78 人魚たちの楽園
俺の意識が戻った時。そこは【ディープガルド】ではなく、現実世界だった。
目の前には妹の桃香が立っており、叩き起こされたことが分かる。彼女はジト目で俺のことを睨みつけた。
「レンジにい、ゲームしながら寝てるの?」
「気絶してた」
「バカなこと言ってないで、ご飯だからね」
桃香は夕食を伝えると、すぐに部屋を出ていく。別にジョークではなく、本当に気絶していたんだけどな。
このゲーム、やっぱり危険なんだろうか。ログインした状態で気絶は、あまり宜しくないだろうな……
ご飯に行くより先に、俺はゲーム内での記憶を必死に振り返る。よほど衝撃的だったのか、戦闘が始まってからの記憶は鮮明に覚えていた。
「ポール……」
俺を庇って、ヌンデルさんのコカトリスは消滅した。だが、結局波に飲まれてゲームオーバーになってしまったのかも知れない。ログインしたのと同時に、奴らからの操作を受けるかもしれないな。
だが、今更逃げ出すわけにはいかないんだ。まずはご飯を食べてそれから考える。それが今できる最善だった。
夕飯を食べ、再び【ディープガルド】にログインした時。俺は見知らぬ街の宿に立っていた。
当然、移動した覚えはない。特に体に異常は感じられず、ゲームオーバーにもなっていないようだ。全く状況が把握出来なかった。
「このゲーム、ついにバグったか……」
前からおかしな事だらけだと思っていたが、今回はその非ではないな。とにかく、仲間と接触して情報を集めなければならない。
移動アイテムを使えば、一度行ったことのある街に移動できる。しかし、今は持ち合わせが微妙だった。
「必要のないアイテムを売ればギリギリ……」
「あっ、猫耳のお方。無事だったのですね!」
俺が今後のことを考えていると、見知らぬ女性に話しかけられる。ロングヘアーのお姉さんで、服装が露出的だ。
しかし、それは重要ではない。露出の高い上半身より、俺は彼女の下半身に釘付けになっていた。
「に……人魚……」
「はい、私は人魚です。ここは人魚の街セレスティアルですから」
人魚のNPC、彼女の下半身は完全に魚だった。
人魚の街セレスティアルと言われてもな。移動した覚えがないのでどうにも納得できない。もしや、俺は波にさらわれて流されて来たのだろうか。
「あの……貴方が僕を助けてくれたのでしょうか」
「助けたのは貴方の仲間ですよ。私はビスカ、この宿の店主です」
どうやら、バルメリオさんに助けられたみたいだな。宿のお金も、恐らく彼が払ってくれたのだろう。助けに入ったつもりが、完全に助けられてしまった。
だいぶ状況がつかめたので、ビスカさんに街の詳細を聞いてみる。
「この街はどこにあるんですか? 【ブルーリア大陸】ですよね」
「厳密には大陸ではありません。海の底です。本来人間さんは、フィルン海溝のダンジョンから来るんですけど。貴方は直接沈んで来ました」
何らかのイベントが発生し、ショートカットでここまで来たんだな。本当にゲームオーバーにならなくて良かった。
「奥の部屋でお仲間が待っています。会ってあげてください」
俺はビスカさんに言われた通り、奥の部屋まで歩く。バルメリオさんがいるなら、ひとまず安心かな。そう思いながら、俺は扉を開けた。
「バルメリオさ……」
「残念、ヌンデルだ」
俺は瞬時にスパナを構え、臨戦体制を取る。敵の幹部ヌンデル、何でこんな所にいるんだ!
彼は両手を上げ、敵意がないことをアピールする。はたして、信じて良いのだろうか。
「オーケーオーケー、落ち着けって! 敵意があるなら、お前を助けたりしねーよ」
「貴方が……何で……」
「お前がゲームオーバーになったら、ポールの意思が無駄になっちまうだろ」
そう言われて、俺はようやく気づく。彼の後ろにいる使役獣、ジョン、ジョージ、リンゴ。そこにポールの姿はなかった。
「そうだ……俺のせいで……」
「おいおい、ミスター。お前のせいじゃねーよ。あいつは自分の意思を貫いたんだ。立派だった。それだけだ」
ヌンデルさんは俺を恨んでいない。だからこそ、こうやって助けたんだ。正直、よく分からない……
疑問はまだある。今までずっと生かされてきたのに、イデンマさんは俺を仕留めに出た。それがどうにも納得できない。
「貴方たちは、僕をゲームオーバーにしたくなかったんでしょう。なんで今回は急に……」
「英雄様からの攻撃許可が出た。あいつはお前が暴れるまで生かしていただけだ」
英雄様……本当に回りくどい。もう、正体は分かっているんだ。
「英雄様はエルドなんでしょう……」
「ああ、正解だ。あいつは【ディープガルド】のプレイヤーを導く英雄。少なくとも、その位置に付いている」
お喋りなヌンデルさんは、俺の求めている情報を次々に話していく。知ったところで、どうにもならないという事だろうか。
なら、核心まで探ってやる。ポールの事を気にしていても仕方ない。前に進んでやるさ。
「貴方たちはダブルブレイン、死んだ人間の残った情報だ。再生するチートまで使って……」
「チートじゃねーよ。俺らは肉体のないプレイヤー、ようはNPC同然ってわけだ。プレイヤーがNPCを殺せないのと同じで、こっちも殺せない。まあ、完全なNPCじゃねえから、再生に限界があるがな」
なるほど、これが再生能力の正体。本当に人間じゃないから出来る技だったんだな。
「逆に俺らはNPCを殺せる。ポールもそれで死んだな。そして、殺したNPCの魂を利用できる技術まで持っている」
「魂を別の記憶に再構築し、ゲームオーバーになったプレイヤーに入れ込む。そして、意識のないバーサク状態の時に操作する」
「よく調べたな正解だ。バーサクは言わば、頭が空っぽの状態。その間は別の思考で操作し放題ってわけだ」
俺たちの予測は正解か。別の記憶を作り出すなら、それを構築する材料が必要。それがNPCの魂だったんだ。
「俺らの中に、元運営側のプレイヤーがいる。そいつは魂を弄るのが得意で、それを使ってプレイヤーの記憶を操作するプログラムを作り出した」
彼は核心となるような重要な情報を次々に語っていく。それは、俺に何かを託しているようだった。
「【覚醒】のスキルは、そいつが運営だった時に搭載した。仕込んでやがったんだ。【覚醒】は普通のスキルで、バグのようなものは何もない。ただ、手軽にバーサクの状態異常にする動機作りってわけさ」
なるほど、これなら運営側はバグやハッキングを疑わない。回りくどいが、手口を隠すには有効な手段だな。
そして、その元運営プレイヤーはエルドではない。こいつが本当の黒幕なのか? 俺は倒すべき敵を見誤っていたのか。
「その人の名前は……」
「悪いな。手段を話しても仲間は売れねえ。聞くなら別のことにしな」
つまり、ただのお喋りではなく、意図的に情報を与えているって事だな。ヌンデルさんは敵のはずなのに何で……
いや、今は考えないことにしよう。俺は自身が使っている【覚醒】の詳細を更に聞いていく。
「【覚醒】はバーサク状態にするだけではなく、プレイヤーの強化もするんですよね?」
「ああ、そうだ。ステータスが上がるデメリットとして暴走状態になるのが本来の【覚醒】。だが、バーサク状態の時に別の記憶を入れ込んでいるからな。デメリット無しで普通に動けりゃ、そりゃチートに思えるわな」
理屈は通っている。しかし、納得できない部分があった。
バルディさんやカエンさんは、それで説明がつくだろう。別の記憶を入れ込まず、自分の記憶を入れ込めばヌンデルさんも納得出来る。しかし、俺はどうだろうか。
「僕は状態異常耐性を鍛えているので、【覚醒】のバーサクを無効にしています。でも、それだけではそこまでパワーアップ出来ないんですよ」
「だろうな。お前のレベルは低すぎる。ステータスが急上昇したところで、俺との力差を埋めれるわけがねえ」
ヌンデルさんは敵という立場でありながら俺に情報をくれた。今は彼を信じよう。信じて、俺は敵に自らの秘密を打ち明ける。
「【奇跡】のスキル。これで、エネルギーに変えられた魂と対話しました。貴方も使役士なら、このスキルの詳細は知っているでしょう」
「ああ、魂と対話するスキルだな。なるほど……いや、納得したぜ」
ヌンデルさんは自らの予測を語っていく。
「バーサクで空っぽの奴に、別の記憶を入れるのが俺らの手段だ。バーサクが解けるとその記憶は意識に沈み、再びバーサクになると蘇る。これで随時操作可能ってわけだ。だが、その入れられた記憶が、意思を持ったのなら話は違ってくる」
彼はニッと笑い、人差し指を立てた。
「中に入れられた記憶エネルギーが、お前を助けようと頑張っているんだろうな。感謝の気持ち、忘れるんじゃねーぜ」
ヌンデルさんは使役獣を大事にしている。もしかして、NPCの虐殺に対して否定的なのでは?
だから、組織の方針に逆らって好き放題動いている。今回、俺に情報を流したのは、組織に対する反抗?
「もしかして、貴方は組織のやり方に異を唱えているのでは……」
「ノーコメントだ」
そう言って彼は誤魔化す。だが、これは俺の言葉を認めているのと同じだ。
もしかして、彼となら和解出来るかもしれない。僅かな期待が俺の心を過る。しかし、その期待は瞬時に打ち砕かれた。
「明日、現実時刻の8時。このセレスティアルの街からエネルギーを搾取する」
「なっ……」
「失望したか? 俺様の決定じゃねーよ。組織の決定だ」
エネルギーの搾取。レネットの村で行ったのと同じことだ。また、NPCの大量虐殺を行うのだろう。
ヌンデルさんは遠い目をしながら、ユニコーンの背に飛び乗る。どうやら彼としてもこの決定は不本意らしい。
「虐殺は趣味じゃねえ。だが、俺様も組織の一員、逆らうのも限界だろうよ。ミスター、止めれるものなら止めてみろ」
ようするに、俺に止めろというわけか……厄介事は御免なのに、こうやっていつも舞い込んでくる。
だが、やっぱり見過ごせる問題でもない。結局、また戦うことになってしまうんだろうな。まあ、準備する時間があるだけましか。
ヌンデルさんは部屋の窓から飛び出すと、人魚たちの街へと消えていく。その時、俺はようやくセレスティアルの街を認識した。
珊瑚と貝によって作られた家々に、海藻が生い茂った林。水中のようだが、人間の俺でも普通に歩くことができ、呼吸も可能だ。まさに、人魚たちの楽園と言えるだろう。
やっぱり、見過ごすことは出来ない。この美しい街を守りたい。
「さて、どうするかな……」
しかし、一人の力でどうこう出来るはずがない。やはり、ここはいったんゼニスの村に戻って様子を……
「やっはー! 話しは聞かせてもらったよ!」
「盗み聞きして正解だったな」
突然、部屋の扉を開けたのはラプターさんとバルメリオさん。やっぱり、この二人もここに沈んできたんだな。
色々あちらも大変だったのだろうが、今はそれを聞いている余裕はないな。ヌンデルさんは明日の8時、この街を攻め落とすつもりなのだから。
「ラプターさん、この街が……」
「よいよい、みなまで言わないで。さっき交信アイテムを使って、ハリアーちゃんに連絡したよ。船の方が大惨事だから、助けに来る人は限られてるかも。でも、ヴィオラちゃんとハリアーちゃんは来るみたいだよ」
これで仲間の方は大丈夫だ。あとは、時が来るまで出来る限りのことをするだけだな。
「さて、暇な時間はレべリングだな」
「このあたりのレべリングポイントは把握してるよ。フィルン海溝にレッツゴー!」
俺はバルメリオさんとラプターさんと共に、ダンジョンでレべリングを行うことになる。
ラプターさんはこのあたりに詳しく、なおかつ上位ギルドの幹部だ。効率の良いレベルの上げ方も知っているだろう。
アイには悪いが、彼女のレベルが上がるのを待っているわけにはいかない。例え置いてきぼりにしてでも、俺は強くならなければならなかった。




