、他と求めているものが違うので仕方ないが。
ラプターさんは分かりやすいように説明していく。
「このゲームは会得ポイントを競うランキングシステムがあるの。競うのは四つ、延々と続くダンジョンを何層まで進めるか競う『攻略』。闘技場での成績を競う『決闘』。作ったアイテムをどんどん売って、手に入ったお金を競う『生産』。そして、ギルド依頼などで与えられる討伐クエストをどれだけ熟せるか競う『討伐』だよ」
なるほど、クエストってのは討伐と関係していたんだな。レネットの森でクマ退治したのも、クエストの一種ってわけか。
ラプターさんに続き、バルメリオさんも解説に加わる。
「クエストってのはNPCが依頼として要求してくる。ただし、このゲームはNPCが生きているからな。どんなクエストが掲示されるかなんて予測不能だ」
「それでも、街と街を繋ぐ道中のモンスターを狩るより、クエストで手に入る経験値やお金は桁違いだよ。討伐依頼の最後には絶対ボスとの戦闘になるからね」
やっぱり、ボスから会得できる経験値は桁違いなのか。俺はダンジョンを進めることに積極的ではないので、ボスとの戦闘は全くしていない。今までの経験値の殆どは、フィールドで手に入れたものだった。
しかし、それでも順調に20まで上げてきた。このペースで行けば、問題なく上位に追いつくはずだろう。
「一応、僕のレベルの上がり方は順調ですよね……?」
「いや、遅いな。最初はレベルが上がりやすくして、爽快感を与えてるんだよ。新規ユーザーを逃がさないためにな」
そういう事だったのか。なんか、ビジネスとしての都合が見えて、微妙に萎えてしまったぞ……
そして、これからレベルがさらに上がり辛くなるのか。気分が沈んで仕方がないな。
だが、俺のやる気など関係なしに、ラプターさんとバルメリオさんはレべリングの準備を始める。俺も嫌々だが、この地味な作業に勤しまなくてはならない。モンスターの虐殺は嫌いなんだけどな……
「今日の8時までにレベルを出来るだけ上げるよ。討伐クエストをみっちり熟してね」
「さーて、ここからが本当の地獄だな」
ニヤニヤと笑うバルメリオさん。どSですね……
俺たちは、セレスティアルに置かれた【エンタープライズ】ギルド支店に向かう。そこで、ギルドに依頼されたクエストを受ける寸法だ。
狙い所は、フィルン海溝のダンジョンに潜むモンスターの討伐。ここセレスティアルから近く、レベル上げの効率が良いのがフィルン海溝。むしろ、ここ以外は受けるメリットがなかった。
昨日もこのダンジョンでレベル上げをしたが、正直きつい。やっぱり、俺のレベルはまだまだという事だった。
俺たちは一人の人魚から、フィルン海溝でパイレーツシャーク討伐のクエストを受ける。
このクエストはCクラス。俺のレベルで行う依頼ではない。これはレベルの高いバルメリオさんとラプターさんと共に行うパワーレベリングと言える。もはや、形振り構ってはいられなかった。
フィルン海溝、【ブルーリア大陸】に存在するダンジョンで海底の洞窟をイメージした場所だ。
出てくるモンスターは、海面から飛び出すレモラという魚。サハギンの上位種ダークサハギン。クラーケンの上位種ビッグクラーケン。下半身が蛇の女性ラミア。この辺りでは強いキラーシャークの五体だった。
どれも物凄く厄介だ。砂漠での苦戦が非ではないほどの大苦戦を強いられてしまう。
【覚醒】のスキルを使えば余裕だと思うが、こんな私情に使えるはずがない。何より修行にならなかった。
「スキル【起動】! からの……スキル【発明】アイテム、イグニッション!」
俺はロボットの動きを磨くためにも、【起動】のスキルを積極的に使っていく。作り出した発火装置でレモラを攻撃するが、一撃では倒せない。
ここのモンスターは殆どが水属性。炎属性のアイテムを使ったのは失敗だったな。そういうゲームシステムもしっかり勉強していかないといかない。
しかし、スキルを使うために使用するアイテムが勿体ないな。
「ここで石炭や【発明】素材を消費したら、本当の戦いの時に使えないんじゃ……」
「大丈夫、セレスティアルのプレイヤーが開くお店で買えるから。少し割高だけど、お金はこのクエストで手に入るよ」
「ごめんなさい。言い訳しません」
うん、逃げられないよな。強くなるためには努力は必要だ。地味にコツコツ頑張るしかない。
戦闘にはバルメリオさんとラプターさんも参加してくれる。むしろ、敵の殆どはこの二人が倒している状況だ。
ラプターさんは雷属性に特化させれているので、水属性モンスターにかなり強い。攻撃の全てが敵の弱点を突いている状況だ。
「やっはー! スキル【ショットガン】!」
彼女は周囲に散開する弾丸で、広範囲のモンスターを一気に仕留める。地元だけあって、このダンジョンは慣れている様子だ。俺も足を引っ張らないようにしないといけない。
ロボットに乗った状態で鉄の拳を動かし、ジャストガードを狙う。ダークサハギンの爪が命中する瞬間、俺はロボットの腕を振り払う。ガキッといういつもの音と共にジャストガード成功だ。これなら近いうちに実戦投入できそうだな。
「レンジくん、レベルを上げるより技術を磨く方に真剣だね。何だか変な子」
「こいつ、アイって奴の影響を受けまくってるんだよ。最近はバトルマニアも伝染したようだな」
ラプターさんとバルメリオさんがそんな会話をする。その中で、俺はバルメリオさんの言葉が引っ掛かった。
「バトルマニアが伝染……?」
「気づいてなかったのか? お前、ホルテンジアでの戦いのとき、結構楽しそうだったぞ」
敵のビューシアに、俺は戦闘狂と言われていた。しかし、傍から見ればアイの影響を受けているように思えるらしい。
何なんだこの違和感は……俺は【覚醒】によるバーサクの影響で、自らの本質が浮き彫りになったと思っていた。しかし、どうやらそれは違うらしい。
全ては、ビューシアのハッタリだったのだろうか。あるいは、彼の方も勘違いしている……?
実際はアイの……
「レンジ、聞きたいことがある」
俺があらぬ疑念を抱いた時だった。バルメリオさんが突如ある質問を投げる。
「ヌンデルとの会話を盗み聞きしていたんだが。あいつは……イデンマは姉貴のコピーなんだろ?」
やっぱり、イデンマさんの事が気になっていたか。俺としても、彼にはしっかりと話しておきたい。イデンマさんを倒すという事が、何を意味しているのかを……
「はい、確かにコピーです。でも、記憶も性格も本人なんですよ。しかも、この世界で死ねば消滅するって……」
「だから俺に同情しろって? 冗談じゃない。俺はあいつを消す。この手でな……」
何を言われようとも、バルメリオさんの覚悟は本物らしい。例え、姉の記憶や感情を消滅させる行為であっても、彼は完全に割り切っていた。
「先に言っておく。俺の戦いに手を出すな。例え、勝ち目のない戦いでもだ」
「バルメリオさん……」
止める理由もない。何より、今いるイデンマさんはコピー。気にする俺の方がどうかしているのだ。
だから、これ以上意見できるはずがない。俺はバルメリオさんから視線を逸らし、ダンジョンを歩いていく。
今はクエストを達成し、レベルを上げる事だけを考えよう。余分なことを考えてゲームオーバーになってしまったら、元も子もないのだから。
ダンジョンをハイペースで進め、レベルを一気に上げていく。午前中をいっぱいまで使い、2レベル上昇。これはかなり良いペースだな。
24レベルで手に入ったスキルは【生産持続力up】。長時間生産を行うつもりはないし、休息なしで動き続けるのは気持ち悪い。俺の好みではなかった。
よって【アイテム威力up】と共に死にスキルとなってもらう。初期スキル以外にスキルポイントを使う気はないので、自動スキルより技スキルが欲しいところだ。
午後、フィルン海溝の20層。そこでボスモンスターのパイレーツシャークとの戦闘になる。
海賊の帽子をかぶった巨大鮫で、水に潜んで攻撃を仕掛けてくるモンスターだ。午前中を丸々使ったクエストのボスという事もあり、洒落にならないほど速くて攻撃力が高い。おまけに海面から飛び出して攻撃を仕掛けてくるため、ジャストガードのタイミングが掴めなかった。
「スキル【ホーミングショット】」
そんな敵に対し、バルメリオさんは命中しやすいスキルで地味に攻撃していく。同じ銃士でも、ラプターさんとはまるで戦略が違う。彼は徹底して慎重派だった。
そう言えば、敵対していた時もバルメリオさんは慎重だったな。イデンマさんと接触すると逆上してしまうので、本当は彼女と戦わせたくないところだ。
「やっはー! スキル【ダブルショット】!」
そうこうしているうちに、ラプターさんが一気に敵のライフを削る。俺もボーっとしていられない。
【起動】のスキルを使い、ロボットに乗り込む。そして前線に立ち、積極的にジャストガードを狙っていった。
素早く、突然海面から飛び出してくるので、その牙によって何度かダメージを受けてしまう。しかし、確実にガードの成功頻度は上昇していった。
バルメリオさんとラプターさんの銃撃によって、パイレーツシャークが陸に打ち上げられる。攻撃チャンスはここしかないな。俺は鉄くずと炎の魔石、メタルナックルを取り出し、それらにスパナを打ち付けた。
「スキル【発明】アイテム、ロケットパンチ!」
ロボットの右腕に更に巨大な鉄の拳が装備される。やがてそれは炎を噴射し、ジェット機のように加速し始めた。
重い鉄の拳がモンスターを殴りつける。これはアイテムによる攻撃のため、ロボット自身の攻撃力は関係ない。だからこそ、高い威力に期待できた。
『がご……』
「スキル【スナイプショット】」
大ダメージを受けたパイレーツシャークに止めの弾丸が放たれる。バルメリオさんが後衛からサポートしてくれたのだ。
この一撃により、敵モンスターのライフはゼロになる。これで、クエスト達成。ギルドに戻れば報酬が貰えるだろう。
「さって、時間が余ってるからまだダンジョンを進めるよ。報酬は帰ってから」
ラプターさんの指示により、街に戻らずダンジョン攻略を続行する。
今回のボス戦で大量の経験値が手に入ったが、レベルが上がる気配はない。やはり、本格的にレベルが上がり辛くなっているようだな。そろそろ、積極的なレベル上げを考えなくてはいけない。
敵組織が動きを見せないなら、当分はレべリング作業をしよう。そう、俺は計画するのだった。




