07 猫耳最高!
俺たちは街を出て、セラドン平原でレべリングを行っていた。
レべリングとは、モンスターを倒して経験値を稼ぎ、レベルアップを行う事。しかし、それは考えようによっては単なる虐殺行為に他ならない。スライムやゴブリンを倒すのにも抵抗があったが、それ以上に倒すことに抵抗があるモンスターに遭遇してしまった。
「わ……ワンコが……! ワンコが死んだー!」
「レンジ、落ち着いて……」
草原の上で光となって消滅する狼。俺のスパナとアイの大針によるコンビネーションによって、打ち倒されたのだ。
俺のレベルは3に上がったが、テンション方は最低値まで落ちる。ゲームだと分かっているが、何だか非常に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
そんな俺を、ヴィオラさんは必死に宥める。
「あのね……モンスター倒すたびに騒いでいたら、いつまでもレベルが上がらないわよ」
「だって、ワンコが……」
「ワンコじゃないわ! シルバーウルフよ! これはゲームなの、割り切りなさい!」
彼女の言葉はもっともだ。モンスターを倒さなければ、俺はいつまでたっても強くなれない。ここは心を鬼にして、敵を打倒せねばならないのだ。
「そうですよね……俺達のレベルは、スライムとゴブリンとワンコの屍の上に、築かれているんだ!」
「ちょっと、嫌な事言わないでよ……」
俺とヴィオラさんで漫才をしていると、アイがこちらを振り向き、空を指さす。どうやら、何かを見つけたようだ。
「レンジさん! ヴィオラさん! あれ、見てください!」
空の向こうを飛行する真っ黒い飛空艇。朝方に見たものとまったく同じ物だった。
青い空と白い雲を掻き分けるように飛行するそれは、いつ見ても壮観。素直にかっこいいと思える。
「また、あの飛空艇ですよ」
「あれ、いったい何なんだろうな」
俺とアイが不思議そうに見つめていると、ヴィオラさんがその疑問に答えた。
「巨大空中要塞ギルド【漆黑】のギルド本部よ」
「あれが全部ギルドなんですか!」
「ええ、【漆黑】はギルドランキング一位の最強ギルドよ。人数は少ないけど、メンバー全員がベスト200に入ってる手練れ揃い。幹部に至っては全員ベスト20に入ってるわ」
「何と言うか……文字通り、天の上の話しですね」
天の上を飛ぶ巨大飛空艇は、やがて俺たちの視界から消えていく。
本拠地ごと大移動出来るギルドならば、怖いものなどないだろう。ダンジョンも、討伐するモンスターも、移動の手間もなく万全の状態で挑める。加えて、団員は上位プレイヤーの集まり。最強ギルドになるのも必然と言える。
「ギルドランキングは目を通した方が良いわ。この世界の情勢を知るためにもね」
そう言うと、ヴィオラさんは一枚の色紙を取り出す。そしてそれを広げ、俺とアイに見るように促した。
どうやら、これは号外のようなものらしい。紙面には、ギルドランキング上位五つが記されていた。
一位 巨大空中要塞ギルド 【漆黑】
二位 王都自警ギルド 【ゴールドラッシュ】
三位 巨獣討伐ギルド 【エンタープライズ】
四位 生産市場ギルド 【ROCO】
五位 情報掲示板ギルド 【7net】
「一位の厨二っぷりがぶっちぎりですね」
「言うと思った」
いや、だって全く知らないもの。それぐらいしか感想が出てこない。
ただ気づいたのは、王都自警、巨獣討伐、生産市場という三つの言葉。これらは、各ギルドの専門を表していると予測できる。だからこそ、一位の浮きっぷりが物凄い。
「名前は厨二だけど実力は本物よ。特にギルドマスターの黑陰と、団員のjonoはランキング上位のプレイヤーよ」
「厨二ネームはマスターの好みですね。一瞬で察しました」
黑って何なんだろうか、普通に黒じゃダメなのだろうか。たぶん、変わった漢字の方がかっこいいと思っているのだろう。団員のジョノさんが普通のネームなのが、さらに悲壮感を漂わせた。
「上位ギルドのマスターは総合個人ランキングでも上位よ。こっちが個人ランキング上位七人」
同じ紙面には、ギルドランキング以外のランキングも記載されている。これは六月のランキングで、一カ月ごとに更新される仕組みのようだ。
今、記載されているプレイヤーは、記念すべき第一弾ランキング上位という事になる。
一位 ソロプレイヤー エルド
攻略ランキング:一位 討伐ランキング:一位
二位 【漆黑】ギルドマスター 黑陰
攻略ランキング:二位 討伐ランキング:二位 決闘ランキング:二位
三位 【ゴールドラッシュ】ギルドマスター ディバイン
決闘ランキング:一位 攻略ランキング:三位 討伐ランキング:四位
四位 ソロプレヤー 銀河
討伐ランキング:四位 攻略ランキング:四位 決闘ランキング:五位
五位 【エンタープライズ】ギルドマスター ハリアー
討伐ランキング:三位 攻略ランキング:五位
六位 【ROCO】ギルドマスター MiMi
市場ランキング:一位
七位 【漆黑】メンバー jono
決闘ランキング:三位 討伐ランキング:五位
「ランキングは全部で四つ。攻略、ダンジョン攻略得点合計。討伐、モンスター討伐得点合計。決闘、闘技場でのランキング。市場、生産で会得したお金の合計よ」
「あれ? エルドは闘技場で結果を出していないんですか?」
「あいつは滅多に人前に出ないから。当然、脚光を浴びるような真似もしないわ」
エルドと他二人を除けば、見事にギルドマスターばかりだ。ソロプレイヤーは二人、エルド以外に一人いて予想よりもは多かった。
「ちなみに、八位以降は殆ど【漆黑】メンバーが独占、時々【ゴールドラッシュ】のメンバーが入るぐらいね」
「ギルドランキング五位の【7net】に上位プレイヤーはいないんですか?」
「【7net】は自称、馴れ合いギルド。ガチプレイヤーに敵意を燃やしてる遊び人の集まりなの」
「だから、ランキング入りなんてどうでも良いってことですね」
どんなゲームでも、本気のプレイヤーと遊びのプレイヤーは水と油の関係。決して交わることなく、常に衝突を繰り返しているものだ。このゲームでも、そういった抗争が垣間見られた。
話しも終わり、俺たちはレべリングを再開する。
最初の平原という事もあり、モンスターに苦戦するという事は特にない。ただ淡々と弱いモンスターを倒すという作業ゲームだ。
しかし、その成果はあった。めでたく俺のレベルは4となり、新しいスキル【解体】をマスターする。
効果は、機械系のモンスターに大ダメージを与え、機械素材を搾取するというもの。うん、微妙だ……
機械系のモンスターとか、明らかに後半現れる部類だろう。一応、普通の敵にもダメージを与えられるようだが、真価を発揮するのはまだまだ先のようだ。
アイのレベルも4になり、相手を拘束状態にする【まつり縫い】を習得する。正直、こっちの方が使えそうだ……
ある程度の成果も出たことにより、俺たちは街へ戻るのだった。
【ディープガルド】時刻は6時。あたりは少しづつ暗くなり、俺たちは噴水広場のベンチで休息を取る。休息と言っても、このゲームに疲労と言う概念はない。これは心の休息と捕えればいいだろう。
話し合いの結果、解散予定を8時と決め、それまで会話によって時間を潰す。今日出会ったばかりの三人だが、俺たちはそれなりに仲良く会話をしていた。それはアイの図々しさと、ヴィオラさんの世話焼きあってのことだろう。今も彼女は、俺のスキル強化を相当心配している様子。
「ところで貴方、まだ【状態異常耐性up】を育ててるのね」
「ええ、今回手に入った6ポイントも、全部それに入れました。スキルレベルも3に上がりましたよ」
俺は自慢げにそう返す。状態異常にならなければ、冒険が非常に楽になる。この強化方法に間違えなどあるはずがない。そう思っていたのだが……
「あのね、勘違いしているかもしれないから言っておくけど……【状態異常耐性up】のスキルレベルをMAXにしても、完全な耐性は手に入らないから」
「……え? なっ……何でですか!」
「あくまでも耐性の上昇だからよ。そこまで強力なスキルだったら、みんな育ててるわよ」
ヴィオラさんの口から明かされる衝撃の真実。何だか、微妙にショックだ……
確かに、状態完全無効など壊れ性能にもほどがある。いくらスキルポイントを投資してでも、手に入れる価値はあるだろう。俺は淡い夢を見ていたのだ。
「レンジさん……」
ショックを受ける俺を心配そうに見るアイ。やがて、彼女は何かを決心したのか、突然俺の手を握る。
「大丈夫です! 私が何とかします!」
「いや、何とかするって……」
「安心してください! 絶対! 絶対何とかします!」
アイはそう言うと、出来ていないウィンクをする。そして、その場を離れ、道具屋の方へと走っていった。
いったい何をするつもりなんだ……期待と恐怖を胸に抱きつつ、俺とヴィオラさんは彼女の帰りを待つ。
数分後、アイは嬉々としながら俺たちの元へと戻ってくる。その手には綺麗にラッピングされた袋が一つ、握られていた。
【裁縫】のスキルで作ったのだろうか、雑なラッピングだが綺麗に見せようという努力が分かる。彼女はその袋を俺に手渡し、恥ずかしそうに笑う。
「これは……」
「プレゼントですよ。状態異常耐性を上げてくれるアクセサリーです。スキルと合わせれば、完全耐性も夢じゃありませんよ!」
アクセサリーでの自己強化。これは盲点だった。
誰でも思いつくことだが、話しを聞いて速攻で行動に移した彼女は只者ではない。ヴィオラさんは素直に感心している様子だ。
「そうか……スキルと装備効果は重複する。性能の良いアクセサリーを付ければ、完全耐性も不可能じゃない!」
「このプレゼントは、今あるお金で買った安物です。完全な耐性は夢のまた夢ですが……私が裁縫師として、もっと性能の良いアクセサリーを作って見せます!」
そう言って、両手を合わせるアイ。
何という眩しさ、何という優しさ。お前は天使か。
捻くれた俺の心を浄化するかのような輝き。こいつは正真正銘の大バカ者だ……
「アイ……お前……」
彼女は何故ここまで俺のために尽くしてくれるのだろうか。こんなに頼りなくて、ヘタレな俺をなぜ見捨てないのだろうか。考えれば考えるほどに、感動で涙腺が緩みそうになる。
俺はアイの優しさに感謝しつつ、プレゼントの袋を開ける。だが、その中身を見た瞬間、今までの全ては吹き飛んだ。
『猫耳バンドを手に入れた』
「……は? え? 猫耳?」
「そうです! 状態異常耐性を得る序盤のアクセサリー、猫耳バンドです!」
俺の髪色と同じ茶色の猫耳。見た目は非常に可愛らしいが……
いや、プレゼントは嬉しい。彼女の優しさも身に染みて分かった。だが、これを装備しろと言うのか。
恥ずかしいというレベルではないぞ。こんな物、使えるはずがない!
「もしかして、気に入らなかったですか……」
焦る俺に対し、深く俯き、悲しい表情をするアイ。そんな顔するなよ畜生……
俺はグッと親指を立て、彼女に向かって満面の笑みを返す。
「猫耳最高!」
「そうですか! 良かったです!」
そうか、ビジュアルカスタマイズで何故か目に留まった猫耳、あれはフラグだったのか……全てはこの時に繋げるための伏線というわけかよ。酷いな神様!
俺は後ろで爆笑するヴィオラさんをキッと睨み付けた。
「ヴィオラさん、笑いすぎです!」
「だって! だって! だっはー!」
こうして俺はセルフ呪いの装備、猫耳バンドを装着してゲームプレイをする羽目になってしまった。
くそっ、何で俺がこんなものを付けなくちゃならない。だったら、こっちもやり返すまでだ。
「ちょっと待っててくれ」
俺は先ほどのアイ同じように、その場から走り出す。
やられたらやり返すのは当然。それが良いことでも、悪いことでも同じだ。
感謝の気持ちと、厄介を押し付けられた気持ち、その両方を晴らす方法は一つ。全く同じことを彼女に対して行えばいいのだ。