75 さあ、ショーを楽しもう!
海賊船ホルテンジアの船上、俺はノランと共に敵幹部のヌンデルさんと対峙する。
彼は四体のモンスターを使役するエンターテイナー。同じ目立ちたがり屋のノランに対し、僅かな対抗心を見せている様子だ。
「はーはっはっはっ! 一番楽しんじゃう人か……」
ヌンデルさんは大笑いすると、腰に装備した鞭を掴む。そして、それを振りかざし彼女へと攻撃を放った。
「やっぱり俺様じゃねーかァ! スキル【ぶん回し】!」
「スキル【起動】!」
俺はノランの盾になるため、【起動】のスキルを使用する。アイテムバッグからロボットが出現し、ノーモーションで運転席に騎乗された。
敵が使用したのは汎用スキル【ぶん回し】。同じ汎用スキルの【薙ぎ払い】と違い、回転するように全方向を巻き込む攻撃だろう。
範囲は広いが威力は低い、なおかつヌンデルさんは使役士。俺はロボットの左腕を突きだし、その鞭を絡め取った。この強行突破にヌンデルさんは驚く。
「力技だと……! おいおいおいおいおい! どうしちまったんだミスター! お前らしくもない!」
「あえてですよ! あえてこいつの性能だけは僕好みじゃないんです!」
たぶん、自分を変えたかったのかもしれない。俺は卑怯で小細工専門だが、それでも守りたいものはある。そのためには断固とした力が欲しかった。理由はそれだけだ。
鞭を掴まれて動けないヌンデルさんに、俺はロボットの右拳を打ち込む。やはり、使役士は自身のステータスが低い。彼のガードを突破し、そのまま本体を鉄の拳で貫いた。
だが、貫通した部分に見えるのは0と1の情報数列。本人の言ったとおり、彼らは人間ではない。俺がロボットの手を引き抜くと、その傷口は瞬時に塞がってしまった。
相手は使役士、再生されたところで使役獣の方を叩けば問題ない。幸いにも、敵は能力とジョブが噛み合っていなかった。
ヌンデルさんは俺の言葉を聞き、納得の笑みを浮かべる。そして、捕まれた鞭を振りほどいた。
「なるほど、策の一つか……ポール【鋼鉄くちばし】!」
「スキル【タンゴ】。まずは防御力を上げていくぜ」
ポールに命令し、ヌンデルさんは俺へと攻撃を撃ちこむ。その隙に、ノランはダンスによって防御力の上昇を行った。
元々と堅いロボットの装甲。それがさらに堅くなり、もはや怖いものなしだ。俺は機械の両腕でボディをガードし、ポールのくちばしを受け止める。これなら、絶えてから返り討ちに出来るだろう。
しかし、ヌンデルさんにはもう一匹の使役獣がいる。彼はポールを囮に使い、後方のリンゴに支援命令を出した。
「ポール、そのまま引き付けろ。リンゴ【水魔法】アクアリジョン!」
「スキル【ポルカ】。魔法防御もきっちり上昇させ……」
子猫のステッキから放たれた激流。すぐにノランは次のダンスを踊り、魔法の対策に出る。
だが、機械技師はVIT(魔法防御力)が恐ろしく低いため、一発でも大ダメージは確実。甘んじて受けようと覚悟した時、踊子の少年が前に飛び出した。
「俺様が盾になる!」
右手を付きだし、激流をその身に受けるノラン。彼は華麗に着地し、髪に掛かった水をかっこよく振り張った。いやいや、かっこつけている場合じゃないだろ!
「ノラン! お礼は言うが無茶のしすぎだ!」
「おいおい、忘れちまったのか? 俺様は基本バッファーだが、ヒーラーも兼ねている。回復力を上げるVIT(魔法防御力)のステータスは結構高いんだぜ?」
「でも、お前はサポートだろ……前衛に出てくるなよ!」
しかし、言い争っている場合ではない。ヌンデルさんはポールに命令をだし、さらに追い打ちをかけてくる。
俺は瞬時に鉄くずと鉄鉱石を取り出し、応戦態勢を取った。
「ポール【痺れくちばし】!」
「スキル【発明】! アイテム、ドリルアーム!」
状態異常を狙ったポールのくちばし。俺はロボットの右腕にドリルを装着し攻撃を弾く。
思ったとおりだ。【発明】はアイテムを作り出して使用するスキル。ロボットに乗った状態で使った場合、アイテムはそっちの方に装備される。これなら問題なく使用できるな。
結果的に、ノランのおかげで敵にダメージを与えることに成功する。それに、彼の行動にはちゃんとした意味があった。
「俺様は前衛に出ないと機能しないぜ。踊子は『陣』を使いこなすジョブ。今の俺様は自分から半径3メートルが効果範囲の限界だ」
「なっ……」
そりゃそうだよな……こんなに強力な補助効果を全体に使えたら、僧侶が涙目だ。
ノランは今まで、『陣』の中に俺たちが入るポジショニングで動いてた。それこそ、ダンスは全体効果だと勘違いしてしまうほどの正確さだ。
「タンクやアタッカーが前に出れば、踊子も前に出なきゃならない。それも、無防備な踊っている状態でな」
「じゃあ、どうすれば……」
俺が弱音を吐こうとした時、その口にノランの人差し指が当たる。彼はいつのまにか、彼女へと姿を変えていた。
「それを守るのがタンクの役目だよ。私を守ってね王子様!」
「何が王子様だよ。試しているのならそう言え! スキル【衛星】!」
上等だ。守ってやるよ!
鉄くず二つを小型ロボットに変え、俺の横にサポートとして付ける。大小のロボットで一気に畳み掛ければ、ポールかリンゴのどちらかを打倒できるはずだ。
何も殺すわけじゃない。二匹とも戦闘不能にし、ヌンデルさんの機能を停止させる。処分はその後に考えればいいんだ。
この攻めの姿勢を察知し、ノランの方もさらにダンスを重ねていく。
「さあ、ショーを楽しもう! スキル【ワルツ】!」
彼女のダンスによって、先ほどポールから受けたダメージが癒えていく。これは、陣に入っている味方をオート回復させるスキルだな。
俺の後ろにぴったりついているノラン。盾役を突破しない限り、ポールは彼女を妨害できない。そのため、ヌンデルさんはリンゴに踊子の相手を任せる。彼女がVIT(魔法防御力)特化とも知らずにな。
「男になったり女になったり、面白い奴だ! リンゴ【氷魔法】アイスリジョン!」
後衛で子猫が放つ凍結魔法。ノランは一瞬にして凍ってしまうが、すぐにそれを打ち破る。オート回復の効果は本人にも掛かっているので、踊子と言えど魔法に対して堅かった。
リンゴは彼女に任せ、俺は小型ロボット共にヌンデルさんを殴りつけていく。勿論、彼にダメージを与えられない事は知っている。本命は、その肩に乗っているポールのライフを削ることだ。
「ヌンデルさん! サンビーム砂漠の遺跡。リチャードさんのお墓なんですよね!」
「ああ、そうだ! あの時、それを読み取ったお前を単純に面白い奴だと思ったぜ!」
ヌンデルさんは鞭、ポールはくちばし、それぞれ通常攻撃でこちらのラッシュに対抗する。だが、攻撃力も防御力もこちらが上回っている様子。着実にポールのライフは削れていった。
ヌンデルさんはそれに気づいたようだが、どうにもできない。回復役のユニコーン、ジョンの不在が大きく響いていた。
「だが! こうやって俺様の前に立ち塞がるとは思ってもみなかったぜェ……!」
「それは僕も同じですよ! スキル【解体】!」
ロボットに乗った状態での【解体】は、右腕によって叩き潰す攻撃だ。当然、狙うのは主人ではなくポールの方。その時、ようやくヌンデルさんは自身が危機的状況だと気付く。
初めて、彼が焦りの表情を見せた。だが、使役士はすぐに冷静になり、コカトリスに攻撃命令を下す。
「ポール【石化くちばし】!」
『コッケー!』
攻撃は同士討ち。【解体】によって目標を叩いたが、【石化くちばし】がロボットの腕に命中してしまう。
その時、俺は体にずっしりと重い感覚を受ける。見る限り変わりはないが、明らかに何らかの影響を受けていた。
そうだ……こいつの【石化くちばし】は巨大なサンドワームを一瞬で石化させた。猫耳バンドと【状態異常耐性up】の両方を越えて、俺の体に微弱な石化効果を与えたんだ。
この状況に気づいたのか、後ろのノランがすぐに回復動作に移る。
「スキル【サンバ】! 足りないなら、ノランちゃんが補うよ!」
状態異常の耐性を高め、回復するスキル。これで、ポールの状態異常攻撃を封じたな。
俺は【起動】を解除し、鋼鉄スパナを握りしめる。もう、ロボットは動ける限界が近い、ここからは自身で攻めた方が得策だ。
「ポール、敵がロボットを解除した。一気に決めるぜェ! 【鋼鉄くちばし】だ!」
「スキル【発明】アイテム、グレネード!」
ヌンデルさんはポールに指示し、防御力の下がった俺を崩しに来る。俺は鉄くずと火薬にスパナを打ち付け、それをグレネードに変えた。
敵はこの爆弾を前衛に放つと思っただろう。そうすれば、進行を阻害できるのだから。
だが、俺の狙いは別だ。俺の狙いは……
「これで決める! リンゴ!」
「なにっ……!?」
俺はこちらに突っ込むポールを無視し、後衛のケットシーにグレネードを投げつける。瞬間、コカトリスのくちばしがクリティカルし、大ダメージを受けてしまった。
しかし、リンゴの方も無事ではない。彼女の頭上にはすでに爆弾が近づいていた。
「リンゴ……! 【風魔法】ウインディジョン!」
とっさに、ヌンデルさんは【風魔法】を命じ、迎撃を狙う。しかし、その判断は遅かった。
魔法が放たれるより前に、グレネードは大爆発を起こす。そして、リンゴの周囲を焼き払っていった。
すぐに、使役士は後方へと下がる。やはり、使役獣のことが心配なんだな。
『フニャー……』
炎が晴れると、そこには戦闘不能となったケットシーが横たわっていた。やはり、彼女は完全な魔法特化。グレネード一発で一気にライフを持っていかれたようだ。
ヌンデルさんは背を向けることをいとわず、リンゴの元へと駆け寄る。そして優しく抱きかかえ、安全な場所へと移していった。
「やるじゃねえか……」
「なめないでください! 僕だっていつまでも初心者じゃないんです!」
俺だって、敵のジョブを調べている。使役士のスキル【以心伝心】。使役獣とテレパシーで情報交換するスキルだ。
恐らく、ヌンデルさんはこれを鍛えて、使役獣とのコンビネーションを高めている。相手は複数の目を持っていると言っていい。
なら、俺が行うべき行動は一つ。騙し討ちだった。
「お前らマジでヤバいな。何事も楽しむことを信条としているんだが、そうも言ってられねえか……」
リンゴを避難させると、彼は再び戦場へと戻る。瞬間、俺の体に異様な悪寒が襲った。何度も味わっている嫌な感覚。しかも、今回は今までの非ではない。いったい、何をする気だ……
ヌンデルさんは自らの右目を抑える。そして、俺のよく知っているスキル名を叫んだ。
「【ダブルブレイン】ヌンデル! 組織の一員として不穏分子を排除する……! スキル【覚醒】!」
「なっ……!」
彼が右目から手を放すと、そこには瞳に獣の牙のマークが浮かび上がっていた。
まさか、こいつらも【覚醒】のスキルを使うとはな……リルベが使おうとした奥の手はこれだったのか。
俺やカエンさんと違って、紋章が浮き出ているのは右目だけ。これは、まだ不完全な状態なのかもしれない。
ノランも俺と同じように、このただならぬ雰囲気を感じたようだ。
「わあ、何だかすっごくヤバそうだよ……」
「落ちつけノラン。【覚醒】でのステータス上昇は使役獣の方に及ばない。使役士自身がパワーアップしても、たかが知れてる」
以前戦ったカエンさんは召喚術士。魔法による召喚のため、【覚醒】の効果がイフリートにも及んだ。
しかし、使役士の使役獣は別プレイヤー扱い。自身を強化する【覚醒】とは全く噛み合っていなかった。
「ヌンデルさんだって分かっているんでしょう? その不死身の肉体も【覚醒】のスキルも、使役士の貴方とは相性が悪いって!」
ヌンデルさんを無視して、使役獣を倒せば全く問題はない。この戦いは勝てる戦いなんだ。
俺もノランもかなりダメージを受けている。しかし、敵はそれ以上にダメージを受けていた。俺たちは充分対抗できていると言える。
苦しい戦いだ。しかし、希望はある。そう思った時だった。
「悪ぃな。何か手加減してるみたいな感じになっちまって……」
「え……」
何を言っているんだ。まるで、今まで本気を出していないような言い方じゃないか。
呆然と立ち尽くす俺をしり目に、ヌンデルさんはさらにスキルを発動する。
「スキル【心意一体】!」
彼がそう叫んだ瞬間だ。コカトリスのポールがその場から消え、まるでエネルギーのような光へと姿を変える。やがて、その光はヌンデルさんの体に入り込み、オーラとなって彼に纏わりついた。
まるで、ニワトリの亡霊に取りつかれているようにも見える。これなら、使役士自身で戦えるってわけかよ。最悪だな……
使役士のジョブは調べ尽くしたつもりだが、こんなスキル聞いたことがない。【覚醒】だけで充分ヤバいのに、さらにもう一つヤバそうなスキル追加とは……
『楽しいショーは終わった。ここからは俺様のワンマンショーだ……!』
ヌンデルさんの声は、まるでポールと重なっているようだ。さしずめ友情合体と言ったところか?
冗談じゃない。こっちはボロボロなんだ。精一杯なんだ。今の俺達にこんな化け物を相手に出来るはずがないだろ……
流石のノランも、僅かに笑顔を崩しているように感じる。まさに、絶望って奴だな。
だが、戦うしかない。俺は汗ばんだ手で、鋼鉄スパナを強く握りしめた。




