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エルドガルドギルド  作者: 白鰻
十三日目 漁村の村ゼニス
77/208

76 得手に帆を揚げよ

 使役獣と合体し、使役士テイマー自身で戦うことを可能にする【心意一体】。ヌンデルさんはコカトリスの形をしたオーラを纏い、こちらに向かって走り出した。

 俺はとっさに、先ほど作った小型ロボットを前に立たせる。瞬間、ロボットはヌンデルさんの鞭によって振り払われ、バラバラに砕けてしまった。やはり、【覚醒】のスキルによって相当強化されてるな。


『今の俺様はポールと一体化している。技もな……【鋼鉄くちばし】!』


 懐に入ったヌンデルさんは、右拳からコカトリスの形をしたオーラを放つ。それはまるでニワトリの守護霊だ。霊はくちばしを突き出し、敵を貫こうと襲い掛かってくる。

 俺はとっさにスパナを振り払い、彼の攻撃をジャストガードした。しかし、それでもヌンデルさんは怯まず、右足による通常攻撃を放つ。


「ぐ……くそっ……」


 脇腹を蹴り上げられ、ダメージを受けてしまう。防御力を上げる【タンゴ】があって本当に助かった。

 俺が距離を取ると、オート回復する【ワルツ】の効果によって少しづつ癒えていく。便利な効果だが、その持続時間もそろそろ限界だ。

 このままでは勝てないだろう。しかし、それでもノランは諦めない。俺が動きを止めても、彼女は決して止まろうとはしなかった。


「スキル【ボレロ】! ノランちゃんの剣さばきを見せてあげる!」

「おい、ノラン!」


 俺を見かねたのか、サポート特化の踊子ダンサーが前衛に立つ。彼女は攻撃力を上げる【ボレロ】を踊り、短剣を握りしめた。そして、こちらに攻めるヌンデルさんへと斬りかかっていく。

 素早く、正確な攻撃。しかし、敵はその剣を鞭によって受け止めてしまう。不味いぞ、このままでは左拳によるカウンターを受ける。そんな状況でも、ノランはまったく屈しない。


「……ノランちゃんは絶対負けないよ! 偽物のエンターテイナーなんかに!」

『俺様が偽物だと……?』

「だって、エンターテイナーは皆を幸せにする人なんだよ! NPCの皆の虐めて! 皆の大切な思い出を奪っちゃうヌンデルくんは、全然エンターテイナーじゃないよ!」


 短剣に力を加え、彼女はヌンデルさんを引っ張り込んでいく。だが、それも無駄な抵抗。

 使役士(テイマー)は冷徹な表情をしつつも、彼女の言葉を肯定した。


『そうだな……その通りだ……』


 その時だった。彼は左拳を振り上げ、ノランの胸部に強烈な一撃を打ち込む。


『耳が痛え』

「……ノラン!」


 ヌンデルさんの左手には、コカトリスのオーラが纏っている。恐らく、何らかの効果を帯びているはずだ。

 俺はすぐにノランの元へと駆け寄り、守るように前に立った。初めからこうしておけば、こんな事にはならなかっただろう。本当に情けない……

 ヌンデルさんが放った技は【石化くちばし】。その効果は少しづつ、彼女の体を蝕んでいく。

 状態異常耐性を上げる【サンバ】すらも上回る石化効果。完全に動けなくなる前に、ノランは俺に向かって補助魔法を放った。


「スキル【回復魔法】ヒールリス……! ごめんレンジくん……ノランが出来るのはここまでだよ……」


 これは、ヒールの上位魔法か。その効果により、俺のライフは全快まで回復する。瞬間、踊子ダンサーは完全に石化し、一切動かなくなってしまった。

 治癒アイテムを使っている余裕はない。ヌンデルさんはすぐ目の前にいるのだから。


『見ろよミスター。俺は強い。俺様は最強だ……だが、たったそれだけだ。ただ強いだけ。そこに重みも深みもねェ……空っぽなんだよ』


 本来、ノランをあんな目に合わせた彼に敵意を燃やすだろう。しかし、俺の心は別の感情で燃えていた。

 ヌンデルさんに勝ちたい。怒りを晴らすわけではなく、ただ純粋に勝ちたかった。


『二度目の人生を歩み、こんな体になっても未だに見つからねェ。真の最強とは何なのか……』


 彼も物好きだ。そんな事を語らず、さっさと俺を始末すればいいのに……

 恐らく、敵も不完全燃焼なのだろう。思わず笑みがこぼれる。仲間一人やられているのに、俺はただこの戦いに歓喜していた。

 さあ、こいつをどう出し抜いてやろうか……俺の戦略でどうかき混ぜてやろうか……

 驚愕させてやる。見せつけてやる。俺は自らの策を実行するため、その場から走り出した。


『お前はその答えを知ってるか! ミスタァァァ!』


 叫ぶヌンデルさん。そんな彼に背を向け、俺は霧の中へと紛れていく。この状況でも、頭の方は非常に冴えていた。

 俺は【心意一体】のスキルを知らない。しかし性能を見る限り、これは運営の作った通常スキルだろう。

 情報がないのは、このスキルが高レベルで習得するスキルだから。恐らく、50から60の間で入手できると予想する。なら、ヌンデルさんだって、このスキルを覚えたばかりのはずだ。

 まだ使用回数が少なく、スキルレベルも上がっていない。なら、持続力も相当に低いはずだ。

 だったら、とにかく時間を稼ぐ。こちらの戦略を知らないヌンデルさんは、俺が恐れをなしたと勘違いしてしまう。


『おいおい、がっかりだなァ……逃げちまうのかよ』

「ええ、逃げますよ! 勝ち目なんてありませんから!」


 勝ち目がない? 冗談、俺は勝つ気満々だ。

 今はとにかくノランから引き離す。そして、アイとヴィオラさんに助けを求めるんだ。

 雰囲気に流されて勘違いしていた。この戦いはパーティー同士の戦い。ヌンデルさんたち五人と俺たち四人の決闘デュエルと言っていい。

 なら、人に頼るのは間違っていないはず。それが信頼できるギルドメンバーなら尚更だった。




 霧に身を隠しつつ、俺はアイとヴィオラさんに合流する。

 どうやら、この船にシースケルトンはいない様子。エンタープライズでの戦闘が押され気味なのか、完全に警備が手薄だった。

 海賊船ホルテンジアのマストの下。その場所でアイはフェンリルのジョージにダメージを与える。

 しかし、ユニコーンのジョンが放つ【回復魔法】により、すぐにジョージは回復してしまった。なるほど、これは長期戦になるわけだ。

 俺が近づくと、アイはすぐにその存在に気づく。


「レンジさん!」

「悪い。敵が【覚醒】のスキルを使った。ノランが石化して、俺じゃ手が付けられない」


 俺とアイが話していると、ヴィオラさんがユニコーンのジョンに斬撃を放つ。しかし、彼は【防御魔法】によってその攻撃を防いでしまう。こうやって壁に阻まれるのも決着が遅れる原因か。

 確かジョンは四匹のリーダーと言っていたな。彼は他の三匹より抜きんでているように思える。

 だが、敵は【防御魔法】と【回復魔法】を繰り返している状況。これでは、完全にじり貧だろう。ヴィオラさんも勝利を確信しているようだ。


「こっちは優勢よ。でも、ユニコーンの【回復魔法】で遅延されてる状況ね」

「それは利用できる状況ですね……」


 勝てる戦いだが、時間が掛かる。今はヌンデルさんの【心意一体】を説くための時間が必要。

 両方の歯車が噛み合った。


「お願いがあります。僕はヌンデルさんと戦う。その間にヴィオラさんはユニコーンを、アイはフェンリルと戦ってほしいんです。一対一の構図になるのが好ましいですね」

「でも、それじゃ合流した意味がないじゃない!」

「いえ、あります。僕を信じて協力してください!」


 今は説明している余裕がない。それでも、アイとヴィオラさんは無言で頷いてくれる。本当に、最高のギルドメンバーを持ったな……

 俺がスパナを構えると、霧の向こうから一人の使役士テイマーが姿を現す。

 コカトリスのオーラを身に纏った彼はまさに化け物だ。まあ、彼を化け物だと確信してしまえば、今回の作戦は成功しないのだが。


『仲間と合流したか。だが、それはこっちも同じだぜェ』

「それはどうでしょうか」


 俺たち三人は一斉にばらける。作戦に従い、ヴィオラさんはジョン、アイはジョージとの戦いに挑んだ。

 俺の相手はヌンデルさん。彼が普通の状態ならば、絶対に勝ち目はないだろう。

 だが、俺は確信していた。彼は普通の状態ではなくなる。ありえない未来が、俺には鮮明に見えていた。


「行きますよヌンデルさん! スキル【衛星サテライト】!」

『これでジ・エンドだ! 【痺れくちばし】ィ!』


 俺は鉄くず二つで小型のロボットを作り、戦闘のサポートを任せる。一方、ヌンデルさんは右拳にコカトリスのオーラを纏い、それをこちらへと放った。

 当然、俺はジャストガードを試みる。しかし、彼の技術が上回っており、上手く見切ることが出来ない。

 拳が脇腹に命中する。僅かに痺れを感じるが問題はない。鍛えた【状態異常耐性up】と、アイの作った猫耳バンドが守ってくれた。

 俺はスパナを握りしめ、小型ロボット共にヌンデルさんを殴りつけていく。傷口はすぐに再生されてしまうがこれで良い。これで良んだ!


『ジョン【防御魔法】プロテクト! ジョージ【ジャンプ】で……』

「何をよそ見しているんですか!」


 目の前の戦いに集中している俺とは違い、ヌンデルさんの方は不安定だった。彼はこの戦闘より、あちらの戦闘が気になっている様子。計画通り、ジョンとジョージが、ヴィオラさんとアイに苦戦しているようだ。

 ヌンデルさんは化け物ではない。仲間を思い、それを助けたいと思う人間。だからこそ、彼は指示を止めることが出来なかった。


『ジョン【回復魔法】を……』

「スキル【発明(クリエイト)】アイテム、パイルバンカー!」


 鉄くず、大きな縫い針、バンデッドガンにスパナを叩きつけ、鉄芯を掃射する銃を作り出す。そして、それをヌンデルさんに突き付け、容赦なく放った。

 いくら優秀な軍師でも、自身が戦いながら指示を出すことは不可能。だからこそ、使役士(テイマー)は極力動かないのが常識だ。

 しかし、【心意一体】を使った自らが戦わない訳にもいかない。彼は完全にド壺に嵌っていたのだ。

 針に貫かれ再生力が落ちても、今のヌンデルさんは気にも留めない。どうやら、ヴィオラさんがユニコーンを撃破したらしい。


『ジョン……! 指示の邪魔を……!』

「戦闘中に指示ですか? 余裕ですね」

『く……』


 彼だって分かっている。【自動使役】のスキルでは、ジョンもジョージも勝てない。勝てない戦いを使役獣に強要すること、それは使役士(テイマー)のプライドに反した。

 なら、自分が指示を出すしかない。その結果、どの戦闘も中途半端になってしまったのだ。

 しかし、ジョンがやられたことにより、意識がジョージに集中する。使役士(テイマー)はこちらの戦闘に彼を参入させた。


『だが、仲間に頼るのはこっちも同じだぜェ! ジョージ、こいつに【突進】だ!』

『バウ! ワウ!』


 ヤバいな……ヌンデルさんに集中していて、ジョージまで対処できない。読み負けたか……

 このままでは、残りのライフを失ってしまう。諦めかけたその時、ジョージの後ろで銀色の剣が光る。


「貴方は絶対に止める……! スキル【ダブルスラッシュ】!」

『きゃわん……』

「ジョージ……!」


 ヴィオラさんの放つ連続切り。それにより、ジョージのライフは一気に消し飛ぶ。サポート役のジョンが打倒されたことにより、アタッカーの彼は耐えれなくなってしまったのだ。

 そして、更なる不幸がヌンデルさんを襲う。


『コケー……』

「ポール……!」


 【心意一体】の効果が切れ、ボロボロになったポールが分離される。こうなるから、ヌンデルさんはスキルの使用を渋ったんだな。仲間思いの彼らしい考えだ。

 これで、四体の使役獣は全員戦闘不能。もう、ヌンデルさんを強化し、守る者は誰もいない。


 この勝負、俺たちが粘り勝った。


 俺は再びロボットに乗り込み、敵の目前まで走らせる。そして、渾身の力を込め、両腕によるラッシュを加えていった。


「スキル【起動スタンドアップ】! どっらあああああ……!」

『まさか……俺が……! 俺様がァ!』


 もう、ロボットが動ける時間は限界だ。持って数十秒、その間に片を付ける!

 唯々、連続で拳を放つ。それにより、ヌンデルさんの再生能力にも限界が見え始めた。傷口の再生は止まり、徐々に体が崩れていく。ここで攻撃を緩めればまた再生されるだろう。俺は一切の躊躇なく、ラッシュを加えていった。

 ヌンデルさんの背中にマストが当たる。木製の柱にひびが入り、やがてそれは広がっていく。


「スキル【解体テイキング】……!」


 ロボットが解除される瞬間、俺は渾身の一撃を放った。それと同時に柱のひびは真っ二つに割け、張られていた帆はゆっくりと傾く。

 海賊船ホルテンジアのマストは、根元からぶち折れた。海面に帆が落ち、巨大な音と共に海水を巻き上げる。これは、ショーの終わりを告げる噴水となった。


「クールじゃないな畜生……!」


 水しぶきを浴び、俺はそう叫ぶ。

 ロボットは解除され、ライフも限界、本当に暑苦しくて仕方ない。しかし、視界に映るのは行動不能のジョン、ジョージ、ポール。そして、再生が限界となったヌンデルさん。

 そう、俺たちは紛れもなく勝ったのだ。

 腰が抜けてその場に座り込む。今回ばかりは本当に疲れた……

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